幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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阿鼻叫喚──ブレスト強襲

ブレスト軍港 

 

 ブレスト軍港は、フランソワ共和国西部の半島の先端部に存在する。正確に入り組んだ湾の最奥にある海軍工廠や海軍司令部の集まった軍港の総称である。周辺の島々は完全に要塞となっており、ちょうど総司令部と湾を挟んで向かい側にあるロング島は、潜水艦艦隊用のコンクリートバンカーとなっていた。

 

そのロング島で共和国潜水艦艦隊所属のジャン・セリーヌ少尉は人を探していた。

 

 彼の乗り込む潜水艦「シュルクーフ」の乗組員でまだ乗り込んでいないものがいたためだ。本職の軍人であればあり得ないことであるが、今のブレスト軍港は控えめに言って「統制された大混雑」といったありさまだった。

 

 はっきり言って祭りもかくやの大混雑だ。しかもその乗組員とは、娑婆からやってきたばかりのコック。──潜水艦乗りにとって新米将校なんぞより美味い料理をつくるコックの方がよほど大切である。

 

 しかも艦長がどんなコネを使ったのか、ホテルのシェフだったらしいのを引き抜いてきたらしい── 極めて貴重な人員であった。

 

 海軍軍人として「卵の殻も取れていない」少尉殿は迷子のコックを連れて来るように命じられ、混乱のなかでコックを探していた。人的資源の有効活用というべきものだった。

 出発直前になって。セリーヌ少尉は海の方を眺めて呟いた。潜水艦バンカーにくればすぐにわかりそうなものだが、まさかあの船のどれかに乗っていないだろうな。

 

「箱舟」作戦は上層部のみによって進められた段階から、ついに兵員たちに伝達された段階にある。軍港近くの陸軍部隊をとにかく船に詰め込んで沖へと出発し、軍艦も脱出を開始していた。ブレスト外周から陸軍部隊も集結している。

 

 はじめは秩序だった運用だったが、どこかで計画が繰り上げられたらしく、片端から船を沖へ出していく。なかには沖合にある貨物船へ小舟まで使って陸軍部隊を運んでいるものもあった。

 

 探していたコックはすぐに見つかった。というか、短いコック帽を被ったままウロウロしている人間など見逃すはずがない。

「ああ、少尉さんですね。シュルクーフの。良かった。おなじ名前の船があるらしくて、司令部は別の船への案内を寄こしたんですよ」

 

 コック── オルランという、太った体を作業用のつなぎに詰め込み、小さなコック帽を頭に載せた男は、パンのような手に握られた乗船チケット(何時までに軍港のどこで何に乗れと書いた命令書のこと)をひらひらさせながら言った。

 

 いや、あっちこっちに盥回しで…… これですか。私の商売道具です── 彼は大きなリュックに鍋までぶら下げていた── こいつです。自分で言うのもなんですが、半径10キロ以内なら一番の腕だと思っています。そうそう、少尉殿は苦手なものがありますか。セロリとか。いや、軍人さんは食事で好き嫌いをしないのでしたな。これは失敬。

 

 さっきから喋りまくっているコックに対して、乗船時間に遅れるのは重大な規則違反なのだが、とか、おなじ名前の船はあったかなとか思ったが、取り敢えず少尉は指摘すべきことは指摘することにした。

 

「……オルランさん、残念ながら潜水艦にそんな大荷物は持ち込めませんよ」

「む、これは私が『育てた』道具なのです。使い込んだ道具でなければ仕事は出来かねます。軍隊では道具を大切にするでしょう。同じこと…… 同じことです。ええ、全く同じことは別の方にも言われたのですがね。これを置いていけって。でもそんな簡単に手放せませんよ」

 

 その「別の方」の言い方が気に食わなかったのか、頑として大荷物を手放す気はないようであった。このコックはどうやら緊張すると口数の多くなるらしいということは、この会話の中でセリーヌ少尉も察していた。

 

 弱ったな。セリーヌ少尉は思った。出航直前なのに。彼は会ったばかりの中年のコックに対してどのように接すればよいのか分からなくなっていた。彼の性格からして、「娑婆気が抜けていない」などと父親ほどの年齢のコックに言えるはずもなかった。

 

 ともかく、自分はこのコックを探していたのだから、半分は命令を果たしたわけだ。あとは駆け足で船へ戻ることが先決── あとのことは下士官が万事よろしくやってくれるだろう── と考えて、ロング島の北岸にある潜水艦バンカーに向かうことにした。

 

 目的地に向かう間、オルランは走っているのか歩いているのかわからないようなスピードで進みながら「ずいぶんと、皆さん急いで出ていくもんですな」などと言っていた。

 

「動ける船から急いで出ていけとか、帝国軍の偵察機が朝から飛んできたそうです」

 

 一部の艦艇は(少尉の知らないことであるが)南方大陸に出港していた。大型艦が完全な停止状態から実際に動き出すまでには半日はかかる。艦隊行動となるともっと時間がかかるから、とにかく準備のすんだ船から出発しろ、とのことらしい。

 

 沖に小さく見える船が、まるで池の隅に集まるオタマジャクシに見えた。湾内と外洋を結ぶ水道の交通整理がどうなっているかはわからないが、一方通行でとにかくなんとかさばいているようだった。

 

 暫くバンカーへの道を進んでいたが、すぐに進めなくなった。くそっ、進んでいた少尉は毒づいた。目の前に対空砲と弾薬を運んでいる一団がいたからだ。

 

 弾薬の運搬は最優先となるから、まわり道をするか脇を抜けていくしかない。いや、この人が大荷物を抱えているなら、脇を通れるかも怪しい。本来なら褒められるものではないが、建物の間からショートカットするべきだ。

 

そのことをオルランに伝えようとした瞬間、沖合で閃光がきらめいた。

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ 

 

 結果から述べるならば、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐が計画したブレスト軍港への強襲偵察──実際は強襲──は当人からすればやや不満足な開始となった。

 

 理由はいくつかあげられる。まず、運用試験として手に入れた長距離偵察兵器V1、それの改造型である長距離偵察用増槽タンク付きV1b型。

 

 工業製品というより職人の工芸品というべきものだったそれは、半数近くが発射直前に行われた最終点検をパスすることが出来なかった。また、発射用レールに歪みが見つかり、連続発射が困難と判定された。

 

 ターニャは最悪の場合、絶対に無視できない停戦命令が下されるより早く将校のみでの「強行偵察」を考えていたから、取り敢えず発射可能な装置による攻撃を選択した。

 結果、大隊全力の48発が発射可能とされたV1は27発のみの発射となった。

 

 そしてブレスト軍港への500キロの道のりの間、増槽の切り離し失敗や異常振動、その他の不具合による機体の放棄により到達しなかったものもあった。

 

 最終的にブレスト軍港へ突入したV1の最終突入体は19発となった。回転ドア作戦における司令部攻撃の成功を考えると不満があるが、この時代のテクノロジーを考えるならば、驚異的な成功率と考えるべきものだった。

 

「突入用意! 目標は大型艦、各エレメントは同一目標へ突入せよ!」

 

 命令と同時に超音速の突入体は、眼下の艦船へ向けて突進した。

 

 ターニャはとにかく目に付いた軍用大型艦──ド・ルーゴが乗っている可能性が高い── に向かって各エレメント2基のV1突入体が突入するように命令した。

 

 事前にブレスト軍港の状況がつかめないことと、確実に戦艦を撃沈するためには、超音速の飛翔体とはいえ2発の攻撃が必要との判断からだった。簡単には沈まず、対空火器プラットフォームとしても厄介な大型艦さえ片付けてしまえば、あとは魔導師で片付けられる。

 

 最初の突入体が水道を進む戦艦「ルーアン」の艦橋基部に突入した。艦橋はそのまま折れ、次の瞬間にきた2発目は艦首の非防御区画を貫通し、浸水を発生させた。

 

 戦艦「アンリ」はもっと悲惨だった。傾斜をつけられていた第一砲塔の天蓋装甲を上空から垂直に突き破った突入体は、直下の弾薬庫でエネルギーを解放した。

 結果、砲塔が吹き飛ぶと同時に、船首から三分の一が折れ、そのまま海中に向かって出撃していった。残った「アンリ」も30分後に追って海へ消えた。

 

 各艦2発ずつという命令は常に守られたわけではなかった。一発で沈んだ艦船も多かったからだ。また、目標識別に難があり── 比較対象がなければ、空中から一瞬で戦艦と巡洋艦を見分けることは熟練した偵察要員でも困難だ── すべてが戦艦に攻撃できたわけではなかった。

 

 しかし、その結果は恐るべきものだった。V1による大型艦船の損害だけでも

 

撃沈 戦艦  「ルーアン」「アンリ」

   巡洋艦 「ドゥケーヌ」「アルジェリー」「シュフラン」「コルベール」

    空母 「モンゴルフィエ」

 

大破  戦艦  「ジャン・バール」

   巡洋艦 「ジャンヌ・ダルク」「デュプレクス」「ド・グラース」 

※撃沈、大破に巡洋艦以下は含まず

 

 

 そしてその他大型輸送船が含まれる。

 そんな中で、情景として最も激烈なものは、大型タンカー「ラマンチャ号」だった。

 

 攻撃した魔導師はターニャ自身が選んだ攻撃要員だったが、大隊結成からの古参の隊員ではなく、対共和国戦の中での補充だった(もちろん上澄みのなかの上澄みだが)彼は、隣の戦艦を狙ったつもりが外してしまったのだ。

 

 当人は直前に攻撃したセレブリャーコフ少尉のように、一撃で戦艦を撃破出来なかったので悔しがった。

 

 しかし「ラマンチャ号」への攻撃は、ブレスト軍港攻撃の中でみると大きな意味を持っていた。というよりも、最高の戦果といってもよい。

なぜなら、タンクから漏れ出した大量の燃料が流出して炎上し、ブレスト軍港内を火の海に変えていったからだ。

 

「そうか…… 燃料か!」

 

 この攻撃を見てターニャは気が付いた。軍港にある燃料タンクだ。これを叩いて火の海にすれば、ちまちまと攻撃する必要はない。

 

 軍艦を沈めるのは面倒だが、都市を火の海にしたように……すべて焼き尽くせば良い。ああ、そういえば。真珠湾攻撃のとき、燃料タンクを叩かなかったのがいけなかったな。

 

 停戦命令がこの瞬間に出ても、燃料を燃やし尽くせば問題はない。船は動けなくなるのだから。

 畜生、こんな簡単なことに気がつかなかったとは。戦力の有効活用だ、すぐに実行せねば。

 

 だが、共和国軍の魔導師部隊が即座に接近してきた。おそらく上空警戒中の部隊が集結しているだけだろうが、すぐにワラワラと集まってくる。

 

 こちらの人数はV1に搭乗できた分、つまり大隊の半数を割っており、現状では追いつく残りの小隊があるのかも不明だ。烏合の衆に負けるつもりはないが、ここは敵地のど真ん中。しかも定数を割っている以上、逃げる算段も考えなければ。

 

「各員傾注、お客様だ。第1中隊は私に続け!第2中隊は続けて艦船と軍港施設の破壊。なお、軍港に燃料タンクやタンカーがあれば、最優先で破壊しろ!」

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※

 

 ブレスト軍港は控えめにいって無秩序状態に陥っていた。一瞬のうちに沖の艦艇が爆発し、タンカーが燃え上がった。セリーヌ少尉にしてみれば、一瞬よりなお短い時間で世界が激変していた。

 

 ともかく、潜水艦バンカーにいかなければならない。今は受けていた命令をこなすことでしか正気を保てそうになかった。少しでも別のことを考えれば、正気ではいられない。

 

 走りだそうとしたとき、「少尉さん!」と言われると同時に、オルランに押し倒された。

 

 熱い何かが、考えたくないが、光と熱と質量を帯びた何かが飛んできて、ジュッと何かが焼けるような音がした。

オルランの顔の向こう、対空砲が術式によって溶けていた。その周りにはさっきまで弾薬を運んでいた兵士が倒れている。

 

 ありがとう、オルランさん。でも、あの人たちを助けないと。ほら、体が綺麗なままだから。血が流れていないから、助かる。

 兵士の胸に大きな穴が開いて、向こうが見えていた。

 

 

 

「無駄ですよ。かれは助からない。誰も生きてはいないでしょう…… 術式の……飛沫、天使の涙ですよ。悪魔の糞とも言ってました。対帝国戦線で。私も初めて見ましたが、飛沫を浴びた人間は穴が開いて死ぬそうです。ああ糞ッ、鍋が溶けてる」

 

 オルランに助け起こされると、そのまま二人は走り出した。周囲は助けを求める声や、命令を下す怒号が響いていたが、二人はそれを無視して進んでいった。燃料が湾内で燃え広がっている。大破したり、沈没した船のせいで消火活動もできていないようだ。上空では魔導師による迎撃が始まっていた。

 

「行きましょう。少尉さん。こんな滅茶苦茶になったら、私らにできることはない。早く船に」

 

 セリーヌ少尉は、前を進むオルランというコックの評価を改めた。助けられたのもそうだし、あの大荷物がなくなって見えた背中は、紛れもなく兵士のそれだったからだ。

 

 だが、少し衝撃から立ち直った彼はこうも思っている。ここまで滅茶苦茶になると、どうすればいいのかわからないのは自分もだが、この人はどっちに進むか分かっているのだろうか。

 

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