幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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今回は帝国の軍政について小話


戦争計画──ブレスト炎上後

統一歴1925年 7月10日 帝国軍 ブレスト軍政管区

 

「……以上がブレスト軍港再建計画の骨子であります」

 

神経質そうな士官から書類の束を受け取ったクナイセン中将は、ご苦労と答えた。

 

「この紙束の内容は、要するに半年はまともに再建出来ません。といったところか」

「あまりにも要約しすぎですが、概ねその通りです」

 

 はあ、とため息をついてみても、何か変わるでもなし。ついてきた写真を見て見れば、ブレスト軍港の惨状がありありと分かる。

 

 現状を大雑把に言えば、海に鉄とコンクリートの残骸をぶちまけたようなものだった。船首を直立させている現代美術のような巡洋艦に、ひしゃげた電波塔、そして吹き飛ばされた燃料タンク……共和国大西洋艦隊が3か月は全力で動ける量が消滅していた。

 

 幸いにも市街地、というか周りの工廠や工員家族住宅は残っている。あの少佐にも人道があるのかと中将は考えたが、実際は、艦船を重油で焼き尽くせばすべての話が終わる。民間施設?そんな暇も意味もないとターニャが判断したためだった。

 

 この他、艦船とタンク以外の被害が少なかったのは203大隊がブレスト軍港の燃料タンクを破壊した直後に全周波数帯で帝国軍全体へ停戦命令が出されたため、さっさと撤退したことも影響している。

 

「座礁している船は重油火災に巻かれて使用不可能。引き上げも時間がかかる。か、こりゃあ再建は骨だぞ。203大隊は頑張り過ぎだ。ところで、海軍サンはブレストをどうするつもりだ」

 

「私も詳しくは聞いておりませんが、どうやら水上艦の設備はあきらめ、潜水艦艦隊の根拠地にするそうです」

 

 もともとの戦争計画にブレスト軍港どうこうの計画はなかった。ターニャがブレスト軍港を強行偵察するといったとき、帝都の見立てでは戦争終結まで秒読みであり、共和国の領土と賠償金を少々頂いて終わらせる予定だった。

海軍としては賠償金代わりに艦船を受け取る案があったらしいが、それが実行に移されたかはわからない。

 

 現実は、帝国軍の停戦命令後も共和国軍は各地で後退と撤収を続け、ブレスト、マルセイユ、ツーロンから脱出した艦艇── 共和国の新鋭戦艦は首都陥落以前に国外にでていた──が大西洋及び地中海の合流地点へ集結、同時に「自由共和国」を名乗り戦争継続を宣言していた。

 

 停戦と同時に敵の武装解除を行うことは不可能だ。振り返ってみれば、南部に脱出していた共和国政府に銃剣を突き付けてでも、全軍の停止と帝国軍への兵器引き渡し、そして艦艇の停止を共和国政府から命令させるべきだったが、ベルンがそれに気が付いたときには逃げ出した後だった。

 

「潜水艦艦隊の根拠地か。だから大量のセメントが必要になるわけだな。海軍がこちらのセメント生産量について問い合わせてきている」

 

クナイセン中将はもう一つの書類を見ながら言った。要約すれば軍政管区内で生産されるセメント量について教えてほしいというものだった。

 

「生産物は本国にすべて送りますから、海軍の方は難しいでしょう。生産したものはまず帝国本国に送りませんと」

「ブレストは置いておくにしても、どのくらい生産できるかくらいは把握せんと、それに、我々は占領者なのだ。ここの共和国人にも渡さなければ」

 

 現代からすると意外に思われるが、帝国にとって工業生産のボトルネックになっているのはセメントだった。

 

 石炭は国内でいくらでも取れたし、鉄鉱石は旧協商連合から、石油についてはダキア公国の油田から(陸軍にとっては)必要分が出ている。稀少金属類も概ね中立国経由でなんとかなっていた。

 

 なぜセメントがボトルネックになるか。それはセメント生産の特殊性にある。

極論、石灰岩質があればどこでも生産できるセメントだが、大量生産には、掘りやすい地盤があり、集積地が近く、かつセメント工場が整備されているという条件が必要だった。

 

 石油などのように「どこで掘れるか」という云々の話ではなく「安く大量にセメントを生産できる国がセメント生産大国」というトートロジーのような話になる。

 

 そしてセメント工場を立てるにはセメントが必要で、というか工場をたてたり陣地や飛行場を作ったりするのにも必要なのだから、セメント工場のためにセメントを使うと他に回せなくなって…… と、安く大量につくるというのは難しいのだ。

 

 その点、欧州大陸最大のセメント生産国は共和国であった。帝国はこの戦争の継続に向けて生産体制の強化を急いでおり、共和国からの資源や原料を活用するつもりだった。

 

 軍政管区の(確定していないが)管理者であるクナイセン中将がレルゲンなる佐官にセメント生産についての話を聞いた時には感心したものだが、実際に生産量を把握し、どれだけを帝国のためにつかえるのか(当然占領地の家や工場を作るのに使わなければならない)

 

 そのあたりを考えるのが自分の仕事になるとは、彼は考えもしなかった。なにせ帝国は驚くべきことに占領地の運営についての計画はなく── 当然ながら植民地経営と占領地経営は部分的に重なっても異なるものだ── 泥縄式に現在鋭意製作中だった。

 

 というか、その責任者の1人がクナイセン中将だった。

 

「すべて奪い去るわけにもいかない。タタール人の如くすべてを奪い去ってしまうわけにはな」

「そう考えれば、タタール人は気楽な戦争をしていますね。馬に食わせる草さえあれば、極論、食料と給料は略奪ですべて賄っていた……」

 

 占領者として、なるべく礼儀正しく振舞うのは当然のことだが、どう効率よく生産し、輸送するのか。

 考えることは山ほどあったが、ともかく、この書類については終わっている。

 

 いやいや、ご苦労。そう言ってクナイセン中将は部下を下がらせた。海軍サンとの話は明日だな。分かった。下がってよし…… ところで、オンシは今日飲みに行くか? そうかそうか久々の酒か、よろしい、大いにやれ。

 

 部下が出ていき、司令官室に一人になった彼は、しばらくたってこの部屋で交わされたあの、203大隊の少佐との会話を振り返った。

 

──奴らは祖国を捨てて、逃げ出すつもりです!

──反抗戦力を逃がすつもりなのです!これを放置すれば──

 

その先は、考えなかった。

 

……結局、あの少佐が言った通りの事態になったわけか……クナイセン中将は思った。

 

 世界に冠たる我がライヒ。彼は帝国の理想を心から信じていたが、帝国の統一事業の中で取り込まれたババリア人らしい素朴な人生観── 何事も適度にこなして、自身と周りがそれなりに幸福なら、それでいいではないかという感覚を多分に持っていた。

 

 共和国が殴りかかって来た時は腹も立ったが、始まったからには任務を全うし、こちらからも殴り返して半世紀、せめて四半世紀は共和国が戦争をできないようにする。そして、ささやかな平和を帝国に残す。そう考えていた。

 

 世の中の人間が帝国軍人と言われて想像する── 任務に忠実で、凝り性で、理想に対して誠実な──いわゆるプロシャ人気質とは違っていた。

 

 個人としては考えるならば、善良で、一回り下のゼートゥーア・ルーデルドルフ両人より人間が丸いといえる。

 

 だが、戦争は終わっていない。彼が少将で退役とならずクナイセン「中将」となったのは、色々な原因があったけれども、一番の理由は戦争が続いているからだ。終わりなき戦争。継続する戦争。血を流し続けて行う「総力戦」という化物。回転ドア作戦による前線兵力の撃滅に本土全土占領。ここまでやってまだ戦争は終わらない。

 

 彼は参謀本部の人間ほどこの新しい思想に明るいわけではなかったが、身をもってその言葉の不気味さ、非人間さを痛感していた。

 

 もしターニャがこれを聞けば、顔には決して出さずとも、心の中で嗤ったかもしれない。

 

 失礼ながら閣下、今更理解したのですか、と。

 

 

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