幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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演習後2──後ろに目をつけろ

 203大隊仮設駐屯地 大隊長執務室

 

 仮設駐屯地は合衆国義勇兵団の一部と共用となったため、ターニャは執務室を別棟に移動させていた。引っ越しの面倒こそあったが、なかなか居心地の良い部屋を割り当てられたのだった。

 大きな執務机の上には直前に行われたブリーフィングの資料がある。

 

「……少佐殿、よろしかったのですか」

「質問の要点ははっきりと述べたまえ。……大方あの合衆国人たちについてだろう」

「はい。少佐殿は気にしていらっしゃるようでしたから」

 

 気にしている。とは演習で合衆国人たちが見せた機動や戦技のことだった。演習が終わったあとにターニャは「セレブリャーコフ少尉、連中は妙な技を使うぞ」と呟いていたから、そのことについて副官の彼女は気になっていたのだ。

 窓辺に立ちながら、彼女の上官たるターニャ・デグレチャフ少佐は珍しく何か悩んでいるかのような声音で続けた。

 

「セレブリャーコフ少尉。義勇兵団と演習をしてどう感じた? 私は…… そうだな、素人の割に動きが良すぎると感じたのだが」

 

 おや、とセレブリャーコフ少尉は思った。彼女が仕える上官は常にはっきりとした言葉を使う。あえて曖昧な表現を用いるときはこちらに何かを気づかせようとしたときだが、今の言葉にそのような含みはなかった。本当に何か迷いがあるらしい。

 

「はい。少佐殿。私もそのように感じました。連携が取れているのに個々の動きが悪く、そうかと思えば近距離戦闘では── 」

 

 死角を取ったのに避けられた、それも何回も、かね。ターニャが後を続けた。その通りです。と後を引き継ぐ

「はい。たしかにベテランと新人で技量や飛行時間の差はあるでしょう。しかし、この違和感は共和国の魔導師にはありませんでした。同じ部隊の中でも技量の差は歴然でしたから、よく分かります」

 

 この先は明らかに非論理的なものだった。だが、彼女の上官は続けろ、と目で言っている

 

「事前の資料を見ると飛行時間にはバラツキがあります。ですが彼らは明らかな新人でも、こちらの攻撃を予測したとしか思えない機動を取ることがありました」

「光学欺瞞や乱数回避はどうだ。あれなら外した理由になるが」

 あえて常識的な推測を挟む、ただし、それは次の言葉を促すためのものだった。

 

「はい。いいえ、少佐殿。ご存知のように完全な混戦状態では乱数回避の意味はありません。同じ理由でこちらがデコイに騙されたということもないでしょう」

 

 そうだろうな。と言いながら彼女は執務机の椅子に(少し苦労して)座った。そのまま、机にあった合衆国義勇兵のプロフィールと合衆国製演算宝珠の簡単なスペック表がある。

 

「結果として演習は我々の完勝だが、それでも気に食わない。なるほど、新人でもラッキーということはあり得るが、何回も起きればそれは偶然ではない。まさに背中に目がついたように、だ。これをどう考える?」

「後ろが見える…… まさか本当に背中に目を、背後が見えるような術式を使っている?」

「……まあ、一つの考えだが、術式による身体強化はできても、人体に存在しない器官は作れないだろう」

「では術式で視野を全体に広げた。でしょうか」

「フクロウやハトではあるまいし、人間がそんな視界で空戦ができるとは思えん」

 

 ダメ出しされて、そうですか…… とセレブリャーコフ中尉は凹んだ。あと「ハトって視界が広いのか」とどうでもいい知識に感心していた。

 

 機動性や術式の破壊力を見るに、連中の演算宝珠と補助宝珠のスペックが際立って優れているわけではない。もちろん、馬鹿正直に全てを申告しているとは思えないがね。とターニャは続けた。

 

「こちらが全く知らない、あるいは再現できない術式や技術を使っている可能性がある。是非ともその秘密は知りたいところだ」

 そう言って、この話題は終わった。

 退出した後、セレブリャーコフ少尉は大隊結成のときに似たようなことを言われたことを思い出していた。思い出すのも苦しいが、アルペン山脈での演習のときだ。

 ──さあ諸君、死にたくなければ迎撃しろ

 ──馬鹿か、後ろに目をつけろ!!

 

 あれは本当に死にそうな経験だった。あの人たち── 合衆国義勇兵団に同じ訓練ができるとは思えない。なら、どんな魔法を使ったのか。

 魔導師が魔法について考えるのは滑稽かもしれないが、彼女はその魔法が知りたくなった。

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※※※※※

 

講堂の中に入ってきた人間は3人だった。

まず図版掛けを抱えたアドルフ・ペツェル伍長、その次に203大隊指揮官ターニャ・デグレチャフ少佐、最後が副官だった。

キャシディ中尉は最前列に座っていたから、入ってきた少佐についてやっと詳細に観察出来た。目鼻立ちは整っており、将来は恐ろしい美女になるだろうと予感させる顔立ちであった。そう、将来においては。

 

空の上では小柄な女性程度に思えたが、本当に子供だな。そう思ったキャシディ中尉はその衝撃を顔に出さないように努めた。相手にとっては失礼になるからだ。

 

だが、ターニャをはっきりと見た後では、驚愕と納得がないまぜになっている。

軍隊とは階級によって命の重さそのものが変わってくる組織だ。だから階級が低くなるにしたがって上官の能力について極めて冷酷な判断を下すし、そのスピードも早い。一目見てダメそうな上官のために命をかける兵士はいないからだ。

 

余談だがこれは必ずしも命令への不服従を意味しない。それは上官への裏切り以前に、戦友への裏切りであるからだ。その場合、自身と戦友のために上手く切り抜けるよう最善の努力をするという事になる。

(なお、戦時における『最善の努力』の中には手榴弾を使ったものもある。合衆国軍は長い間そのような事故の発生件数では世界一だった)

 

帝国組は当然のように本心から上官への敬意を示している。一方の合衆国組は(上官への礼儀を失ってはいないが)ざわついていた。流石に背後を振り返るわけにはいかないが、明らかに動揺している。あえて心の声を想像すれば──

 

──嘘だろ、まだ子供だぜ

──国の妹と対して変わらない年齢じゃないか?

 

その間に、伍長は手早く図版掛けを組み立てて、何枚かの写真── ガンカメラの連続写真らしいものや、下から撮った写真 を並べ、副官は踏み台をおいて調整をしていた。

(声の様子から状況終了を伝えた女性士官であるとキャシディ中尉には分かった)

 

「よっと」と踏み台の上に立った203大隊の大隊長は体格に対して大きすぎる指し棒を担ぐように持った

 

「合衆国からの義勇兵団諸君、諸君らの戦いぶり見事だった」

 

 講堂に響くのは子どもの高い声だったが、話す内容は軍人のそれだった。やや舌足らずな発音だが問題なく理解できる合衆国語である。

 

「全体の講評に入る前に、私が合衆国に対して抱いていた偏見が、誤りであったことは述べねばならない」

 

彼女はまず、合衆国軍人について述べるようだった。それからいくつかの写真を指し示す。その行動に、帝国側から驚きの声が漏れる。キャシディ中尉たちは知らなかったが、ターニャが(お客さんということを差し引いても)他部隊の魔導師に好意的な評価を下すことは珍しいからだ。

 

「高高度からの強襲に対して、あれほど秩序だった統制射撃による対応を見せる部隊は我が帝国でも多くはない」

 

その後に続いた、無論、個々の対応を見れば不十分な点はあるが、東部軍では十分にやっていけるだろう。という言葉は(コテンパンにやられた)合衆国組にとってはまあまあ褒めているのだろうなという反応であった。

帝国組にとってはターニャが罵倒7分称賛3分といった評価を下したのが分かった。

 

「さて、その個々の対応についてここから講評を行う。ああ、そんなに長くはならないから安心してほしい」

 

講評は非常に厳しいものだった。ガンカメラと203部隊の面々の確認をはさみながら一人一人に『なぜその戦闘機動をとったのか?』『そのときの行動は適切であったのか』を理詰めで問われるのだ。

 

もちろんそれ自体は合衆国でも行われていたし── 実戦によって鍛えられた帝国とは方法が異なるが、魔導師の育成については合衆国もそれなりに優れている 指摘自体は全く正当なものだった。だが、それを幼女に言われるとなれば別だった。なんとか反論を試みる者はいたが、皆撃沈されていた。

 

「ケネデ…… あー、キャシディ中尉でいいのかな」

 

最後になったのはキャシディ中尉だった。

「はい、大隊長殿」

「貴官はこの義勇兵団の中でも際立った技量をもっている。しかし、そちらではスタンドプレーと言ったかな。エレメントとの連携についてはよろしくない」

「はい少佐殿、その通りです。自分はベストな選択が出来ていませんでした」

 

 細々した内容が続いたが、相方のカバーに入るのは空戦における鉄則であったから、全くその指摘は正当であった。その相方は強襲を喰らって開始早々に脱落していたが、その点については一切触れないままキャシディ中尉は返答を続けた。

 

「結構、良い解答だった」解答に満足したのか、ターニャは少し微笑むと、たしかに個人技能としては見るべきものがあった。と続けた。

 

「ところで最後の乱数回避だが、とくに貴官は勘がいいのか…… 後ろに目でもついているのか?」

 

キャシディ中尉はその言外に「貴様なんか変なことしたか?」というメッセージを受け取った。当然、この小さな少佐殿はこちらの手について気づいているのだろう。どのみち自分には答えられないから解答は決まっているのだが。

 

「常に死角を注意せよ。……国での訓練の賜物です。もっとも、自分も落とされたのであまり言えませんが」

「最低2回は私の一撃を避けたが…… 謙遜は過ぎれば嫌味だぞ。まあいい、そういうことにしておく」

 

 その後は合衆国側からの質問があった。キャシディ中尉はそれを聞きながら、やはりただものではないな。と思った。少し戦っただけで『接近警報』について感づかれた。キャシディ中尉は熱心にメモを取りながら、思考の片隅ではそう考えていた。付け加えるなら、メモの内容も全てがブリーフィングに関係した内容でない。

 

 合衆国義勇兵団が使用している機材は「帝国に見られても問題のない」程度の装備であったが、決して二線級の装備ではない。

 

 さすがに最新鋭の装備を見せてはいけないが、2流の装備を持ち込んでしまっては義勇兵派遣の意味がない。戦訓や実戦経験を得るという目的のためには、それなり以上のものを使用しなければならないからだ。だから、簡単には解析されない部分、後の世で言うソフトウェアは最新のものが持ち込まれていた。

 

 その中の一つが『接近警報』だった。ここで言われているものは大雑把に言ってしまえば、脳の中に別の思考領域を作り、空戦中の死角で発生した魔導反応に対して警告を発するものだった。

 

 平たく言えば武術の達人が感じる「殺気」のようなものを人工的に感じるようにする。文字通り『後ろに目がついたような』反応が可能になるのだ。ただ、反応速度それ自体は当人の才覚による。思考領域を広げ過ぎれば通常術式の発動に不利になるから『殺気を感じる』ことに容量を使い過ぎることはできないためだ。

 

 ある魔導師の言葉を借りれば、『めちゃくちゃうるさいパーティーで、かつ一世一代の告白をしようとするとき、遠くから呼びかけられても反応できるか』ということだ。

 

(この話を聞いたキャシディ中尉はピンと来なかった。彼は一世一代の告白とやらは空を飛ぶより大変なのかと思っている。なお、彼はその生涯で女性に不足したことがない)

 

 魔導師や術式の発動を探知することは困難なことではない。優れた魔導師の波は戦場全体へ広がるし、並みの魔導師の発する波でもかなりの距離で探知できる(だから隠密魔術飛行や非魔術依存移動という技能が存在する)

 しかし乱戦となれば周囲が術式だらけになるから、いちいち波に反応するわけにはいかない。そんなことをすれば脳の処理容量を超えてしまうからだ。

 

 この技術の肝は本来なら切り捨てる波を拾い上げることと、それが死角からであれば魔導師に伝える。という部分だった。

 

 長々と述べたが、ジャック・キャシディ中尉がターニャを驚かせた手品とはそのようなものだった。

ターニャは演習でそれを見抜いた。やはり、尋常な人間ではないらしかった。

 

 ついでに、ジャック・キャシディ個人としての判断もあった。

 彼の父親は25歳という若さで合衆国最年少の銀行頭取になった。その際の手管についてはここで詳しく述べないが、ともかくキャシディ一家にはその父の影響によって『何が何でも1番を取ること』『最年少でその地位に就くこと』という家訓がある。家訓に従えば、少女で帝国軍少佐の地位にあるターニャは間違いなく尊敬に値する存在であった。

 

 ただし、この時点では「極めて有能な現場指揮官」程度の評価にとどまっている。

 

 他の帝国や合衆国軍人のようにそれ以上の評価──好意的かそうではないかは別として を下すものではなかった。この点は『決してビジネスパートナーを信頼しなかった』という父親の人物評価基準によく似ていたのかもしれない。

 

 

 

 

 




恐るべきスパルタ訓練と戦火のなかで「後ろに目をつけた」203大隊の面々
テクノロジーによって凡人に「目を開かせた」合衆国義勇兵団

このようなソフトウェアへの各国の態度も書いていきたいですね。
そしてなんとか皇国パートへ行けそうです。

キャシディ中尉のお父様の話は史実をモデルにしています
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