幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

19 / 29
お気に入り登録200名!ありがとうございます。
また誤字脱字報告もありがとうございます。


連合王国本土決戦──アイスキャンディ島沖海戦

統一歴1926年 8月

 

 静寂を破ったのは、夜戦艦橋に備え付けられたスピーカーの報告だった。

「ナハツェーラーより報告、水平線上に敵艦らしきもの」

「敵電波アリ、感度1。発信源少数。距離不明」

 

 報告を受けたアルハンゲリ艦長は僅かに微笑み、制帽を被り直した。命令を下す。

「総員戦闘配置、水上戦闘用意急げ、主砲発射指揮所につなげ」

 

 ブザーと警報が鳴り響き、兵と士官が入ってくる。これで艦橋内は完全な戦闘配置となった。なお、ハインライン少佐の戦闘配置は一番後ろで戦闘記録を行う士官の横だ。彼も観戦武官としての任務を果たすため記録をとらなければならないからだ。

 

 背負い式の電話機を背負った電話員が艦長のそばに来る。この電話からレーダー室や主砲射撃指揮所といった各部署への連絡を行うのだ。ハインライン少佐がこれを初日に見せられたときは面倒な方法だと思ったが、帝国海軍の艦長たちからすれば、電話員が間に入らずに直通通話が可能になっているから昔より便利になっている。

 

「旗艦より発光信号。電波管制解除、各艦水上戦闘用意」

 

「レーダー作動」アルハンゲリ艦長は答えた。悠長な。とも思っている。敵とはほとんど鉢合わせのようなものだ。すぐに行動しなければならない。

 

 受話器を受け取った艦長は各部署に指示を出していく「艦長より、主砲は近い大型艦を狙え、いいな、戦艦をまず仕留める」「副砲は近い小型艦を狙え。……そうだ、その判断でよろしい」

 

 素早く指示をだして細部は各部署に任せる。それを受けて各部署は動き、全体は戦闘機械として活動する。理想的な艦長の姿だ。ハインラインから見ても合衆国でもこれほどの艦長は居ないのではないかという振る舞いだった。

 

 だが、やはり古風な指揮だとも思っている。

 意思決定を行う艦長とそれを支えるスタッフが集まる艦橋を撃たれてしまえば、戦闘の判断に遅れが生じる。透明なアクリル板に情報を書き出すシチュエーションボードも無いから、レーダーその他の情報を艦長がすぐに処理出来ないことも問題だった。指揮に必要な情報を得るのに肉眼で全てが済んだ時代は過ぎ、現在ではレーダーや航空機その他によって大量かつ高速で流れこんでくるためだ。

 

 これに対して合衆国では艦の奥深くに全ての情報と通信機能を集めたCIC──戦闘指揮所を設置する研究が進んでおり、実際に運用もされている。彼はその熱心な研究家の一人だった。この点彼も、自国の海軍技術は一番だというまことに合衆国人らしい認識がある。

 

 いや、違うな。彼の頭脳の奥底でもう一つの冷めた感情があった。

 俺は現代の水上砲戦がどうなるかを知識として知っている。夜間で正確な弾着観測やレーダー統制射撃までは出来なくても、互いに最適解を選びながら行う砲撃戦。今回は(おそらく距離から考えて)あと10分程度で決定的な瞬間を迎える。

 

 恐ろしいのだ。だから細々したどうでもいいことを、帝国海軍の後進性を見つけ出して精神の安定を保とうとしている。

 背筋に震えが走った。心臓に氷があるような感覚に陥る。武者震いではない。もしも生き残ることが出来れば、俺はこの戦訓からCICコンセプトを洗練させよう。アドミラル・トーゴーではあるまいし、運命を艦橋で決する必要はないのだ。畜生、そのためにまず生き残らなければならない。彼は艦長の方を見た。来たときと違い制帽を被っている。

 

 アルハンゲリ艦長は全ての指示を出し終えたらしかった。あとは旗艦の攻撃命令を待つだけだ。

 

 

《FDG》と《ブリュンスタッド》が遭遇した艦隊は本国艦隊に所属する巡洋戦艦《フッド》と戦艦《ロイヤル・ウィンザー》を中心にした艦隊だった。

 

 連合王国はアイスキャンディ島を占領できなかったため、そこを基地にした航空偵察を行えなかった。帝国本土から艦隊が出撃したことが分かっても、そのまま大西洋に突破を図るのか、沿岸のフィヨルドに移動するのかがわからなかったのだ。

 

 帝国の高海艦隊が大西洋に進出するには、グリーングリーン島・アイスキャンディ島・連合王国本島それぞれの間──GIUKギャップを抜けるしかない。(ほかにドードーバード海峡があるが、ここから大西洋に進出することは常識的に考えてあり得ない)そして連合王国本土から偵察機を飛ばせないグリーングリーン島・アイスキャンディ島間の海峡が最も危険な海域だった。

 

 そのため本国艦隊は出航した敵艦隊捜索のために艦隊を小分けに配置していた。だが、それら小艦隊は帝国潜水艦による偽装無電によって、別々に存在しない敵艦隊を追跡し、連携がとりにくくなっていた。

 また最新鋭の《ライオン》級戦艦は本土上陸の危険を声高に訴える議員からの圧力によって本土に留め置かれていた(実際は機関の不調の影響が大きかったが)。

 

 

 この艦隊に関して言えば、艦隊の目となるレーダーを活用できなかった。電波兵器の改装をしないまま出撃した《フッド》は索敵レーダーを装備していなかったし、完成したての《ロイヤル・ウインザー》も装備と練度に不安があったから、戦隊司令官は逆探知によって逃げられるのを(または覆域ギリギリから奇襲を受けるのを)避けるために、レーダー発信を最小限に抑える決断をしていた。

 

 不足した索敵能力を補うために艦隊に先行させた偵察巡洋艦をレーダーピケットとして活用していたから、完全な悪手をうったわけではない。

 最悪だったのは、その偵察巡洋艦が潜水艦によって撃沈されたことだった。司令部に連絡を行った潜水艦が、その後ピケット艦に発見されたと思い込み、一か八かの攻撃を仕掛けたためだった。結果、偵察巡洋艦は何の連絡もせぬまま轟沈。

 

 彼らは互いに電子の目を持ちながら、戦争でよくある不運と錯誤によって夜間遭遇戦闘に突入したのだ。

 初弾を打ち込んだのは帝国であった。《FDG》の砲弾は先頭を進む《フッド》の艦首右付近に着弾し、水柱が立ち上がる。暗闇の中に大きな巨石の柱が現れたようだった。次に《ブリュンスタッド》の砲弾。夾叉── 砲弾が敵艦を包み込むように着弾する。

 

 測距が面倒な夜間に、それも初弾で夾叉とは。帝国海軍の砲術能力は国で考えられるよりずっと高いのかもしれない。ハインライン少佐は思った。協商連合への作戦以外で本格的な艦隊作戦をしていないはずなのにここまでの練度とは。

「いいぞ、夾叉だ」

 アルハンゲリ艦長は静かに言った。口元は僅かに微笑んでいる。突然の遭遇だったが、先に仕留められるなら言う事はない。

 

 艦隊が撃ち合っている間に艦長が出来ることは、極端に言えば艦隊司令官の決断─ 逃げるか進むか に合わせて艦の針路を指示するだけだ。

そして夾叉を得た場合、このまま射撃を続ければいつかは必ず命中弾が出る。あとは、確率論と運命のみが全てを決する。

 

 何度目かの閃光。ハインライン少佐は反射的に台の淵を強く掴んだ。こちらの主砲の発射だと分かっても、体が反応していた。雷鳴のような、腹の底に響く音を感じながら、見られでもしていないかと恥ずかしくなる。

 そのときに硬い音がした。どこかに腕時計をぶつけたらしい。壊れたかな。と思いながら字盤を確認して軽く驚きを覚えた。夜光塗料の塗られた針にほとんど変化がない。戦闘開始からまだ10分と経っていなかった。

 

 彼我の距離はつめられている。決定的な瞬間までもう時間がないのも確かだった。

《アルクェイド・ブリュンスタッド》の主砲は連装砲3基、つまり6門の主砲が乗っている。夾叉を得た今、全てが敵艦へ発射された。

 

 帝国の美姫が放った攻撃は2発命中した。低い弾道で敵艦へ飛び込んだ1つは前部の副砲を蹴り上げるように台座から叩き落し、そこで砲弾のエネルギーを爆発させた。続く一発は後部煙突の基部を突き破り、後部弾薬庫付近を完全に破壊した。

 その後《フッド》起きたことはよく分からない。半世紀以上後に行われた船体調査の結果、おそらく後部の弾薬庫が爆発し、そのエネルギーで副砲の弾薬庫が、そして機関部が……と連鎖的な爆発が起きたとされるが定かではない。

 

 その直後にハインライン少佐が見たものは『軍艦美の極致』と言われた彼女の最期というにはあっけないものだった。

 先頭を進む《フッド》に閃光が走り、その直後、水柱とは明らかに異なる黒い柱が立った。そして、彼女はそのまま横転した。

 

 ハインライン少佐を含めた艦橋の誰もが、この圧倒的な現実── 敵艦の轟沈という出来事に呆然としているなか、彼はアルハンゲリ艦長の「美しいな」という言葉を聞いた。

 

 後に、皇国海軍艦隊によって悲劇的な最期を迎える《アルクェイド・ブリュンスタッド》最大の勝利の一つであったから、この場面は後世でも論争になっている。当時艦橋にいたある士官はアルハンゲリ艦長が

「おお、神よ」

と呟いたと記録しているからだ。ただ、どちらの記録でもその後を追って沈没した《ロイヤル・ウインザー》の炎に照らされた艦橋の中で、アルハンゲリ艦長は静かに微笑んでいた。とされている。

 

 連合王国艦隊の大型艦2隻を撃沈した帝国艦隊はそのまま戦場から離脱し、追ってきた巡洋艦を大破させて海上に姿を消した。帝国艦隊の損害は《FDG》の偵察機用カタパルトが壊れただけだった。

 帝国側呼称、アイスキャンディ島沖海戦は20分で終わった。

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※

 帝都ベルン

 

 帝都は勝利の歓声にあふれている。だが、誰もが勝利を素直に喜んでいるわけではなかった。

 帝国陸軍参謀本部、古典の様式で作られたそこは戦争が始まって以来の静謐に満ちていた。共和国の首都を陥落させたときのような浮ついた空気はない。

 

その中の一室では今後の戦争方針について密談が行われている。帝国陸軍の中でもその重要性から半ば独立している東部軍の参謀と、中央参謀本部の参謀が、今後の方針を含めた予備的な会話を行っていた。

 

「中央は連合王国上陸を本気で考えているのか」東部軍所属の参謀将校、ギースラー中佐はタバコを吹かしながらいった。帝国軍人には珍しく丸坊主で、煙草を持つ左手の小指が少しだけ短くなっている。

 

「……両閣下は反対しておられる」レルゲン中佐はやや含みのある言い方をした。ギースラー中佐にとって数少ない友人にあたるレルゲン中佐がこのような物言いをするのは珍しいと思ったが、彼は先を続けた。

 

「西方戦役の間、東部軍は受け取るべき装備と人員の大半を西方に回している。公称90個師団というが、大半が紙の上だけだ」

 

 ギースラー中佐の役職は、東部軍総司令部付、というものだった。具体的に言えば西方へ送られることで危険なほど低下した東部軍の戦力を維持する何でも屋だった。

 

 一応、東部軍は「東方の脅威に備えるため」この戦争中でも動いていない。だが、消耗しつくした部隊を配置換えして、東部軍の部隊と交代させるなど、一部が休暇配置になっていることは事実だった。他にも占領した協商連合への駐屯用の兵を差し出したり、装備についても多くが引き抜かれたりしている。

 

 ギースラー中佐自身、ノルデンでの戦傷を癒すために東部に回されていたから東部軍本流ではない。だが職務として東部軍の戦力維持には心を砕いていた。ギースラー中佐の生家は東部であり、父親は帝国がルーシ革命へ介入した際に亡くなっていた。

 

 なお、彼自身の戦争は前線で砲弾の破片を28個貰った段階で終わっている。東部軍にありがちな西部への嫉妬云々はなかった。軍人として奉仕できないのは悔しかったが、生き延びて家に帰れたことは素直に喜んでいる。

(そのうち25個を摘出した軍医は、魔導師でもない生身の人間でほぼ五体満足だったことを不思議がっていた)

 

「西方での戦役が終わり次第大半は動員解除、一部の要員は東部に回されるはずだった」吸殻を灰皿に押し付けながら言う。

「ところが帰ってきたら、やれ王国本土上陸だの航空決戦だの大盛り上がりだ。あげくにヤンキーから買った爆撃機を全て西部に回すときている。ウラル・ボンバーがいつからアルビオン・ボンバーになった?」

 

 ウラル・ボンバーとは対連邦用の大型爆撃機のことだった。国境からウラル山脈まで飛べる大型爆撃機の開発に失敗した帝国── 当時の技術では合衆国以外では実用化されていない はこの戦争から妙に愛想の良くなった合衆国から爆撃機を大量購入し、東部における戦力を大幅に増強させるつもりだった。『ゴーダ』と呼ばれるその爆撃機はウラルまでは飛べなかったけれども帝国航空艦隊がもつ同種のものより優れていた。

 

 だが、購入された機体の全てが大陸西岸部に配備されており、ノルデンでは西部航空艦隊と『合衆国義勇航空団』が爆撃訓練を行っていた。アルビオン・ボンバー、とは航続距離から考えて連合王国全土が爆撃範囲に入ることからそう呼ばれている。

 

「両閣下とも連合王国上陸は愚かだとお考えだ。だから、間接戦略として内海航路封鎖と南方大陸への派兵を考えておられた」

 

 ゼートゥーアは中将がいうには、根本的にこの戦争が終わっていないのが問題であり、どのような形であれ戦争が終わればそれに越したことはない。そして勝利のみを考えると連合王国本土を制覇する必要もない。ということだった。常識的に考えれば王国南部の制空権をとり、艦隊決戦に勝利するのは愚の骨頂。というような考えを持っているらしい。

 

 レルゲン中佐も煙草を消した。南方大陸への派兵でも帝国の戦力投射能力を考えれば冒険的だ。だが状況はそれを許さない…… ああ、見た方が早いな。と続けて2枚の紙を渡した。1部は陸海の各戦域でどのような戦闘が行われたかをまとめた高級指揮官向けの戦略報告、もう一つは新聞の一面だった。

 

「帝国海軍の大勝利…… 撃沈戦艦4隻?」

「そちらは飛ばし記事だ。大勝利だが連合王国の海軍が壊滅したわけではない」

 

 ローレライ作戦はその第一段階を終え、連合王国の戦艦2隻を撃沈した。現在怒り狂った連合王国本国艦隊と内海艦隊の追撃艦隊を、潜水艦と航空機で攻撃する第二段階に入っている。海軍からの報告ではさらに巡洋艦2隻を撃沈し、戦果を拡大中だった。

 

「海軍はこの作戦で敵の本国艦隊を疲弊させるつもりだ。そして航空艦隊が連合王国本土を焼き払う。そしてその後がある。少なくとも、帝室と政府はそう考えているようだ」

「その先の準備のために、東部軍から資材を引抜くのか」

 

 ギースラー中佐はそう言ってまた煙草をくわえた。しばらく吸ったあと、本気なのだな。と言った。レルゲンは黙ったまま自分の煙草に火をつける。

 要するに、大勝で皆どうかしているのだとギースラー中佐は思った。合衆国がこちらについた(少なくとも、以前より遥かに友好的になった)から皆気が大きくなっている。

 航空艦隊は合衆国から大金を払って買った爆撃機が無駄でないことを証明する必用があり、海軍もまた戦果をあげて自身の存在意義を示す必要がある。喜ばしいことにそれは一定の成果をあげている。

 

 そしてダキア、協商連合、共和国を撃破したと鼻高々の陸軍は言うまでもない。連合王国も屠り、真にこの戦争を終わらせ、戦後の政治的優位を獲得する。

 

「最終的決定は9月の半ばだ。ああ、それとこれはまだ非公式だが──」

「勘弁してくれ、その先は聞きたくないな」

 

 会話を終え、部屋を出たあと、ギースラー中佐は思った。後一月足らずで、ルビコンをこえる決断をするのだ。畜生、皆気付かないふりをしているが、ドードーバード海峡はルビコン川より広いのだ。

 だが、どうやら自分は川をこえた後の計画に関わるらしい。

 

 




面白かったら是非とも評価をお願いします。
次回は連合王国本土航空戦です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。