幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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今後に備え、先に年表だけを出しておきます。
佐藤〇輔のリスペクトです。
あと、今までの年号が全て1年ずれていたので修正しました。



欧州大戦年表─終戦まで完全ネタバレ、物語のオチまでネタバレ

 

 

 

この下にはこの物語の終戦まで書いてあります。

本当のネタバレです

 

 

 

 

オチまで書いてます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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欧州戦争年表(連合王国・皇国が関わるもの)

 

・1925年8月

・連合王国本土空襲開始

→皇国陸海軍、リレー輸送により連合王国南部ラルフォースに航空隊と魔導部隊を配置。アルビオンの秋津洲語より「英南空」と呼称、以後英南空はロンディニュウム攻防戦に参加

・ギースラー中佐、デグレチャフ少佐と共に連合王国本土上陸作戦計画の会話を行う。

 

 

8月22日パトマック川事件

・メアリー・スー、協商連合出身者と共に南部連合情報部の手引きで集団亡命、合衆国魔導部隊を振り切り南北国境を突破し独立南部連合へ

・メアリー・スー、この戦いの中で剣豪ミヤモト・マサシの二天一流に開眼。そのままテキサス・サムライに志願

 

8月27日「ローレライ作戦」完遂、連合王国本国艦隊及び内海艦隊の艦艇20隻に大打撃

 

9月6日~17日 帝国「鷲の日」作戦

・203大隊は南部の防空拠点であるドードーバード城を完全破壊

・「ゴーダ」爆撃機により本土南部のレーダーと飛行場を完全破壊するも、連合王国の航空戦力の撃滅には失敗と判定される。

 

9月半ば

・皇国近衛軍、魔導混成団の戦力化完了。福田中尉、正式に近衛軍所属となり戦車小隊の小隊長となる

 

9月16日

・最高統帥会議はゼーレーヴェ作戦発動を来年の5月として事実上の中止を決断。

今後の戦略を南方大陸への出兵、及びマルタン島・ジブラルタル攻略による内海の安全化と連合王国のエンパイヤルート遮断へと変更

 

・帝国は戦後の南洋領の割譲もしくは軍駐留権と引き換えに、今後の合衆国の中立とさらなる武器取引を要請。これに合衆国は帝国先端技術を希望し、帝国・合衆国の密約が成立。V1関連技術が合衆国へ引き渡されることが決定

 

 

10月~12月 南方大陸作戦

 

・10月12日 ガルベンジの戦い

 203大隊、ロメールを強襲した共和国軍へ燃料気化術式を使用してせん滅

 

10月18日 アラ・アラメイン攻防戦

10月20日 アリグザンドリア陥落

 

・南方大陸作戦終結。帝国はトルクメーン諸国の反乱と合わせ、帝国軍南方大陸派遣軍団は運河地帯を占領

・皇国海軍欧州派遣艦隊及び魔導師部隊、連合王国軍のスエズ撤退を支援

 

 

12月17日 

ジブラルタル攻略作戦

 

魔導部隊のみの攻撃でジブラルタル要塞は陥落、同時期にビスケー湾海戦が勃発、連合王国内海艦隊は本土へ撤退

 

12月20日 イスパニア共同体「アンダアンダ会談」

・占領したジブラルタルの戦後引き渡しを餌にイスパニア共同体のもつカリブ海島嶼の使用権やモリブデン鉱石の取引を持ち掛けるも、フィリッピンへの影響から色よい返事はなく、イスパニア共同体は戦争への厳正中立を確約。またイスパニアルートでの合衆国との貿易ルートが開かれる

 

1926年

 

1月

・皇国海軍機動部隊進出開始

・マルタン島攻略作戦、帝国は空挺作戦に成功するも大打撃を受け、以降空挺作戦を行わなくなる。

 

・1月~3月

マクラン海攻防戦(ペルシア海の戦い)

帝国内海艦隊と潜水艦隊を中心にした通商破壊作戦、帝国海軍は皇国、連合王国合わせて空母2隻、戦艦2隻を撃沈。

 

・2月~8月(大西洋の戦い)

大西洋の戦いが1回目の絶頂を迎える。一部帝国潜水艦隊はカリブ海に進出。

独立南部連合は合衆国に対抗して義勇兵団の派遣を開始、テキサス・サムライ、ガズデン軍団(ガラガラヘビ軍団)正式に結成

 

・連合王国本土爆撃再開するも、独立南部連合義勇兵の参加により失敗。

テキサス・サムライたちの初陣

 

2月12日

・帝国高海艦隊は戦闘機基地としてジェットラン諸島攻略を目指し、艦隊を出動。史上初の空母同士の戦いが発生。勝敗は帝国の戦術的勝利におわるも占領に失敗

マレイ・バーク少佐、義勇艦隊の一員として駆逐艦による突撃を敢行

 

 

・メアリー・スー、連合王国王女の前で御前試合を行う

 

2月23日

・ソマリ半島先端にて近衛軍魔導部隊と203大隊が衝突、

補助法具として副腕をもった皇国魔導師にターニャ驚愕

 

・ジャスパー・マスケリン率いる欺瞞部隊、203大隊を罠にかける。

 

3月26日

 ・連邦軍、東部国境を突破、東部戦線が開かれる 

 ・3月27日203大隊はモスコー襲撃

 

4月3日

 ・ティゲンホーフ市防戦が開始、以降東部戦線は激しい戦いへ

 

6月 連合王国・秋津洲皇国が正式に『枢軸軍』となる

   ・南方大陸攻略作戦「トーチ」開始、南方大陸の帝国軍部隊は持久作戦へ

   

第二次アラ・アラメイン攻防戦、近衛軍戦車部隊、帝国軍と交戦

 

・7月にサラマンダー戦闘団結成、合衆国義勇兵団の増派

 

 

東部戦線では5月~11月にかけて連邦軍を殲滅。この間キャシディ中尉はペツェル伍長とともに戦線後方から逃避行を行う。アディ、キャシディと共に戦後は合衆国に渡ることを決断。

   

8月に内海にて初の大規模水上砲戦が勃発、マルタン島の帝国航空艦隊が完全に無力化

内海の海上輸送を巡る大小の海戦が勃発する

 

12月8日

皇国海軍機動部隊・連合王国空母部隊合同の「T作戦」発動

→帝国内海艦隊のホームポートであるトリエステを中心に空母艦載機による攻撃開始、帝国内海領の海上・航空戦力は完全に喪失。帝国内海領への空爆開始

 

12月25日

第二次ビスケー湾海戦、帝国海軍の勝利。皇国の戦艦《剣》と刺し違えて《アルクェイド・ブリュンスタッド》沈没、ハインライン少佐はアルハンゲリ艦長の最期を目撃する。

生存者203名。ハインライン少佐、キャシディ中尉に救助される

 

1927年 

 

1月 サラマンダー戦闘団本国へ、合衆国義勇兵団の帰国開始

 →キャシディ中尉、外国人志願兵としてサラマンダー戦闘団へ入隊

 →キャシディは合衆国試作装備をターニャに渡す、合衆国名「ナイチンゲール」は帝国軍特殊装備「ナハトガル」となる

 

    

4月 枢軸軍のフィヨルドへの浸透作戦「大槌」作戦開始

  メアリー・スー、協商軍人を無礼打ち

ターニャVSメアリーの初戦闘「なんだあのふざけた似非サムライはbyターニャ」

 

5月 連邦軍の春季攻勢開始、戦力不足により壊滅

6月 南部連合と連合王国によるジブラルタル奪還作戦、サラマンダー戦闘団は緊急展開するも、空母からの魔導師部隊に翻弄されて敗北

 

8月 東部戦線にて資源地帯進撃を目指した「鉄槌」作戦開始。大きく前進に成功する

 

12月 連邦軍の冬季反撃開始

帝国軍は合衆国製の装備によって大幅に戦力を増強し、連邦軍に壊滅的打撃を与える。連邦軍の戦力は完全に枯渇

 

 

1928年

 

※1926年から続く西部戦線航空戦は海峡から後退、枢軸軍による西部工業地帯への爆撃を許す。

 

6月 帝国軍東部戦線にて「青の場合」発動

 

連邦書記長は皇国と連合王国を信用しきれず、シルトベリア軍団移動の時期を逸してしまい、帝国の攻勢に対応できず。

またシルトベリアへの工場疎開の成功からモスコー放棄を決断する。

 

10月 モスコー占領

同時期に臨時首都ゴーゴリにて軍司令官ブリブリン大将によるクーデターが勃発。ブリブリン、共産党、軍事会議の三つ巴の内線状態へ

 

勝利した軍事会議は「ルーシ共和国」の成立を宣言して全面的な戦線後退を開始

「ルーシ共和国」は正式に秋津洲皇国と和平条約を結び、以後シルトベリアで戦力の回復につとめる。

 

12月

・帝国はモスコー陥落を記念した動員解除を行う。ターニャ、久しぶりの休暇

 

1929年 

 

1月 北の暴風作戦

・帝国高海艦隊は空母を囮に枢軸艦隊への攻撃を実行。打撃を与えるも大きく消耗し以後バルチック海奥地の港にて艦隊の保全に努める。

 

3~5月

・連合王国・皇国海軍機動部隊による沿岸攻撃激化

 

6月 大陸反攻「オーバーロード」作戦

 

サラマンダー戦闘団と皇国近衛魔導部隊・テキサス・サムライが激突

ターニャとメアリーの2度目の激突はメアリーの敗北に終わる。帝国戦車部隊は橋頭保目前へ迫るが、艦載機による爆撃と駆逐艦の艦砲射撃により反撃に失敗、枢軸軍の大陸反抗を許す。

 

同日セルブール空挺作戦、高垣大尉率いる皇国魔導師部隊は恐るべき損害を出しながら港湾部を占領

 

・ギースラー大佐、戦闘団を率いて友軍脱出を支援

・合衆国最新鋭爆撃機「B29」の実戦投入開始、枢軸軍の後方に大打撃を与えるものの効果は限定的、枢軸軍はジェット戦闘機の投入を急ぐ

 

・サラマンダー戦闘団、アルジャンに包囲された友軍の撤退作戦を支援、ターニャ、共和国における焦土作戦を具申するもゼートゥーア大将により却下

 

8月 共和国首都パリィスィ解放

 

9月 アンヴィル作戦、内海より南部連合欧州派遣軍が上陸

クナイセン大将は全面撤退を決断。南部連合パルトン中将は共和国北部への大進撃開始。

共和国における枢軸軍戦線は10月につながり一連の作戦は終了

 

10月 

東部戦線にて「ルーシ共和国」軍による限定攻勢開始、帝国軍はモスコーを放棄。帝国は大打撃を受けるも戦線の整理に成功

 

・フランソワ共和の完全開放に合わせて枢軸軍は戦線の整理を開始、同時にイルドア経由での極秘交渉再開

 

・帝国航空艦隊「フロッテ作戦」

総力をあげた航空作戦開始、第2次ライン航空戦の開幕

・合衆国義勇兵団は大損害により正式に帰国、ハインライン少佐はキャシディ中尉を説得するも中尉は帰国を拒否。

 

12月 ロメール攻勢

帝国軍は冬の悪天候を待って枢軸軍の補給拠点アンヘルムを目指した限定攻勢を開始

ターニャは前世の記憶から反対するも作戦は強行される。

 

前世の記憶と異なり港の攻撃まで成功するが、天候の回復により枢軸軍が航空攻撃を開始したため即座に後退。

作戦は部分的に成功し時間は稼げるも、損害に見合うのかターニャは迷う。

 

1930年

・双方ともに打撃を受けたため冬季自然休戦が発生。旧協商連合地域ではパルチザン活動が活発化

メアリー、辻斬りと呼ばれる単独攻撃で帝国軍へ恐怖を与える。

 

・フィヨルド沖航空戦

帝国航空艦隊はV1を利用した対艦攻撃を行うも、戦果誤認により空母の大半を打ち漏らしたことに気が付かず

 

3月15日

皇国海軍『富岳』の実戦投入開始

フォレージャー作戦、枢軸軍フィヨルドへ上陸

北方戦線が開かれ、帝国軍は旧協商連合地域より段階的撤退開始。メアリー、家にもどり自宅のカギを庭の石の下へ隠す。

 

5月 

東部戦線にてルーシ共和国による「バグラチオン攻勢」開始。

西部戦線に戦力を引き抜かれた結果、東部戦線は大幅に弱体化していたため全面的な後退から敗走へとなりかけるが、大幅に増強されたサラマンダー戦闘団とゼートゥーア大将による指導で後退に成功する。

 

・バグラチオン作戦に呼応した枢軸軍の攻勢「ブルーボルト作戦」発動

前世では考えられない秋津洲皇国の機械化攻撃によって低地帯防衛線が崩壊。帝国にとって最悪の結果におわる。帝国本土に枢軸軍が踏み込まれたため本格的な休戦が囁かれる

 

4~6月枢軸海軍「決1号作戦」

・沿岸部への艦載機攻撃から始まり、バルチック海への航空攻撃までの一連の作戦。帝国高海艦隊は戦力を完全に失う。

 

8月 北方戦線終結、協商連合地域完全開放、メアリー・スー、凱旋。

 

10月 

サラマンダー戦闘団とレルゲン装甲師団、東部にてルーシ共和国の補給拠点を攻撃。その後帝国軍は大規模包囲に成功し帝国東部戦線における最後の勝利を飾る。

 以降は大量の避難民を西方に脱出させつつ、東部国境地帯での絶望的な防戦に移る。

 

12月10日 「ライヒの守り作戦」

西部戦線突出部への帝国軍最後の攻勢開始。ターニャはジーゲルによって改造された「ナハトガル・ツヴァイ」サラマンダー戦闘団の古参兵に「ナハトガル」を装備させて最後の決戦に挑む。

枢軸軍の虚をつくことで混乱を引き起こし突出部を潰すが、攻勢限界に達する

 

12月25日

帝国軍の戦線再構築に対して混乱から立ち直った枢軸軍は反撃を開始

近衛軍専用戦域支援宝珠「建御雷・七天夢想」を装備したメアリー

試作火力プラットフォーム「ナハトガル・ツヴァイ」を装備したターニャ

両者最後の激突。ターニャが勝利するも、直後の枢軸軍攻勢により撤退、メアリー生存

 

1931年

1月10日 帝都ベルンにてクーデター勃発、ゼートゥーア大将が鎮圧。

2月6日 森林三州同盟・ジュネーブにて各国停戦協議開始

 

1931年 2月14日停戦が発効

 枢軸、帝国、ルーシ共和国による「バレンタイン休戦」によって欧州大戦は終結。

 

??ターニャとメアリーの会話、サブマシンガンと刀を交換する

??福田少佐、高垣少佐両名。皇国皇主への謁見が叶う

 




この年表も書き換わる可能性はありますが、概ねこのような流れです。
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