誤字脱字報告ありがとうございます。
「はーい、お嬢さん。いま何処にすんでいるの? ねえねえ、俺たちと遊ばない?」
サッシュ・シャツをきたガラの悪い若者。ステレオタイプなワルである。裏路地で少女は囲まれていた。
チンピラは5人。対する少女は徒手。万事休すか?否、少女の眼は静かだ。全く動揺していない。
「……ええ、いいですよ。遊びましょう」
鈴の音のような発音で、少女は言った。まさか受け入れてくれるとは思わなかったのだろう。ワルたちは少しあっけに取られた。
「へへ、まさかこんな好き者がいるとはな」
「オイオイここでやっちまうのか」
「でも、この靴は汚したくありません」そう言いながら少女は、靴を脱いで脇にきちんと並べる。
奇妙な動作。しかし、秋津洲人ならご存知だろう。ある流派の侍は試合の時に履物を脱ぐ。
これはサムライの動作であった。そしてゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばす。手は緩く何かを握っている。そう……何かを握っている。
なんだ? 何かを握っているのか。刀だ。少女は刀を握っている。
そこにないが、たしかにそこにある。二振りの刀。
悲しいかな、5人には見えていない。その姿をみても何もわからない……
リーダー格の男は奇妙な構えを取った少女を訝しみながら言った。
「えーっと、お嬢さん、マジ? 本当にここでヤルのか?」
「ええ、ここで殺りましょう。存分に──」そう言ったあと、あ、忘れていた。という風に付け足した。名前を名乗っていませんでしたね。
「ホソカワファミリー・スタンダード。ニテンイチリュウ、ミヤギ派門弟」
気負いもなく、軽やかに、鈴の音のように。
「名前はメアリー、メアリー・スー。いざ尋常に──」
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ワシントン中心部の外れ、郊外との境界の屋敷に老人と少女がいた。
「こんにちは。メアリーサン」
「コンニチワ。ミヤギサン」
少女は栗毛の髪をお下げにしている。眼は碧色であった。利発そうな子どもである。名前をメアリー・スーという。歳は15にもなっていない。
老人は秋津洲系の人間であった。周囲には名前の発音が難しいのでミヤギとだけ名乗っている。地黒で目が大きい。白髪で薄くなっていた。歳は80をこえている。
「メアリーサン。今日は庭の手入れをします。それが終わったら、お話をします」
老人は母音を強調した合衆国語でいった。この老人が言うと映画に出てくる東洋の魔人に見える。いや、秋津洲人であるからその通りなのだが。
二人は家の裏にある庭へ向かう。足音はしない。この老人の授業は始まっているからだ。
「足音をたてないこと」「挨拶をすること」「お話しの間は静かにすること」
はじめは遠くまで歩いても疲れない程度だった。
今では、砂利道を歩いても音がしない。少し鈍い野良猫は、彼女に気がつかない。
猫より鈍い人間なら、なおさらだった。
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ミヤギ老人のお話しとは何のことはない。居間でお茶を飲むことだ。
植民地ジョージアン様式の邸宅は広かったが、老人は日常の生活の全てをキッチンと居間で過ごしている。
前の続きをしましょう。ミヤギ老人は言った。トバ・フシミの戦いの後タイクンがエドへ逃げたところからですね。
「──タイクン・ヨシノブは周囲の人間に知らせずにエドに帰りました。なぜ?」
「……オオサカでは勝ち目がなかったから……?」
「よろしい。メアリーサン。それは情でしょうか理でしょうか?」
「お話し」は雑談のようなものから社会・文化・歴史、多岐に渡った。特にメアリーが気に入っていたのは秋津洲の歴史であった。この老人が話す歴史は彼が生きた時代のことだった。
まず、ミヤギ老人が話題について自分が知ることを話す。そしてメアリーに質問をする。歴史の話のとき、その質問は決まっていた。なぜその行動をとったのか。
情──その人の考えや人間的要素から導かれる行動。主観的なもの
理──周囲の状況や大局的な判断から導かれる行動。客観的なもの
「理…… でしょうか。エドなら自分を慕うサムライもダイミョウもいます。もう一度戦うためにエドに一人で帰ったのだと思います」
「ふむ…… オオサカ城にいる味方のサムライは信用できない?」
「トバ・フシミで敗れた後」目を伏せながら言った。逃げ出したショーグンは他人事ではないのだ。彼女も、逃げ出したのだから。
「周りのダイミョウはヨシノブを裏切るかもしれません。彼らを最後まで信じられなかったかのではないか…… そう思います」
「素晴らしい。メアリーサン。それは100点です」ニコリとミヤギ老人は言った。100点のときはキャンディーを渡すのがこの老人のやり方であった。
続けて問う。では、情で考えれば彼はどうすべきだったのでしょうか。
メアリーは答えた。自分を信じて戦うサムライがいるなら最後まで戦うべきである。それがサムライのリーダーの義務であった。このようなことを答えた。
ミヤギ老人はうなずき、そうです。それが情です。と続けて言った。情と理が分かってきましたね。
「まえに言ったように、情と理は例えるなら翼です。片方では空を飛べない…… タイクン・ヨシノブは上手く飛べなかった……」
最後の言葉はメアリーでもなく、この場にいない人間に向けたものだった。
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協商連合から亡命したメアリーが、この老人にあったのは偶然であった。
彼女が町で買い物をしているとき、メアリーが絡まれた。と言っても相手にとくに悪意があったわけではない。
しかし、たまたまそこを通りかかり、しかも体調が悪かったミヤギ老人がその相手を杖で跳ね飛ばしてしまったのだ。比喩ではない。相手はこめかみを打たれて吹き飛んだ。
メアリーは助けてもらった老人に礼を言い、その体調が悪いことを心配して老人の家まで一緒に帰えることにしたのだ。
この日のミヤギ老人はとくに体調が悪く、途中で病院に行くことになった。あまりにも体調が悪すぎてちょっと魂が半世紀以上前の京都に戻っていた。
追いかけてきたチンピラの仲間は途中で切った。杖であったから死にはしなかったが、かなり痛そうであった。
その日は病院で別れた。だが、メアリーはその風変りな(風変りどころではないのだが)老人のことを考えていた。
メアリーの父親、アンソン・スー大佐は戦死している。彼女がもう少し年上で戦う力があれば、彼女も父親と同じように戦えたはずであった。続々とやってくる亡命者と出会う度にその想いを強くしていた。
だが、強さのために何ができるのか。それは分からなかった。魔導師としての適性があることは分かったが、訓練はできない。イメージトレーニングは有用であるが一度も宝珠を使ったことのない人間には無理な話だった。
だが、魔法のような技をもった老人に出会ったのだ。メアリーはどう見ても自分のおばあちゃんより年上に見える老人が、あのような技を使ったことが信じられなかった。
後日、ミヤギ老人はメアリーの家にやってきた。どうやってか調べてきたらしい。彼は秋津洲人らしくメアリーと同居人にお辞儀をして礼の品を送り、近くに来たら遊びに来てほしいと言ってアドレスカードを渡した。
メアリーはそれを頼りにミヤギ老人の家に押しかけ、自分の身の上を話、自分に見せた技を教えてほしいと頼み込んだ。
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「私にあの技を! サムライの魔法を教えてください!」
「落ち着いてください。メアリーサン」
ミヤギ老人は困惑した。正直に言って自分が何をしたのかハッキリと覚えていなかった。事の顛末を聞いて、遂に自分も狂を発するようになったかと思っていたからだ。
達人が晩年になり刀をもって徘徊する。大昔そんな話を聞いたことがある。
「私は老人です。魔法? そんな立派なものは使えません」
「でもでも!普通の人はあんな風に何人も倒せません! 貴方は強い人です!」
「いいえ、メアリーサン、私は強くありません。強くないからここにいます」
刀を捨てて、もう何十年にもなる。貿易で成功した彼は秋津洲人社会の名士であり、異国で静かに暮らしていた。かつて京都で何をしていたか知っている人間は、本国でももう鬼籍に入っているはずだった。
強い? 強い人間は皆死んだ。弱かった自分たちは生き残った。ミヤギ老人にはそんな会話をした記憶がある。その相手は大臣となり、爵位を貰って数年前に亡くなったはずだ。
だが、メアリーの身の上を聞いた時に何かしたくなったのだ。孫娘ほどの少女に頼み込まれたからかもしれないし、亡命者であった彼女に同情した。否、己を重ねたのかもしれない。
新天地で一からやり直した。おそらく立派な仕事もした。だが、負けてこの国に来たのは間違いないのだ。生き延びてしまったといってもよい。
やり取りの中で、ミヤギ老人はこの少女のために何かする気になった。
最初、自分の家に時々手伝いに来てほしいといった。謝礼を支払う。そうしながらゆっくりと考えればいい。
貴女は若い。何でもできる。例えば、学問で身を立てる。この国の女性は世界で一番元気で幸福なのだ。残酷なようだが、母国では君ほど幸運ではない人もいる。この国で前向きに生きていくことも人の道だ。
言いながら、ミヤギ老人は自分が噓をついていると思った。この口ぶりは、京都に出ていくことを反対した叔父ではないか。分際を知って静かに生きる道を説いた、ゆっくりと何もしないまま死ねといったあの叔父ではないか。
少女は
私はこの少女に何もしないまま死ねといっているのか。それがどれほど残酷な事かは己が知っているではないか。
叔父を斬って、己の夢は始まったのだ。ならば。
その日からミヤギ老人はこの少女に己の知識を教えることにした。
※※※※※※※ ※※※※※※※
路地に一人少女が立っている。
(なんて手ごたえのない相手、これじゃワラマキの方が上等だわ)
仮想の刀の血を払って、あるべき場所に収める。
刀がなければ人が切れないとは常識である。常識を超えたところに途はあるのだ。
もっとも、刀を持っていることにして首筋を手刀、そこまで驚く技ではない。存在しない刀が相手を幻惑した。それだけの手品である。
しかし、5人を一刀で気絶させるのは…… やはり、息が上がってしまう。だが、時間にして30秒に満たなかったこの立ち合い。一瞬の勝負で息が上がるのは無駄な力が入っているためだ。
(息が上がってはダメ…… これでは首を落とせない)
靴を履こうとして膝から崩れる。やはり相当に気を張っていたらしい。実戦は稽古ととは全く違う。
「なんだぁ!てめえは!」
……前言撤回、相当どころではなかった。全く足音に気が付かないとは。もう一人来る。
万事休すだ。体勢を整えるより向こうが一歩早い。
──正面から走り寄る敵をメアリーは見つめた
ああ、それはいけないわ
やってはいけない選択
メアリーは寝転ぶ要領で倒れた。空中に黒い塊のような体が見える。
そのまま倒れてきた敵の体をメアリーは手刀で断ち切った。
跳ね起きるようにして、空に浮いた体にもう一度。敵は、地面に叩き付けられた。
──天才剣士にして偉大な教育者、シュウサク・チバはとびかかる猪をこのように切ったという。
があッと敵は息を吐いてそのまま終わった。
全てが終わった。全員気を失っている。目覚めるまで時間があるし、後からきた人に任せればよい。
メアリーは自分の手をまじまじと見つめた。斬った。今の一撃、間違いなく手ごたえがあった。
ミヤモト・マサシの技ではなく、シュウサク・チバの技から成功するとは。
ふうと息を吐いて靴を履き、そのまま路地を後にする。ああ、この人たちをなんとかしなければ。監視についている方にお願いしよう。全く人の覗きをするなら、助けにくればいいのに。
「FBIの方、ごめんなさい。この人たちをお願いします。」
そういって歩き始めた。
遠くから異様な足音がしてきたが、それであの6人が助かると思えばなんでもなかった。
メアリー・スー、サムライ編始まります