幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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マサカリ・グランマ・アンド・メアリー・スー 

闇の中であった。

木々から漏れる街の光もここまでは届かない。

公園の外れにあるちょっとした森。周りに人影はない。自分に向かう足音── 彼女は違和感として知覚できるようになっている は無かった。邪魔ものはいない。

 

老婆はゆっくりとやってきた。着ている黒い喪服は半世紀以上前のものだ。夜の中に溶けて見える。

老婆だがしっかりとした足取りで、その両手には鉞──マサカリが握られている。

 

メアリーはいつも通り。他所行きの服装で腰に2本の刀を差していた。いや、今日は腰に何かを下げている。

両者とも流行の装いではない。だが、女は流行を追い、男はスタイルを追うと後の人は言った。今宵の二人はスタイルを優先している。両者、得物は違えど二刀使いであった。

 

「匂い立つ……酒の匂いがしてね」

 

はじめに声をかけたのは老婆であった。二人は闇の中に立つ。間合いは10メートル。考えればこの闇の中で姿が見え、声が聞こえるのは不思議だった。

 

「すごいです。そんなに遠くから分かるなんて」

 

メアリーの言い方に邪気はない。素直に驚いていた。だが、手は柄に触れており、ぼんやりと相手を見つめていた。山を見るように敵をみる。侍の教えであった。

 

「お嬢ちゃん、酒を渡しな、捨てちまいな。それは祈りを忘れさせる悪魔の贈り物だ」

老婆は右の鉞を前にだして言った。何気ない言い方だが、刃の輝きは隠せない。

 

差し上げてもいいのですが。メアリーは言った。宛名が必要なので、お名前を教えてください。

「……聖なる禁酒運動、第3席。アリス・ガージ」

「メアリー、メアリー・スー」

 

メアリーはそう言って、腰のもの──スキットル を放り投げると、そのまま一息に斬った。中身は酒である。2つの刃が琥珀色の液体に濡れていく。

 

「酒。酒だ。汚らわしい酒だ。汚れてしまった」老婆は言った。刃と目だけが光っている。

 

殺気も敵意もない。老婆は口元に右の鉞を寄せて祈りの言葉を唱えている。

メアリーはもう一振りの刀を抜いて、大上段に双刀を構える。恐怖はない。

 

古の侍は刀をもつと、己の精神と肉体を作り変えたという。教師が良く、使い手に才能があり、刀が良ければその領域に達するのは難しくない。

ミヤギ老人との鍛錬によってメアリー・スーは静謐と死を纏いつつあった。老婆はそれを悟ったのか、鉞を構える。

 

禁酒運動の生き残り、アリス・ガージは酒に関わるもの全てを破壊する。こうなればメアリーの刀をへし折りに来るだろう。それは、サムライにとっては死を意味する。

逆に老婆が持つ二つの鉞は祈りと技術で磨かれたもの、壊せば老婆は止まる。

 

メアリー・スーの勝利条件は酒の匂いが消えるまで逃げ回るか、相手の武器を壊すこと

 

メアリー・スーはつま先を浮かせる。口元を歪めた。

逃げることは出来ない。そんな優しい相手ではない。

 

それは老婆の疾走からはじまる。迅い、巧い。驚異的な身体能力だった。

メアリーも奔る。疾い。足運びに迷いはなかった。遅れれば刀を壊される。

 

「────」

 

どちらが先か、闇の中に火花が飛ぶ。

常識的に考えて、鉞で刀を受けることは出来ない。間合いが違う。

常識的に考えて、刀で鉞を受けることは出来ない。刃が砕かれる。

 

押しているのは老婆。その鉞の動きはまさに鉄の暴風であった。メアリーは全神経を集中する。嵐を受け止めるのではなく、しなやかに受け流す。

瞬間に切り結ぶこと10合を超えたか。二人の周囲には蛍のような火花が舞った。

 

後世の剣道で二刀流は防御の型とされる。実際、守りに入った二刀流を打ち破るのは極めて困難であるから、正しい。だが、二刀流同士ではどうか。

メアリーは隙をみて離脱。老婆を中心に円を描くように移動する。

 

次はメアリーの番である。

先の先、先の後。後の先、後の後。

老婆は剣術の立会いを理解せずとも次は自分が受けに回ることを理解していた。

 

距離をとってから奔る。間合いを狂わせるために足運びに工夫があった。目測を狂わせれば刀は先に届く。細工は一つではない。

 

寸前でメアリーは高く跳んだ。ほぼ、老婆の真上から落ちてくる。

 

魔術無しに人は飛べるのか── 飛べるのだ。剣術とは究極の物理である。

フィギュアスケートが良い例だ。跳ぶ際に選手は広げた手を胸に持っていく。同じである。刀という重量物をもった状態なら、角運動とベクトルの変化により人の背丈ほどを跳ぶのは容易い。メアリーの体重と二振りの刀を考えるなら尚更だった。

 

結果、闇の中からとびかかる獣がそこにいた。ただ、碧色の目だけが輝いている。

空中でメアリーの刀は跳ね上がる。落下の速度にそれよりも疾い振り下ろし。

 

迫りくる死の影をみても老婆はうろたえない。その速度は銃弾を超えることはない。つまり、恐怖を覚えるほどではない。

昔のように体が動くならば、惨れる。

 

惨──という音がして、鉞は宙を切り

粛──という音がして、──は

 

※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※

 

 

かつて、合衆国には禁酒法という法律があった。

文字通りにアルコールの製造と販売が規制される法律である。合衆国におけるキリスト教運動の暴走や南部連合に対する道徳的優位を示すという理由はあったが、後世に「合衆国史上最悪の社会実験」といわれるようにその影響は酷いものだった。考えれば人類と酒の付き合いは宗教よりも古い。

 

人々はあの手この手で法をかいくぐって酒を飲もうと躍起になり、違法に酒を売ったマフィアは巨万の富を得た。半世紀続くマフィアの隆盛はここから始まったと言って良い。

(ちなみにジャック・キャシディ中尉のキャシディ家はマフィアの密造酒取引に関わることで資金と人脈を得てさらに勢力を伸ばした)

 

さて、そんな禁酒法時代に入る前の時代。禁酒運動が吹き荒れた合衆国に奇人がいる。

キャリー・ネイション夫人という。

残された晩年の写真を見るとまさに合衆国人が想像するグランマ、といった風である。

身長180センチのこの女性は壮年になって神の声を聴いたと言われ、右手にマサカリ、左手に聖書を持って酒場と蒸留所を襲撃し、店や酒瓶、樽を破壊していった。活動中の写真を見ると髪を振り乱し顔は修羅のようであった。それでもけが人はほとんど出なかったのだから、なおさら恐ろしい。

 

そんな彼女の名を南北に響かせた「酒を流すカンザス」事件がある。

合衆国中西部、カンザス州の大都市ウィチタ。そこにあった2つの倉庫を仲間と襲撃し、警備についていたピンカートンの私兵と衝突した。

この結果彼女が率いる「聖なる禁酒運動」メンバー12名は一部が銃で武装した50名相手に完勝。そこにあった酒を完全に地面へと流してしまった。

警備員の一人は「ハリケーンが来てもこうはならない」と後年述べている。

 

以上長々と述べたが、この興味深い人物は、この物語の開始10年以上前に亡くなっている。

 

※※※※※※※ ※※※※※※※

 

メアリーがミヤギ老人と知り合ってしばらくたった。真剣を使った稽古が始まってしばらくたつ。お話しは秋津洲史を休止し、古の剣豪たちの逸話が中心になっていた。

いつものように二人でお茶を飲んでいると、ミヤギ老人は新聞と週刊誌の切り抜きを持ってきた。

 

『キャリー・ネイションの復活?』『ブートレグデストロイヤー、バーを襲撃』『カンザスの悪夢再び』『酒飲みたちの死神、エルトン・ガーデンを破壊』……

 

頭の悪い見出しが並ぶが、最近巷を騒がせている事件の記事だった。深夜にニューヨークの酒場に現れ、あるいは路上で飲んでいると持っている酒瓶を一刀両断していく謎の老婆。

 

「最近話題の人たちですね、バーを襲撃してお酒の瓶を割っていくという」

「人たち…… 貴方には犯人は複数人に思えますか」

 

紅茶を飲みながら、ミヤギ老人は面白そうに聞いた。こう聞くときには大概不正解なのだが……

返答に困ったので記事についている写真を見る。家でも見たが酷いありさまだ。

壁一面に並べてあったであろう瓶は切られている。他にも備品やカウンターは滅茶苦茶になっていた。どう考えても個人でできることではない。新聞に出ている警察発表でも複数人の暴徒となっている。

 

うーん、と考えているメアリーをミヤギ老人は面白そうに眺め、紅茶の残りを一息に飲むとこう言った。

 

「ふむ……メアリーサン、今から現場にいってみませんか?」

「私たちが現場にですか?なぜ?」

「いえいえ、ただ、面白いものが見られるかもしれませんよ」

 

※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※

 

被害にあったエルトン・ガーデンに到着したのは夕方だった。

この店のオーナーはミヤギ老人と知り合いであったから、内部に入ることに問題はなかった。

この時代は警察による現場保存はまだいい加減であったし、営業再開のためにオーナーも警官たちを帰らせている。だが、まだ片付けまでは始まっていない。この後業者を入れて片付けをするらしい。

 

「うわあ……」入口から入ったメアリーは絶句した。

 

メアリーはこのような場所に入ったことはなかった。だが、内装から想像すると父や叔父たちのいう「落ち着いたいい店」なのだろうと思った。

 

往時の店はなかなか趣味が良いと評判であった。内部の照明の暗さも猥雑さではなく上品さを醸し出している。上品な遊び場だけが持っている王墓の玄室のような空気があった。

 

だが、今の内部はまるで嵐の後のようであった。否、嵐のでもこうはなるまい。滅茶苦茶に破壊されているよう。

だがよく観察すると主に壊されたのは酒瓶と設備だけであった。全てに切られた跡がある。

 

手にとって瓶を見てみると、壁の棚に残った瓶の切り口は綺麗であった。砕いたのではなく斬ったのだ── 正確には切った後に地面に落ちている。

 

誰もが注目するのはその犯行の異常性。犯人の特異性。

犯人(犯人たち)は黒い婦人用の喪服をきて、手に2本の鉞をもっていた。そして誰一人傷つけることなく酒瓶を破壊し、嵐のように去っていった。

 

ミヤギ老人とメアリーが注目したのは別の部分だった。

出発前にメアリーはミヤギ老人に「ひょっとして私たちで捕まえるのですか?」と聞いたとき

 

「捕まえはしません。多分、犯人は捕まりませんよ」と言って続けた。

おそらく、警察はかなり詳しいことが分かっているはずだ。この国の警官が給料分の仕事をする限り、見落としはあり得ない。首都の警察は有能だからなおさらだ。

 

「私たちは警察が気にしないことを調べます。メアリーサン、この刃物の使い方、切り方。参考になると思いますよ」

 

斬り方。メアリーは思った。綺麗に硝子瓶を斬ることは、困難であっても不可能ではない。刀でなくてもよく切れる大きな刃で、使い手が正しく振るえば1つ斬ることは可能だ。

 

ここで、筆者の取材話を許していただきたい。この稿を書くにあたって「さて刀で斬ることはどれほど難しいのか」という疑問があった。おそらくメアリー・スーというこの稀代の女武芸者にとって斬ることに苦労はないだろう。

 

ご承知の通り現在の皇国においては、およそ維新以前に作られた刀で、かつ美術的な価値がなければ刀を持つのは難しい。軍刀に拵え直したものの多くが処分されているのは嘆かわしいことだが、それは置く。

 

筆者の生まれは何ということのない郷士の出であるから、伝来の刀はない。八代の電波学校を卒業し技手として、そして軍属として戦争を過ごした私の父は、終ぞ軍刀を持つことはなかった(それどころか血の匂いを嗅いだこともない)。親類縁者を探してもそのような人はいなかったから、どうも武というものにトンと縁のない一族である。

 

さて私が必死になって資料を集めているときに、ふとこの問題が気になって古武術をやっているという編集者に「一升瓶を斬ってくれ」と頼んだことがある。相手は快諾した。

 

さっそく庭に試斬台を置き、またその上に水を入れた一升瓶を置いて実験したところ、斬ることはできた。だが、それが10本20本ならどうか。

 

様々調べていくと、世の人々は刀で色々なものを斬っている。様々の中には大凡人道に反する物もあり、書きたくない物も多い。ともかく、有名な天覧兜割から始まり鉄骨から自動車のドアを斬った武術家までいる。

しかし、硝子瓶をたくさん斬ったという武術家や大道芸人はいないらしい。一応、明治23年浅草の大道芸人で、横一文字に一升瓶を6本ばかり斬ったという記録はある。

 

話が逸れた。

 

「なにかわかりましたか。メアリーサン」ミヤギ老人は瓶を眺めて押し黙ってしまったメアリーを見て面白そうに言った。片手に無事な酒瓶が握られている。

 

今日は仕立ての良いスーツに帽子を被っている。地黒のミヤギ老人は、見方によっては南欧系の人間に見えなくもない。事実、ミヤギという姓をイスパニアあたりの名前だろうと考える合衆国の人間は多かった。

「凄く鋭利な刃物で斬ったのでしょう」メアリーは瓶の片割れをカウンターの上に置いて言った。

「信じられません。これを一人でやったのは……」

1つ2つならできる。だが、短時間で、それも壁一面の瓶ならどうか。よほどの使い手でも…… なにより、切り口の形からして複数人ではない。これは一人だ。

 

「みんな混乱しています。果たして犯人が1人か?2人か?証言はバラバラですね」

 

ミヤギ老人はそう言って瓶を近くのテーブルに置くと、そのまま離れた。

ほんの一瞬そのままで、次の瞬間に斜めに落ちた。

 

「……切られたことに気が付かない。メアリーサン、この犯人は達人ですよ。この国に、このような人間が生き残っているのは嬉しいですね」

 

皇国人らしい曖昧な微笑みを浮かべて、ミヤギ老人は言った。

 




メアリー編はあと2話くらいです。
面白かったら是非とも感想と投票をお願い致します。
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という方も是非ともお願いします
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