幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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ターニャさん久々の活躍


ドードーバード城強襲──鷲は舞い降りた

 ──9月11日に航空艦隊上層部に提出された最終的な報告書では、8月24日から9月10日までの連合王国の戦闘機喪失は780機だった。実際は320機の喪失であり、その誤差は240%にも達していた。

 この結果から後に言われるのは帝国が明らかに敵戦闘機の撃墜について過大な報告をしていた。というものだ。

 だが、戦後明らかになった記録ではこの当時の戦果報告の誤認は双方にあったことを示している。(中略)例えばエース部隊として有名な第26戦闘航空団の確認撃墜戦果は、実際の撃墜数と修理可能な損傷機、不時着機体の記録とほぼ一致するのだ。

 ここにトリックが存在する。帝国から見れば明らかに操縦困難となり、あるいは墜落したと判定された機体の多くが不時着し、大部分が修理されて再就役したのだ。帝国はこの能力を明らかに無視していた──

  D・W・コールドウェル『西部戦線の帝国空軍』 1987 旭日パノラマ社

 

 

9月1日 203大隊仮設駐屯地

 

大講堂はこの日、全ての椅子とテーブルが片付けられ、広々とした空間になっていた。

その部屋の中央に鎮座するものがある。

 

「ペルツェル伍長…… 仕事熱心なのは認めるが…… これは些かやりすぎではないか?」

「はい、大隊長殿。まだ彩色が終わっておりませんが」

「いや、模型の出来の話ではないのだが」

 

 部屋の中央には一辺メートル四方の城の模型があった。ドードーバード海峡の連合王国側、ケント州にある古城『ドードーバード城』の精密模型だ。城は岬の先端に立っているので、岬と城本体が作られている。

後の世でいうペーパークラフトだが、工作用紙とボール紙、そして糊だけで作られた模型は細部のデティールこそ省いてあるが、中世期に作られた城の様子がよくわかる。

 

 建築模型つくりを本業にしていたペルツェル伍長が仲間(と冷やかしに来た合衆国人)と共につくり上げたもので、博物館に置いてあってもおかしくないほど精密にできていた。

グランツ少尉は感心して模型を眺め、セレブリャーコフ中尉は「おー」と言いながら、ツンツンしていた。他の面々も大なり小なり感心した面持ちだった。

 

「まあ、襲撃目標の模型があればやりやすい。伍長、この短時間でよくここまで仕上げたな」

「ありがとうございます。戦友と合衆国義勇兵団の手助けのおかげであります。」

 

うむ、と頷いてから「では作戦目標について説明する」と続けた。

 

 ことの発端は5日前にさかのぼる。参謀本部から『ドードーバード城』襲撃作戦について命令が下ったためだった。

 このとき203大隊は休暇を終え、上陸作戦時の対地攻撃の研究や合衆国義勇兵団から受け取った装備についての評価を行っていた。

 キャシディ中尉を中心に戦技や開示された術式のレクチャーを受けてもいる。

 

 もちろん、本業も疎かにはせず、海峡で連合王国の船舶を臨検したり、王国本土で研究がてらちょっとした襲撃作戦を行ったりしていたが、本格的な作戦には参加していない。

 

 203大隊は上陸作戦時の橋頭保確保に必須とされていたから、休養と錬成に努めるべしというのがゼートゥーア中将からの命令だったが、実際は大隊戦力が消耗するのを嫌がったためだった。その辺りの事情についてもターニャはレルゲンからそれとなく伝えられている。

 

その事情が変わったのは、航空艦隊からの要請が来たためだった。

 

「航空艦隊は現在敵戦闘機と航空戦を行いつつ、南部地区のレーダーと飛行場を重点的に破壊している。だが敵の索敵能力が低下したわけではない」

 

ターニャが模型の傍に控える伍長に目配せすると、伍長(と兵士数名)で模型の一部を取り外した。

 

「……これ、内部構造まで……」「これ作れるなら戦争が終わっても食っていけるな」と誰かが驚嘆して言ったが、たしかに短時間(4日と8時間)で資料を集めて模型を完成させた伍長はただものではなかった。現時点での城の内部だ。と続ける。

 

 岬の海側からトンネルが掘られて兵舎となっており、数年前に「崩落の危険あり」と言う名目で閉鎖された地下は拡大されて空間ができていた。公開情報から予想された内部図だった。

 

 

「航空艦隊による電波偵察の結果、ドードーバード城地下に地区防空司令部がある可能性が大となった」模型を指し棒で示しながら、続ける。

「連合王国の防空システムは、合衆国人が言うところの『ネットワーク化』がされている。つまり、頭一か所を潰しても効果は限定的だ」

 

 ネットワーク化。多重化され、どこかをつぶされても警戒・通信ラインはバイパスされて生き残る──サヴァイヴァビリティの高いシステムだ。この当時としては驚異的な生存性を持っていた。司令部の位置ははっきりせず、レーダーアンテナを破壊してもすぐに復旧し、目視による監視と組み合わせてすぐに待ち伏せ攻撃を仕掛けてくる。

 

 だが、通信解析によってすくなくともドードーバード城には地区司令部レベルの機能があることは分かった。防空網を一網打尽にできずとも、1地区を麻痺させれば敵のリソースをそちらに回させて疲弊させることが出来る。

 

「ドードーバード城ってお城ですよね。なぜ今まで攻撃目標にならなかったのでしょうか? 我々も古城を基地にしていますが」

「ローマ以前からある城だから、航空艦隊も目標から外していた。我々の出番が来たのもそこだ」そう言って、割られた城の地下室を指す。

 

「航空艦隊からの要請と参謀本部の命令は城にあるアンテナと設備の破壊、可能ならば暗号関連の奪取だ。そして一番大事なことだが、なるべく人的被害を出すなときている」

「……アレーヌのような処置を行えと?」

「違う。文字通りなるべく殺すな、壊すなということだ」

 

 ターニャは即座に否定した。誰が言ったかはわかるが、もう一度それにつき合うつもりはなかった

 

「ドードーバード城には欧州最古の灯台があり、地下にいるオペレーターには民間人、それも女性を多く採用している。航空艦隊がゴーダで派手に吹き飛ばさないのは……」

「破壊や殺傷した場合の政治的影響が大きい。ですね」

 

 セレブリャーコフ中尉が冷めた様子で後を継いだ。上官の発言中に口をはさむのはよろしくないが、後半の馬鹿馬鹿しさを思えばありがたかった。

人道上のどうのを持ち出すのもどうかと思ったし、ならば遺体すら残らないように爆裂術式で証拠隠滅を図る。というのも周囲から見て不可能だった。

 

 否、平和を何よりも愛するターニャは断じて殺人者ではない。兵士と殺人鬼の違いは男と女ほどにも違うのだ(いや、これは皮肉だったか?)

 

 アレーヌの一件── ターニャからすれば必要だからやった。という程度のモノだが、連合王国への爆撃においては「絶対に市街地を攻撃せず」「民間人を標的とせず」という縛りを航空艦隊は課していた。

 

「アレーヌには民兵がいた。あそこには戦闘員しかいなかった。オペレーターも完全な民間人とは言い難いが、禁止というならそういうことだ」

 

 国際法上合法ということもできたし(でなければ世界各国で重爆撃機など開発されていない)すぐに復旧される飛行場やレーダー基地よりも、無差別都市爆によって戦闘機を引き釣りだし、航空撃滅と国民の士気喪失を狙った方が良いのではないかというアイデアもあった。

 

だが、そもそも機材が不足しているという現実と、機材の提供者である合衆国世論を刺激しかねないという懸念によって行う事はできない。

航空機工場への空爆によって民間人への被害は出ていたのだから今更だったが、航空艦隊はこのルールを守るらしかった。

 

「我々はドードーバード城に押し入り、被害を最小限に抑えて設備・書類を奪取する…… そのためにこの模型を作らせた」

 

ターニャの念頭には、前世でみた映画があった。模型や舞台セットを作ってリハーサルを行ったカジノ強盗や、大使館に突入する特殊部隊の映画だ。

 

「作戦開始は航空艦隊との調整によるが、天候から9月5日を予定している」

 

 そう言って、部屋の奥を指さす

                          空気が揺れ

 

                                    蜃気楼のようにどこかの司令部が映し出された

 

 「短期間だが模型で計画を立て、友邦からの贈り物である光学術式によって仮想現実で訓練を行う」

 

 短期だが、諸君ならばこなせると確信している。と言い終わったとき、ペルツェル伍長が凄まじい顔をしていることに気がついた。

 

 ああ、彼は光学術式にも拡張現実も縁のない兵士だったな。と今更ながら気がついた。

 

※※※※※※※ ※※※※※※※

 

統一歴1925年 9月6日 21時 ドードーバード海峡上空

 

輸送機の中に203大隊の一部がいた。

 

「事前計画どおり、ヴァイス大尉は囮だ。我が中隊は彼が敵を引き付けている間に城を襲撃し、パッケージをもって逃げ出す」

 

 輸送機の中には203大隊のターニャ直卒の中隊と、キャシディ中尉ら数名の合衆国魔導師がいる。他の中隊はヴァイス大尉が率いて囮として襲撃をしかけ、もう一つは海上からの支援を行っていた。

 

「キャシディ中尉は上空で援護。貴官らの術式も活用してみせるさ」

 

 暗がりの中、良く表情は見えないが微笑んでように見えた。他の数名は明らかに緊張している。203大隊については言うまでもない。ピクニックに行くようなとまでは行かないが、緊張感は保ちながら気楽に構えていた。

 

隠密作戦に他国の軍人がいるのはよろしくないが、参加させてほしいとくれば断るわけにもいかない。彼らはターニャから見てもまずまずの魔導師であったから、能力的には申し分なかったし、何より合衆国も自国人が参加した作戦についてなにか文句を言うこともないだろうと思っている(ただし、今回は捕虜となった場合に厄介どころではないので上空で援護・秘密通信の仲介役だった)

 

 輸送機の後ろから木馬── フランソワ共和製の補助法具 が運び出される。今回の作戦では大型の設備を奪取する必要があるので、輸送機代わりだった。

 

余談だが、帝国では木馬について高い評価を与えていなかったが、実際に使ってみると魔導師専用の火力プラットフォームや輸送機として使い勝手が良かったため再生産され、一部の部隊では運用が開始されていた。

 

「今回信号弾はない。中尉、通信がきたらすぐに木馬を連れてきてほしい」

 

降下要員は全員特殊作戦用のスモックを着ていた。ぱっと見では帝国軍には見えないから、少しはごまかせるときが── 否、不審者として撃たれるだけかと思い直す。

流石に連合王国の軍服をきて、その下に帝国のとはしていない

 

「鷲は舞い降りた…… いや、帰らなければならないから飛び立ったがいいか?」

「え?」

「何でもない…… そうだな。符牒の方がいいか。『鷲は飛び立った』だ。そう言ったら木馬を降ろしてくれ」

「はい、少佐。でも、飛ぶ前ですよね。なのに飛び立った。と」セレブリャーコフ中尉は言った。

「飛ぶ鳥は後を濁さず。東洋のことわざだ。できれば、飛んだことも気付かなかったといわせたい。そのほうが気分がいい。後片付けまでしっかりするさ」

 

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