1925年9月の夜、2機のフォッテンAr12輸送機がドードーバード海峡を横断して連合王国へ侵入し、ケント州海峡部上空にいた。連合王国の本土に降下した魔導部隊2個中隊は完全な沈黙と偽装によって目標に接近し、帝国軍が始まって以来の創意工夫に富んだ作戦が開始された。
共和国陥落後に始まった航空撃滅戦は続いていた。帝国は旧協商連合・共和国沿岸部を掌握しており、闘争の核心は連合王国の本土における果てしない爆撃と空中戦にあった。
海峡部における船舶攻撃、爆撃機による夜間空襲、空中戦、レーダーによる待ち伏せ。帝国軍の犠牲は増え続けたが、連合王国は無限に近い航空機を繰り出して抵抗を続けていた。
たとえパイロットの20%を失っていても、エンジン工場の操業率が下がっていても、レーダーによる王国の防空システムは有効であり続けた。帝国航空艦隊は繰り返しレーダー基地を攻撃して本土での航空活動を混乱させた。
連合王国が作ったレーダーの中でも特に高性能だったのは『ブルーベリー』と呼ばれる移動型レーダーだった。移動可能かつ復旧が容易なレーダーは航空艦隊にとって悩みの種だった。電波偵察からその基地が海峡部の何処かにあることを掴んでいた帝国は、偵察によって位置を把握し、防空システムに守られたそれを完全に破壊した。
ところが数日後そのレーダーが稼働していることが分かり、航空艦隊は驚いた。分析に参加した合衆国の専門家は、破壊したレーダーは精巧なダミーであり、自分たちを欺くために本物の重高射砲(戦車1両と同じほど高価)で守らせていたのだと指摘した。
帝国航空艦隊は1週間かけて再び写真偵察を行った。技術将校2名と下士官3名が懸命になって探すと本物の『ブルーベリー』が見つかった。それは偽装され、ドードーバード城の灯台のそばに配置されていた。
ドードーバード城が敵の防空司令部になっていることは掴んでいたが、政治的な問題から攻撃対象になっていなかった。また、関心を引かないように周囲には対空砲が配置されていなかった。
航空艦隊は爆撃による破壊を計画するも、文化財保護という理屈によって即座に否定された。
同日、同じ話を聞いた陸軍参謀本部のエーリヒ・レルゲン中佐とギースラー中佐はその写真を受け取り、部内で航空魔導部隊による破壊作戦についてのアイデアを検討した。
外科的な一撃(訳注 レーダーと防空司令部のみを破壊し、文化財に触れないこと)を条件に航空艦隊は写真と目標一覧表を参謀本部に渡した。
そのとき、参謀本部を訪ねていたある魔導師が言った「奪い取れるのに、わざわざ破壊するのですか?」
このアイデアはレルゲン中佐を刺激した。魅力的な考えだ。奪い取る ─ジョンブルの本国からレーダー基地ごと盗んで、持ち帰る! とはいえ、魔導師のみでコンテナを丸ごと、それも海峡を越えて輸送できるだろうか─ おそらく数トンにもなる複数のコンテナとアンテナを? レルゲン中佐は魔導師たちに実現可能性について尋ねた。その日のうちに、件の魔導師が、実行は可能であると回答した─
M.バイパー 『秘録 帝国の秘密戦争』 掛川書房 1976
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作戦開始から20分経った。輸送機の赤色灯の中では忙しく作業が続いていたが、半ば外様として乗り込んでいるキャシディ中尉には傍観者として過ごす余裕があった。
「土壇場の変更で、上手くいくかね」
同じ立場の合衆国軍人(彼は技術担当の中尉だった)がぼんやりと虚空を見つめて言った。サボっているのではない。今の彼は圧縮通信で送られてきた映像と通信ログを脳内で処理して自身の宝珠に格納しているのだ。
「パッケージの輸送に不安はあるが、最終試験はパスしている。ETA(※到着予定時刻)は余裕があるから大丈夫さ」
そう言ってキャシディ中尉は口元に指を持っていった。公式にはこのように発言したということだ。
輸送機の内部では木馬の最終点検が行われている。今回は2頭立てでパッケージを吊り下げることになっていた。
補助宝具は搭乗者の魔力制御を補助するものであり、絶対量を増やすわけではない。だが、単一目的のために最適な環境を整え、効率的な運用がなされるなら魔力効率は劇的に良くなるのだ。今回の場合「ものを運ぶ」ことに特化している。
通常で2トン、魔力量の多い人間なら3トンの吊り下げ輸送が可能ならば、陸戦において大きなアドバンテージとなる。10センチ砲が2トンだから、軽量化した砲ならば十分に運べるからだ(このときキャシディ中尉は知らなかったが、帝国ではこの時期ヘリコプターの研究と合わせて空中突撃砲兵の研究も開始されていた)。
セレブリャコーフ中尉は奥の方で大陸側とやり取りをしている。残りは木馬に取り付いて作業をしていた。
実験中に2頭立ての木馬をヴィーシャ─ セレブリャコーフ中尉が操る姿をみたとき、帝国人の誰かが「ヴァルキュリアのようだ」と言っていた。金髪をたなびかせて空を征く戦乙女の姿は魔力による燐光によって輝き、確かに美しかった。
ああ、だからか。キャシディ中尉は思った。帝国の錆銀ときけば多くの人間は副官のセレブリャコーフを思い浮かべるという。まあ、見た目は抜群にいいからな。大隊長殿は(見た目は)まだまだ子供だし…… と、とりとめのないことを考えながら彼女の姿を眺めていた。
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「ヴァイス大尉、よくやった。全員城内に潜入成功だ」
小声で大声を出すという器用なことをしながら、ターニャはヴァイス大尉以下の先行部隊を褒めていた。城外に残した警戒要員と地下のスキャンを行っている人間以外は全員城内に入っている。
「有難くあります…… そして少佐殿、お次は?」異常な緊張状態から解放されたヴァイス大尉の口調は平時とは異なっている。ギリギリ礼儀に反してないが「絶対に見つからずに」という緊張感は今のところ彼の外面に変化を生じさせていた。
「敵は我々に気がついていない、警備の排除も必要ないとして…… コンテナの位置は間違いないな?」
ヴァイス大尉はそれを聞きながら、背後の窓を指さした。その窓を覗き込むようにして続ける。ここからよく見えます。20メートルほどのところにパッケージ。アンテナの後ろには天幕がありますが、今は誰もいないようです…… ご覧ください。
と続けて、場所を譲るが、ターニャは目を細めただけだった。
この反応は、無言の叱責だ。隊員の1人が背後から椅子を持ち出し、どうぞと促す。
「……申し訳ございません、至りませんでした」
片眉を吊り上げ「貴官は、時々私の肉体的な事情というものを失念するな」と表情で伝えるとターニャは椅子の上に立って、状況を確認する。
「いいぞ、この際、隠蔽術式で覆って、作業を開始してしまおう」
「大胆ですね…… 対空砲はどうしますか」
「同時進行で、いや、時間をおいて潰す。ちょうどパッケージの移送準備が整ったときに騒ぎが起これば、地下への侵入もしやすい」
現時点で城内には約2個中隊がいる。事前計画では1個中隊でパッケージの周辺の作業と確保を行い、残りが対空砲の排除を行う予定だったが、パッケージの作業を優先した。
早速、ターニャが203大隊の選抜に使った光学術式の応用でコンテナを覆うと、その中で作業が開始された。
コンテナの大きさは事前の想定より大きなものだったが、持ち込んだグレーザートーチは良い仕事をした。訂正すると、工具としては申し分がなかった。
太いケーブルと固定具をバターのように切り裂き、鋼鉄のアンテナもすぐにバラバラにしてしまった(やはり、実体型魔力刃でいいのではないかという思いはあったが)アンテナを取り付けていた灯台内には誰もおらず、おそらく整備マニュアルらしいものがあったのも幸運であった。
闇の中から誰かが近づくと『スターミー中尉』『アムンゼン中尉』が気を引き付けて、その間に無力化した。
(今ので5分は稼げただろうか…… 一応衛兵の演技はうまくいっているが)
ここまでは順調であった。特にコンテナの作業はうまくいっている。だが、レーダーが使用不可能という異常事態をいつまでもごまかせるはずもない。
警備司令部内で待機していると、地下のスキャンに出していた隊員から連絡が入る。
合衆国製の添加現実術式─ ターニャが知るものに例えるならAR表示だった。視界内に透過された地下司令部の地図が入る。
ちなみに、三次元化すると個人で処理能力に差がでるため、この仮想の地図はただ目の前に半透明な地図が浮かぶと考えて良い(この時代ではデスクトップのようなユーザーインターフェイスは想像の埒外であった)。
地下の様子は分かった。かつての共和国軍司令部(あれは外れだったが)ほどの迷宮ではない。
だが、ここで派手に吹き飛ばせば間違いなく魔導師が師団単位でやって来るだろう。この作戦を行う上で敵魔導師の所在がギリギリまで掴み切れなかったのが最大の不安要素であったし、パッケージの輸送を考えると、対空砲を潰した後は即座に離脱する必要がある。
だいたい、隠密作戦でレーダーを盗みとる作戦と司令部からの機密装置奪取・完全破壊の両立は(優先順位が示されているとはいえ)不可能だ。
頭を振って、考えをまとめる。やむを得ない。すくなくともレーダーと書類は奪えたのだ。敵地で欲を出すのは危険すぎる。
『各員へ、第3段階の地下司令部への侵入は断念する。作戦は次の段階に入る─』
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同じ頃、上空で待つ輸送機ではキャシディ中尉が機体下部のアンテナと宝珠を繋げるケーブルを引き抜きながら呟いた。
「この反応。作戦が露見したか、いや違うな」
かなり距離はあるが、大隊規模の魔導師が飛行している。ルートからして爆撃機迎撃ではない。さりとてこの輸送機が見つかったとも思えない。
だが、このコースはドードーバード城に向かっていた。間違いなく面倒なことになる。
キャシディ中尉は脳内でいくつかのプランを弾きだすと足元のケースを持ち上げつつ傍らの仲間に声をかける。
「少し不味いことになった」ケースから大型のライフルを取り出しながらキャシディ中尉は言う。
─否、それは銃ではなかった。銃口がない。
「敵魔導師大隊が城に向かっている。このフェーザー銃で片付けてくる」キャシディ中尉は自身の計画について話した。
「……不味いよ。だってそれを使うのはいざってときだぜ」
「いざっていつだい?」
「そりゃあこの輸送機が落ちるとか。それに使用には駐在武官様の……」
作戦第2段階までの報告を暗号化し終わって一息ついていたもう一人は、キャシディの手短な説明のあと小声で言った。
「いざってのは、今さ」
キャシディ中尉は言った。
「僕は大隊長殿とヴィーシャに、このことを伝える。ああ、君はこいつのテレメトリーに注意して記録を取ってくれ、実戦は初だからね」
彼は親しい友人にだけ見せる笑みを浮かべ、フェーザー銃のマガジン(正確には触媒)をポケットにねじ込みながら、帝国人たちの元へ歩いて言った。
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『キャシディ中尉、報告に間違いはないな?』
『ええ、そちらに大隊規模の部隊が向かっています』
輸送の合図を出す直前の連絡、敵魔導大隊の接近。
なぜ見落としたかと一瞬考えるが、極限まで魔導反応を絞っていたのだ。それに周辺索敵に出した班でも長距離は索敵していない。
こちらから確認はできないが、報告からして敵大隊が遠いのも事実。
仮に城からのSOSを受けた後に急行しても、こちらの木馬は去ったあと。並みの大隊なら、中隊どころか小隊で軽くあしらえる練度はある。
『自分が輸送機から離れて、長距離狙撃します。あー、そのための道具は持っています』
『随分と自信がある口ぶりだな。よほど良い玩具があるようだな』
『上手くすると足止めができます。やってみる価値はあるかと』
隠密作戦で土壇場での作戦変更はご法度だ。だいたい、ターニャはキャシディ中尉が長距離攻撃手段を持っているとは知らなかった。
隠していたことに腹は立たないが、愉快な気分にはなれない。例え合衆国人が戦闘に参加することはなくとも、自身の戦力の見積もりを誤るのは、いつの時代も敗北の原因の一つだ。
だが、2トンのコンテナを2つぶら下げて海峡を渡るときに狙われるのは面倒だった。キャシディ中尉の申し出は引っかかるものがあったが、この場で却下するには魅力的すぎた。
合衆国人を戦わせることは、微妙な問題をはらんでいる。だが、言い出したのは向こうだ。
『……許可する。ただし、射撃のタイミングはこちらで指示する。いいな』
『イエス、マム。準備はできています』
囮になればよし、と考えて次の問題に思考を向ける。まず対空砲を吹き飛ばして、攪乱し、副官率いる木馬に荷物を乗せて帰るのだ。
『セレブリャコーフ中尉『鷲は飛び立った』だ。すぐに向かってくれ』
『はい、少佐殿。今から向かいます』
互いに到着時刻を合わせて、待機していた木馬は出撃した。以降は輸送機が離脱コースを取るためしばらく通信はできない。
警備司令室内では作業を終えたヴァイス大尉が報告にきていた。光学術式による隠蔽はまだ破られていない。
「ヴァイス大尉、配置につかせろ。合図が出次第、既知の対空砲を全て吹き飛ばせ。建物と人員には傷をつけるな」
「了解しました」
この場にグランツ少尉はいないのが幸いだった。とターニャは思った。必要がそれを命じたとはいえ、破壊しつくして良い都市と傷つけてはいけない文化財が存在するのだ。
何もかも間尺に合わない。
だが、コラテラル・ダメージがどこまで許容されるかわからない以上、爆裂術式で全て吹き飛ばすわけには行かなかった。
コンテナ周辺に黒い帳を下ろした人員以外、全員即座に攻撃に移れるように命令をする。スターミー中尉もお役御免だ。
『大隊各員、電波妨害と同時に対空砲を破壊せよ』
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同時刻、ターニャが知るよりもずっと早い速度でキャシディは輸送機から飛び出し、空中でフェーザー銃を構えていた。
光学系術式と術式弾はどちらも一長一短がある。例えば単純な射程だけなら光学系の方が有利だ。
だが、あまりにも長い距離を狙撃する場合には光学系独特の欠点がある。高エネルギーの術式が媒質─この場合は空中の精気 と反応して歪むのだ。これは収束光線が空気によって屈折するのとは異なる。簡単に言えばどこに進むのか全く予測できなくなるのだ。
世界を書き換えるからこその『干渉術式』
術者本人から離れるごとにその形状を保つことが難しくなるという欠点がある。
『認証コードを述べてください』
『タンゴ・タンゴ・フォックス、529、1963』
『……承認。フェーザー、スタンバイモードへ移行します』
筒の中ほどから上下に割れ、仮想の銃身が形成される。手がしびれるように熱い。
フェーザー─ 静止・破壊の頭文字から名付けられたそれは、周囲の精気との反応を極力抑えながら長距離打撃を可能にする光線だった。
長距離打撃用の索敵・観測手段もある。
『フェーザー、スウィープモードで正面を索敵しろ』
まるでホースで水をまくように、不可視の光線がまかれる。銃をうごかさなくても位相変換でそれが可能だった。1秒よりも短い間隔で正面へ向けてパルスが発振され、それが対象に命中した場合、その反応を元に最大出力で照射が開始される。
魔導探知される恐れはあるが、この技術を相手が知らない以上パルスは精気の淀みとしか認識されないはずだ。
脳内に響くビープ音が短信音からどんどん長くなり、切れ目のない音になる。目標を捉えたのだ。
『キャシディ中尉か? ……らの用意はいいぞ。できるな?』
『いつでもどうぞ』
『射撃はそちらに任せる。撃て』
フェーザー・ガン、発射。
ターニャへの返答と同時にボタンを押した。同時に心臓へと届く冷たい感覚。極限まで秘匿性を重視した不可視・不可知の光線は、しかし使い手にはその一部を見せる。爆裂術式の高揚とは全く違う、冷たい火花が体中で弾ける感覚。
……問題は、遠すぎてまたパルスで観測しなければならないことだ。
手ごたえがないのはどうにも締まらないな。と、キャシディ中尉は思った。
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攻撃自体はあっけなく終わった。対空砲の数は大した数ではなく、その次の瞬間に現れた二頭立ての木馬4機にコンテナをつり索で釣りあげるのに手間取った程度だった。
「大変です!少佐殿!なんか、凄い音がなっています!私まだ何もしていませんよ!」
「落ち着け、中尉。過積載だ。気にするな」
セレブリャコーフ中尉が吊り上げた、もっとも大きなコンテナの重さ安全マージンを飛び越していた。
「二人で同調させる。ぶっつけ本番だが、いけるな!?」
「は、はい!もちろんです!」
キャシディ中尉も『空を飛ぶ戦乙女のようだ』と形容した彼女の木馬は、よたよたとサンタクロースのように空へと上っていく。
帝国はこの日、連合王国から最高のプレゼントを受け取った。