美竹蘭。あいつとは幼稚園の頃から幼馴染で、家が真向かいだった。昔のあいつはまだ無邪気で、よく俺とモカの二人を連れて公園ではしゃぎ回っていた。そして、本当に楽しそうに嬉しそうに笑っていたあの笑顔が今でも鮮明に覚えている。
でも、いつからだろうか。あいつにあの無邪気な笑顔が無くなったのは。
☆☆☆☆☆
5月中旬。新学期も始まって、漸く新たな生活に慣れ始めてくるこの季節。ゴールデンウィークという長期休暇も終わって、早くも夏休みが来て欲しいと願うばかりの人達が増え続けている今日、俺はいつものように学校に向かうため、朝食を済ませ支度を整え中だ。
歩いて10分程度で着く私立羽丘学園は元々、女子校だったが今年度から共学校に変わった。しかし、今年度から変わったこともあり、男子の生徒は断然少ない。割合で言うなら、3対7の割合だ。もしもこれが漫画や小説の中なら、ハーレム状態になりキャッキャウフフの高校生活を送れるのだろう。というか、3割の内2割の男子がそう意気込んで入学したアホどもだ。しかし、結果はどうだ。未だに浮いた話は存在してこないし、玉砕してる男子が多数出ている。所詮は、漫画や小説内での妄想劇なのだ。
そんな事を思いながら、俺は家を出る準備に入る。腕時計の時間を見ればまだ10時前だ。余裕で間に合……う?
そこで、ふと気付く。腕時計の時刻とリビングにある掛け時計の時刻を見比べた。
「……時計止まってるし」
腕時計の時刻、10時。掛け時計の時刻、8時。
完全に遅刻だった。
☆☆☆☆☆
10分程かけて学校に来た俺は誰もいない廊下を急ぐわけでもなく、ゆっくりと歩きながら自分の教室に向かう。教室の扉の前まで辿り着くと、何食わぬ顔でガラッと扉を開き、真っ先にあいつの席を確認する。
「はぁ……また遅刻か、海。そろそろまともに来ないと留年するぞ」
そんな先生の注意など無視して、窓側で一番前の席を確認すると、案の定ある人物は不在だった。
(またサボってるのかあいつ……)
俺は頭をクシャクシャと掻きながら、扉の入り口近くにいたモカ、巴、ひまりの三人に後は頼むという目配せをしてから、
「先生、やっぱりちょっと体調悪いんで保健室行って来ます」
「今、留年してしまえば後々後悔することに……ってちょっと待てこら!私の話はまだ終わってないぞ!」
先生の怒声なんて聞く耳持たず。俺はあいつを探しに、ある場所へと向かった。
☆☆☆☆☆
その頃、教室では海の幼馴染である、モカと巴とひまりがいつもの海の言動に苦笑していた。
「ったく、海は相変わらずだな」
「まー、それが海だからね〜」
「ねぇ、ずっと前から気になってたんだけど、もしかして海って……」
「あー、海が蘭のことが好きってやつか?」
ひまりの疑問に何となく察しがついた巴。前々から蘭の事を少し気にしすぎてる行動がいくつもあった海。まるで蘭の事が好きなのではないかというぐらいの行動が多々あった。
「モカは何か知ってるか?」
「うーん。私もよく分かってないけど〜、多分そうなんじゃないかな〜」
「多分って……」
「私の勘によるとね〜、海は気づいてないだけだと思うかな〜」
「気づいてないの?」
「うん。海はただ、蘭の力になりたいっていう思いで動いてるんだと思うよ〜」
モカの答えに一先ずは納得した巴とひまり。とりあえず今は授業中だ。この話は授業終わりにでもまた話せばいいと思い、黒板の方へと向き直った。
ただ、海の言動に胸を痛めている少女がこのクラスにいたことは誰も知らない。
☆☆☆☆☆
俺は保健室に向かうわけでもなく、二階から三階へ、三階から四階へと階段を上り、辿り着いた場所は屋上へと続く扉。ガチャリと開け、格子に膝を置き、黄昏ている少女の姿がそこにはいた。
「やっぱりここにいたか」
「……ッ!海……」
突然の声にびくりと肩を震わせる蘭は、俺だと気づくと安堵して、また渋い顔をする。
「何でここに……?」
「教室にいなかったから探しに来た。蘭が行きそうなところって屋上しかないからな」
「………」
蘭は何も言わず無言のまま晴天の青空を見上げる。
「で、授業サボってここに来るということは、あの話か?」
「……ッ!」
俺の言葉に動揺を見せる蘭。
あの話、というのは蘭の家元についての話だ。蘭の家元は華道の名家で、確か100年の歴史を持ち、先代から代々受け継がれている。勿論、美竹家の娘である蘭はその華道を継ぐ権利があるというか、継がなければならない。
けれど、蘭は俺たちと一緒にいることを選んだ。一緒にバンドをしていく方を選んだのだ。しかし当然、蘭の父親が認めるはずもなく、いつの日からかまともに口を聞いていないらしい。
その時からなのかもしれない。蘭の表情が著しく暗くなっていったこと。笑顔をあまり見せなくなったこと。
「まだ認めてくれないか……」
「…………」
「蘭、何とか言ったら……」
「別に海には関係ないでしょ」
きっぱりと言い切る蘭に少し頭に来る。だけど、俺は冷静に対処する。蘭とは何年も一緒にいたんだ。頭ごなしに話しても喧嘩になって幼馴染の関係が終わる。それ以上の関係になることも出来なくなる。
「俺には関係ないか。あぁ確かに関係ない。幼馴染であっても例え赤の他人だ。他人の事情なんて知ったこっちゃないし、首を突っ込むなという言い分も分かる」
「……だったら」
「だからってそのまま困ってる幼馴染を放っておくことなんて出来ない。それをしないなんてのは幼馴染失格だ」
「……ッ!」
「別に何かしようという訳じゃない。ただ、相談して欲しいんだよ。少し話をして欲しいだけなんだよ。ちょっとした愚痴や悩みを吐き出して欲しいだけだ。一人で何もかも抱え込むな」
俺の言葉に蘭は更に黙り込む。冷静に対処してもダメかと頭を抱えていると、蘭の口が開いた。
「……今朝、父さんと喧嘩した」
「……え?」
「父さんと喧嘩したって言ったの。いつもなら父さんの言い分なんて聞かないし、無視して来た。けど、今朝はバンドやみんなの事を馬鹿にして来た……」
蘭は溜まっていた鬱憤や悩み、苦しみを全て吐き出すかのように徐々に声を荒げていく。
「それが許せなかった!私達のこと、何も知らない癖に勝手に決めつけて!バンドは悪いものだって!それに……一番許せなかったのな海のことを……悪く言った。海が私達をバンドに引きずり込んだって。海はそんなことしてないのに!!」
蘭の叫びに俺は何も言わずに蘭の隣に立つ。
「海は、悔しくないの……?」
「親父さんの言ってることは半分正しいからな。蘭達をバンドに引きずり込んだのは俺のせいだし」
「海のせいじゃない!」
「ありがとな。蘭が俺のことで怒ってくれた事だけで俺は嬉しい。よく話してくれた」
俺は蘭の頭を撫でようとしたが、直ぐに引っ込めた。本当なら今にでも、蘭に触れたい。優しく包み込んで上げたい。だが俺にそんな資格はない。まだ、なれない。だから、こんな言葉しか出なかった。
「親父さんに認めてもらうにはもう少し時間がかかるかもな。バンドは悪いものじゃないって。蘭が諦めずに主張していればいつかきっと認めてくれるはずだ。もし、それでも無理なら俺たちも一緒に言ってやる」
「………うん」
こんな事しか言えない自分に嫌気が指す。もっと他に言葉があるかもしれないのにな。かける言葉が見つからない。
そんな時、終業のチャイムが鳴り響く。
「ほら、モカや巴、ひまりやつぐみが待ってるぞ」
「うん……。あ、海」
「何だ?」
屋上から出ようとすると、蘭に止められる。
「その……海と話出来てスッキリしたよ。ありがとう」
その時、久しぶりに蘭の笑顔を見た気がした。苦笑いでも半笑いでもなく、心の底からの笑顔。気恥ずかしそうにしてるが、紛れもなくあの時の笑顔と似ていた。
俺が急に立ち止まったことに疑問を感じる蘭。
「どうしたの?教室に戻るんでしょ?」
「あぁー……次の授業社会か。武田に保健室で休んでますって言っといてくれ」
「えっ、ちょっ……!?」
「任せたぞー」
そう言って俺は、蘭に顔を見られないようにして、ドクドクと激しく脈打ってる心臓の音を掻き消すために、全速力で保健室へと向かった。
書き方変えました。