日曜日の昼下がり。屋敷の食堂で昼食を済ませた四人は、窓ガラスを絶えず打ち続ける雨粒を睨み付け、折角の休日を暗澹たる気分で過ごしている。夏の天気は変わりやすく、更に小高い丘の上に構えるこの屋敷の上空に至っては一層雲の流れが速い。午前中は蝉の鳴き声が響きわたり、煌々と輝く太陽が庭の草木を焼いていたが、それも束の間、ざわっと一陣の生温い風が吹き抜けたかと思うと空がみるみる暗くなり、あっという間に積乱雲が頭上を覆った。
椿季は翁菜を連れて街へ繰り出す予定だったらしいのだが、降りだした雨がいつ止むかも知れず、止んだとしても行き先でも降り続けている可能性を考慮すると簡単には重い腰は上がらず、今は手持ち無沙汰にティーカップを手元で転がしていた。女性陣の退屈そうな、けれどもそれはそれで楽しんでいる談笑の声を背景音にして、刑人は少し離れた席でPCのキーボードを叩いている。彼自身は別段、雨を嫌なものとして捉えてはおらず、雨音やそれがもたらす空気感など、それなりの風情があって面白いと考えているが、今日に限っては女性陣と同じく、やはり心を焦らしていた。ちらりと向けた視線が澄玲と交わる。気にしていない風に視線を戻して椿季達との会話を続けていたが、僅かにはにかみ俯く仕草が刑人との意思の疎通を証明していた。
刑人が荷物を纏めて立ち上がる。とりとめの無いの挨拶の言葉を幾つか交わし、書斎で仕事をする旨を伝え食堂を離れる。一階の中央階段を上る途中、踊り場の花瓶には真新しい向日葵が飾られていた。朝の内に家の誰かが庭から摘んできたものだろう。花びらの先端までピンと張った鮮やかな黄色に、真っ直ぐで青々とした太い茎。生命を象徴する力強さと美しさを兼ね備えた凛々しい有り様は、重苦しい湿気に満たされた室内を爽やかに彩っている。それは妻である椿季の笑顔のようだった。自分の相応をよく理解している椿季は、客観的に見ても完璧なお嬢様然といていて、落ち着き過ぎても高飛車でも無い、良い意味で感情の起伏の激しい淑女である。そんな彼女の笑顔はまさに華の咲くような美しさがあり、特にこの向日葵のような、力強い暖かみのある花がイメージにとてもよく合う。
そんな誰もが羨む完璧な妻を、これから裏切る。罪悪感で胸が一度大きく脈打ち、背徳感で首筋がチリチリと焦げる。階段を上りながら胸の鼓動は徐々に速まり、体の血液が一ヶ所に集中していくのを感じる。あの夜以来、刑人と澄玲の禁断の秘め事は継続して行われている。初めのうちは罪悪感によって戸惑い気味だった澄玲も、刑人を満たせる喜びと女として求められる悦びに気持ちが押されて、絶対に秘密を守り通すという口上のもと、刑人の要求に応えている。今日は椿季と翁菜の外出予定が変更になったので刑人に求められる事は無いと油断していたのだろうが、彼の奥底から沸き上がる欲望を抑える理由にはならなかった。
書斎に入り室内をぐるりと見渡す。程なくしてやってくる澄玲を、今日はどこで迎えようか。書斎には様々な格式高い調度品が飾られていてそのどれもが良く手入れされている。また、ゆったりと複数人で腰掛けられる大きめのソファーや、広々とした書斎机、お茶汲み程度の給仕が問題なく行えるカウンターキッチンなど、一通りの生活設備が整っている。明るい窓際の書斎机の上には、廊下にあったものと同じ向日葵が一輪挿しに生けられている。甘いにおいが鼻腔を突き抜け脳にそよいだ。
廊下では気にならなかったが向日葵の香りとはこんなにも主張の激しいものなのだろうか。花に関してあまり素養の無い刑人は向日葵の迫力ある大輪の花に興味を向けたことはあったが、その匂いにまで気を回したことはなかった。見た目の力強さとは裏腹に濃厚で粘りつくような匂いは、淫靡に揺れる澄玲の薫りを連想させる。喉が渇く。
丁寧に並べられたグラスを一つ取り、キッチン裏にある流しの蛇口をひねる。蕩けた脳を冷水で締め直し、気だるげにデスクチェアを目指す。柔らかく重厚感のある背もたれに体重を預け深く息を吐く。背後の大きく縁取られた窓の外は降り続ける雨粒が窓ガラスに当たって弾け、滝のように流れている。澄玲はこの窓枠から外に身体を晒しながらの行為に興奮しているようだった。誰かに見られるリスクを羞恥心に変えているためか、それとも初めて身体を重ねたあの日の裏庭が眼下に広がるためだろうか。
あの夜、刑人は確かに飢えていた。椿季という極上の料理を平らげたあとも満たされず、澄玲という禁断の果実に手を出した。あの夜はどうかしていた、などと自分を正当化したりはしないし、相手が誰でも良かったわけでも無い。澄玲は刑人にとって日常の象徴で、屋敷の平穏な毎日を語る上で彼女は無くてはならない存在である。兄弟も無く母子家庭で育った刑人にとって、同じ目線で気負いせず、けれども困ったときは心の拠り所になってくれる彼女を、まるで本当の姉のように慕っていた。妻である椿季とも長い付き合いであるし、椿季を大切に思う気持ちにおいてもこの二人はよく似ている。当然一人の女性として魅力的であることも言うまでもなく、時折見せる無防備な姿に何度もたじろぎ、密かに悶えた。
相手が誰でも良かったわけでも無い...それは裏を返せば澄玲となら男女の関係になる事を望んだとことになる。例えその過ちが繰り返され、いつかその身を滅ぼし、抱いた平穏を瓦解することになろうとも、その相手が澄玲だったなら、それでも許して、いつもの笑顔で受け入れてくれるのではないか。。
なんとも自己中心的で、ご都合主義的で、愚かな考え。
刑人本人も吐き気を催すほどの醜悪な願望を否定したいが、客観的になればなるほど理想からかけ離れてしまう。もはや何かを願うことすらも罪であるかのような意識に支配されそうになったとき、小さなノックが部屋に響いた。
突然意識を呼び出されたので、入室を促す声がややうわずった。胸は鼓動が早まったのは、先ほどの驚きのせいか、これから始まる『こと』に対する期待のためか。ゆっくり、恐る恐るといった感じでドアを開け中の様子を伺う澄玲の目を見る。期待、不安、焦燥、高揚、恐怖、愉悦、罪悪感...少なくとも食堂で椿季たちと談笑していた時の穏やかな笑みは消えていた。平静を装い、禁忌に触れようとしている刑人を諌めるような表情にも見える。だがそれが一層、刑人の内側に巣食う獣の息を荒立てるということを、彼女は理解していないのだろう。或いは理解していて尚あの表情を浮かべられる女で有るのなら、彼女は既に、やがて来るであろう終末にその身を焼かれる悲劇すら受け入れている事になる。
室内を進み、刑人のいる窓際の書斎机へ。交わす言葉もなく椅子に座ったままの刑人に抱き寄せられ、唇が重なる。彼女の仕事着である割烹着を脱がし着物の前を乱暴に開き、中途半端に胸元が露になる。一瞬強ばった身体が唇から伝わる刑人の感触であっさり解かされていく。もう何度も経験したスイッチの切り替え、まるで唇から刑人の体液が入り込み、自らの中身が押し出されて排出されているようだ。
そこから先はただ委ねるだけ。澄玲の自我は熱や汗と共に放出されて、刑人にされるがまま支配される。
もはや抵抗など無く、着衣のまま裾を捲りあげられ、、刑人の牙に貫かれ、食べられ、混じりあっていく。刑人の獣が乗り移り、その動きに合わせて伝播するように澄玲の体が跳ね、激しく打ち付けられる澄玲の体が規則正しいリズムで机を軋ませる。
机の上で倒れた一輪挿しから水が溢れた。中の水は幸いにもそれほど多く無かったようで、カーペットに染み込むまでには至らなかった。いずれにしても快楽に脳を焼かれた二人には、ぶちまけた水や倒れた花瓶を片付けようという意識はない。何故ならもっと濡れていて、もっと鮮やかで、もっと匂い立つ果実を貪ることに夢中なのだから。
どれ程の時間そうしていたのか、澄玲は腰が抜けて自分で立ちあがる事も出来ない。机の天板に突っ伏し息も絶え絶えに目を閉じて、荒い呼吸を整えようとしている。刑人は脳裏に粘りつく雑念を何度も放出し、心地よい脱力感を覚えながら澄玲の背中を見下ろす。彼女は拒まずに刑人の暴欲を受け入れているが、その理由を尋ねることは出来ずにいる。刑人は彼女の親友の夫であり、屋敷の主人である。およそ真っ当な恋愛感情では無いことは明白だ。彼女にも少なからず苦悩があるのだろうか。何も考えていない、ということは無いだろうが、いずれにせよこの危うい逢瀬は、澄玲の心一つで容易く急変するものであるのだから、となれば主導権は一体どちらのものなのだろうか。
普段であれば、澄玲との事後は急速に冷静さを取り戻す刑人であったが、今日はどうにも意識が判然としない。目の前で身体を机に預けて呼吸を整えていた澄玲も、いつの間にかそのままの姿で眠りに入っていた。机の上には未だに転がったままの花瓶と向日葵。気だるい身体を奮い立たせて澄玲の身体を抱き抱えソファーまで進みそこに横たえさせる。澄玲の着衣は乱れたままでふくよかな胸や白い太股が無防備に晒されているが、今の刑人にそれを直す気力はない。せめて花瓶を...そんな意思とは裏腹に意識はみるみる遠退いていく。もう動けない。まぶたが重い。こんな室内の状況を誰かに見られでもしたら...刑人は薄れゆく意識の中で、澄玲がなるべく早く目を覚まし、二人の密会の後始末を済ませてくれること願った。
...ガチャ
...
むせかえる程に濃密な甘い香りが漂う書斎に足を踏み入れた翁菜が、無表情のまま室内を見回した。
部屋の壁にはめ込まれている換気扇のスイッチを押して、カウンターキッチンの裏から布巾を取り出し、書斎机の天板を丁寧に拭き取る。机の上で倒れたままになっていた花瓶を立て直し、向日葵の花は淡々とした表情でゴミ箱へ捨てた。机を拭いたことでお手製の薬をたっぷり染み込ませることになった布巾は僅かに悩んだあと、水で洗い流した後にやはりゴミ箱へ。
これらの一連の行動中、翁菜の振る舞いはあまりにも自然で、まるで刑人と澄玲の姿など目に入っていないかのようであった。実の姉が乱れた着物から四肢を投げ出して横たわっていても、そのとなりで屋敷の当主が下半身を露にして眠っていても驚くどころか眉一つ動かさずに『仕事』をこなしたのである。
...
するり、と翁菜はおもむろにパンツスーツを脱ぎ捨て、白く引き締まった長い脚を露にした。歩を進めると白いYシャツの裾から、更に白い純白の下着が見え隠れする。普段の翁菜の姿からはまるで考えられないはしたない格好のまま、眠る澄玲の前まで来るとしゃがみこみ、澄玲のしっとりと柔らかい太股の間へ頭をうずめ、小さな舌を尖らせて丹念に舐めはじめた。澄玲自身の汗や刑人の体液にまみれてベタついた澄玲の太股が、今度は翁菜の唾液によって汚されている。丹念に、執拗に、、足首を掴んで時々体勢を変えさせて、取り零しがないように濡れ滴らせていく。澄玲は目を覚まさない。
澄玲の両脚に挟まれるような格好の翁菜の頭が徐々に奥へ奥へと潜り込み、遂にその付け根にある澄玲の最奥に到達した。一際濃厚に匂い立つ澄玲のそれを舌先の感覚で探り当て、輪郭をなぞるように唇を這わす。軟体動物のように蠢く翁菜の舌に合わせて小さく反応する澄玲ではあったが、それでも目を覚ます気配はない。にもかかわらず身体は反応し、刑人との行為が終わった後とは思えないほど水気を取り戻してきた。溢れる蜜をすすり上げる水音が部屋に響く。いつしか翁菜自身も自らの下着の上から秘部を擦り慰めている。彼女も澄玲に同調するように身体の感度を昂らせ、時折小さく跳ねる身体と漏れ出す吐息を誤魔化すように一層入念に舌を動かしはじめた。
程なくして翁菜の体が何度か小さく脈打った。僅かな硬直の後、するりと澄玲の股の間から翁菜の黒髪が現れる。表情は相変わらずいつもの淡麗な翁菜のままで、テラテラ光る唇の周りを事も無げに先程まで自分を慰めていた指で拭き取る。品質の良さそうな翁菜の下着にはくっきりと、彼女自身の行為の痕跡が浮き出ていても、それを気にする素振りもなく、脱ぎ捨てたパンツスーツを履き直し、衣服の乱れを正した。もう、いつもの翁菜である。
窓の外の嵐は幾分和らぎ、雨音に紛れて木々が風に揺れる音も届くようになった。そう言えば夕飯の支度に入らなくては。お嬢様はお風呂から出られただろうか。
そんな事を考えながら、ひょいと澄玲を担ぎ上げる。あまりに自然に、至極簡単に人間一人を軽々と持ち上げる小柄な少女は、最後にぐるりと部屋全体をみて回った。汚した部分は掃除したし、部屋の空気もおおよそ入れ替わった。男が一人半裸で眠っているが、いずれ目を覚まし自分で着替えるだろう。
全ての痕跡を消して、翁菜は担ぎ上げた澄玲と共に部屋を出ていった。
何の変哲もないいつもの書斎。嵐が過ぎ去り明るい日差しが差し込む室内には、暖かい陽気の中に寝息を立てる刑人の姿だけがあった。
あとがき
3話目。起承転結の承(少しだけ転)
突拍子のないことをさらっと表現する不気味さ好き好きおじさん。
あとジメジメしてるのってなんかエロいよね