雲一つない澄みきった青空の下、張りつめた冬の空の静寂に溶け込むように一台のミニバンがゆっくりとした速度で通り過ぎていく。エンジンに火が入ってやや時間が経った車内は外気ほどの冷たさは無いものの、寒さを凌ぐために着込んだ分厚いダウンジャケットのせいで、この時期は常にブクブクに着膨れしている。
『四葉フラワーアレンジ店』のミニバンがこの丘の上の住宅街に赴く理由は殆どの場合が生花の配達であるが、この日の目的は違うようだ。お得意様であるところの大きなお屋敷の門前を通りすぎ、そこから少し道なりに進み、開けた空き地に出たところで車は停まった。空き地とは言うもののちょっとした公園程度には整備されていて、周囲にはちらほらと子供の声が聞こえる。見晴し台からは眼下の都会のビル郡がよく見下ろせて、視線を流すと元来た道の途中、木々に隠れてかすかに件のお屋敷も見える。
運転していた四葉フラワーアレンジ店の店主の三葉が、歩いて公園の中に進んでいく。車外はやはり身を刺すように寒く、一瞬引き返そうか悩んだが、肺の中に取り込んだ清浄な空気は想像以上に清々しく、見上げた青空は目を凝らせば成層圏まで見透せそうなほど深い。寒さは容赦ないが、それに見合う爽やかな恩恵も悪くない。そんな事を考えながら見晴台に幾つか設置されているベンチの一つに腰掛けた。
人の目を気にする素振りもなく煙草に火をつける。
吐いた紫煙は風に流され眼下の街並みをうっすら覆い、消えていく。ここからでは人間一人一人の動きを捉えることなど到底不可能であるが、日常生活で縁の強い風景や街並みに関しては、おぼろ気には認識することが出来た。人は五感の情報を、記憶や想像で補完できる生き物だ。例え肉眼で認識出来ずともそこにあるものや触れたことのある過去を頭の中になら鮮明に呼び出せる。
「刑人、か。流石の血筋とでも言うのだろうね」
我が子の面影を名前というあやふやな記号で記憶の中から呼び起こし、彼の父親の姿に重ねる。
色褪せた記憶の中でその男の姿が日を追うごとに鮮明になっていくのは、果たして息子のDNAだけの影響だろうか。もしかするとあの豪奢な屋敷に暮らすと少なからず性格や人格も似てくるのかも知れない。
三葉は自分の赤子に、そんな面影が浮かび上がる遥か昔に刑人と名付けた。本来、『刑』という文字にポジティブな意味は含まれない。『刑罰』『天刑』などといった人を罰する使われ方が多く、通常ならば人名には適当ではない文字であろう。また、この『刑』という文字は草冠を付けることで『荊』となり、花や樹木に纏わる人名漢字には珍しい、文字通りトゲのある文字になる。三葉が罪を認めさせ、罰を受けさせたかったのは刑人本人ではない。しかし期せずして刑人は、彼の父親と同じ罪を犯すことになった。刑人の父親は例のお屋敷の先代当主、つまり、妻である椿季の父親である。
三葉は先代当主の時代からこの丘の屋敷に出入りしている花屋だった。当時は今よりももっと多くの使用人がいて、この国の要人の出入りも多かった。実際天才的な才覚と豪快で奔放な人格はカリスマ性に溢れ、公私、男女隔たり無く彼の崇拝者は多かった。当然ながら才色兼備で気立ても良い素晴らしい妻をめとったが、子供にはなかなか恵まれなかった。しかしその問題が無くても、よくも悪くも好き放題が許されてしまう現代王の本能は一人の女では盃を満たすことは出来ず、常に愛人の噂は絶えなかった。三葉もその一人だった。いや、たった一度の誘いを断れなかっただけで愛人などと仰々しく誇称出来るものでは無いのだろうが、とにかく一度だけ抱かれ、そして身籠った。あらゆる側面から見ても、望まれない命であることは明白だったが、その父親から発せられた言葉は更に予想外だった。
「その子は養子として私が引き取る」
自らの女房が子宝に恵まれなかった時の保険として、子供を引き取る。と。
もはや子供を一つの人間の命ではなく、自分の人生の糧としてしか捉えていないようなその言葉に、落胆と共に怒りの感情が沸き上がった。ならば奥さんに子供が出来たとき、この子はどうなるというのだろう。気紛れに弄ばれ我が子すら奪われた自分の人生に何が残るのだろう。絶対に渡さない。
三葉の母親としての決意は更に強く、ささやかな恋慕すら醒めた心の孔には新たに黒い感情が芽生えた。
お望み通りあなたの人生の路の一端を担いましょう。ただしその路は、必ず貴方の足元に絡み付き、肉を裂き、あなた自らの血で彩ることになるのです。
時が経ち、いつの間にか産まれ成長したご息女と刑人が出会い結ばれるまでにも、当然ながら幾つもの裏工作を要した。等の本人達が運命に祝福された末に結ばれたとでも思っているのならそれでも構わない。血縁上は兄妹となるあの若い夫婦が積み上げた幼き愛は、少なくともある時までは本物だったのだろうから。世代を越えた復讐の荊が巻き付いたその足で辿り着く景色がどんなものであっても三葉は一向に構わない。どちらかというと幸せな結末を迎えてくれる方が、一人の人間の母親としての矜持には報いるとすら思っている。
表面上、若い夫婦と二人の女中が暮らすあのお屋敷に大きな変化は無いようだ。実際、三葉が仕事で訪れたときも、若干垢抜けた雰囲気のある澄玲がいつもの調子で応対してくれるだけなので、よくも悪くも取り付く島も無い。しかし三葉の花屋としての観点からは、長らく屋敷周辺を満たしていた動植物の匂いが消えているように感じる。これは季節的な要因もあるので何とも言い難いが、併せて色彩についても無彩色が目立つようになったと思う。庭の手入れは欠かさず行われているので、その均整の取れた無機質さが却って重苦しさに拍車をかける。家というものは人が住まないとたちどころに荒廃していく物だという、しかしこの家のように、住んでいる人間の鼓動を感じない家とは果たして家と言えるのだろうか。大きさや佇まいも相まって、そこはまるで監獄のようだ。
...
実の息子が住む家を監獄呼ばわりとはどんな母親だと自嘲する。息子に怨みは無いし、今でも祭日事に帰省して顔を合わせる程度には一般的な母子の関係は築いていると思う。ただ、我が子を愛する気持ちというものは、結局よく分からなかった。子供という存在に実感がなくて、命を預かることの重さにも責務を感じなかった。他人の子供を預かって事務的に育てているような感覚。子供を産み育てる理由が他者への復讐という歪んだ根底で支えられていたのだから当然ともいえる。三葉自身にも自覚はあったし、客観的に見れば母親失格なのだろう。しかし実際に育てられた刑人本人が自分の人生を幸福なものと捉えていて、周囲の者はその姿を羨望の眼差しで見上げているとするのなら、一体誰がこの親子を悲観し批難し否定出来るのだろう。そこには刑人本人の努力も当然含まれるものの、少なくとも三葉は一人で刑人を支え、導き、一人前の人間として世に送り出した点に関しては敬意を表されるべきで、気持ちの上でも決して小さくはない達成感と安堵に包まれたはずだ。惜しむらくは、そんな当たり前の幸せに愛情を乗せることも出来ずに子育てを完遂した事なのだろうが、それも結局の所、自分への愛が他人への愛に勝っていたという結論に尽きる。三葉は母親の前に一人の人間で、自分の人生を別の誰かに託す覚悟が出来ないまま母親になり、そこで彼女の時間は止まり、意識は霞の中に置き去りにされてしまった。霞の中を刑人の手を引き導きながらも、照らしているのは足元だけ。振り返り自らの足跡を確かめることで辛うじて進むべき方向を模索してきた。大人になった刑人がその手を離した今ですら、彼女は一人で霞の中をさ迷っている。きっと刑人の未来が、否、三葉自身の未来がどんな結末に向かったとしても、彼女の視界が晴れることはないのだろう。人を呪わば穴二つ。荊の園の主は最後の瞬間まで、自らの籠の外の景色に辿り着くことは無い。
これは、そんな物語。
誰もが誠実に自らの義務を果たしながらも、結局誰一人自分を犠牲に出来なかった者達の顛末。三葉はその物語の最初の一人であり、そして最後を見届ける者の一人である。
「そろそろ、かな」
いつの間にか遠くに沈み始めた夕陽を追いかけて、頭上には群青色の夜が迫っていた。冬の太陽は小さくて、明るいだけで暖かくも無く、すぐに仕事を切り上げるから嫌いだ。そんな子供じみた物言いを聞き届ける人影は、三葉の周囲にはもう居なくなっていた。
ザァ...
一層冷たく体に突き刺さる風が背後から吹きさらし、今日という穏やかな一日の終わりを告げる。
「━━さん」
大きく木々を揺らす一陣の風。音にかき消され、寒さで身を縮めた拍子に聞き漏らしそうになったが、三葉の耳には辛うじて、自らを呼ぶ声が届いた。
待ちわびた人物の到着。あの屋敷に住んでいて、この物語を直接的に目の当たりにしている生きた記録。三葉の思惑を理解し定期的に報告してくれる内通者。偽りの花嫁達の中にいて、もはや三葉の人生を彩る唯一の存在になりつつあるその者は━
「遅かったね。━━」
勝手に早く到着して待っていただけの三葉の声も、やはり風の音に遮られた。
二つの影法師が向き合う。丘の上を吹きさらす冬の風はより一層強く冷たくなった。
程なくしてやってくる長い夜が明けたとき、その日の光を浴びる権利は誰が獲得するのだろう。
最も。
夜明けが必ずしも晴天だという保証はどこにもないのだと、今は三葉だけが見据えていた。
-終-
あとがき
6話目。エピローグ兼アンサー章
5章と同じく、ここに誰が現れたかは読者次第。
名前の伏線は誰もが一度は憧れると思う。
荊→トゲトゲ。痛い。辛い
椿→花言葉:優美、申し分ない魅力
すみれ→花言葉:貞操、無邪気な恋、白昼夢
翁草→花言葉:何も求めない、背徳の愛
三葉、四葉(クローバー)→花言葉:約束、幸運、復讐
結婚するときに両家の顔合わせしてたらこんな事にはならない説。