ロクでなし講師と魔眼保持者 作:斎藤
場所は魔術学院から離れ、南地区。夕闇の下、薄暗い裏通りをひっそりと一つの人影が歩を進めていた。
「まったく、失敗するとは思いませんでしたわ………」
女王陛下付き侍女であり秘書官でもある女性。エレノア=シャーロットは失敗したというのに落胆の様子を見せず、笑う。
「それにしても、思わぬ伏兵がいましたね…ラヴァル=ピエル。使用魔術から年中戦争しているあのバカ国の出身。そういえば『戦場の死神』が消えたとかどうとか……彼がそうですわね」
王女殺害の阻止の功労者であるラヴァルを暴いていく。憶測ではあるが数少ない情報で誰も到達していない情報にまで到達していた。
「《求めるは雷鳴>>>・稲光》」
「ちょうど、貴方のことを考えていましたわ。『戦場の死神』」
突如放たれた雷撃をひらりと身を翻して躱す。放たれた方向を見れば多くの魔法陣を展開しているラヴァルが屋根の上に立っていた。
「特定されてるのか。さすが、『天の智慧研究会』といったところだな。まぁ、俺の素性を今更知られたところで何の意味も持たないけど。《求めるは光陣>>>・縛呪》」
「《力よ無に帰せ・均衡保ちて・零に帰せ》」
「《散開せよ》」
展開済みの魔法陣10個から光の縄が放たれ、それを《ディスペル・フォース》で打ち消そうとするが光の縄が別々に散らばることでそれを躱す。そしてエレノアを追い詰めるが10本の光の縄はエレノアを捕らえるまでに至らなかった。
「言っておくけど、それ避けたからには手加減なんてしねぇぞ。《求めるは交差のエイロート・クノム・ペスラ>>>・腐吠肉朱》」
アルザーノ帝国に来て初めて本気の、複数人を殺せる魔術を放つ。夜の闇を切り裂くように、朱の光で幾何学模様を空間に描き、そこから朱の光が放たれる。
この魔術を体に受けた者は二日後には体が腐り落ちて死んでしまう。強力故に解呪するのに5時間ほどかかる魔術だった。
本来の使い方であれば街一つを呪いで崩壊させることもできるがラヴァルは少し効果を弱めて発動した。それでも人を殺すには十分な呪いだ。
「それはマズイですわね」
放たれる魔術の隙間を掻い潜り、エレノアは安置であるラヴァルのいる場所へ、その身にナイフを持って突撃する。
「そうくるのは想定内だ」
生かして捕らえるために、わざと魔術に隙間を作った。そんなことも知らないで接近したエレノアから一歩下がる。その後、エレノアがラヴァルのいた場所へ到達した時、仕掛けていた条件発動式の魔術の炎に包まれた。
「悪いな。俺が最も得意な魔術は罠系の魔術だ。《求めるは光陣>>>・縛呪》」
光の縄が再びエレノアへと迫り、今度は確実に捕らえた。炎に包まれながら光の縄に捕らえられたエレノアはその場に倒れこむ。焼け爛れた肌が急速に治癒されていくのだから気味が悪い。
「本当に一人で捕らえるとはな」
エレノアを捕らえたのを見て、長距離からいつでも援護する魔術を撃てるよう構えていたアルベルトとリィエルがラヴァルの側にきた。
「だってこれくらいしないと俺が『戦場の死神』と呼ばれていたなんて信じないでしょ。『言い逃れをしようとしている』とか言われたら何も言えなくなるし」
「それもそうだ。もう一度聞くが帝国に牙を剥く気は無いんだな?」
「アリシアさんは俺に普通の生活を与えてくれた恩人なんだよ。恩人を裏切る気はない。といっても、帝国から俺を害そうとすれば話は別だけど」
「そうか。その言葉を信じて、今は見逃してやる」
「それじゃあ、黒幕は引き渡したんで俺は帰るよ。くれぐれも連行中に逃げられるようなことはないように」
「当たり前だ。………ラヴァル、普通の生活がしたいならその力を出しすぎるなよ」
真剣な眼差しでラヴァルを見つめていた。その眼をみて心から助言をしているのだと感じた。そして、肩を竦める。
「……肝に命じておくよ。今回はやりすぎたから、当分は動かないし」
しばらく授業は欠席だなと思いながら、その場から去っていった。
「ラヴァルじゃねぇか。これから祝勝会か?」
自分の家に帰る途中、グレンとルミアに遭遇した。祝勝会のことなど聞かずにエレノアを捕縛しに行っていたため、そんなものがあったのかと人ごとのように反応する。
「いや、黒幕は引き渡したからこれから帰るつもりだったんだけど…」
「優勝の功労者はちゃんと祝勝会に行かないとダメだよラヴァル君」
ラヴァルが帰ろうとしていればルミアが腕を掴んで引っ張る。それでもラヴァルは行こうとしない。今日は色々ありすぎて眠いから寝たいというのがラヴァルの気持ちだった。
「ルミア、俺は先に行ってるから後からラヴァル連れてこい。場所はわかるだろ?」
「分かりました。絶対に連れて行きます」
ルミアの返事を聞いてグレンは一人で祝勝会という絶望の場所へ向かう。その場で何が起きているかなどグレンは何も知らない。
「えー、グレン先生はティンジェルに任せるのかよ…」
「ラヴァル君、行く前に少し話さない?」
「……あぁ、別にいいよ」
ルミアの言葉にもう行くことは確定してるのかと呆れながら、ラヴァルはルミアと向き合った。
「まず最初に今日は私を守ってくれてありがとう。ラヴァル君がいなかったら私は今頃……」
「そんなことか。無事だったんだからいいんじゃね?そんなこと俺は何とも思ってない」
「ううん…それだけじゃない。私が助けてもらったのはこれで二度目。一度目は、あのテロの日……あの仮面の人ってラヴァル君……だよね?」
ルミアは恐る恐る聞く。いきなり確信を突かれてラヴァルは驚くが、戸惑いはしなかった。バレても仕方ないことをした自覚はあった。
「………バレてしまっていたのか。まぁ制服見られてたし、今日あれだけ暴れたらバレるよな。多分グレン先生にもバレてるだろうし。で、『魔眼』を持ってるということで脅したりするのか?言っておくが脅しには簡単に屈するタイプの人間だぞ俺は」
「やっぱりラヴァル君だったんだ…。命の恩人に脅したりしないよ。『魔眼』だってそう。私も『異能者』なの……ってそんなの知ってるよね」
「アリシアさんから全部聞いたのか?」
「うん。お母さんから全部聞いちゃった…」
申し訳なさそうに言った。勝手に聞いたことを責められると思って少し構えていたが予想に反してラヴァルは気にしていなかった。
「いや、別にいいよ。だけど、絶対に俺のことを誰にも話さないでくれ。銀髪にも一応グレン先生にもだ。聞いたということは俺が願ったことは知ってるだろ」
「うん。平穏で普通な生活を送りたいんだよね。私もラヴァル君にはそういう生活を送ってほしいな」
「俺も送れたらいいなと心の底から思ってるよ」
「あのね、ラヴァル君……もし良かったらラヴァル君のこともっと教えてくれないかな?」
「やめとけ。面白くもなんともない。ただ胸糞悪いだけだ」
「それでも、私はラヴァル君のことを知りたいの!」
「正直に言って面倒くさい。どうして俺のことが知りたいんだよ」
「それは……」
いつもなら引き下がっているはずなのに引き下がってるので聞いた。その言葉にルミアは言い淀む。何故、どうして自分がこんなにラヴァルを気にするのか。同じ『異能者』だからか。助けてくれた恩人だからか。ルミアは少しの間に自問自答を繰り返し、その先に答えを見出した。
「ラヴァル君が好きだからだよ」
「へ?」
思いもしなかった言葉にラヴァルは思考停止する。
思ったことをそのまま言ってしまい、ルミアは顔を赤くする。そして、自覚とともに覚悟を決めた。
「ラヴァル君が命の恩人。それもあるけど、きっかけは違ったんだ。普段は寝てばかりで面倒臭いとか言って楽な方に逃げる。それでも皆に優しくしてくれる。ラヴァルは覚えてるかはわからないけど、最近は魔法陣の時に教えてくれた。二組になって初めの頃、実技でカッシュ君が放った《ショック・ボルト》が私に当たりかけた時、身代わりに当たってくれたよね。その時から……」
「もういい!こっちの方が恥ずかしい!」
ルミアの言葉をラヴァルが遮る。今までの人生でここまで言われたのは初めてで背中が痒くなる。
「俺はティンジェルのことを嫌ってはいない。だけど好きでもない。だから…」
ルミアの告白を拒絶しようとすれば今度はルミアがラヴァルの言葉を遮る。
「ラヴァル君が私のことを好きじゃないことは分かってる。だから、これからラヴァル君が私を好きになるように努力するから!」
「えぇ…」
基本的に押しに弱いラヴァルはルミアの気迫に押される。何も言い返せなかった。
「ラヴァル君も少しは私のことを意識してね」
「………はい」
これは帰ったら後悔すると考えていたが、ルミアの気迫にラヴァルは敗北した。もはや承諾の言葉しか出てこなかった。
「まずは私のことはティンジェルじゃなくてルミアって呼んでね」
「ルミア」
「よろしい。じゃあ、手始めに手を繋いで祝勝会に行こうか」
「………はい」
ルミアの異常な積極性に思考力が0にまで落ち、ラヴァルは手を繋ぐという行為をおかしいとは思わず、普通に許可して手を繋ぐ。許可が出るとは思っていなかったルミアは少し恥ずかしかったが、心が満たされる感覚に頰が緩んだ。
こうして二人は手を繋ぎながら、祝勝会まで歩いって行った。
「おしょいわよラヴァル!」
祝勝会の会場に来てみれば混沌としていた。最初に出て来たシスティーナは完璧に酔っており、呂律がおかしくなっている。奥では上裸になって制服をブンブン回しているカッシュ。隅でブツブツと『決闘戦』で負けたことを自分に責め続けるギイブル。領収書を片手に頭を抱えて震えるグレン。
頭のネジがぶっ飛んだクラスメイトを見てラヴァルは平静を取り戻した。
「呂律回ってないぞ銀髪。大丈夫か?」
「ルミアー、ラヴァりゅがわたしのなまえをよんでくれにゃーい」
「酔っ払いの相手なんて大変なだけだぞルミア。無視しとけ無視」
「ルミアのことはにゃまえでよんでるのにー」
「ダメだよラヴァル君。システィは結構名前で呼んで欲しいって思って夜とか相談してくるくらいなんだよ」
「マジで?そこまで嫌だったのか。すまんなフィーベル」
「ラヴァりゅがなまえでよんでくれたー。うれしーなー」
「こいつマジで大丈夫なの?ヤバくね?」
酔ったシスティーナの素直さにドン引きする。そしてこれはダメなやつだと思った。
「うーん、これはさすがに……」
「にゃによう。わたしはへーきよへーき。それよりもラヴァりゅ。どうしてルミアとてをちゅないでるのよ」
「え」
ラヴァルは自分の手を確認すれば手を繋いでいることが分かる。そして、何故繋いだかを考えた。
その結果、ルミアの告白を思い出し、顔が熱くなった。先ほどまで手を繋いでここまで来たことに急に恥ずかしくなる。そして、忘れようと速攻で手を離して置いてあった酒を一気飲みする。
「ラヴァル君!?」
ルミアの驚く声を聞いても尚止まらない。一本、また一本と飲み干していき、グレンはさらに悲鳴をあげる。
ラヴァルが酔い潰れて意識を失うまで長くはなかった。ラヴァルの視界が歪みその場に倒れる。
「え、ラヴァル君!しっかりしてラヴァル君!」
ルミアの心配する声を聞きながら、意識を手放した。
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