となりのイゴロ   作:和平

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第1話

 法科大学に現役で合格した。

 高校では所謂“リア充”や“ウェイ系”と称される部類に入るオレが、まさか法科大学に行くとは誰も思わなかったらしく、工業科の大学を志望していた親友の翔も驚いていた。

 何故言わなかったんだと問い質されたが、法科大学志望なんて正直親教師以外の人間には、まして同級生になんて言えない。意識が高いとか自慢するような風に捉えられるのが嫌だったのもあるが、何より親友から「お前らしくないな」と言われるかもしれないことが一番嫌だった。今思えば要らぬ心配だったけども。

 晴れて4月から大学生。往々にして大学1年生という生き物は所属サークル探しに躍起になるものだが、例に漏れずオレもそのうちの1人だった。

 オレの入ったサークルは、時折院生の先輩も顔を出すほど学生同士の交流の幅が広かった。

 その院生――羽山という名前の先輩だが、他の先輩曰く「女にモテるが長続きしない」とのことで、羽山先輩本人もよく自身の恋愛遍歴を自虐ネタにして新入生の笑いをとっていた。面白い人だった。顔を合わせる数こそ少ないものの、趣味が共通していたこともあって恐らくサークルで一番仲良くしていたかもしれない。

 そんなこんなで良き先輩にも恵まれ大学生活を謳歌していた1年目の冬。サークルでは冬休み恒例のバーベキュー会をすることになった。

 何故冬に、と最初こそ疑問に思ったが、行きつけのキャンプ場には冬季割引があり、費用を安く上げるためにシーズンでない冬にバーベキュー会をするのだそうだ。

 オレも他のサークルのメンバーも、多人数で盛り上がって酒が飲めればそれでいいような人間だったのでさして開催季節に文句らしい文句はなかった。

 冬休み頭の週に実施される補講や集中講義乗り切ったのち、サークルでは予定通りバーベキュー会が開かれた。

 オフシーズンだからかキャンプ場に人は全くおらずほぼ貸し切り状態。気兼ねなく騒げると皆喜んでいた。

 このキャンプ場、近くの森に石造りの塔らしき謎の建物があり、カルト教団同士のいざこざがあったとかなかったとか一時期ネットの掲示板で話題になっていた。他にも、夜になると建物の中を歩く人影が窓から見えるとか、最上階に身投げした女の霊が出るとか、恐らく先のカルト教団の件に尾ひれが後付けされたような噂もあってちょっとした心霊・オカルトスポットとして有名だった。

 それを知った今年のバーベキュー企画責任者により、例年であればバーベキュー会の後に行われるゲーム会は、今年はその石造りの塔での肝試しに変更となった。

 15時頃にキャンプ場へ集合したオレたちは、そこから材料の買い出しやセッティングやらの準備をし、そして18時――いよいよバーベキューが始まった。

 当時の俺は現役合格なので1年時で19歳――つまるところ未成年であり本来なら飲酒など褒められたものではない。法を学ぶ者であれば尚更理解して然るべきことである。

 が、浮かれていたオレは成人している先輩たちと同じように平然と飲酒していた。

 仮にも法科大学のサークルなのでアルハラに類する行為は暗黙の了解で厳禁とされていた。が、同時に未成年の飲酒に関しては度が過ぎるなければ黙認されてもいた。飲みたいやつは自己責任で、というやつだ。

 皆が皆騒いで食って飲んでとやりたい放題していた中、羽山先輩だけはあくせくと動き回っていた。

 羽山先輩は企画責任者ではなかったはずだが、絶えず周囲の人間に気を配り、ハメを外しそうなメンツを穏やかに諌めたり、しれっと肉や野菜を焼いていたり、飲み物を補充したりと忙しそうだった。

 やがて調子に乗って飲みすぎたオレは自力で立っていることも困難なレベルで酔いまくってしまい、先輩たちからストップをかけられてしまった。

 ロッジの部屋で休むよう言われたオレは、羽山先輩に肩を貸してもらってどうにか部屋まで辿り着いた。歪みまくった視界と狂った三半規管が気持ち悪くて、堪らず持ってたビニール袋に吐いた。

 しばらくゲーゲー吐き続け、ようやく吐き気が落ち着いた頃――羽山先輩はオレをベッドに寝かせ水のペットボトルをくれた。そして「肝試しの時間になったらまた来るよ。それまでゆっくり休んでて」と言って部屋から出ていった。

 そこから後の記憶はない。恐らくそのまま寝てしまったのだろう。

 次に目を覚ましたのは早朝4時だった。

 いやに頭が痛かった。完全に二日酔いだ。まだ少し吐き気もする。

 外の空気を吸いたくて、寝てる皆を起こさないよう忍び歩きで部屋を出ようとして酷く違和感を覚えた。

 よく見ると部屋にはオレ以外誰もいない。

 おかしい。肝試しが始まるのは昨晩22時からだった。もうとっくに終わって皆戻ってきてもおかしくないなのに、何故誰もいない?

 二日酔いで痛む頭に不安が過ぎった。

 とりあえずペットボトルの水を一気飲みして無理矢理目を冴えさせてから、懐中電灯と携帯電話を持ってロッジを飛び出した。

 飛び出したはいいものの、二日酔いの体で走り続けるのはさすがにキツかったため、途中からたいして速くもない早歩きで例の石造りの塔に向かった。

 冬の朝4時といえばほぼ真夜中と変わらない暗さだ。そんな暗闇に包まれた森の中にそびえ立つ塔は、正直1人で入るのが躊躇われるくらいに怖かった。

 引き返して警察に連絡しようとは思った。でも「もしかしたら1人だけ肝試しに参加できなかったオレをみんなして脅かそうと企んでまだ中に潜んでるのかもしれない」なんて馬鹿げた希望的観測を捨てきれなかったオレは、懐中電灯を握りしめて塔の中に足を踏み入れた。

 錆臭い。最初に思ったのはそれだった。

 石造りの建造物でするはずのない鉄の臭い――不安がますます肥大化していったが、足を止めるわけにはいかなかった。

 1階は2階へ上がる階段以外は特に何も無かった。強いて挙げれば、2階に向かったとわかる多人数の足跡くらい。

 階段を上る。2階へ近付くにつれ、鉄の臭いが少しだけ濃くなった。全身の産毛がチリチリと逆立っている。

 2階にはいくつか部屋があった。いくつかの部屋には机や椅子なんかがあって、明らかに直前まで人がいたような形跡がありゾッとした。

 カルト教団がいざこざを起こしたという噂――もしかしたらカルト教団は本当にいたんじゃないか?

 飛躍する思考――もしかしたら先輩や同級生たちはここにいたカルト教団に出くわしたんじゃないか?

 不安と焦りによって加速した悪い考えが導き出した最悪の結論――もしかしたらみんなそいつらに襲われたんじゃないか?

 懐中電灯を持ったまま立ち尽くす。

 縁起でもないこと考えるなよ、と思い直しても、じ(・)ゃ(・)あ(・)こ(・)の(・)鉄(・)の(・)臭(・)い(・)は(・)な(・)ん(・)だ(・)と嗅覚が事実を突きつけてくる。

 多分その時は恐怖のあまり半泣きになってたと思う。それでも事実確認ができるのは自分しかいなかったため、震える足を無理矢理動かし進んだ。

 3階への階段を見つけた。意を決して1段踏み込んだ直後、階段の上の方から何かが落ちてきた。落ちてきたってよりは、階段に引っかかってたのが自重と傾斜でズルズルっと流れてきた感じで。

 思わず懐中電灯で照らしてしまって、すぐに後悔した。

 死体だった。首が変な方向に曲がって、恐怖が張り付いたかのような形相で事切れた、同級生の豊川。

 変わり果てた豊川――人生で初めて見る死体に腰を抜かしそうになった。

 もうとっくに死んでるとわかりきっているのに「と、豊川?」と間抜けに声をかけてしまう。当然返事はない。

 心臓が痛いほど鼓動し、冷や汗が止まらなかった。

 こ(・)の(・)先(・)は(・)ヤ(・)バ(・)イ(・)――第六感のような何かが二日酔いの頭痛に負けじとガンガン警鐘を鳴らしていた。塔に入る前に抱いていた希望的観測は見事に砕け散ったが、それでも進まなければならないとほとんど折れかけている心を無理矢理奮い立たせてさらに階段を上った。

 豊川の死体が地味に邪魔だったが、下手に触っていいものかどうかっていうか普通に触りたくなくて、心の中で謝りながら豊川を跨いで階段を上っていった。

 3階についた。懐中電灯で廊下を照らした直後、一面の赤が目に飛び込んできた。

 赤いペンキをぶちまけたような廊下のあちこちに死体が転がっていた。

 視覚情報を脳が理解するより先に、気付いたらその場で体を折って吐いていた。昨夜に散々吐いたせいか黄色い胃液しか出てこなかった。

 どの死体も知った顔だった。知った顔しかなかった。死体はどれも体の一部が欠損していたり中身が飛び出ていたり、もう酷い有様としか形容できなかった。

 胃が痙攣してしばらくその場から動けなかった。涙が止まらない。歯の根が合わない。

 とにかく怖くて頭が真っ白になって、反射的に携帯電話を取り出して親友に電話をかけた。警察に通報すればよかったのに、我ながらアホとしか言いようがない。

 震えて上手く動かない指で必死に翔の携帯番号にコールした。

 10コールほど経過したところで「……もしもし?」と睡眠を邪魔された不機嫌さを隠そうともしない翔の声がした。それだけで安心してしまい、よけいに涙が溢れてきた。そして気が動転しすぎて目の前で起きている事態について一方的に喋った。

 恐らく要領を得ない上に聞き取りにくい説明だったとは思うが、翔は黙って全部聞いてくれた。

 オレが酷く動揺していて正常に行動できないと判断した翔はその後すぐにいくつかの指示を出した。

「〇〇キャンプ場の近くなんだな? 今から車で向かう。10分くらいでそっちに着くから今いる建物の外で待ってろ」「感染症をもらう危険があるから死体と血液には絶対触るな」「あと無闇に歩き回るな。あとで警察呼ぶから現場はできる限りそのままにしておけ」「また何かあったらすぐ電話しろ」

 オレは翔から言われた通りに1階まで下りて、出入口の付近の茂みに身を隠すようにして翔が来るのを待った。待っている間、頭から離れなかった。

 しばらくしてキャンプ場の方角からガサガサと草を踏み倒す音が聞こえてきた。もしかしてカルト教団が戻ってきたのかと一瞬心臓が止まりそうになったが、直後に姿を現したのが翔と数人の警察官だとわかって思わず安堵し座り込んでしまった。

 翔や警察官がしきりに名前を呼んで探していたので、腰が抜けたまま、赤ん坊のハイハイのような形で必死に茂みから這い出した。

 その後2人の警察官と翔と一緒にロッジまで戻って事情聴取を受けた。時間が経ったおかげである程度落ち着いたので、今度は順を追って説明できた。

 あと、亡くなっている先輩たちには申し訳ないが飲酒については「先輩たちから無理矢理飲まされた」と弁解しておいた。

 事情聴取が終わった時には既に太陽が空に上っていた。この時点で一旦解放されキャンプ場のオーナーが用意してくれた朝食を翔と一緒にいただいた。胃酸で焼けた喉が痛くてあまり食べられなかったが、それでも食事をするだけでも立ち直りやすいというか、とにかく非常にありがたかった。

 朝食を食べ終えた頃には精神的な余裕が戻ってきた。「メシ食っただけで立ち直れるなんて図太いやつだな」と翔に言われたので脇腹を小突いてやった。

 しばらくしてまた警察官に呼ばれた。死体の身分の確認をしたいらしい。正直気は重かったができるのが自分しかいないので仕方なく再び塔に向かった。翔にもついてきてもらった。正直見知らぬ集団の中で1人になりたくなかった。

 塔に着くと入り口付近にブルーシートで覆われた死体が並べられていた。ある意味圧巻の光景だった。

 オレを見つけた刑事さんが「おーい」と手招きしてた。いかにも現場一筋といった感じの、30代半ばくらいの男性刑事。

「えーと、安藤正也さんで合ってる?」

はいと答える。刑事さんは警察手帳を見せ「犬塚です」と短く自己紹介を終えると、頭を掻きながら申し訳なさそうな態度になった。

「ホントに申し訳ないんですが、これから仏さんの確認をしていただきたくて。人数多いし、可能な範囲で構いません。途中でしんどくなったら素直に言ってください」

 刑事というとサスペンスドラマでよく見る硬派でガサツなイメージがあったから、存外親しみやすい人で本当によかったと思った。

 白手袋をした刑事さんがブルーシートをめくる。2度目の死体を見せられて一瞬うっとはなったものの、初見よりも嫌悪感は軽い。というか初見時のショックがデカすぎて麻痺してるだけなのかもしれない。

 その後は死体の顔を見てサークルメンバーの名前を伝える作業を淡々と繰り返していた。その間は翔もずっと傍にいたが、死体を見ても顔色が変わらないあたりオレより図太いんじゃないだろうか。他人事ってのもあるんだろうけど。

 バーベキュー会に参加したサークルメンバー19人のうち18人は死体を確認できた。が、何度見ても羽山先輩の死体だけが無かった。

「……1人足りない」

「足りない、と言うと?」

 刑事さんの目が鋭く光ったような気がした。

「羽山紀之っていう院生の先輩がいません。肝試しに行ったのはここの18人と羽山先輩なんで、死体は19人分ないとおかしい」

「1人だけ行方不明か……」

 刑事さんはひとしきり手帳にメモって唸っていたが「もしかしたら近辺にいるかもしれませんね。発見し次第連絡します。また事情聴取のために呼び出すかもしれませんが、とりあえず今日は帰って大丈夫。ゆっくり休んでください」とオレたちを帰してくれた。

 翔の車に乗ってキャンプ場を出る。バーベキューの道具は警察に押収されたため持って帰るのは自分の荷物だけでよかった。

 国道を走る軽自動車の中で外の雪景色をぼーっと眺めていると、運転席から携帯の着信音が鳴った。

「ヤベ、バイト先からだ」

 翔は車を脇に止めて電話に出た。

「すみません、今ちょっと警察にいて。いや本当に。あ、別に何もしてませんけど、ちょっと現場に居合わせちゃって。すみませんこれから事情聴取なんでバイト行けません」

電話口から起こるような声が聞こえたが、翔は構わず通話を切った。

「お前今日バイトだったのか」

「クリスマスイヴだしな」

 その一言で今日が12月24日であることと翔のバイト先が飲食店なのを思い出した。

「……ごめんな」

「仕方ないさ」

強いて気にしていないという態度がありがたく思えた反面、洋画チックに肩を竦める仕草が妙に似合っていてちょっとだけ腹が立った。このイケメンめ。

 その後は翔の実家に直行し、夕方までTVゲームで盛り上がった。18時を回ったところでさすがにそろそろ帰ろうかと思った矢先に帰宅した翔の弟とおばさんとに捕まり、夕飯をご馳走になった。夕飯の最中におじさんも帰宅。晩酌を勧められたが、二日酔いが抜けたばかりだったから遠慮させてもらった。結局その日はそのまま翔の家に泊まってしまった。

 数日後、自宅の大掃除の最中に警察から事情聴取がしたいと呼び出された。

 警察署に行くと取り調べ室に通された。部屋の中には事件当日にいた犬塚刑事と、記録係と思しきもう1人がいた。だいたい先日と同じようなことを聞かれ、先日と同じようなことを答えた。先日と違うのは終わってから調書にサインを書かされたところだけ。

「羽山先輩、見つかりました?」

 取り調べ室から出る間際、思い切って聞いてみた。

 犬塚刑事は黙って首を横に振った。多少の覚悟はしていたが、それでもクるものがあった。

「……そうっすか」

 痛いくらいの沈黙が数秒ほど降りた。

「……お気を付けて」

「……はい」

 気不味い雰囲気のまま警察署を後にした。

 なんだか大掃除をする気力が失せてしまい、その日の午後はファミレスでダラダラ時間を潰した。

 事件は既に各メディアで大きく取り上げられていた。冬休みでも学校に行くことの多いサークル所属者へのインタビューを狙ってか、年末だというのに連日記者やテレビクルーが大学の傍に張りついていた。

 事情を知っていた同級生からの提案で髪を染めてピアスをつけた。左右の耳に2つずつと首筋に2つの計6つ。

 派手なファッションと肩書きだけは真面目なサークルの名前とでイメージの乖離を誘いマスコミの目を誤魔化す作戦だ。これがなかなか効果があって、ほとんどインタビューのマイクに引っかかることはなかった。

 ただ一度だけ自宅近辺に記者らしき人物がうろついていたのを近所のおばちゃんから聞かされたときはさすがに翔の家に退避させてもらった。

 そして、警察署から事情聴取の呼び出しや羽山先輩が見つかった旨の連絡が来ることはもうなかった。

 所属していた20人中、実に19人ものメンバーを一気に失ったサークルは、翌年の4月に入って新入生が入部するまでオレひとりで運営していた。もちろん今までもこれからも卒業するまでずっと部長はオレ。入部2年目にしてこのハードモードである。

 2年目の冬。今年もあの忌まわしき日を思い起こされるバーベキュー会を開催するかどうか迷って副部長と話し合っていたときのことだった。

 話し合いの最中に携帯が鳴った。見ると警察署の番号。一瞬ドキッとしたがすぐに出た。

「安藤さんですか? 〇〇署の犬塚です」

 約1年ぶりに聞く声だった。

「どうも、久しぶりです。何か――」

「羽山紀之さんが見つかりました」

 挨拶もそこそこに本題を突きつけられ、思わず携帯を落としそうになった。

 副部長に断りを入れてから急いで警察署に向かった。

 犬塚刑事曰く、あのキャンプ場付近をたまたま見回りしていた警官が森のあたりに1人でいた羽山先輩を発見・保護したらしい。

 警察署に着いたと同時に羽山先輩が署の玄関から出てきた。取り調べが終わったらしい。

「先輩」

 オレが声をかけると、羽山先輩はオレに気付いて「久しぶりだね、安藤君」と微笑んだ。気のせいかその笑顔が妙に妖しい雰囲気を纏っていたように思えた。

 羽山先輩には失踪していた間の記憶がないらしかった。医者の見解では事件で多大な精神的なショックを受けたために脳が記憶を閉ざしているのだろうとのことだった。

「まあ、こうして帰ってこれたからいいじゃないか」

 事件に巻き込まれた当事者であるはずだが羽山先輩は今後に対して非常に前向きだった。早々に復学し「司法試験があるんだもの。休学していた1年分、死ぬ気で取り戻さないとね」と張り切っていた。

 さすがにサークルに顔を出す余裕は無かったようだったが、それでもたまに食事に行く程度には個人的な付き合いが続いていた。

 羽山先輩は本当に死ぬ気で勉強していたようで、1年の休学というハンデを克服し見事司法試験に一発合格。その後1年間の司法修習を受け無事に弁護士資格を取得した。大手の弁護士事務所に就職し、ゆくゆくは自分の事務所を開業するつもりらしかった。

 オレも大体同じ感じで、大学卒業後そのまま大学院に進学し2年間の既修者コースでまた勉強漬けになった。

 ところが大学院2年目に突入してからオレの生活は妙な方向に狂い始めた。

 学業に関してはさして問題ない。が、今月だけで2回、幼馴染みの葬式に出席することになった。

 最初に死んだのは親友の翔だった。

 ある日突然、街中の路上で変死していたのだそうだ。年上の幼馴染みで警察の智樹の話だと、翔は体が上下に荒々しく切断されていたらしい。話で聞いただけだけども明らかに人間の仕業とは思えなかった。

 翔の葬儀当日。オレと、翔の弟の孝と、智樹と妹の真琴――皮肉にも最近忙しくて会えなかった幼馴染み組が一同に会する機会となった。

 永遠に続くんじゃないかと思えた読経が終わって、棺と一緒に火葬場へ移動した。直前にオレだけ妙な白昼夢を見たりしたけどややこしくなるから割愛する。

 火葬が終わるまで2時間弱。幼馴染みたちと何かを喋る気分でもなく、控え室で待機するこの空き時間も苦痛でしかなかった。

 ポツリと、沈黙を破ったのは孝だった。

「兄貴さ、今朝普通に出勤してったんだよ。いってきますっつって」

 翔は大学卒業後、IT企業にセキュリティエンジニアとして就職していた。まだ勤続2年目でとても仕事を楽しんでいるようだった。

「……兄貴が何したってんだよ」

 孝の乾いた言葉に何を返していいのかわからず、皆して黙るしかなかった。

 2人目は真琴だった。雪山へスキーをしに行ったその翌日、スキー場から離れた山中のロッジのそばで、何人かのツアー客と一緒に車に乗ったまま、車ごと何かに押し潰されたようにして死んでいたらしい。

 葬儀に出席した際、当然と言えば当然だが智樹と孝もいた。

 実のところ孝は真琴のことが好きだった。真琴は気付いていなかったようだが。医大生の真琴は医師国家試験を間近に控えていたために、孝は遠慮してなかなか想いを伝えられずにいた。以前オレと翔とでいつ告るんだよヘタレめとイジっていた際孝は「真琴が落ち着いてからにしようと思ってる」と至極真面目な顔で言っていた。

 その矢先に真琴が死んだ。よりによって翔の死からそう日も経たないうちに。

 孝は葬儀と火葬が終わるまでずっと無表情で一言も発さなかった。智樹も今まで見たことない疲れきった顔をしていた。オレは自分で自分がどんな顔をしているのかわからなかった。

 葬儀が終わり、また火葬場で時間を持て余した。3人で火葬場の外の庭にあるベンチに座って煙草を吸って時間を潰した。

「今月で3人目だな」

 智樹がセブンスターに火を点ける。

「マジで?」

「犬塚さん、亡くなってんだ」

オレは短くなったマルボロを携帯灰皿に捩じ込んだ。「……殉職か?」

 首を振る智樹。「先月のある日突然気がふれて……精神科に入院したけど治るどころかどんどん酷くなっていって、そのまま病院で衰弱死した」

 意外な死因だった。色々タフそうだったのに。

「俺さ、思うんだ。翔も真琴も犬塚さんも、人知を超えた何かのせいで死んだんじゃないかって」

 智樹の言葉には妙に説得力があった。オレもそう思った。実際、“人知を超えた何か”を何度か目にする機会があったからだ。何も言わなかったが、智樹もそういう体験をしたんだとわかった。

「……アホくさ」ホープの煙と一緒くたにして吐き捨てるように、その日初めて孝が喋った。「それが刑事の言葉かよ」

 オレは2本目のマルボロに火を点けた。

 幼馴染み2人の死からしばらく経って、羽山先輩から久々に連絡があった。休みができたから2人で食事に行かないかみたいな、そんな他愛もない知らせだ。

 正直気が滅入っていたからその誘いは非常にありがたかった。すぐに待ち合わせの日とどの店に行くかをメールのやりとりで決めた。

 数日後、焼肉屋で羽山先輩と再会した。

 騒がしい店内で肉を焼きながら酒を飲みながら、お互いに仕事の愚痴や学業の話、日常の中のしょうもない疑問なんかをダラダラ喋ってた。

「そう言えば腕のソレ」

 羽山先輩が数珠のブレスレットをつけたオレの腕を指した。

「あー、これは……」

「君(・)も(・)噛(・)ま(・)れ(・)た(・)の(・)か(・)」

 その一言で全身がおぞましい寒気に襲われ、咀嚼していた肉は急に生臭い鉄錆の味に変わった。

 途端にぶり返す強迫観念――肉(・)を(・)食(・)わ(・)な(・)い(・)と(・)あ(・)の(・)首(・)の(・)な(・)い(・)白(・)い(・)怪(・)物(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)という妄想。

 君“も”ってなんだよ――叫びたくなる――まるで自(・)分(・)も(・)そ(・)う(・)だ(・)っ(・)た(・)し他(・)に(・)も(・)そ(・)う(・)な(・)っ(・)た(・)や(・)つ(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)とでも言いたげじゃないか。

「……別に野良犬に襲われたとか、そういうのはないっすよ」

 叫びそうになるのをぐっと堪え、知らないフリをして否定する。

「見(・)た(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)?」

弧を描く先輩の口元は、同郷の仲間やコアな趣味の同志を見つけたかのように嬉々としていた。

 アンタは一体何者になったんだ、先輩。アンタもア(・)レ(・)を見たのか。ならその上で、なんだってそうやって正気と狂気の境を簡単に壊せるんだ。

 しばらく会わないうちに羽山先輩は変わってしまった。いや、多分だけど、オレが認めたくなかっただけで本当は帰ってきたあの日から先輩はおかしくなっていたんだろう。

「ア(・)レ(・)は、気を付けておいた方がいい」

 何を、と問い質す勇気はなかった。

 その後は会話らしい会話をすることもなく、すっかり人(・)肉(・)み(・)た(・)い(・)に(・)鉄臭くなった牛の肉を、タレもつけずにただひたすらに貪っていた。

 地獄のような食事が終わり、それぞれがそれぞれ頼んだ分の金額を支払って店を出た。「じゃあ」とか「また」とかの挨拶もないまま互いに正反対の方向に帰ろうとした時、

「そうだ、安藤君」羽山先輩が振り向いた。「病院に……特に精神科へ通うことを勧めるよ」

 オレは返事をしなかった。

 羽山先輩はさして気にする様子もなくそのまま繁華街の方へと歩いていった。

 ウチに孝か智樹でも呼んで飲み直そうかなと、オレは缶チューハイを買いに近場にあるはずのコンビニへ足を向けた。

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