GOD EATER 【Ghost in the Rain】 作:謝意・ハルード
桔梗がこの部屋を出てからどのくらいの時間が過ぎた後の事だろうか。
D区間に設置されたスピーカーから再び呼び出しのSEが鳴り響く。
音楽プレイヤーの電池も底を尽き、余りの静寂に再び眠りに着きかけていた時雨の上体が勢い良くスピーカーの方に向かって起こされた。
『大変お待たせしました。番号666「八雲 時雨」様。適合試験の準備が完了しましたので、手前のゲートよりE区間へとお進みください。繰り返します……』
先程の放送と何ら変わり無い呼び出しのアナウンスに続いて、時雨の眼前のゲートが鈍い音を立てて開放される。
「……内定は取れそうかな」
ベンチから腰を上げると、時雨は先の桔梗とは対象的にゆっくりとした足取りでゲート奥の廊下を進んでいった。
_【Eat,02「Deus ex machina」】~機械仕掛けの神~_
廊下の突き当たにあったこれまた巨大な自動ドアを過ぎると、休憩所であるD区間より一回りも二回りも広い大部屋――E区間がその姿を現した。照明が弱いのか、少し薄暗い。
時雨の後ろで扉が閉まる音が聞こえたのとほぼ同時に部屋の電気が一斉に強くなり、一瞬にして室内全体を照らした。その眩しさに時雨は手で顔を抑える。
(うおっまぶしっ)
目が慣れてきた所で時雨は辺りを見渡し、部屋の細かな情報をその赤い瞳に映して記憶する。
周囲の壁には弾痕や何か鋭利な刃物で斬りつけたと思しき刀傷が散見しており、何らかの激しいやりとりが発生した事がおぼろげながらも伝わってくる。
とはいえ流石に血痕や異臭といった直接的なものは見当たらない。その事実に時雨は取り敢えず胸を撫で下ろした。
そして部屋の中央に何かプレス機の様な機械が置いてある事に気付く。それが何かを確かめようと時雨が歩を進めた瞬間、何処からか声が聞こえてきた。
『長らく待たせてすまない』
(ホントだよ)
声の出先を確認するよりも前に時雨は能天気に心中で突っ込みを入れる。
足を止めて再び周囲を確認すると部屋奥に上階から監視する為の窓が設置されており、その向こう側には数人の人影が見える。どうやら話しているのは中央に立つ人物のようで、体格や声質から男性である事までは分かるが容姿は窓がぼやけていて確認できない。
『さて…ようこそ、人類最後の砦「フェンリル」へ。今から対アラガミ討伐部隊『ゴッドイーター』としての適性試験を始める』
力強い声色で淡々と事務的な言葉が述べられる。その言葉を聞くやいな時雨は無言で部屋中央のケースへと歩を進めた。
『…フフ、迷いは無し、か。君にはいろいろと期待が出来そうだよ』
語り口に変化は見られないが、その声には歓喜に近い感情が聞いて取れた。
機械の目の前で足を止めると、いよいよそれの全貌が明らかになる。
機械は上下に分離した構造で、いかにも何かを挟むための様相を成していた。下部の方には何やら半月型の赤いリングが装着されており、どうやら此処に手を掛けるらしい。
そして何よりも目に付くのがリングの先に堂々と置かれている巨大な剣の様な武具――――神機である。
それは青を基調とした色合いを持ち、かつてこの極東の武人が愛用した「刀」を模した刀身が装着されていた。他にも大砲や盾と思しきパーツも見られ、何とも欲張りな武器だなと時雨は溜息を漏らす。
『では、準備が出来次第その武器の柄を持つようにしてケースに右手を掛けてくれ』
言われるがままに右手首を赤いリングに掛け、神機の柄を握り締める。容易に想像できるこの後の出来事を思い、時雨の表情は少しだけ歪む。
そして数秒の間を置いた後、ケースの上半分が時雨の右腕を押し潰すようにして落下した。
「ぐうっ……ッ!! 」
それと同時に時雨に今まで感じたことの無い程の激痛が襲い掛かる。痛みは右腕の神経を焼き切る様な速さで脳髄まで駆け抜け、シナプスを通して全身を暴れまわる。それと同時に時雨は右腕から何かが蛇の様にしてぬるりと身体に入り込んでいく感覚を覚え、底知れぬ悪寒を感じた。
右腕を左手で押さえるも激痛と不快感は全く引かず、砕けんばかりの力で奥歯を噛み締める。
体中に根を張られていく様な感覚。この得体の知れない悪寒に、時雨は強烈な吐き気を覚えたが何とか喉奥で嘔吐を止める。
永遠に続くように思われた痛みと悪寒だったが、実際の時間にして約五秒、それは時雨の身体から一瞬にして消え去った。
それと同時に何やら黒い煙を吹きながら再びケースの上半分が持ち上げられる。
痛みと悪寒の消滅で時雨は我に返り、顔を上げてケースの下敷きになっていた右腕をふと見る。
「……なんだコレ? 」
右手首には先程見た赤いリングが丁度上下に重なり、腕輪の様になって装着されていた。腕輪というには少々図体が大きかったが、特に異物感や圧迫感は感じられない。
右腕を上げてみると、いとも簡単に神機が持ち上がる。
その直後、神機からコードに似た触手が生え、腕輪のジャック部分に自動で突き刺さった。特に痛み等の感覚は無く、その様子を時雨はただただぼんやりと眺める。
『……おめでとう、これで君も晴れて我々の仲間入りだ。尚この後は適合試験後のメディカルテェックが予定されている。指示があるまで指定された場所で待機していてくれ』
試験の終了を告げる男の声が部屋に響き渡った。その声色には若干の驚嘆の意が含まれている様に感じられる。
「……コレ、邪魔だな……」
しかしそんな男の声を余所に時雨の頭は腕輪に対する不満で一杯であった。
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「ここが今後貴方がミッションの受注や報酬の受取、作戦のブリーフィング等を行う事になるエントランスになります。この後は教官担当者による業務概要の説明とその後のメディカルチェックが予定されておりますので、指示があるまでここで待機していてください」
「どーも」
案内役の研究員に時雨は右手を挙げて軽く礼を済まし、区間移動用エレベーターを後にする。
その先に見えたのはエントランスとされる広間だった。時計塔の内部を彷彿とさせるエントランスは受付を挟んだ二階構成となっており、上階には中央のゲートを取り囲む様にして電子端末と思しき機械が設置されている。
(……桔梗の奴は……いないか。メディカルチェックとやらに行ったんだろうか? )
エントランス入り口から目線を左右に動かして桔梗の姿を探す。広間内には受付嬢を含めた複数の人物が確認できたが、その中に試験会場で知り合った菫色の髪の少女の姿はない。
(……にしても暇だな……)
他にする事も思いつかなかったので、大人しく下階に設置されたベンチに座って時間を潰す事にする。
エントランスに入ってすぐ左側のベンチの方に身体ごと視線を向けると、既に先客の少年が一人頬をもごつかせながら座っていた。時雨と同じ様に右腕に赤い腕輪を装着しており、一目で同業者である事が理解できる。
時雨は退屈そうに足を振る少年と人一人分程度の間を開けてベンチに腰掛け、暇潰しにとブルゾンのポケットから音楽プレーヤーを取り出し電源ボタンを押したが、その画面に映るのは無常にも大きな「電池切れ」の表示のみ。
(……クソっ、試験前に切らしたの忘れてた……)
心底つまらなさそうに時雨は短く強い溜息を吐き、背後の壁に背中をもたれかけさせた。このままもう一度寝てやろうかと誰に言うわけでも無く喧嘩腰に思った矢先――、
「ねぇ、ガム食べる? 」
退屈に苦しむ時雨を見かねたのか、隣に座っていた少年が時雨に声をかけてきた。先ほどから口をもごつかせていたのはどうやらガムを噛んでいた時のものらしい。
「……ミント味じゃないなら、もらおうかな」
「マスカット味だよ……って切れてる。今食べてるので最後だったみたい、ゴメンゴメン」
「……そりゃ残念」
わざとらしく落ちこむ仕草をする時雨を見て少年は少しだけ申し訳無さそうな表情になる。
会話が途切れ、沈黙が二人の周りを覆った。
「アンタも適合者……だよね、腕輪付けてるし」
又もや少年の方から沈黙が破られる。少年の問いに対して時雨は無言で右腕の腕輪を小さく掲げてアピールする事で答えた。
「見て分かると思うけど、俺も今日ここに入った適合者なんだ 。名前は『藤木コウタ」、よろしくな!! 」
アンタは? と付け加え、少年――藤木コウタは時雨に名前を聞き返す。
「……八雲 時雨。好物はマスカット味のガムだ」
「まだ引きずってんのかよ!! 」
自分の冗談に割と本気で面食らっているコウタの様子が何処か可笑しくて、時雨はいつもの仏頂面を少しだけ崩す。
「……冗談だ。こっちこそよろしく、コウタ」
「な、なんだ冗談か……」
コウタは時雨の人を煙に巻く様な態度に少し辟易した様子を見せながらも、差し出された右手を同じく右手で握り返した。
「立て」
「「え?」」
互いの手を離した直後、突然耳に入る高圧的な声。
声のした方向に時雨とコウタが一斉に振り返ると、そこにはたわわな胸を惜しげもなく引き立たせ、純白の衣装に身を包んだ女性の姿があった。凛とした眼差しが二人の視線を鋭く射抜く。
「立てと言っている、立たんか! 」
より一層の怒気を強めた女性の一喝に気圧され、あせあせと二人が立ち上がった。
「……案内役から話は聞いているな? 私がお前達の教官担当者となる「雨宮 ツバキ」だ。これから今後の予定についてかいつまんだ説明を行うので聞き漏らしのないように 」
「はぁ……」
「お、オッス!! 」
未だ状況を理解しきれていない時雨とコウタを余所に、ツバキによる今後の予定及び業務内容についての説明が始まる。
今後の予定としては研究区間「ラボラトリ」でのメディカルチェックを済ませた後、基礎体力の強化及び基礎戦術の学習訓練と神機の取扱い訓練を行う、といったものが企画されており、大半の話は時雨もコウタも適合試験前のプレゼンテーションにて先んじて説明を受けていた為、すぐに理解する事ができた。
しかし後の業務内容の説明の際「定期的な学習講義への参加義務」についての話に入ると、二人は「そんなの聞いていない」といった様子で終始苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「……では、説明はこれくらいにしてメディカルチェックを始めるとしよう」
そう言ってツバキは手にした資料と2人を品定めする様にして交互に見つめる。
「(……な、なんていうか、凄い迫力だねツバキさんって……俺ちょっと苦手かも)」
「(…………)」
ツバキが資料の方に目を向けた隙にコウタが時雨に軽く耳打ちをするが、時雨はツバキの方を見ながら神妙な顔つきで考え事をしている様子だった。
「(時雨? )」
「(……ん? いや……どうオブラートに包んだ聞き方したら「何カップ? 」って質問しても殺されずに済むかなーって考えてた)」
「お前アホだろ!!? 」
このやりとりの直後、コウタの大声での突っ込みが原因で無駄話がバレた二人はツバキから強烈な拳骨を頭に貰う事となった。
「……では、この後八雲 時雨は一一○○に、藤木 コウタは一二○○に『ペイラー・榊博士』の研究室まで行く様に、遅れるんじゃないぞ 」
ツバキはメディカルチェックの実施場所を教えると、二人――特にコウタを一度強い眼力で睨みつけ、その場を後にした。
「……っぷはーー!! 息が止まるかと思った……恐すぎだよあの人!! 」
「あだだ……神を喰らう前に拳骨なんか食らってちゃ世話ねーな……」
ツバキの姿が上階に設置された区間移動用エレベーターの中に消えた事を確認した後、コウタが息を吐く仕草と共に安堵の声を漏らす。時雨はツバキの鉄拳を受けた際に少し頭からズレたヘッドホンを直しながら愚痴を呟いた。
「ーーにしても俺のメディカルチェックは一時間後か……暇だからここの探検にでも行こうかな! 時雨はどーする? 」
「んー…………いや、やめとくわ。時間もないし」
コウタは大きく背伸びをして肩の関節を鳴らしながら時雨に散歩の提案をする。時雨は少しの間口元に手を当てて悩むような仕草を見せたが、頭上の巨大な時計を見上げてみるとメディカルチェックの時間までは既に10分を切っており、とてもじゃないがこの巨大な施設を見て回れる程の時間は取れないと判断してコウタの申し出を断った。
「そっかー……ま、仕方ないね。んじゃ俺さっそく言ってくるわ!時雨も遅れてツバキさんにどやされないように気をつけなよ! 」
「そりゃお前の事だろ……あ、コウタ。ちょっといいか? 」
悪戯っぽい笑みを見せてその場を離れようとするコウタに時雨は両手で呆れのポーズを作りながら見送ろうとしたが、何かを思いついたかの様にコウタを引き止める。
「ん、 何だよ? 」
「どうせここらをブラつくならちょいと言伝を頼まれてくんない?」
「へ? まあ、いいけど……一体誰に? 」
「さっき試験会場で知り合った奴なんだが……「向坂 桔梗」って名前の女だ。紫色の左に束ねた髪が目立つから多分見りゃすぐに分かる」
コウタに伝言の相手――桔梗の簡潔な特徴を教える。先程エントランスを見渡した際に見た複数の人物の中には中々に派手な髪色をしている者も多くこれだけの説明で良いのかと若干の不安を覚えた時雨だったが、結局はまあ大丈夫だろうと鷹を括る事にした。
「え!? 俺ら以外にも新しく入った人いたの!?しかも女の子だって!!? 」
桔梗の存在を知った途端、コウタの様子があからさまにおかしい。
「……可愛い? 」
「んー……多分な」
「いよっしゃー! なんかテンション上がってきたぁ!! んで、その桔梗ちゃんに何伝えりゃいいの? 」
時雨に桔梗の容姿に対する評価を聞いたコウタは露骨に興奮している様子を見せた。そんな良くも悪くも単純な反応のコウタを見る時雨の目は微妙に冷やかである。
「ああ、別に大した事でもねーんだけどさ 」
「おう」
一息置いて言伝の中身をコウタに発表する。
「ほら、ツバキさんいるだろ? 多分アイツあの人の胸見て劣等感感じてるだろうからさ、もし見つけたら「お前にはお前に似合った乳がある」って励ましといてくれ」
沈黙。
沈黙。
長い沈黙が、時雨とコウタの間を吹き抜ける。
「…………あー、うん。見つけたら伝えとくよ、うん……」
「おー、サンキュー」
強張る表情を隠す様に後ろを振り返り、煮え切らない様子のコウタがその場を後にする。そんな様子に気付く素振りも見せずに時雨はそのどこか哀愁すら漂わせる少年の背中を手を降って見送っていた。
無機質な音を立てて、コウタを乗せる区間移動用エレベーターの扉が閉じられた。
(……ぜってーアイツにだけは負けねぇ……)
エレベーターの中で、コウタは自分でも何に対するものなのか解らない謎のライバル意識を時雨に燃やしていた。