GOD EATER 【Ghost in the Rain】   作:謝意・ハルード

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Eat,03「Wolves At The Gate」

――某日、フェンリル極東支部 ラボラトリ区間「榊博士の研究室」

 

 

 

 

 

 

 

「……これをどう見る、ペイラー? 」

 

 

古風なインテリアと精密機械が同居する独特な空間の中、神妙な顔つきをした金髪の男性が傍らに座る眼鏡越しに写る狐目が印象的な部屋の主――ペイラー・榊に問いを投げかけた。

 

「――実に興味深いね。僕も長い事オラクル細胞の研究に携わってきたと自負していたけど、()の様なケースは他に例がない」

 

自身を半月状に囲う複数のディスプレイを見渡しながら、榊は金髪の男とは対象的に歓喜に満ち溢れた様子で応答する。

 

「……では、彼のこの状態は全く説明がつかないものだと?」

 

「それは早合点というものだよ、ヨハン。君も知っての通り適合試験前の事前検査は只の健康診断みたいなもので、彼の状態を証明するものだって精々少量の血液ぐらいしかないんだ。これ以上の事は、これから行うメディカルチェックも含めて少しずつ調べていくしかないだろうね」

 

結論を急ぐ男――ヨハネス(ヨハン)に対して榊はそう指摘すると、十指を素早くキーボードに打ち付けてディスプレイ上の情報処理を進める。

 

 

「それにしてもヨハン、君は本当に大した男だよ。一体どんな手を使って新型神機の適合者を同時に二人も極東支部に配属させたんだい? ほかの支部だって喉から手が出る程欲しがっただろうに」

 

「最終的な決定は本部からの直轄指令だ。私の力など些細なモノだよ……それに以前から新型神機の研究をしたがっていた君にとっては願ってもない事だろう? 」

 

「そうだね、全く君には感謝してもし足りないよ」

 

ディスプレイに向けた視線はそのままに、榊がヨハネスに含みを持って問いかけるもヨハネスの応答に綻びは見られない。しかし榊自身もその結果はすでに想定済みといった様子であり、特に険悪な空気が流れる事もなく自然に会話は終了していた。

 

 

 

 

「……っと、まあこんな感じでいいだろう。ヨハン、君もメディカルチェックを見ていくよね? 」

 

 

一瞬の間を置いて榊の両手がキーボードから離される。

 

「……いや、今回は彼に業務内容と()の計画の話をしたら戻ろう。二度も君の邪魔をするつもりはないさ」

 

「……お気遣い痛み入るよ、シックザール支部長(・・・・・・・・・)

 

「フッ……その呼び方は止めてくれ。君とは対等な関係でいたいのだよ、ペイラー」

 

 

 

こりゃ失礼。と榊は自分の頭を軽く小突き、エンターキーを右の中指で叩く。

 

 

 

 

 

「……さて、二人目の「新型」君……君は一体何を見せてくれるのかな? 」

 

口元に笑みをたたえ、悪戯っぽく榊はディスプレイに映る青年――八雲 時雨の姿を見据えた。

 

 

 

 

 

_【Eat,03「Wolves At The Gate」】~開かれし狼門~_

 

 

 

 

 

鈍い音を立てて区間移動用エレベーターの扉が開かれる、奥には時雨の姿があった。

 

両手をブルゾンのポケットに突っ込んだままエレベーターと区間の境目を軽やかに飛び越え、隠そうとする仕草もせずに大きな欠伸を漏らす。その立ち振る舞いに一切の不安や恐怖といった感情は表れていない。

 

 

――と言うより、これからの出来事にあまり関心が無い様に見える。

 

 

「ここか……嫌なニオイだ」

 

周囲に設置された病室と思しき部屋から漂う薬品の独特な香りに顔をしかめ、時雨は右手で鼻を塞ぎながら目的地の研究室へと脇目も振らずに向かっていった。

 

 

 

 

 

「――おおっ、待ちくたびれたよ~! よく来たね「新型」君」

 

「うおっ!!? 」

 

研究室のドアが上に開くとほぼ同時に、時雨の視界全体に酷く好奇心に溢れた榊博士の笑顔が映し出される。この突然の事態には流石の時雨も面食らい、驚嘆の声を上げながら身体全体を大きく後方へと仰け反らせた。

 

「ふーむ、写真で見るより男前だね。これはいい結果が期待できそうだ」

 

「どーいう理屈だそれ……ってか顔近い近い! 」

 

さらに顔を近づけてくる榊を避けようと、時雨は上半身を水平に近い所まで反らす。

 

 

 

「落ち着きたまえ、榊博士。そのままだと彼の腰が折れてしまうぞ? 」

 

榊の顔面の後ろから、心底呆れ返った様子の男の声が聞こえる。榊も声に気づいた様子であり、少し慌てた様子で時雨から身体を遠ざけた。

 

「いや~ゴメンゴメン、昔から研究の話となると前が見えなくなってね……」

 

(こっちはオッサンの顔しか見えなかったけどな)

 

笑顔のまま反省の様子を見せない榊に対して心中で嫌味を吐き、軋む腰をくねらせて姿勢を戻した時雨は部屋奥に凝然と立つ白服の男――ヨハネスの姿を視界に捉える。時雨はこの厳格そうな男の声に聞き覚えがあった。

 

 

「アンタは……確か適合試験の時の」

 

「ほう、覚えていてくれるとは光栄だよ。その件ではご苦労だったね」

 

左目にかかった金髪を掻き分けながら、少しだけ嬉しそうにヨハネスが続ける。

 

「私はヨハネス・フォン・シックザール、ここ極東支部の統括を任されている者だ。君にとっては耳にたこが出来る様な話だろうが、改めて君のこれからの業務についての説明をさせてもらうよ。」

 

早速で申し訳ないがね、と続けるヨハネスに露骨に面倒くさそうな表情を向ける時雨だったが、その「聞き飽きた」という無言の抗議は結局無視されてしまった。

 

 

 

 

説明の概要は主にフェンリル全体の目標と時雨の配属部隊について絞られており、途中何度か解析中のデータの数値に驚愕する榊の邪魔が入ったものの解説は滞りなく行われた。

 

 

まず初めに説明を受けたのは、時雨の配属が決定されている「第一部隊」は主に極東地帯一帯のアラガミの排除、及び素材の回収の任を任されているという事であった。「主に」というのは神機使いはどの部隊でも恒久的に人手不足の状態であり、複数の部隊間を通じての人での貸し借りがほぼ毎回の任務で行われているという事情があっての表現ある。

 

事務員や調査隊員達が至る所に張り巡らせた情報網を利用して迅速にアラガミの存在を察知、確認し、極東支部きっての精鋭部隊である第一部隊の神機使いたちはこれらを殲滅すべく現地に赴く。

 

そして激闘の末に討ち滅ぼしたアラガミから彼らの生態の核を成すオラクル細胞の集合体「コア」を回収し、無傷の状態で支部へと持ち帰る事が任務として課せられているのだ。

 

数多くの業種が存在するフェンリルの従業の中で最悪の死亡率を誇る神機使いの内でも特に大きな危険を伴った任務であり、それゆえに隊員には相当の素質を持つ物が選任され、その報酬、生活水準もかなり優遇されたものとなっている。

 

とどのつまり、第一部隊に配属される。という事実そのものが誉れ高い事なのであり、上層部から素質をより大きく認められているという何よりの証なのであった。

 

 

こうして回収されたコアは支部お抱えの研究員、整備員達によって加工されて様々な分野において貴重な素材となり、純度が高く損傷が少ないものはこれから生まれる新たなゴッドイーターの為の神機として改造される事になる。

 

しかし現在はそのコアの大部分をある計画の為に利用しており、この計画こそが極東支部、ひいてはフェンリル全体の目標でもある「エイジス計画」である。時雨が受けた説明の二つ目はこの計画についての簡単な説明であった。

 

ヨハネス曰く「エイジス計画」とは、この極東支部沖合の旧日本海溝付近にアラガミからの脅威を完全に廃した「楽園」を築くための計画であり、その為には多種多様なアラガミのコアの存在が必要不可欠であるという。

 

計算されているコアの必要量は生半可な個数では無いらしく実現は困難を極めるとされているが、この計画を完遂する事が出来た暁には人類は当面の間絶滅の危機から脱する事が可能であるとされている。

 

当初は眉唾な話であると時雨は鷹を括りながら説明を聞いていたのだが、計画について語るヨハネスの語り口には何やら決意に似たものが感じられ、一端に疑いを持つのは憚られるようになっていた。

 

 

 

人類を未来へと導く、平和の礎。

 

 

希望はあるにこしたことはないと、時雨は捻くれ気味ではあるが肯定的に解釈することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、では話は以上だ。ペイラー、後はよろしく」

 

「了解。先の桔梗君のデータ解析も済んだから、合わせて君の所に送っておくよ」

 

「ああ、頼む」

 

 

榊に後を任せ、ヨハネスは「君には期待してるよ」と時雨に軽く耳打ちすると、力強い足取りで研究所を後にした。

 

 

 

 

 

(うわー……あんまりこのオッサンと二人きりになりたくないんだがなぁ……)

 

 

榊と同じ空間に取り残され、不快とまでは言わなくとも居心地の悪い時雨は天井を見上げて途方に暮れる。

 

「……よし、これで準備完了だ。じゃあ早速メディカルチェックを始めよう」

 

そんな時雨の心中を知ってか知らずか、相変わらず興奮冷めやまぬ様子の榊がこれまた嬉しそうにメディカルチェックの開始を宣言する。

 

「……うぃーっス」

 

そんな榊の様子を見て、時雨は逃げ場は無いと諦観をもって返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君は、誰? 』

 

 

 

 

 

薄暗い病室の中、菫色の長髪をその身と共にベッドに横たえた少女は目の前の人影に問いかける。

 

 

――自分は何故、こんな所に? 

 

 

浮かんで当然の疑問が、まるで湧かない。

 

 

 

『君は、誰? 』

 

 

それなのに、突然眼前に現れた人影の存在だけが酷く不可解に思え、その正体を暴きたくて仕方が無い。

 

 

生気の無い少女の瞳が人影を見据える。

 

 

 

人影の姿は少女の瞳に映らない。

 

 

ただ漠然と「誰か」が「そこ」にいるという曖昧な認識が、少女の眼前に黒い影として存在している。

 

 

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

 

 

人影が少女に言葉を返す。

 

 

人影の声は少女の耳に届かない。

 

 

何かを伝えようとしている事は理解できるのだが、言葉として理解しようとする前に人影の声はどこか遠くへと消えてしまう。

 

 

男の声か、女の声か、それとも化物の声か、それすらも聞き取れない。

 

 

 

人影の手が少女の手に重ねられる。

 

 

人影の温もりは少女の体に伝わらない。

 

 

生命の鼓動も、人肌の暖かさも持たない人影の手は只々冷たく、少女の手の皮を突き刺す。

 

 

 

人影は何も答えない。

 

 

人影は何も映さない。

 

 

人影は何も受け入れない。

 

 

 

 

ふと、少女の生気の無い双眸から雨が零れ落ちる。

 

 

 

 

悲しい訳ではない。

 

 

苦しい訳ではない。

 

 

恐ろしい訳ではない。

 

 

 

それなのに――――

 

 

 

 

『ーーどうして? 』

 

 

ぽろぽろ、ぽろぽろと頬を伝って落ちるそれは、ひどく熱い。

 

 

その様子に人影が少女の手から自らの手を離す。

 

 

少女は解放された右手で目元を懸命に拭うが、雨は止むことはない。

 

 

 

『ーーどうして? 』

 

 

嗚咽混じりに少女が声を絞り出す。

 

人影はこちらを向いたまま、微動だにしない。

 

 

 

無反応の人影を見て、少女の雨は瞬く間にその勢いを増す。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

『どうして……』

 

 

悲しい訳ではないのだ。

 

 

苦しい訳ではないのだ。

 

 

恐ろしい訳ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『何も答えてくれないの? 』

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しい。

 

 

寂しいのだ。

 

 

ただ、寂しいのだ。

 

 

人影が、人の姿を見せてくれない事が。

 

 

人影が、人の声を聞かせてくれない事が。

 

 

人影が、人の温もりを持たない事が。

 

 

どうしようもなく、少女は寂しかった。

 

 

 

 

 

目を閉じて

 

 

耳を塞いで

 

 

心を閉ざして

 

 

少女は、世界の全てを止める。

 

 

 

 

少女――向坂桔梗は、こうして元の世界への帰還を果たす。


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