第0話 神様のキマグレ
───あちこちで火の手が上がり、夥しい数の屍が辺りを埋め尽くしている。
そんな中を、一人の男が重そうな強化外骨格《パワードスーツ》を壊すように脱ぎ捨てると数m歩いてから壁に背中を預けるように座り込んだ。
「…っ、はぁ。こりゃあ、間に合いそうにはないな…」
火の勢いは瞬く間に広がり、山のような死体に燃え移っていくのを男は、ボーッと眺めていた。
『───い、───るか?!生きてるなら返事しやがれ!』
「うーい。まだなんとか生きてるよ…」
男は腰から響いた通信機器の声に気だるそうに声を返す。
『生きてやがったか!ビーコンの反応が消えた時には生存も絶望的だと思ったんだがな!』
「悪いな。パワードスーツがガラクタになっちまってさ…。ビーコンもどっかに落っことしたっぽいわ」
『作戦の支給品無くした程度じゃ文句は出ないほどの活躍だ!生きて帰ってきたら浴びるほどの酒、飲ませてやらぁ!』
「嬉しいなぁ。涙出てくるぜ…」
『おう!で、今はどの辺りだ?』
「わりぃ。帰れそうにないわ」
男の諦めたような返事に、通信機器の向こうの声が止まる。
「パワードスーツはオシャカ。俺自身も、今は生きているってだけで、いつ死んでもおかしくはないな」
男の座り込んだ床にゆっくりとではあるが血が広がっていく。男の顔からも少しずつ血の気は失せてきていた。
『───なんとか、ならないか…?』
「暴走した反応炉もあと30分もしないうちに吹き飛ぶ。それに合わせて星の重力バランスにも致命的な亀裂が入る。俺が生きて帰るには、停泊地まで5分もかけられないが、残念ながら俺がいる位置は停泊地のおよそ真反対だ。スーツがあっても間に合わねえよ」
『───マスター!』
『おい、通信に割り込むなっ』
『マスター!マスター!マスター!!』
通信機器から響くのは悲痛さを秘めた女性の声。気だるそうな男もやや顔をしかめつつも、苦笑して───
「聞こえてるよ、姫。お前、なんつー声出してんだよ」
『マスターが死ぬかもしれないと聞いて静かになんかできません!』
「わかったからもう少し声のボリューム、落とせ。聞こえてるからよ」
『…マスター。約束、しましたよね?』
「…ああ、したな」
何があっても必ず帰る。この任務に出る際に姫と約束した。
『今、帰れないと、聞こえました』
「ちょっと、難しいなぁ。悪い。約束、破っちまうな…」
『私との約束…、マスターには…、そんなに、簡単に──』
嗚咽の混じる声。『また泣かせちまったな…』と心の奥底で詫びる。
「大丈夫だ。お前なら」
『マスターの、その、不可思議な…自信は、聞き飽きました!』
『っ!くそっ、─信の──が───い!いいか、─前がどう─っ──るかは知──…───帰っ──い!─かったか、剣!!』
酷いノイズ音を吐き出しながら通信機器は沈黙する。
「──帰ってこい、か。…くそっ」
言うことの聞かない身体に力を込めようともがく。たが、指先はわずかに動くものの、その場からは動くことはできなかった。
「くそっ!…帰りてぇよ。お前の、…姫にもう一度、笑ってもらいてぇよ!会いてぇよ!諦めなんかつくかよ!俺は、姫ともっともっと一緒に生きてぇよ!!」
男は涙を流しながら吼える。自分の無力さに腹を立て、腹の奥底からあらんかぎりの声を上げる。
「神だろうが悪魔だろうが誰でもいい!俺を、ここから救って、姫とまた笑って過ごせるってならどんな犠牲だって払ってやるよ!どんな運命だって受け入れてやるよ!!だから、───だから!誰でも構わねえ!俺を、救ってくれぇ!!」
絶叫する男を燃え広がる炎が呑み込んだ───
★
男は何も無い真っ白な空間を漂っていた。意識はある。だが、手足は少しも動くことはない。
(あーあ…。カッコ悪く叫んではみたが結果は一緒か。まあ、神だの悪魔だのがいりゃあ、世の中あんなに苦労することもねぇよな…)
「残念ながら、神だの悪魔だのは存在したりします」
ギョッとして目を開けた先には、右に天使のような純白の羽根、左に悪魔のような漆黒の羽根を持った中性的な
「なっ──」
「おお、良いリアクションだね!」
「てめえが神様?」
「そうだねぇ。人によっては『神様』とも呼ぶし『悪魔』だと言う人だっている。まあ、この二つは本質としては大した差は無いから好きに考えてよ」
「ノリの軽い『神様』も居たもんだ…」
『神様』でも『悪魔』でもなんでもいいとは思ったものだが、実際に対峙するとなるといろいろと考えるものもあった。
「──で、お前さんは俺の絶叫という願いを叶えてくれるのか?」
「その前に君には聞いておくべきことがあるね。君は本当にどんな『運命』だって受け入れてみせるかい?」
「今更の愚問だな。受けいれなきゃ『死ぬ』だけだ。だったら迷わず受け入れるさ」
「──ふぅん。胆は据わっているみたいだね。なら、受け入れてもらうとしようかな!」
真っ白な空間が一瞬のうちに広大な明るさの空間に変わる。そこに見えるのは全体像の見えない巨大な『樹』のようなもの。
「な、んだ、これ…」
「これは『世界樹』。君が生きていた『世界樹』とはまったく異なる、世界の根底から別物の『世界樹』だ」
「世界樹…」
「君にはこちらの世界樹で生き直してもらうよ。もちろん、君が望んだ通り──『姫』という女性も一緒にね!」
「生き直してって、赤ん坊からやり直せって?!」
「うん?どんな運命だって受け入れてやるよ!でしょ?」
開いた口が塞がらない。確かに言ったが、まさか本当の最初からのやり直しとは考えてなかった。
「大丈夫だよ!記憶も知識も、全部引き継いでいってもらうから!」
「いやいや!待て待て待て!そういう話じゃなくないか?!」
「僕にとってはそういう話だね。じゃあね、人間。新しい世界での新しい生活。君という人間に幸あらんことを!ってね!」
清清しい笑顔で見送る神様?に苛立ちをぶつけることもできず、男の意識は再び暗転する。
☆
───そんな出来事を通してから早十数年。
「兄さん、行きますよ?」
「わかったからもう少しゆっくりさせろよ、姫」
男──