──次の日。
「──さて、行くか」
「兄さん。いいんですか?」
「仕方ないさ。無理矢理起こして連れていこうにもあんな高熱じゃ動かせん」
昨日、ハクアという女性から預かった人は家まで連れて帰ると家に居た姫玲にも手伝ってもらって世話をした。
高熱が出ていたので訪問診療の行える医者に頼むと、肺炎を起こしかけているとの回答をもらったので、薬を飲ませながら様子を見ていた。
しかし、一晩たっても意識の戻る様子もなく、ギリギリまで看病していたのだが、時間もなくなってきたので諦めて学院に向かうところだ。
「まあ、昨日ほど苦しそうにはしてないからほったらかしても大丈夫だろ。一応、枕元に飲み物と簡単に食べられる物は置いてきたんだしな」
「ですがあの人、どうしてそのような場所で死にかけておられたのでしょうか?」
「さあなぁ…。服もなんつーか、ヨレヨレだったし埃臭かったから家無しなのかもな」
「ですけど、腰には立派な大小の刀がありましたよ?」
「大事な物はそう簡単には手放せないってことだろうよ。とりあえず、今日はできるだけ早めに帰るようにしないとな」
昨晩拾ってきた女性。幸いにも肺炎などにもならず、今もスヤスヤと眠っている。
本来なら叩き起こしてでも話を聞いたりはするべきなのだろうが、今日も学院はあるので寝ているのなら放っておくことにした。
とは言うものの、飢えて部屋を荒らされてもそれはそれで困るので枕元にパンやおにぎり、水やお茶といった手軽に飲み食いできるものは置いてある。
☆
教室に着くと今日は玲児と愛生の二人はいるのだが、眠り姫の姿が見えない。
「塔子はどうしたんだ?」
「ああ。今日は輪にかけて眠そうだったから保健室に放り込んできた」
「いよいよもって大丈夫じゃなくなってきてないか?」
「そうなんだけどな…。何を隠してるのかは神尾とも話してなんとなく掴んだ。ただ、証拠みたいなのがなぁ…」
「それについては昼休みに、ね?」
愛生は何かを入手しているのか小さく笑う。小悪魔のような笑みに剣と玲児はただただ嫌な予感しかしない。
☆
そんなこんなで昼休み。他の人にバレても困るからと屋上へとやってきた。そして、愛生の取り出したるは塔子の携帯電話。
「お前…、いくらなんでも個人情報の塊をくすねてくんなよ…」
「まあまあ。手っ取り早いでしょ?」
ちなみに塔子は屋上に来る前に様子を見に行ったが爆睡していて起きる気配がなかったため、保健教師に丸投げしてきた。
「えっと、認証は──要らないっと。塔子、こういうところ無用心だよね…」
「塔子に限らず、大概の人間はそんなものだ」
普段から身につけているだろう
まあ、手順をいちいち面倒くさがるのが多いというのもあるのだろうが…。
「えっと、電話帳…」
「なんかあるか?」
「もはやお前等って怖いもの無いな…」
二人してスマホを見る愛生と剣。その傍らでげんなりしている玲児。良心を持つ者と持たざる者がよくわかる状態だった。
「…これじゃないのか。蒼生社」
「知ってるの?」
「少女小説を中心に扱ってる雑誌を出版してる会社だ」
「じゃあ、やっぱり塔子は小説を書いてるってことか」
「二人は知ってたのか?」
「私と速水は状況証拠はあったんだけどさすがにそれ以上は調べられなかったの。でも、これで確定…かな」
「塔子が小説を、なぁ…」
「とりあえず、かけてみてくれ、神尾」
「了解」
「いやさすがにそれは──」
『止めといた方がいい』と玲児が言い切る前に愛生はすでにかけていたようで、誰かと話している。
電話が終わると愛生と剣はハイタッチを交わして笑い合う。
「意外にばれないもんだな」
「今日は夕方に打ち合わせするみたいだし、そのタイミングに合わせて突撃しますか」
「お前等なぁ…」
止まるということを知らない二人に玲児はただただ深いため息をつくしかなかった。
☆
夕方。とある喫茶店にて───
「あっ、安納さん。こちらです」
「えっと…、今日もよろしくお願いします赤坂さん」
「はい。よろしくお願いします。さっそくなんですが──」
編集者であろう女性──『赤坂』と呼ばれた人は雑誌の売上と作品に対する批評の様子。最近発売したばかりの単行本の売れ行きを矢継ぎ早に説明していく。
その様子に塔子は疲れたようなため息をつくしかなかった。後ろで新たな来店者を知らせるベルが鳴り──その入ってきた三人。玲児、愛生、剣を見るまでは。
「───っ」
「──?安納さん。どうかしましたか?」
「えっ!?い、いえ、大丈夫、です…」
「そうですか?それでですが───」
女性が説明に戻る間にも塔子はただただ青褪める。そして、頭が上げられなかった。
女性が伝票を持って立ちあがり、お会計をして先に店から出ていった。それを見送った塔子はノロノロと店の奥に座っていた三人の席へと歩いていく。
「愛生ちゃん、玲ちゃん、剣くん…」
「うん!ここ、けっこう旨いな。あっ、打ち合わせ終わったか?」
「まあまあ。とりあえず座りなよ、塔子」
自分の隣を叩く愛生の下へ塔子は座る。目線を上げると対面に座っていた玲児が軽く手を合わせた。
「悪い。だけど、さすがに最近の塔子の様子が心配だった。それで、悪いとは思っていたんだが、一応、な…」
「塔子のこと、ちょっと調べてたの。そしたら、どうやらこの辺りでよく見かけるって話だったから」
玲児、愛生の説明に塔子は目から大粒の涙が溢れ──すぐにそれは頬を流れ落ちる。
「ごめん、なさい!みんなを心配、させてる、なんて…思わなかったの…!」
顔を手で覆って泣き始めてしまった塔子の頭を愛生は優しく撫でる。塔子が落ち着くまで、ゆったりと三人は待った。
「…っ、ごめんね。急に、泣いたり、して…」
「いいって、それくらい」
「そうだな。でも、そんなに切羽詰まるような状況なら相談ぐらいはしてくれよ。明かさなくても、聞ける範囲で聞けばアドバイスとかできるかもしれなかったんだからな」
「うん。ごめんね、愛生ちゃん、玲ちゃん」
「しかし、端から聞いていたがけっこう売れ行きいいみたいだな、塔子の本」
「うーん。そうなんだよ。でも、それに比例するみたいに『次は』『次は』ってなってきちゃって…」
「寝る時間すら確保出来なくなりつつあるわけ、か」
「うん…」
落ち込むように頷く塔子に愛生は優しく撫でる。玲児は腕を組んで頭を悩ましているが、剣は泰然としていた。
「まあ、確かにあの編集者はやり手なんだろうな。だが、少し塔子を蔑ろにし過ぎだ」
「そ、そこまでは私も思ってない、よ?」
「いや、隠すな、んな気持ち。しかし、あの編集者は一つわかってないことがあるようだな!」
「わかってないこと?」
「ああ。神尾は、わかってるみたいだな?」
「なんとなく、ね。そこを『交渉材料』にすれば、塔子の今の状況を改善できるわね」
「神尾に任せたらなんとかなるな。玲児、俺達の出番はなさそうだ」
「それはいいんだけど。『交渉材料』って、なんなんだ?」
玲児の質問に、剣は目の前の皿を空にして爪楊枝を加えながらクックッと喉で笑う。
「いくら編集者がやり手だろうとよ。作品を作るのは結局のところ──作家様に頼るしかないってこと、さ」
剣の答えに玲児は眉を寄せるしかなかった。当たり前の答えにいぶかしむが、その様子に愛生は苦笑している。
「速水。とりあえず、塔子のことは私に任せてよ。数日中には片付く問題だからさ」
「はぁ…」
わかりきったような反応しか見せない愛生と剣の様子に玲児はため息しかない。渦中の塔子でさえ、いまいち話が理解しきれていなかった。