島から出て、地理のわかる京の都を越えて、沖田総紫は孝とともに東へと進み続けていた。
「考ちゃん、疲れてはいませんか?」
「平気ですよ。総紫様こそ、大丈夫なんですか?」
「いやぁ。山登りはあまりしなかったのもあってけっこうきついものがあるかな…」
二人は現在、山の中を横断する形で東京近辺を目指していた。
島から出て、最初は行く宛はなかったのだが、総紫はふと疑問を感じた。
(この世界の中心部とはどうなっているのか?)
島から出て最初にたどり着いた街で情報収集していく内にわかったことはいくつかあるのだが、総紫が興味を惹かれたものが一つあった。
それは、日本には『姫将石』と呼ばれる特殊な鉱石が東京近辺から多数発掘されており、最近、これの研究を始めた者がいる。というものだった。
(姫将石と鬼瘴石。名こそ違えど性質までも違うのだろうか…?それに、研究者がいるのなら俺の持つ鬼瘴石にも興味を持つかもしれない)
その一心で、二人は関西圏から徒歩で東京までの強行旅行を行っていた。
さすがに島を出たのが4月の頭ではあるが今はもう5月になる。
現代人であれば途中であきらめてしまうような強行旅行を、二人は元の世界──幕末で鍛え上げた体力を物に言わせて今日まで歩いてきた。
「とはいえ、少し休憩しましょうか。考ちゃん、一時間ほど休みましょう。山を下りはじめているとはいえ、地図を見る限りでは東京まではまだまだありそうですから」
「はい。総紫様」
偶然見つけた大きめの倒木に二人は並んで座ると近くの枯木を集めて、山に入る前のコンビニで購入したライターで火をつける。
「この世界に来て何が驚いたって、幕末のあの時でさえ鉄馬とかエレキテルに驚いたけど、今はこの小さなビンのようなもの一つで簡単に火がつけられるんだよね」
「あとはこの…ペット、ボトル?でしょうか。竹筒と違って頑丈でそれでいてすごく軽いんです!」
「ええ。それらを市井の人間が簡単に買える。日ノ本は外国に負けることなくこれほどに発展したのだと思うと感慨深い…」
実は二人は携帯電話にも手を出してみようとしたのだが、自分達の戸籍が無いことに気がつき泣く泣く諦めざるをえなかった経緯がある。
「住所が不定で存在があやふやな人間に高価なものは手に入れられないのは仕方ないといえば仕方ないですよね…」
「総紫様。今は諦めるしかありません。ですけど、いつかは手に入れましょう!」
「考ちゃん…。そうですね。今は無理ですけど、いつかは──?」
「総紫様?」
総紫は孝の口を手で塞ぐ。耳を澄ませるように目を閉じていた総紫は目を開くと、山の下る先に視線を向ける。
「何かが、います。それも、誰かを追いかけている…!」
乞食清光に手をかけて立ち上がる。だが、その手を孝がすがりつくように止めた。
「考ちゃん…?」
「総紫様。清光を、使うのですか…?」
「え、ええ。誰かが何か得体のしれないものに追われているようです。音を聞くかぎりでは獣の類いではありませんし…」
「総紫様…。清光を使いすぎたら…総紫様は…」
「っ!」
それを聞いて総紫は考が怯えている理由に思い当たった。
そもそも前の世界で総紫が早くに亡くなった最大の理由はおそらく、この『乞食清光』の使用による魂の劣化が原因である可能性が高い。
当時の医者に診てもらった時にも『肉体的には何も異常は見当たらない。だが、確かに君の身体は弱ってきている。まるで、魂を失っているように』と言われた。
乞食清光を使い過ぎることは前の世界の二の舞になるということだ。誰かを助けようとするたびに使っていれば、おそらく一年と経たずに前の世界のように床に臥せるようになるだろう。
「…確かに、考ちゃんが気にすることですね。わかりました。清光の鬼瘴石は使いません」
「総紫様…?」
「ですけど、俺は剣客ですから刀を使うことは許してくれないだろうか?さすがにそれもダメだと言われると…」
「いいえ。さしでがましいことをしました…」
考は静かに総紫から離れる。瞳から零れ落ちる涙を手で拭きながらも、強気に笑ってみせる。
「行ってきてください総紫様!」
「考ちゃん…」
笑ってはいるがその手は、膝は震えている。
総紫はそんな孝を抱きしめる。優しく、しかし不安にさせないために心もち強く。
「考ちゃんをここまで不安にさせてしまっては俺もダメですね」
「総紫様…」
「考ちゃん。鬼瘴石は俺の命が危機に瀕しないかぎりは今後は絶対に使いません。約束します。今度は、孝ちゃんを置いてきぼりにしないためにも」
「──っ、はい。約束、ですよ?」
「ええ、約束です」
お互いの顔を見ながら額をくっつける。
涙はまだ流れてはいるが震えは止まった。総紫は立ち上がると考の頭を軽く撫でてから音のする方へと駆け出した。
☆
息を荒げて一人の少女は山の斜面を駆け回っていた。
それを追うのは白い蚕の繭を大きくしたような異形の物体。それが群れを成して木々をなぎ倒しながら少女を追ってきていた。
「くっ、なんで…!なんで、大葉刈の刃が通らないの!?」
少女は手に持つ大鎌を異形に振り回すも、異形の身体に刃は弾かれてしまう。
その隙に刃を向けられた異形以外が次々と少女に襲いかかり、身体中を傷だらけにしていく。
「ぐっ。く、そ…!」
いくら振るっても大鎌は異形を傷つけられない。
少女は困惑と焦燥を募らせていき───それが油断となって少女を襲った。
「──っ?!」
枯れ葉の足場に足を滑らせる。大きく体勢を崩した少女を異形は見逃すはずもなく、獰猛な歯が少女の身体に噛りつく。
「──っ!ギッ、がはっ?!」
身体を左右から潰されるような圧迫に身体中の骨が軋み、圧迫された内臓に傷がついたのか、口から大量の血を吐く。
「ゲホッ…!こんな、ところで…。私、は…」
少女の手から大鎌が滑り落ちる。
他の異形が集まってきて少女の身体を引きちぎるためか身体のあちこちに噛みつこうと口を開ける。
(あぁ…。ここまで、か…)
少女の瞳から光が失われる。涙が一筋、頬を流れ落ちる。
「たか、しま、さん…」
異形達が今まさに少女の身体を引きちぎろうと四肢に歯をたてようとした───瞬間、一陣の風が異形達の回りを駆け抜けた。
『───?』
少女に噛みついている異形以外が何事かと身体を捻り、そのまま捻った場所から斜めに身体が滑り落ちる。
少女に噛みついていた異形がそこで初めて危険を察知したのか、少女を手放す。
身体を捻り、周囲を警戒するように動いて、異形は気づいた。
自身以外の仲間は全て絶命しているということに。
「──多少硬くはありますが、斬れないほどではないようで安心しました。考ちゃんに心配かけずにすみそうです!」
異形の背後でそんな声が聞こえ、残されていた異形が振り返る前に総紫はその異形を上下真っ二つに斬り捨てていた。
枯れ葉の地面に絶命した異形達の屍が転がる中を総紫は無視して仰向けに倒れている少女の元へと駆け寄る。
「──っ。これは…」
少女はわずかに息はしている。だが、全身をまるで斬り刻まれたように出血をしており、口からもわずかに血を吐いている。
総紫は少女の身体のあちこちを触り状況を確認する。
(かろうじて骨は折れてはいない。ヒビは入っている可能性はあるが、問題は全身にある傷だ。とにかく出血が多い。このままでは、もたない…!)
総紫は少女を抱えると急いで考の元へと駆け出した。
異形達が光の粒となって消滅していくのに目もくれずに───