考の元へと戻ってきた総紫の姿に孝は安堵のため息をつき、しかしすぐに表情を引き締める。
「考ちゃん!手当てを手伝ってください!」
「はい!任せてください!」
枯れ葉の地面にすばやくビニールシートを敷き、そこへ少女を寝かせると少女の容態を考が確認していく。
その横で総紫は荷物から包帯や薬など、治療に使えそうなものを手当たり次第に出していく。
「(骨は肋骨の一部にヒビがある。固定は難しいからこれは置いておいて…)総紫様!傷口を水で洗ったら包帯を巻いてください!それと、できるだけ急いで山を下りましょう!」
「それは…」
「一日二日程度ならまだなんとかなるかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。できるだけ急いで清潔な場所で治療しないと…」
「…わかりました。急ぎましょう、孝ちゃん」
二人は手早く少女の応急処置を終えると荷物を背負い直し、山を下り始める。
少女を抱きながらのために先ほどまでの速度は出せないが、できるだけ急いで山を下っていく。
日が暮れて山を闇が覆うなかでも、二人は足を止めることなく下っていく。
「考ちゃん、大丈夫ですか!?」
「はい!総紫様は!?」
「大丈夫です!」
本来であれば二人はこの辺りで一晩休憩を取り、日が昇り始める頃から下るのが理想的だ。
だが、それでは少女が死んでしまうかもしれない。
今も腕の中で弱々しい呼吸を繰り返している少女に総紫は焦りながらも決して無茶はせずに山を下っていく。
───だが、その強行軍も止まらざるをえなかった。
「──っ!考ちゃん、止まって!」
「は、はいっ!」
二人が止まったほんの数m先は崖になっていた。
周囲を見渡すも、すでに真夜中に近いのか視界はほとんど効かない。
これ以上の強行軍はさすがに無理があった。
「考ちゃん、これ以上は危険過ぎます。少し手前に拓けた場所がありましたからそこまで戻って朝を待ちましょう」
「…はい」
少女は救いたいが自分達が大ケガをしてしまっては本末転倒である。
仕方なく二人は火を起こせそうな拓けた場所へと戻るとたき火を起こしてコンビニで購入していたおにぎりとパンを食べ、総紫が先に睡眠を取ることにした。
木にもたれかかるように座り込んで眠る総紫と、火の番をしながらも少女の様子を考は観察していた。
(私、ぐらいかな?)
考は早い段階から深雪太夫の下にいたので同年代の少女との接点は少なかった。
静かな中でいつの間にか少女が薄く目を開けてこちらを見ていることに孝は気づいた。
「大丈夫ですか?」
「あ、なた、は…」
「私は考、といいます」
「こ、う…?」
「はい。考です。疲れなければ、お名前を教えてくださいませんか?」
「…おり、ち、かげ…」
「こおり、ちかげ、さんですね」
少女は弱々しく、しかし確かに頷いた。
「安心してください。今、私達は急いで山を下っています。朝になれば街に行けると思います」
「そっ、か…。あり、がとう…」
「お礼は、元気になったらください。今はまだ予断を許してはいません」
「ぅ、ん…」
「ちかげさん?」
少女───ちかげは小さな寝息をたてて眠っていた。
考は枯れ枝をたき火にくべながら、ちかげの汗を軽く拭いていた。
☆
日が昇り周囲がよく見えるようになってから二人は再び山を下り始める。
傾斜も終わり、平地が見えてきたところで総紫の足が止まる。抱えていた少女を地面に寝かせると油断なく周囲を見渡す。
「考ちゃん、彼女を任せます」
「総紫様、これは…」
「ええ。囲まれているようですね」
周囲の木々の合間に少女を襲っていた異形の姿が見え隠れしている。
(厄介ですね…)
ざっと見えただけで二十はくだらない数の異形が周囲をうろついている。
自分一人が斬り結び、逃げ出すぐらいはわけないが今は考と少女がいる。二人を守りながらではこれ以上の数はさすがの総紫といえども──
(鬼瘴石を使えば…いや──)
そこまで考えておく総紫は思考を止めるように頭を左右に振る。
考に『できるだけ鬼瘴石は使わない』と昨日約束したばかりだ。だというのに、目の前の脅威に思わず約束を違えようとした自分を叱咤する。
(バカげた自己犠牲なんか考ちゃんは望んでいない。俺が生きて二人も生きている。それが俺に預けられている命ということだ。だから───)
総紫は目を閉じて意識を深く深く内へと沈めていく。
──研ぎ澄ませるように…
──荒く削り出すように…
再び総紫が目を開いた時には周囲をうろついている異形は合図でも得たかのように一斉に距離を詰めてきていた。
「───いきます」
──しかし、それはもはや恐るるにたらず。
★
その女性は勢いよく山を駆け抜けていた。
女性の向かっているのは異形の集まっていく場所。この先に異形達が目指す『何か』が存在する。
(修理を置いてきてしまったが、今はいいか)
女性は異形達がなぜ山に集まりだしたのかを調査にきていた相手の護衛をしていた。
そんな時、突如として姿を見せた異形達が自分達や回りの物に目もくれずに山を上がっていくのに女性は気になって同じように駆け抜けていた。
(──っ、あれか!)
異形達が群がる場所。そこにたどり着いた女性は──目の前の光景が信じられなかった。
異形が次々と両断されていく。舞うように煌めく一迅の刃が見えるだけで、その刃を振るう者の姿を見ることができない。
(鬼瘴石を使う私の目でも捉えられない速さだというのか!?)
視界にある異形の遺骸の数はすでに四十を超えている。それだけの異様な光景が広がり、ようやく異形達が集まらなくなり、集まった全ての異形が遺骸へと変わり果てた。
そこにようやく、一人の剣士の姿を見出だすことができた。
「あれ、は…」
女性──
自分が唯一、人斬りとして生涯に斬り棄てることのできなかった相手。
今の自分が護衛をしている女性を護衛していた女性。
「沖田、総紫…」
『人斬り姫』と呼ばれた、自分と同類たる人斬り。