彦斎は総紫を見つめるように固まっていたが、いつの間にか総紫はこちらへと振り向いており、その殺気がこちらへと向けられていることに気がつく。
「ま、待て!お前は、沖田総紫で違いないか?!」
「…あなたは?」
「──むっ?」
聞き返されてから彦斎はふと疑問がよぎる。この目の前にいる沖田総紫はどのタイミングの『沖田総紫』なのだろうか、と。
もし。もし、目の前の沖田総紫は
自分がここに立っているのは何やら誤解を受けるような事態ではないのか?
なにせ、目の前の沖田総紫はこちらのことをキチンと認識したようで。その刀が構えられ、腰が落とされ──
「河上、彦斎ぉぉぉ!!」
「っ、やはり、か!」
とっさに抜いた刀が鍔迫り合い、鋭く重い衝撃に彦斎は刀を取り落としそうになりながらも──
「くっ。ま、待て!沖田、総紫!」
「ふざけるなっ!お前は、お前だけはっ!」
「ぐっ!?」
怒りは剣筋を鈍らせるはずが、総紫の剣閃は鈍るどころか一撃ごとに鋭さを増して彦斎に襲いかかる。
(これが、沖田総紫の本気なのかっ?!)
「はああぁぁぁぁ!!」
「っ、しまっ!?」
彦斎の手から刀が弾き飛ばされ、彦斎自身は腐葉土の地面に背中を叩きつけられる。
痛みに息が詰まり、しかしすぐに立ち上がろうとした彦斎の眼前に切っ先が向けられていた。
「河上、彦斎。こんなところで仇を討ったところで何かがあるわけでもない。だけど、お前だけは──俺が殺す!」
「──っ!」
振り上げられた刀が迫る中で彦斎は目を閉じることはしなかった。
これは、自分の過ちが招いたこと。ゆえに、一発の銃声とその銃弾を総紫は迷うことなく斬って棄てて見せた。
「だれ、ですか?」
「おぉ、おぉ。すごいなぁ、総紫!まさか、銃弾を斬ってみせてくれるとは私もびっくりだよ。あと、彦斎。お前足速すぎるぞ。追いかける身にもなってくれ。私はお前ほど鬼瘴石の性能は身体にいってないんだからな」
木々の合間から姿を見せた相手に総紫の目が見開かれる。
そんな総紫の様子に表れた女性──佐久間修理は愉快そうに肩を揺らして笑っていた。
「久しぶりだな、総紫。お前にとって私は彦斎に殺された時代から来ているって認識で間違いはないか?」
☆
異形の遺骸が全て消滅した山の中。修理は総紫と考が連れていた少女の怪我を診ていた。
「酷いな…。できるだけ急いで山を下る必要はあるだろうな」
「そうですか。なら、今は一分一秒も惜しい。行きましょう、考ちゃん」
「は、はい!」
「ちょい待て、総紫。おそらくだが数年来の再会だろうにあまりにも淡白過ぎやしないか?」
「それは…」
「それにそんなにその子が大切ならなおのこと私達についてくるといいだろう。少なくとも一番近い街は私達がいる街なんだろうし。そう、だよな?」
「ええ。修理の言うとおりです。沖田、いろいろと言いたいことや聞きたいことがお互いにあるとは思うが、まずはその子の治療を優先しよう。そのために私達はお前の力になってやれるはずだ」
「…本当ですか?」
「こんなことでさすがに彦斎も嘘なんかつかんさ。さて、そうなると調査は残念だが中止だな。彦斎、山を下りるぞ」
「わかりました。俺が先導しますから修理は考をお願いします」
「ああ、任せておけ。というわけで、考ちゃん。悪いけどかつぐよ?」
考を背中に乗せた修理と少女を背負う総紫は彦斎の先導の下、山を下る。
「修理、河上は…」
「うん?ああ、今のお前にとっては不思議な光景に見えているんだろうな。まあ、今のところはお前にとっても敵じゃない。それは私が保証しよう!」
「そう、ですか…」
納得のいかない表情で先導する彦斎の背中を見つめる総紫に、修理は可笑しそうに笑う。
「本当に、私が知っている総紫じゃないようだな。そうだな、せっかくだからお前の半生、聞かせてはくれないか?」
「俺の、ですか?」
「ああ。沖田総紫がこの世界へと来る理由となった半生を私に教えてくれ。できれば、『私』がどうなったのかもな」
「…、わかりました」
そうして、総紫は語る。失うことを続けた生き様を───
「───最期は、江戸の片隅で考ちゃんに見守られる形で俺の生涯は幕を降ろしました」
「ふむ。予想していたよりも数段ヤバい生涯を送ったようだな…。であれば、あれほどの強さを発揮できるのも納得だ」
「その、沖田…?その世界の『私』は修理を殺した後、どうなった?」
「…わかりません。それ以降は『河上彦斎』という人斬りを京では終ぞ姿を見ることはありませんでしたから」
「そう、か…」
それだけ聞くと彦斎は振り返ることなく歩いていく。
「そうなると時代ってのはどう動いたのかはわからんよな。この世界とは違う歴史──というか、そもそもこの世界は私達の知る歴史とは根本から違ってはいるが」
「あの、修理。この世界には『姫将石』というものを研究している人がいると知って、俺と孝ちゃんは東京を目指していたんですが…」
「ほう?総紫も『姫将石』のことは気になっていたのか」
「ええ。この世界にある『姫将石』と俺達の世界にある『鬼瘴石』。名前は違ってはいるけども当て字のようにも思えてしまって…」
「クハハハハ…!そうかそうか!」
高らかに修理は笑う。まるで総紫の考え方が『面白い』とでもいうかのように。
「その意見はあながち間違いじゃあない。ただまあ、説明するにも現物を見ながらの方が説明しやすいしな。まずは私達の今の活動拠点まで行くとしようじゃないか」
「修理、見えてきた」
「ようやくか。それでは、ようこそだ沖田総紫。現在の我々の拠点である、《樫ノ森学園》へ!」
山から下って見えてきた建物。それは、広大な一つの学園だった。