『国立《樫ノ森学園》』
この世界において日常に溶け込んだ異質な力『導力』を研鑽する学園。
この『導力』と呼ばれる力は平安時代から存在しているとされ、その頃に人類に敵対した侵略者『コトナ』を討ち取った力と伝承には残っている。
現在のところ、日本の導力者の多くはここ『樫ノ森学園』か『聖デイビット学園』のどちらかに所属し、日々研鑽の毎日を送っている。
「──そんな寮の一角で私と彦斎は生活しているというわけだ」
「私達は何が起きたのやら、この学園に突然現れたらしくてな。何者かがわからないような者を学園に置くべきかは随分と話し合いが為されたらしいが…」
「そこは私の交渉術でなんとかした。住まわせてもらう代わりに生徒達の剣術指南を彦斎がやったり、私が導力者が使う『導力器』と呼ばれるもののアイデアを出したり、とかをな」
「修理は俺の知っている修理と変わらないようですね…」
「アッハッハ!そうかそうか。だが、今はこの立ち話の時間すら惜しいな。急いで保健室へと向かうとしよう!」
修理の案内の下、学園内を歩く総紫達。『保健室』に到着すると修理はノックもせずに扉を開けた。
「石橋先生、すまない!至急対応してほしい急患を連れてきた!」
「もう、佐久間さん!ノックは必ずしてくださいって何度もですねぇ!」
「それについてはすまない。しかし、こちらも急を要する!」
「もう。それで急患というのは?」
「総紫!」
「はい。すみません、お願いします」
ベッドの上に少女を寝かせるとぽやっとしていた『石橋先生』の雰囲気が引き締まる。
直ぐ様、治療に必要そうな薬品などを棚から集めると治療を始めた。
数分の間に治療を終えたのか、石橋先生は額の汗を拭いて総紫達に向き直る。
「危ないところでしたがなんとか間に合いました。しばらくは絶対に安静ですが、意識が回復したらお話しないといけませんね」
「あの、先生。ちかげは…」
修理の傍らから現れた考に石橋先生は少し驚き、しかしすぐにやんわりと笑うと考の頭を撫でながら──
「今は眠っていますが命に別状はありません。今言った通り、しばらくは絶対に安静ですが容体が落ち着いた頃に聴取したいと思います。いいですね、佐久間さん?」
「ああ。助かったよ、石橋先生」
「そうですか。さて、それでは改めて聞くことにしましょうか。佐久間さん、こちらの二人を紹介していただけますか?」
「ああ。彼等は剣客が沖田総紫。今、石橋先生が撫でていたのは考。共に、私が生きていた世界の知り合いだ」
修理の紹介に二人は石橋先生へと頭を下げる。
「なるほど。であれば、あまりどうこう言う必要はなさそうですけど…。と、自己紹介がまだですね。私は
「沖田総紫です。彼女の治療、ありがとうございました」
「いえいえ。困った時はお互い様、ですよ。佐久間さん、二人のことは藤島先生には?」
「まだだ。彼女の治療を優先するのに説明は後回しにした」
「そうですか。それで正解だったと思いますが、今は状況説明に向かいましょう。沖田さん、考さん。お手数おかけしますがついてきてください」
立ち上がる石橋先生に総紫達はついていく。途中、一つのクラスに寄って別の先生と合流するとそのまま『面談室』へと皆で入った。
先生二人と総紫達が対峙するように座る。
「半年ほどで早くも新しい同居人か。佐久間さん、説明していただけますか?」
「藤島先生、そんなに見つめなくても説明しますから」
修理は再び説明する。合間にいくつかの質疑応答を繰り返し、藤島先生はイスに深く座り直す。
「なるほど。佐久間さんの知り合いだがこの世界の人間ではない、と。となるなら当然だが──」
「ええ。戸籍は無いでしょうね」
「またか。次は誰が保証人になるか、だが──」
「あの、藤島先生。その役、私が請け負います」
「石橋先生が、ですか?」
「はい。私は藤島先生より少しだけですけど彼女達と話す機会を持てました。その時の感想としては彼女達は佐久間さん同様、危険な人だとは思えません」
「そうですか。なら、彼女達のことは石橋先生に任せましょう」
「ありがとうございます」
「さて、私の自己紹介がまだだったな。私は
ジャージ姿の女性──藤島直は腕を組んでいっそ不遜な態度で自己紹介をしている。だが、そこに嫌味な感じは受けなかった。
(かなり豪快な人って感じか。歳姉さんみたいだな)
総紫達も改めて自己紹介を行った。
「さて。二人の居室は佐久間さん達の隣でいいとして、働くのはどうしてもらうか?」
「藤島先生。総紫なら剣術指南にもってこいですよ。なにせ、天然理心流の免許皆伝だ」
「…ほう?それなら話は早そうだ。ちょうど次の時間はウチのクラスが野外授業だ。そこで腕前を見せてもらうとしようか?」
「だ、そうだぞ総紫?」
「──わかりました。置いてもらうのですからしっかりと働きます」
「では、行くとしようか。河上さんにも来てもらう!」
「承知した。腕を振るわせてもらおう」
「じゃあ、考ちゃん。行ってきます」
「はい。いってらっしゃいませ、総紫様」
藤島先生先導で総紫と彦斎の二人が先に部屋から出ていった。
「じゃあ、考ちゃんには私の研究の手伝いをしてもらおうかな?」
「佐久間先生の、ですか?」
「ああ。いつもは石橋先生に頼んでいたが、孝ちゃんなら問題ない」
「それなら安心ですね。考ちゃん。頑張ってください」
「はい。ありがとうございます、石橋先生」
面談室から出ると石橋先生は足早に駆けていってしまった。修理は考を引き連れて研究棟へと歩く。
「しかし、総紫と出会えてよかった」
「佐久間様、総紫様の命はどうにかなりませんか?」
「ああ、鬼瘴石による衰弱か。アレの解決法は私も彦斎も知っているよ」
「本当ですか!」
嬉しそうに笑う考を見ながら修理は頭をかく。その様子に考は笑顔を引っ込めて首を傾げる。
「何か、問題があるのですか?」
「問題か…。まあ、問題といえば問題だな」
「なんでしょうか?考にお手伝いできることならお手伝いいたします!」
「ああ、いや。別に難しいことじゃないんだよ。ただまあ、安易には出来ないことでね」
「なぜですか?」
「うーん…。今は内緒だ。私達は構わないが総紫は構う話だと思うからね」
「総紫様が、構うのですか?」
「うん、まあ。詳しい話は総紫が居るときにする。最終的に決めるのは総紫自身なんだしな」
考には何が何やら訳がわからない。総紫様が決めることとは何だ?そして、なぜ話している修理の顔が赤いのか?
修理の言葉の意味を考が理解するのはもう少し先の話。