そこは東京のとある喫茶店のオープンテラスの一画。一組の男女がそれぞれに注文した飲み物を飲み、男の方は腕時計に視線を落としてはため息をつく。
「…ったく。向こうから言ってきといてなんで遅刻してくるんだ…。待ち合わせから一時間は経つぞ」
「まぁまぁ直刃ちゃん。一魅さんって医大生なんでしょ?忙しい人なんだしゆっくり待とうよ。どうせやることなくて家でのんびりしてたんだし」
「そりゃあ、そうなんだけどよ…」
男──
「直刃ちゃんだって『暇だな~』なんて文句言ってたんだしいいじゃない」
「それとこれとは別だろ。そもそも向こうからここに来いって言ってきといて本人が時間に来ないとかどういう了見なんだか──」
二人が待っているのは一人の女性。名は
とある理由から知り合った相手だが仲良くしたいわけでもない。いろいろと複雑な相手ではあるのだが、とある境遇を持つ者同士でもあるので邪険にはできない。
☆
「───遅くなったわね…」
待ち合わせ時間から早くも二時間を過ぎた頃。ようやく本人が現れた。ひどく疲れた様子で…。
「俺が言うのもなんだが、大丈夫か?」
「一魅さん、目の下に隈出来てますよ?」
「ここ最近、忙しくてね」
イスに腰掛けるとそれに合わせるように一魅の後ろからついてきていた二人の人物が一魅の左右に座る。
「…で、急に呼び出したのはその二人についてなのか?」
「あら?察しがいいのね?」
「この状況でむしろ無関係と言われる方が驚くよ」
「まあ、そうでしょうね。二人共、帽子取っていいわよ」
左右に座る人物が帽子を取る。その二人に直刃は自然と腰に差していた刀の柄に手を伸ばす。
見間違えるはずはない。そして、その人物がここには居るはずはないというのに…。
「ふふっ。深海、刀を抜くのは止めときなさい。いくらあんたでも二人を同時に相手では勝ち目は無いでしょう?」
「──そうだな。だが、聞かせてもらえるか?どうしてその二人がここに居る?」
「さて、どこから説明すべきなのかしらねぇ。そもそも、自分の境遇にすら答えの出ていない私達のことだし」
「わかる範囲でいいから教えろ…」
「そうね。とりあえず、二人は貴方の知る清水一学と山吉新八郎で間違いないわ。二人共、この世界では敵ではないから刃は向けないよう頼むわね?」
なぜか今にもこちらへと駆け寄ってきそうなほど喜色に満ちた新八郎とどのタイミングの一学が来たのやら、視線をわずかに向けるもすぐにそらされる。
「まあ、あとは新八のことがネックなのかしらね。深海、貴方には寝耳に水の話なのだけど。この新八、貴方にベタ惚れ状態みたいだから気をつけなさいな」
「──は?」
かつては刃を交えたりすることこそあれど惚れられているとはどういうことか?
「どうも向こうの深海直刃と新八が結ばれる未来があったようなの。そんな世界から来ているものだから、ね?」
「えっと…?」
直刃はすぐに記憶を掘り返して思い出す。三度目の折、初めて新八と出会った時に確かにそんな感じの話はしていた。
自分は突っぱねてその後は山科へと戻り、その後は新八と斬り合ったりと決別の道を選択したが──
「そういう可能性もあったんだろうな…。新八と一緒になるっていう…」
新八の方を見れば目が合ったことが嬉しいのか、可愛く手を振っている。
「一魅」
「あら?なんでしょうか、一学さん」
「あなたは私にこう説明したはず。『この時代では赤穂浪士によって討たれた吉良は悪人として伝記している。それは歴史としての認識だから変えようなどとは考えるな』と」
「はい。確かに言いました」
「だけど、私はやはり納得がいかない。奴等に討たれた吉良様の普段の様子が未来に伝わっていないなど…。なんとか名誉回復はできないの?」
「それは…。できることなら──」
「あっ。一魅、俺からその事とかについて少し話があるんだけど」
「話?」
「ああ。莉桜、頼んでた資料あるか?」
「はーい。もう、直刃ちゃんってば急に私にはわからない話始めるから私、おいてけぼりにされるのかと思ったよ…」
「ここに話が繋がるんだよ」
「なら良かった。はい、これだよ」
直刃が莉桜から受け取った資料。それは歴史上では吉良は赤穂浪士に討たれた悪人としての通説があるが、直刃と莉桜の集めた資料には少し違ったものが書かれている。
「近年の研究においては『吉良上野介は領民に優しく、善政を敷いていた者でもあり、むしろ忠臣蔵における吉良上野介の行動には幾点か矛盾があり、今後はこの点が当時の幕府も絡む権謀術数があったのではないか?』って、最新の資料が見つかったよ」
「これは、いったい…」
「俺にもわからない。過去に一魅から聞いた話の断片もある以上、憶測と切って棄てるような資料じゃない。少なくとも今居るこの『未来』において、吉良上野介のただの悪人としては片付けていないんだ」
「深海、これはいったい…?」
「ああ。あとな、家には無いはずの蔵からこんな刀も出てきたぜ?」
直刃は腰に差していた刀を鞘ごとテーブルの上に置く。うっすらと、視える者にだけは金色の光が刀から漏れていた。
「これは、雷切!?」
「しかも、師匠がわざわざ打ち直して用意してた五本目の雷切──『雷切・真打』」
その刀を腰に差し直すと、直刃はテーブルに置かれたコーヒーを飲み干す。
「元居た時代に帰れなかったこと。雷切が家には無かったはずの蔵に納められていたこと。清水一学や山吉新八郎がいること。疑問を上げればキリがないが、俺やあんたはかなりややこしい事態に巻き込まれているようだぜ、一魅さんよ?」
「…そうね。説明のつかないことだらけ、ね」
甲佐一魅は深くため息をついて空を仰ぐしかなかった。