部室の出来事から早三日。
剣達のクラスでは少しの変化が生まれていた。
「お、おおっ…?」
「ああ、そんなに焦る必要はないよ。俺達で引き付けるから」
「いや、引き付けるなら一人でやれよ…」
クラスのあちこちでゲーム機を持ち寄って狩りゲームに興じる生徒が男女共に増えていた。
「何が起きてるんだ、剣?」
「大方、神尾が裏で何かしてるんだろうよ。この前の塔子からの相談にも関係してるんじゃないか?」
「えっ?何かしたっけ?」
「『恋愛物の書き初めってどんな感じになるものなのか?』って話してなかったか?」
「ああ~、してたねぇ。えっ?これがその答えってこと?」
クラスのあちこちで行われているのはゲーム機を持ち寄っての男女の交流。つまり───
「コミュニケーションのツールはさておいて。共通の事柄があれば男女の交流は始まるってことだよ」
「あっ、愛生ちゃん」
「どうよ、速水?」
「いや。『どうよ』って言われてもな…」
「俺達からしたら何を当たり前なことを…、って意識しかないぞ。なあ、速水?」
「いや。その同意の取り付けもおかしいぞ」
「あれ?これって趣味持ちの人間の意識か?」
思わず周りを見るが剣の視線を周囲のクラスメイトは視線をそらしてしまう。剣はその予想外の反応に固まる。
「…マジで、か?」
「珍しい顔が見れたわね…」
「で、今のクラスの状況を神尾が作ったのはわかった。これが塔子の小説関連なのもなんとなくわかった…けど、これって高階のことにも関係あるのか?」
「ん?あるよ。っていうか、本命はそっちだしね」
笑う愛生に対して玲児は渋い顔をしている。おそらくある程度は愛生自身から説明は受けてはいるのだろう。
だが、それについて納得しているわけではないようで…。
「俺も好きに動くからな?」
「いいよいいよ。速水が私に手を貸すとも思ってないから。そもそも、クラスメイトを陥れるようなことに速水が片棒を担げるとは思わないし」
「愛生ちゃん。私も、積極的にはお手伝いしないよ?」
「いいってば。塔子は小説の方を優先しなって」
「そうか。玲児も塔子も消極的か」
「神代も好きにしなよ?」
「神尾に言われるまでもねぇよ」
★
昼休み。剣は食堂を訪れると直緒を見つける。
「よう、高階。珍しいな、お前が一人で食堂とは」
「えっ?ああ、神代か。まあ、たまには、ね」
「なら、一緒に食わねーか?」
「…そうだね。せっかくだし一緒にしようかな」
お互いにトレーを持って席に着く。始めはお互いに無言で食事を続けていたが──
「なんていうのかな。クラスにちょっと居にくくてさ」
「教室に、か?」
「うん。ほら、今ってクラス内でゲームが流行ってるみたいじゃない?」
「ああ。狩りするゲームな」
『そのブームを意図的に発生させたやつ』を頭に浮かべつつも、剣は平常心を心がける。
「それがどうかしたのか?」
「みんなにさ。『直緒はやらないの?』とか『一緒にやろうよ!』とか誘われるんだけどさ。私ってば、どうもああいうのって苦手なんだよね」
「ゲームが苦手なのか?」
「ゲームというか、ゲーム機をポチポチしてるのが苦手なんだよね。なんていうのかな…。やってると『ムキーッ!』みたいになる?」
頭をかくようなジェスチャーを交えて話す直緒に剣は思わず噴き出す。
「くっ…。細かい作業が似合わなそうだよな、高階の場合は」
「まあね。苦手なんだよ、ああいうの」
「で、なんとなく教室に居づらいと…」
「『空気』ってあるじゃん?『みんなはやってるのに直緒はなんで?』みたいな空気がどうしてもね…」
「まあ、普段ならお前はああいうのの先頭にいるようなやつだからな」
「そうなんだけどね…」
普段ならクラス内で話の中心には必ずといっていいほど『高階直緒』というムードメーカーがいる。
しかし、今回のブーム──『ゲーム』においてはそのムードメーカーは静観を決め込んでおり、周りから──特に女子達からは不信感みたいな雰囲気が出てきている。
『いつもなら率先しているのになんで今回は?』みたいな空気。普通に考えれば苦手なものの一つや二つ、誰が持っていてもおかしくはないというのに。
(なるほどな。神尾にはこういう空気が見えてるのか。なんだかんだとあいつも特殊な人種ではありそうだしな)
「神代はゲームしないの?」
直緒はクラス内をよく見ている。クラス内でゲームをほとんどしていないのは剣と姫玲、あとは塔子くらいのものだ。
姫玲はゲームよりも本、塔子は小説書きに重きを置いているからしていないが剣もゲームぐらいはしている。
「いや。俺もゲームはするぞ?」
「そうなの?教室でしてるところ見たことないし」
「俺もあの狩りゲームはしてるさ。ただ、玲児曰く俺のプレイスタイルに合うプレイヤーは少ないんだってさ。お前のプレイについていけるやつはクラス内には居ないと思うってさ」
「プッ。なにそれ?」
ここまで憂鬱そうな雰囲気が一転、和やかな空気に変わる。
「俺のプレイスタイルは良くも悪くも効率性重視みたいでな。ゲームをクリアするって面からみれば他からも一目置かれるようなプレイらしいが、今のクラスで求められてるのは男女間での読み合いだろ?俺はゲームでもそういうことはしないって玲児に言われて『なるほど』と感じてな」
ちなみにこういうプレイスタイルは嫌われがちにみられるが仲間に一人いると格段に楽しくはなるとも玲児からは言われている。
しかし、今クラス内で起きているゲームブームに対しては俺のプレイスタイルは嫌われやすい。なにせ、男子がしているのはいわゆる慣れていない女子を持ち上げる『接待プレイ』というやつだ。
女子に良いところを見せるために男子は常にフォローに回る。代わりに普段なら女子とも積極的に話せない男子は楽しくお話しできる。
そんな需要と供給が成り立っているのが今のゲームブームの根幹だ。これにゲームに傾倒する剣のプレイスタイルは周りからブーイングが出る可能性があるのだ。
その説明をすると直緒は意外そうに目を見開いていた。
「つまり、今のゲームブームって『お見合い』ってこと?」
「おっ?見方を変えればそうなるな。まあ、そういうことだよ。男子は女子と楽しくできる。女子は男子と話して普段なら知れない男子達のことを勉強できる。言い方は悪いがお互いに得があるから今のブームは発生している」
まあ、塔子の恋愛小説のネタにも繋がるからそういう発展を意図的に行ったのだと剣にはわかっているのだが…。
「じゃあ、けっこう短かったりするのかな?」
「ブームがってことか?」
「うん」
「クラス全体でのブームなんて所詮は短期だ。特にこういうブームならなおさら。そこから先に発展した奴等は今後も続けていくだろうが、そうでないならこういうブームはあっという間に過ぎ去る」
「そっかー。しばらくの辛抱か…」
「なあ、高階。教室に居づらいってなら今日の放課後、うちの部活に来ないか?」
「部活に?」
「ああ。占星術研究会って銘打ってはいるがほとんど暇人が集まっての雑談会だ。他の女子と下校タイミング被るのが面倒なら、どうだ?」
直緒は箸を咥えたまま考え込むように天井を見上げる。しばらくの間そうしていると──
「そう、だね。せっかくだから一度のぞかせてもらおうかな?」
「了解だ。部長の方には俺から後で伝えておくよ」
「なんか、ありがとうね、神代」
「別に。俺は何もしてねーよ」
「なんとなく、ね」
「そうかい。礼は礼として受け取っておくよ」
お互いに食べ終わったトレーを厨房に返すと教室へ向かって歩き出す。
「さーて、午後の授業もがんばりますか」
「そうだね…」