午後の授業も滞りなく終わって放課後。
占星術研究会の部室には直緒が愛生のレクチャーを受けながら占い──タロットについて勉強していた。
「なんで私が…。こういうのって普通は部長の仕事でしょ?」
「仕方ないだろ。部長は先生からの呼び出しで遅れるって言ってるんだ。せっかく来てくれた見学者を待ちぼうけにさせるわけにもいかんだろ?」
「それで私に白羽の矢が立つ理由は?」
「高階の興味を持った占いがタロットで、そのタロットを熟知してるのは神尾だったから。わかったか?」
「なんだろうね。この『文句を言わずに仕事をしろ』って言われた気分…」
愛生の説明を熱心に聞く直緒を横目に、剣はとある一枚の紙を取り出す。
(ったく…。あの人も人使いが荒い…。いや、今の生活ができてるのはあの人の力もあるんだが…)
そこの紙には『指令』と書かれており、中身はその下に書かれている。その指令書を眺めて剣はただため息をつく。
「にしても、今日は集まり悪いなぁ」
「塔子は小説書きにとっとと帰ったし、響と芙美香は仲良く買い物らしいぞ」
「で、部長は先生からの呼び出しで遅れる、と。なんだかんだとうちのクラスの人間しか居ないあたり、この部活も稀有な集まりだよな」
「というか、剣。最近、姫玲って部活に来ないけど忙しいのか?」
「本の発売日前後はこんなもんだ。あいつの優先事項はあくまでも『本』だよ」
「そうか」
窓際で剣と玲児はコーヒーをまったりと飲んでいる。
そこへ、一通りの説明を終えた愛生が近づいてきた。
「男子二人そろって何をたそがれてるの」
「なんだよ。もう、説明は終わりか?」
「まあね。あとは人相手に数こなして読み慣れるしかないわ」
「ふーん。俺みたいな当てはまらない人間の運命を読めるようにならないといけないからな」
「無茶苦茶難易度高いところ目指すのやめなさい。で、神代は高階ちゃんに何を吹き込んでるわけ?」
「吹き込む、とは。えらく物騒な言葉を使うな、神尾」
二人の視線が交錯する。お互いに何らかの工作は行っている。それはわかっているからこそのやり取りではあるのだが…。
「策謀家二人もいるとか…。ここってここまで殺伐としてたか?」
「速水はまったりの方が好み?」
「いや、好みとかそうじゃなくてだな…」
「まあ、仕方ないだろ玲児。俺と神尾じゃスタンスが違いすぎる。争いは起きて然るべきなんだよ」
お互いに笑みを貼り付けた顔で相手を見合う二人に玲児はため息をつく。この争いの中心にはタロットを熱心に行っている直緒がいる。
だが、二人の状況に決着が着いた時に『勝ち』を宣言するのはどちらなのか?
「申し訳ありません。存外に長引いてしまって──どうかしましたか?」
ようやく部室に顔を出した暎瑠は意味深に笑い合っている愛生と剣を見て不思議そうに眉を寄せている。
「なんでもないさ。俺と神尾の目指す答えはおそらく別物ってことぐらいでな」
「はぁ…?」
今までのやり取りを見ていない暎瑠にとっては何が何やらな返答だった。
★
──そして、一週間が経過して…
「まあ、こうなるよな」
クラス内はほとんど元に戻っていた。高階の周りには変わらず女子が集まって談笑している。一部の女子──ゲームにハマった、男子との付き合いを始めた──は離れているもののおおむね元に戻っていた。
「結局、神尾のやったことってカップルの増加だったり趣味を持った女子ができただけで大した影響なかったんだな」
「こんなはずじゃなかったんだけどね」
苦虫を噛み潰したような顔で愛生はクラスの様子を眺めていた。
「結果的には高階ちゃんに全権委任して速水あたりが籠絡してくれたら私にとってはWin-Winだったんだけど…」
「俺、今回はほとんど高階と話す機会なかった気がするんだが…」
「そうなんだよねぇ。何度かそれとなくセッティングしたつもりだったのに尽く潰されたんだよねぇ…」
「潰された、って誰に?」
「なに?速水は気づいてないわけ?」
しばらくすると女子の輪に一人の男子が近づく。高階といくつか話すと、男子と高階は連れ立って教室から出ていった。
「今のって、剣?」
「そう。私がやろうとしてたことに尽く先回りして潰してたやつ…」
★
屋上へと上がってきた剣と直緒は柵から校庭を見下ろす。
「さて、お互いに利のある形には収まったな」
「でも、本当に一過性だったね。ゲームブーム」
「まあ、男子ほどゲームに傾倒できる女子は少ないってことさ。そうなると、接待プレイも一歩先を考える必要が出てくる」
剣が行ったことはなんてことはない。ただ、高階直緒と遊びに行っていただけだ。ただし、男女共に楽しめそうな場所を選びはしたが…。
「ゲームなんてのは確かに話の種にはなるし、お互いにプレイすれば楽しいさ。ただまあ、それが長期的に持続する楽しみになるかといわれるとそうでもない」
「結果的には飽きが早くきた女子の方がゲームブームを下火にしたわけで…。でもさ、どうしてそれが神代のいう『外出』に繋がるわけ?」
剣のいう『外出』とは「男女が楽しめそうな外出先」ということだ。
「今回のゲームブームは『お互いに楽しめそうなものがあれば男子とも気軽に話せるようになる』という前提が存在するブームだ。だから、女子が好きな買い物とかでも『男子が楽しめそうな要素』のある場所をピックアップすれば一緒に出かけて楽しくできるだろ?」
「だからって私と神代で出かける意味ってなんかあった?」
「話の種を作ったやつがすでに男子と実践してきてる。これ以上の説得力のある話もないだろ」
「なるほどね…」
結果的にはクラス内での直緒の立ち位置はほとんど変化していない。ただ神尾愛生という異物がヒエラルキーの中枢から外れたというだけだ。
代わりに直緒が得られたのは神代剣という相談役と占星術研究会という新しい居場所だ。これは神尾愛生にとっては完全に想定外の状況といえるだろう。
「ただ単に神尾の邪魔をしようとするとそれすら織り込んで動かれるだけ。自称悪魔なだけはある。だが、あいつの求める結末に予測を立ててその先を準備してやれば、あいつを上回ることは可能だとこれで証明できた」
「──で、私はその悪魔二人に踊らされたピエロってこと?」
「言い方は悪いがな」
直緒はため息をつくしかなかった。自分が最近やたらと人間関係で悩まされた理由は実はこの剣と愛生の二人のやり取りによるものだというのだから。
「人間不信になりそう」
「元々そんな感じだろ、直緒は。今さらだよ」
「うっさいなぁ…」
授業の始まりを告げる予鈴を聞きながら二人は教室へと戻るべく歩いていく。