次の日の放課後。昨日集まった部活メンバーはそれぞれの席に座っていた。
だが、剣と愛生だけはその雰囲気に苛立ちを隠そうともせずに、目を閉じて座っている。
一番最後に玲児が入って、一度扉の外に人がいないかを確認してから扉を閉める。玲児が座ると暎瑠が手を叩く。
「──さて。状況報告を始めましょう。愛生、剣君、お願いできますか?」
「どっちから話す?」
「…俺から話そう。正直、今からでもサッカー部のやつらを殴りにいきたい気分だがな」
剣は芙美香にまとめてもらった資料をテーブルの上に投げ出す。
「資料にはまとめたが、サッカー部はGW中にちょっとした合宿を行ってたみたいだ。今までのOBとかが他校の情報を集めたりして、けっこう本格的な合宿だったようだ」
「へぇー。今年は本気って感じなんだ」
「これが、ただの強化合宿で終わってくれてるならな。問題なのは、どうやらこの合宿にどうにも酒が持ち込まれた形跡があるらしい」
「お酒、ですか…」
資料を眺める暎瑠は渋い顔をしている。しかし──
「でもさ。お酒だけなら水城関係なくない?」
「そうだな。俺が拾えたのはせいぜいがこの辺りまでだった。だが、これが手に入ったことで神尾の方で問題が拾えちまった」
剣は隣に座る愛生に視線で促す。
「今日の昼休み、兵藤君が速水に屋上のカギを借りに来たわけ。そこで──」
どうやら順哉と水城は睦み合っていたらしい。だが、それにしては二人は幸せそうには見えなかった。
二人は泣いていた。付き合い始めたにしてはそれはあまりにも悲しそうにしか見えなかった。
「まあ、それだけならあんまり気にすることもなかった。放課後の掃除が終わるまでは──」
水城と愛生、他数名の生徒が掃除を終えてそれぞれに教室を出ようとした時、水城が突然に下腹部を押さえてしゃがみこんだ。
愛生達で水城を保健室に運ぶも原因が不明。どれだけ調べてもわからないということで、部活には出ずに帰ることになったのだが──
「──そうしたら、さっきまでの苦しみ具合がなんだったのかってぐらいに水城の体調が回復したの。まあ、血の気は失せてたから完調ではないのだろうけど…」
「これを聞いたからここへ来る前に使える情報網をフルに使って調べあげた。そしてわかったことだが、サッカー部の不祥事は『暴行事件』である可能性が濃厚だ」
後から取り出した紙をテーブルに叩きつける。できることなら出てほしくはなかった可能性が全員の前に示された。
「暴行事件…。しかも、相手は、広瀬だっての…?」
直緒の声は震えていた。何が起きたのかが理解できてしまう。
「ああ。そして、この結論ならサッカー部のやつらが挙動不審なのも、水城の体調が休み明けからおかしいのにも説明がつく──ついちまう、んだよ…!」
剣は何を思うまでもなくテーブルに拳を叩きつけていた。
資料を読み切ったのか、紙をテーブルに置いた暎瑠は視線を上げる。
「二人のおかげでおおよその状況は掴めましたが、さて──どうしましょうか」
「どうしましょうか、ですって?」
暎瑠の言葉に愛生が憤怒の雰囲気も隠すことなく睨み付ける。
「状況は把握できたでしょう。私達ならサッカー部を煮るなり焼くなりなんでもできるでしょうが!」
「猛るのはわかるが、少し落ち着け神尾」
「落ち着け、って…?」
愛生の視線が剣に向くが、そこで愛生の言葉は止まる。剣が叩きつけた拳からは血が流れている。
剣自身、腸煮えくり返るほどの憤怒を精一杯の自制心で抑えつけているのがわかる。
「これを俺達が断罪したら水城はどうなる?確かにサッカー部には罪には罰を突きつけられるだろう。だが、水城はどうなると思ってやがる」
「それは──」
「お前は女性だから余計に理解できるだろ…」
「ですが、愛生の言うこともわかります。罪は断罪されるべきもの。それは間違いないでしょう」
「部長。こればかりはさすがに俺でも反論するぞ。このまま断罪したら水城は間違いなく破滅するしかなくなる。罪状は『婦女暴行』だとしても、今のままサッカー部を断罪したら暴行された相手は水城一択だ。学院に残れなくなるばかりか、下手を打てば外を歩くことすらできなくなる」
「今の社会って、被害者に優しくないもんね…」
罪は断罪されるべきもの。しかし、今の世の中、これを優先しては守られないものも確実に存在する。
瑛瑠は少し引いて考える。そこで、玲児の方へと向いた。
「速水君はどうしたいですか?」
「えっ…?」
「今回のこと。私は真っ向から断罪すべきだと述べましょう。愛生は…手段は私とは変わると思いますが断罪には肯定なようです。ですが、速水君はどうでしょう。今回の件で、知り合いがもっとも多く関わっているのは速水君です」
「俺は──」
「お前の気持ちで構わない。断罪したいのはきっと、この場にいる全員の総意だとは思うが、関わりが一番濃いのはお前だ。俺達は、お前の言葉に付く」
俯く玲児に、剣は説得などしなかった。ただ、玲児の決断に全員が従うと──関わりが深い人間の気持ちを優先すると答えた。
「俺は──まず、その暴行事件に順哉が関わっているのかが知りたい…!」
「「「───っ!」」」
玲児の言葉に全員が息を呑む。確かに、兵藤順哉も『サッカー部部員』である。しかし、『広瀬水城』と睦み合っている現場は見ている。
ならば、兵藤順哉の立場は今、どこに立っているのか。サッカー部寄りなのか、広瀬水城寄りなのか。
「そうだな。まずはそこを当たってみるか。玲児、今からでも順哉に連絡取れるか」
「ああ。してみる」
★
玲児が連絡すると順哉にはすぐに繋がった。学院内では時間も遅いということで、玲児はとある喫茶店で待ち合わせすることにした。
「悪いな。急に呼び出したりして」
「いや。構わないさ。玲児とこうやって過ごすのも久しぶりな気がするからな」
「そうだな」
二人はコーヒーを注文。出てきたコーヒーを一口飲む。
「それで、本当にどうしたんだ。急に俺と話がしたいって」
「いろいろと聞きたいことがあるんだが、まずは確認しておきたいことがある。お前、広瀬と付き合いだしたのか」
コーヒーを飲んでいた順哉がむせる。数度咳き込んで落ち着いたのか、しかし驚いてはいた。
「…っ、なんで…」
「あのなぁ。屋上のカギを借りに来たその日の昼休みに弁当も持たないで二人で連れだって教室を出ていけば誰だって感づくだろ」
「…ああ、そうだな。そこまでは、考えてなかった」
「まあ、学院内でそういうことしたくなる気持ちは同じ男子としてはわからないでもないが、リスクは高いんだから気をつけろよ」
「ああ。次からはあからさまにならないようにするよ」
お互いに笑い合って、コーヒーを一口。
「──それだけなら、わざわざ呼び出したりしないよな」
「…ああ。ここからは正直なところ、噂話の域を出ないからなんて聞いていいのか困惑してるところではある。ただ、確かめないといけないと思った」
「なんだ?」
「又聞きだから出所は俺もわからない。ただ、GW中にサッカー部が何かしらの不祥事を起こしたんじゃないか、って話を聞いた」
「────」
そこで、初めて平静を装っていた順哉の表情にヒビが入る。わずかに手が震えてコーヒーのカップを掴みそこねる。
「──その、話。どんな噂、なんだ?サッカー部の不祥事って…」
「具体的なことは何も…。ただ、休み明けからサッカー部の部員が挙動不審なやつが多いだとかって話を聞いたんだ」
「…それ、は…」
順哉が目を閉じて天を仰ぐ。少しの間、そうしていたが視線を玲児に戻すと平静を取り戻していた。
「そうだ。サッカー部には今、とてつもない不祥事を抱えてる。事が公になればサッカー部は解散、部員のほとんどは学院を辞めざるをえない不祥事を抱えた状態にある」
「…そうか」
まず一つ目はクリア。だが、これから確認することは玲児自身、間違いであってほしいと願ってやまない。
これをもし、順哉が肯定してしまったら──玲児自身、後には退けなくなる。
「その不祥事に、広瀬が関わってる…んだよな…」
絞り出した声に順哉はあからさまに動揺した。
「…っ、あ、そ…な、なん、で、…」
当たってはほしくなかった。だが、これで玲児は覚悟が決まった。この問題ばかりは最後まで関わりぬくと。
神尾がどうだとか剣がどうだとか関係ない。玲児にとってこの問題はもう、他人事では無くなった。
目の前で頭を抱えて俯く順哉に玲児は呼吸を整える。
「順哉。ここまで言っちまった以上、俺は最後まで手伝う」
「…っ、手伝う?」
「ああ。お前と広瀬を助けたい。これは嘘偽りのない、俺の本音だ。あと───手伝うのは俺だけじゃない」
玲児は後ろの席を指さす。そこには───
「あーあ、結局読み通り。何も良いことなかったな」
「明日から忙しいわね」
「何したらいいわけ」
「直緒は噂になってないかアンテナ張っててくれ。情報収集は俺と神尾の方が専売だからな。部長は芙美香と一緒に情報整理頼みます」
「わかりました」
「がん、ばる…!」
「わ、私は何したらいいかな?」
「塔子さんは私達の整理した情報を紙におこしてください」
「───って感じでいいか、玲児?」
「ああ。よろしく頼むよ」
玲児が視線を前に戻すとポカンとした順哉がこちらを見ていた。
「──安心してくれ、順哉。俺達が、占術研がお前達を全力で助ける!」
「──っ、ありがとう…、玲児っ!」
テーブルに額を擦り付けるほどに頭を下げる順哉に玲児に笑う。
「ねえ、神代。今日ぐらい奢りなさいよ」
「なんでお前は急にたかってきやがった。…まあ、いいよ。今日は特別だ」
「マジで?やった」
「部長達も何か一品だけならどうぞ。今日だけですから。そっちの二人も食いたいもんあったら頼めよ。今日だけは俺持ちで会計してやる」
「ありがとうな、剣」
「玲児に礼を言われることでもねーよ」
女性陣がメニュー表を見ながら騒ぐ傍らで剣が肩をすくめた。明日からは忙しくなる。それはもう、決定事項だ。