その夜。神代家の隣の家に到着した新しい住人を迎えていた。
「…ったく、あの人は…。思いきり歴史の偉人達じゃねーか。しかも新撰組の人間三人とか…」
「私達のことを知っているのですか?」
剣と話していたのは山南敬助。新見錦は家の中が気になるのか若葉の先導の下、屋内を探索している。
井上源三郎は山南の隣に座ってお茶をすすっている。
「新撰組は有名だし、貴女方三人はそれぞれに逸話がありますし…。まあ、例によって性別が違うってことぐらいですかね」
来る偉人がことごとく女性なのは何でなのか。考えるだけ無駄なのはわかっているのだが、口に出さずにはいられない。
「とりあえず…。銀!」
「呼んだ?」
キッチンの中で食料品の整理をしていた銀が手を洗ってからこちらへと歩いてくる。
「ひとまずこっちの家事に関してはお前に任せる。居候の中で一番、現代技術に精通してて家事に抜かりがないお前なら問題ないだろ」
「あっちはいいの?」
「ウチは以庵いるからなんとかなる。しばらく大変だとは思うが、よろしく頼むよ」
「了解~」
「じゃあ、あんた達より若いの付けるのは悪いと思うが、基本的には銀の指示に従ってくれ」
「わかりました。配慮の方、感謝します」
家へと向かって歩くなか。姫玲から話しかけてきた。
「兄さん。今回の学院での問題、えらく積極的に関わりますね?」
「おかしいか?」
「いえ、おかしいとは思いませんけど…。でも、普段よりは熱が入っている気がして…」
「──そうだな。姫には説明しとくか。お前は俺の左目のことは知ってるわけだしな」
剣の左目には魔眼が宿っている。しかし、その性質はひどく限定的で、普段の生活には何にも役には立たない魔眼である。
では、この魔眼は何を視るのか。視えるもの──それは《人の死の気配》
魔眼名《彼岸視》
人の死の気配を色の濃淡で視ることができる。死が近いほどに濃く、人の形しかわからないほどに濃くなってしまった人はその時点から数日内に確実に死ぬ。ただし、どうやって死ぬかまでは視ることはできない。
「休み明けにチラッと視ただけだったから気のせいだと流していたが、気のせいじゃなかった」
「まさか──」
「水城が黒くなり始めている。下手を打てば、今回のことで水城が死ぬ」
そんなことを剣は認めない。自身の手が届く範囲で誰かが死ぬことなど許容できない。
「だからこそ、今回ばかりは俺は手を抜けない。水城は死なせない──絶対にだ!」
「──わかりました。私もできる限りの力を貸しましょう」
クラスメイトが死ぬなど姫玲も認めたくない。しかし、兄の眼が確かなのは知っている。ならば、自分は手伝いに回るのだ。死なせないために。
★
次の日の昼休み。屋上に剣と姫玲、玲児と愛生。順哉と水城の六人が集まっていた。
「こういう時は同じクラスだってのが便利だよな」
全員が手に持つのは弁当箱。
「さて、時間もないしさっさと話をしたいんだが…。まずは俺達の認識がズレてないか確認しよう。順哉は俺と玲児、水城は神尾と姫に別れて答え合わせだ」
水城を連れて離れていく二人を見ながら、玲児は剣を見る。
「答え合わせっていうが、お前はほとんど知ってるだろ」
「まあな。ただ、水城に何があったのかを答え合わせしとかないと俺達の意識に微妙なズレがあっても困る。今後のことを考えて情報の共有は必須だ」
しばらくすると誰かが泣く声が聞こえてきた。それを慰める声も。
それを聞いていた順哉が強く歯を噛み締める。
「順哉。俺、一つだけ聞いておきたいことがあったんだ」
「玲児。なんだよ急に…」
「たぶんだけど、お前と広瀬を助けるとなったら間違いなくサッカー部を敵に回すことになる。最悪、順哉にはサッカー部を辞めてもらうことになるかもしれない。そうなった時、順哉はサッカーと広瀬のどっちを取るんだ?」
聞くべきではないことだとは玲児自身思っている。だけど、これだけは知っておきたかった。
「…サッカーってスポーツはいわゆる、チームプレーが必須のスポーツだ。俺は今回のことで他の部員が信頼できなくなっちまった。今の俺があいつらとサッカーを続けられるかと聞かれたら、ノーだ」
「順哉…」
「それにな、玲児。俺がバカだったばっかりに水城を傷つけたんだ。俺はもう、同じ間違いはしたくないんだ…!」
固く拳を握りしめる順哉の背中を剣は軽く叩く。
「それが聞けて俺達としては安心した。安心して、お前達を全力で助けてやれそうだ」
「ああ。広瀬が落ち着いたら、対策を考えよう」
二人に付き添われてきた水城は泣いたためか目が赤い。しかし、屋上に来た時よりは少し落ち着いた様子だ。
「順哉、みんな、全部わかってる、みたい…」
「そうか。だが、なら、もう、気にする必要はないってことだ。頼む!水城を護るためにも、力を貸してくれ!」
「うん。できる限りのことはするからさ」
こんな時でも愛生の状態はフラットだ。
「で、兵藤君。たぶん速水あたりが聞いてるとは思うけど──」
「水城かサッカー部を選べってなら、水城だ。今の俺はそこを間違えることはない」
「うん。オッケー。あと、一つだけ聞いておきたいのは兵藤君は水城が暴行を受けてた時、何してたの?」
「っ、それは…」
少し逡巡したようだったが、順哉は話し始めた。
最初にお酒を持ってきたのはOB。それが周りに振る舞われ始め、順哉も流れで飲まないわけにはいかなかった。
だが、順哉は酒にめっぽう弱かったのだろう。少し飲んだだけで眠りこけてしまった。
「俺が起きた時には、全てが終わった後だったんだ…」
「わかった。ごめんね、こんなことわざわざ説明させて」
「いいさ」
「さて、じゃあ、二人をどうやってサッカー部から抜くかってことなんだが…」
「それについてさ、水城からちょっと気になることを聞いたんだけど、話しちゃっていい?」
「うん。いいよ」
話された内容は寝耳に水の話だった。というのも、暴行事件を水城自身から話されないために兵藤順哉はボディーガード兼彼氏に選ばれたはずなのだ。
だというのに、なぜかこの『彼氏役』のことで二人に脅迫メールが届いているというのだ。
「…うーん、ちょっと待っててもらえるか」
剣はとりあえず直緒に連絡する。しかし、不祥事に関しては洩れている様子はなく、サッカー部のことも噂になっている様子はないという返事が返ってきた。
「わかった、ありがとう。…となると、脅迫してるのはサッカー部の部員か…?」
「どうしたんだ?」
「直緒に確認を取ってみたが、サッカー部のことが表に広がり始めているわけでもないようだ。となると、この脅迫メールを送ったのは──」
「まさか、同じサッカー部の部員だってのか?」
「そうなる…。順哉、サッカー部は今回のことについては一枚岩じゃないのか?」
「いや、わからない…。表に出れば全員が問題になることは認識しているはずだが…」
「となると、兵藤君達を脅しても大丈夫な部員がサッカー部にいたり──」
順哉は考えるが、それを遮ったのは水城だった。
「それはないと、思う。あの合宿を欠席してた部員は居なかったはずだから」
「当日居なかった部員がいないとなると脅しをかけてる部員は自分だけ逃れる方法を持ってるってことなのか」
「案外何も考えてないやつの可能性の方が高いと思うけど」
「俺も神尾の意見に賛成だな。物事に対しての認識が甘過ぎるやつが一人ぐらいいてもおかしくはないな」
「でも、それならやりようはある」
「そ、そうなのか…?」
「とりあえず水城に頼みたいことがあるんだけど」
「なに、愛生?」
「水城のメールアドレスを入手しただろう部員を特定してほしいの。それさえできればこっちでケリをつけてみせるから」
水城はしばらく悩んでいたが…。
「わかった。少し、時間はかかるかもしれないけど…」
「こういうのは相手にバレないのが一番だからね。でも、できるだけ早い方がいいかな。相手が痺れを切らす前に──」
「うん、わかった」
水城自身は交友関係全てに疑いの目を向けねばならないのに、フラットな返事が返ってきた。
(神尾に任せていれば大丈夫だと思いたい…。だが──)
ただ一人、剣だけは水城を見て歯軋りをしていた。