一つの屋敷。その縁側で──
今、一人の男の命が燃え尽きようとしていた。
「俺は、姉さん達の力になれたのかな…?」
「総紫様…」
幼き少女の膝枕のまま、男は空を見上げていた。今尽きる命を感じながら。
「俺が、鳥だったら…。会いに、いけるのに…」
「総紫、様…?」
ゆっくりと男の瞼は落ちる。その目尻から一筋の涙が流れ落ちて───
★
男は、目を覚ました。身体を起こして、周りを見渡す。そこは一面の草原。
「ここは、いったい…。俺は、いったいどうして…?」
男は先ほどまで居たはずの縁側で無いことに驚き、いきなり見覚えのない草原で目を覚ましたことに困惑していた。
「いったい、ここは…」
起き上がり、周囲を見渡していて気がつく。自分が縁側で着ていた寝間着ではなく、隊服を着ている。
「いつの間に…。というか、何がなにやら…」
男は途方に暮れて──いるわけにはいかなかった。
「──っ!」
見つけたものめがけて走り出す。ガサガサと草原を走り抜け、そこに倒れていた、先ほどまで自分を膝枕していた少女を助け起こす。
「──孝ちゃん!」
「…ん、ぅん…」
少女──
定まらない視線が男の顔に合わさると両手を伸ばして男の頬を包み込むと柔らかく笑った。
「沖田、総紫、様…」
「…はい。俺ですよ」
「ふふっ、ふふふ」
「…?あの、孝、ちゃん?」
孝は俺──
───どうやらまだ寝ぼけているらしい。
数分後。ようやく頭が覚醒したらしく、孝は総紫の前で土下座していた。
「も、申し訳ありませんでした、総紫様」
「い、いえ。頭を上げて、孝ちゃん。別に痛かったとかそんなことはなかったから…」
「はい…」
上体を起こした孝はそこでようやく周りを見る余裕が生まれたのだろう。周囲を見渡して、改めて総紫に向き直る。
「総紫様、ここはいったい…?」
「ええ。俺もわからなくて困っていたところで…。それに──」
自分は死んだ、はずだ。目の前にいる孝に看取られて。だというはずが、気がついてみれば未知の草原にその孝とともに寝転んでいたというのはどういうことなのか。
(…考えてもわかるわけないか)
そもそもここがどこなのか。そんなもの、情報として見渡すかぎりの草原である以外の情報がなければ考えるだけ無駄というものだ。
「孝ちゃん。俺は少しこの辺りを歩いてみようと思っているんですが」
「は、はい!お供します!」
いそいそと立ち上がる孝を微笑ましく見ながら、総紫は改めて自分の成りを確認する。
自身の隊服に腰に差さる大小の刀。何の因果か刀は『乞食清光』だ。鬼瘴石も変わることなく清光に納まっている。
「戦いになってもなんとかなりそう、か」
そうして総紫は孝を連れて草原を歩き始めた。が、自分の見通しが甘かったことを感じ始めたのは30分も歩かぬ内に気づいた。
歩けど歩けど草原以外に何も見えてこないからだ。
「油断、していた…」
歩いていれば何か見つかるだろう。そんな甘い考えを嘲笑うような草原だ。
(もしかしたら、ここは死後の世界で…孝ちゃんは──!?)
そこまで考えて嫌な想像を振り払うように頭を振る。
(そんな、そんなこと考えてどうする!孝ちゃんは、生きてここにいるんじゃないか!)
悪い予感を追い出す。そして、改めて視線を上げる。
(何か、見つけるんだ!)
☆
そうしてさらに一時間近く歩いて、総紫と孝は河原で一休みしていた。
(ここは、どこなのか…。まるで、わからない)
まずわかったのは海が近いということ。川が見つかり、そこから下ると10分もしないうちに海岸に到着した。
しかし、時期が悪いのか海上には濃霧がかかっており海の向こうの様子は確認できなかった。
二人は川の上流に向けて歩いていたのだが、草原と違い河原は砂利道になるため歩くにはなかなかに体力を使う。
(まあ、飲み水には困らないのだしゆっくりと調べよう)
少なくとも川があることで飲み水の確保に悩む必要はなくなったため、総紫の心にも余裕が生まれていた。
「総紫様~、冷たくて気持ちいいですよ~!」
「俺はここにいるので、孝ちゃんは存分に楽しんでいいですよ」
「もうっ」
川で楽しそうにしていた孝が戻ってくる。だが、その足は総紫の前に来る前に止まり、総紫は立ち上がると同時に振り返りながら下がって孝の隣に立つ。
「へぇー、なかなか良い身のこなしじゃねーか」
そこにいたのは着物を着崩した、しかし目には獣を宿したような、獰猛な笑みを浮かべて肩に刀を背負う女性が立っていた。
「見回りの最中にまさかお前みたいな強者に出会うとは思わなかったぜ。──だが、まずは聞いとかねーとな。おい、どっから渡ってきやがった?」
「渡って…?いや、自分達は──」
「隠すってのか?まあ、それなら別に構わねーぜ。なにせ──」
「っ、孝ちゃん、下がって!」
総紫が乞食清光を抜き、鬼瘴石を励起させる。瞬間、刀に女性の刀が当たり火花を散らす。
「テメェをのして捕まえてから聞かせてもらうから、よっ!!」
「ぐっ、お、おおぉぉぉ!!」
鬼瘴石を励起させたことで身体を一瞬、痛みが走る。だが、すぐさま立て直した総紫は鍔迫り合いをいなして女性に向けて峰で打ち込む。
「チィっ!」
「っ!?」
総紫の打ち込みを女性は左の拳で弾く。いくら峰打ちとはいえ、鬼瘴石を励起させる総紫の打ち込みであれば並の侍なら拳が砕ける。
しかし、目の前の女性は一撃目とは違い、全身に闘気をみなぎらせて吼える。
「おうらああぁぁぁ!!」
「っ、せいっ!」
大振りの上段に総紫は突きを放つ。突きの軌道に刀が振り下ろされて刀を打たれ、総紫はあやうく刀を取り落とすところだった。
「っ、つぅ…」
「ほお?今ので落とさねーとはな。なかなかやるやつみてーだな」
「なんて、力…」
鬼瘴石を励起している総紫は常人をはるかに上回る身体能力を有している。瘴姫とやり合うにはそれほどの力が必要だからだ。
しかし、眼前の相手からは鬼瘴石を励起させた様子が見えない。
(これで、鬼瘴石を使われたら…)
勝ち目など無い。自分が斬られるだけならば総紫も諦めることはできる。だが、背後にいる孝はどうなるのか?
今ここで守れなければ、一緒に斬り殺される可能性がある。
(そんな、…そんなことは──)
「だが、次で終わりにしてやるよ!」
「させて、たまるかぁ!」
再び上段から振り下ろされてくる。総紫はそれを──
「せえあああああ!!」
「なにっ?!」
刀の腹に滑らせるようにいなす。刀が砂利を打つ音とともに総紫は刀を構えて、打つ!
「はあああぁぁぁ!!」
「──っ!」
『ギィィンッ!』と、甲高い音とともに総紫の手から清光が弾き飛ばされた。目の前の女性はすでにそちらを向いており、総紫も遅れてその相手を視界に捉える。
「その戦い、決着はすでに着きました。ですが、その方は私の命の恩人です!申し訳ありませんが、それ以上の狼藉を働くようであれば貴女を殺します!」
凜とした声に艶めいた金髪を風に靡かせて、右手に小銃、左手に横に構えた刀を持って一人の女性が立っていた。
そして、その女性は総紫にとっては見知っていて、総紫の記憶では『死んでいる』はずの人物だった。
「龍真、さん…?」
「…うん?その声…。その出で立ち。もしかして、総さん!?」
お互いを見知った相手であることに驚き、そして困惑した。
「どうして、龍真さんが…」
「な、なんで総さんが…」
「…ああ、まあ、なんだ。龍の知り合いってんならこれ以上戦うわけにはいかねーな」
もう一人の女性は刀を拾って鞘に戻すと清光を拾ってきて総紫へと手渡す。
「何がどうなってんのかは俺にもわかんねーけどな。とりあえず、だ。龍と積もる話ぐらいあんだろ?ついてこい」
女性は龍真を連れて歩き出す。
「…孝ちゃん、行こう」
「そ、総紫様…」
「大丈夫。次はいきなり襲われることはないと思う」
少なくとも相手は警戒を解き、自分達をどこかへ連れて行こうというのだ。行く宛すらないいまの総紫達にとってはまさに渡りに船だ。
「何がどうなったのか。俺や孝ちゃんは何に巻き込まれているのか。それがきっと明らかになる」
総紫は少し離れてしまった二人の背中に向けて歩き始めた。孝も一瞬遅れて総紫に習うように走る。
その先で二人が知ることになるのは、想像を遥かに超えた事態なのは──現状の二人にはわかるわけなかった。