放課後。部室には一年生二人以外の部員が全員集まっていた。
「それで、愛生は具体的にはどのような策を考えているのですか?」
「えっ?具体的に…ねぇ。まあ、サッカー部が一枚岩じゃないってわかったからこそできることでもあるんだけど、離反者を見せしめ代わりに使って兵藤君と水城をサッカー部から離れてもらおうと思うの」
「そんなに簡単にいく──いや、愛生ならやりそうだけどさ…」
「そう?神代だってそれくらいは水城から話を聞いた時に思いついてるよね」
「ああ。それは否定しないが…」
「何か、懸念材料でもあるのですか?」
「懸念材料というかな──」
剣が不安に感じているのは魔眼が原因だ。こちらが動けば動くほどに水城の色は黒く染まっていく。
今回の神尾の策についてもそうだ。神尾が提案し、水城が受け入れた途端に黒さが増した。まるで最初から水城を助ける道は存在していないかのように…。
「神尾のやり方が一番効果的なのは俺でも理解はしているつもりだ。内容を聞かなくともなんとなく想像もつく。だが、成功率は正直な話、半々だろ?」
「うーん、私はうまくいくと思っているけど。神代はどこが不安なわけ?」
「果たして脅迫してるやつは一人だけなのか、ってことだ。それに、もし裏切り者が出たと知った時に脅迫に関わっていなかった部員が暴走しないとも限らない」
「でも、そこまで考えてたら動けなくない?」
直緒の意見ももっともなのだ。だが、やはり剣としては考えてしまう。
「私は神代君の意見に賛成です。愛生の策には一定の可能性はあるのでしょう。ですが、それによって生じることまでは計算に入れていないのでは?」
「確かに入れてないね。でも、このままいけば水城は潰れるよ。それも遠からずすぐに。自分で少しでも救いのある道を選んだつもりがその道まで揺らぎ始めた。今の水城を支えるのは献身的に寄り添ってる兵藤君っていう存在だけなんだから」
「ああ。それは俺にもわかっているさ」
「具体的には剣にとって何が不安なんだ?」
玲児の問いに剣は黙考する。
「脅迫者はなんで合宿が終わったタイミングで脅迫し始めたのか。確かに合宿中ってのは難しいのはわかるが終わった途端にするのはなんでだ?」
「あー、言われてみれば確かに…」
「ほとぼりがある程度冷めて周囲からも勘繰られるような状況から脱したというならわかる。だが、合宿が終わって間もないこのタイミングだと下手したら外にバラすようなもののはずだ」
「そこまで考えてないと思うけどな~」
「そうだな。その可能性は高いと思う。剣の心配もわからなくはないけどさ。水瀬は限界に近いんだろ?だったら、多少のリスクは承知の上で動くしかないんじゃないのか?」
「そう、なんだがな…」
わかっている。水瀬がもう、今の生活を維持できないことぐらい。そして、俺達に知られたからこそ、どんなに重いリスクでも背負ってくれていることも。
「わかった。とにかく実行は神尾と玲児に任せた。俺は──無いに越したことはないんだが、いくつか裏方回りをしとく」
「いいのか?」
「神尾の策が成功すれば万々歳だろうしな。俺は元から裏方仕事をよくしてたってのもあるし」
「「「ああ…」」」
「あの、どうして皆さんは私を見ているのでしょうか?」
映瑠の方を見て一同が納得する。間違ってはいないのだが、それで納得されるのはどうなのか。
そんな折りに神尾の携帯から着信音が鳴る。
「水城から。どうやら思いの外早く判明したみたいだね。じゃあ、速水にもお手伝いお願いしよっかな」
「なんでもいいが、面倒なのは勘弁だからな…」
二人が部室から出ていくのを確認して、剣はため息をつく。
「不安そうですね」
「なんというかな…。今回のことは俺達にとっても早く解決してやりたい話ではあるんだが…、どうにも動きが早すぎるように感じるんだ。誰の思惑かはわからないが…」
「確かに。話を知ってからまだ一週間たってないもんね」
「何もなければ、それでいいんだがな…」
★
その後、順哉と水城を脅していたのは立原慎次というサッカー部員だと判明した。どうやら、暴行の現場にはいたが、参加はしていないから自分は関係ないことだと神尾に語ったらしい。
だが、本人にとって予想外だったのは口止めの代わりに水城の要求したことが順哉をボディーガードに指名したことだったようだ。おそらくだが、傷心の相手であれば自分にも目があるとでも考えていたのだろう。
結果としては、まんまと神尾の挑発に乗って『神尾に対する暴行事件』を作らされてサッカー部からの裏切り行為を立証するハメになったのだから救えない。
「あとは、明日にはこれをサッカー部に突きつけて兵藤君と水城をサッカー部から切り離せば問題は解決、と」
立原慎次を自身の暴行で脅したとは思えないほどの落ち着き様で帰宅途中の神尾は笑っていた。
「でも、これで水城ちゃんも平穏を取り戻せるんだよね?」
「そうだね。まあ、明日中にはって感じだけど」
「というか。神尾、お前…他人の挑発に慣れすぎだろ…」
「おやおや?速水には驚くような話ですかね~?」
「お前の本性は知っていても実行に移せる胆力は別だろう」
「まあね。さあ、神代。これで、解決じゃないかな?」
楽しそうに笑ってこちらを見る神尾に、剣は──
「──そうだな。このまま終わってほしいものだ…」
「あら?まだ何か不安?」
「不安、か。神尾、今回の件だが妙に話の動きが早すぎるとは思わないか?」
「それは、まあ。でも、情報収集に優れてる面々がこれだけ動けばあり得ると思うけど?」
「そうだな。だが、俺はやはり何か腑に落ちない。何かしらの思惑が動いているようで──」
「深読みし過ぎじゃない?たかだか一学校で起きた不祥事で…」
「そうだと、いいんだが…。考え過ぎで終わってほしいものだよ…」
玲児達と別れて家に帰り着く。
「お帰りなさい」
リビングには隣家にいるはずの銀と山南がいた。
「昨日の今日でどうした?」
「いえ。とりあえず、報告をと思いまして」
「報告?」
「はい。あの、広瀬さん、という方の道中の見張りについてです」
「ああ、それか」
不安が拭えない。ならば、取れるだけの手は取るべきだろうという判断で、昨日から居候に加わった三人に、学院への移動に際しての水城の様子を見張ってもらうことにした。
そこまですることなのかとは自分でも思わないでもないが、用心するに越したことはないだろうと頼んだ。
「足取りは重たそうですが、道中では特に問題はなさそうでした。接触しているのも御家族か兵藤さん?という方ぐらいです」
「そうか。とりあえず、明日に片がつけば頼んでおいてなんだが、もう見張る必要もなくなる。悪いな、無茶苦茶な言い分で」
「いいえ。こうして何かしている方が我々としても気が紛れますし…」
「とはいってもなぁ…」
ふと、剣は隣の家はそこそこに広く、なぜか道場が併設されていることを思い出した。
「それなら、今回のことが終わってからでいいから俺や以庵、銀や若葉に剣術の指南を頼めるか?」
「剣術の指南を、ですか?」
「ああ。今の時代、幕末にあるような戦闘面に重きを置いた剣術は数える程度しか残ってなくて、ほとんどの剣術は独学が主流だ。それが悪いとは思ってはいないが、きちんと体系化された剣術も学んでおいて損はないからな」
「なるほど。そういうことでしたら」
「ああ。よろしく頼むよ」
期せずして剣術を学べる機会を得ることができた。