混沌重層世界-CHAOS REGION-   作:揺れる天秤

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第30話 命を救う力

 翌日。

 学院に登校した剣はクラス内の様子に違和感を覚えた。

 

「──なんだ…?」

「皆さん、何か落ち着きがありませんね…」

 

 それは姫玲も感じたようで、周囲の生徒を見渡す。そこへ、息を切らして直緒が入ってきた。

 

「はぁ、はぁ…。あっ、剣!」

「どうした?」

「こ、これ…。マズイことになってる!」

 

 直緒が見せてきたのはとあるネットのサイトだった。

 そこには、今回のサッカー部の不祥事に関する内容が暴露されていた。

 

「───なっ…!?」

「どうして…こんな──」

「水城はさっき、カコちゃんが連れていったのが見えて──」

 

 直緒の言葉を聞きながら剣は強く歯を食いしばるしかなかった。こうしてネットで公開されてしまった以上、神尾の策ではもはや広瀬水城を救う方法は存在しない。

 同時に、映瑠の考えていたことが間接的に行われたことも意味している。

 

「誰が、こんなこと…」

「おはよう~…って、何かあったの?」

 

 そこに現れたのは神尾と玲児。

 

「神尾。一歩、遅かったな…」

「えっ?」

「直緒、説明してやってくれ…」

「う、うん…」

 

 ネットサイトと直緒の説明に神尾の目が見開かれた。玲児に至っては順哉に連絡でも入れているのだろう──繋がるわけはないが…

 

「兄さん…」

「──まだ、だ。まだ、諦めるわけにいくか…!」

 

 

 

 ★

 

 

 

 それからの流れは簡単なものだった。

 サッカー部及びそのOBは警察の手に委ねられた。法において裁かれていくことだろう。

 

 そんな中、広瀬水城は学院に通っていた。だが、ネットサイトには写真こそ上がってはいなかったが日時・場所などのことは説明されていて、その頃にサッカー部は合宿を行っていたこそすら書かれていた。

 こんな状態の情報の中で『暴行事件』が起きたとなれば、被害者は絞られてしまう。週末には広瀬水城の姿は学院から姿を消してしまった。

 学院側には広瀬の両親からとりあえずの休学届が出されたことは知ることができた。

 

 数日前には解決できる手段を手に入れられていた占術研の面々は、意気消沈した様子で部室へと集まっていた。

 

「なんか、後味の悪い結果になっちゃったね…」

「そうだな…」

 

 塔子はずっと携帯を手の中でいじっている。返事をする玲児の声にも覇気はない。

 

「卵をどうにかしようってのに形の決まった箱に無理矢理入れようとしたんだから、割れて当然でしょ」

「愛生、あんた、キツイこと言うねぇ…」

「わかったでしょ、部長。部長がやろうとしてたことはこういう結末が待ってたんだよ」

「何が言いたいのですか、愛生」

「べつに。でも、正しいことをすればみんなが救われるなんてことは所詮夢物語だって、これで部長もわかったでしょ」

「ですが、愛生。あなたですら今回のことはどうにもできなかった。そうでしょう?」

「どっかのバカが暴露してくれたおかげでね…」

 

 愛生も苦々しく息をつく。映瑠も愛生から視線を外して窓の外を眺める。

 

「どうにか、ならなかったのでしょうか。こんな後味の悪い結果になることなく、皆が笑っていられた状況は──」

「理想を語るのは結構だけど、皆が笑っていられた状況なんて事件が起きた時点であり得なかったんだから、夢物語だって言ってるの。その時点で水城はもう笑えないんだから、私達ができたことは最善を選ぶことだったんだよ。その最善すら、選べないバカに道を絶たれたわけなんだけど…」

「・・・」

 

 部室が暗い雰囲気に呑まれている中、剣の携帯から着信音が鳴る。

 

「──はい。どうした?」

『剣さん。彼女が動きました!』

「…どこに向かってる」

『方向からして駅前でしょうか。電車に乗ろうとしているのかもしれません』

「わかった。俺も合流する。引き続き追跡と、無線モードにして常時連絡を頼む」

『わかりました。他の方にも連絡します』

「頼む」

 

 携帯を切ると鞄を手に取る。

 

「悪い、急用が出来た。先に帰るな」

「え、ええ。お疲れさまです」

 

 映瑠の返事を聞き流しながら剣は廊下に出るなり走り出す。学院から出ると、周りの目を一瞬だけ確認し、見られていないことを把握するなり建物の屋根伝いに駆け出した。

 

「──全員、聞こえているか?」

 

 耳のインカムに手を当てて話す。返事はすぐに返ってきた。

 

『こちら勇者。聞こえている』

『はい。こちら以庵です。聞こえています』

『こちら新撰組。聞こえています』

「ここで負の連鎖は断ち切りたい。だが、俺一人では力が足りない」

『勇者は人々のためにいる。私や銀の力で足りるならいくらでも貸そう』

『以庵はもとより剣様のためにこの力を振るうと決めています』

『居候である身。私達の力、役立つなら使ってください』

「頼む。あいつは…水城はこんな簡単に死んでいいわけない。あいつは、順哉と幸せになってほしいんだ!」

 

 剣はしばらく走っていたが、不意にインカムから声が響く。

 

『剣殿、彼女は現在電車で街の中心へと向かっています』

「中心へと向かって…?」

『はい。大きなビルが見えてきているので…』

「──っ。新撰組はそのまま追跡を頼む」

『わかりました』

「若葉、銀」

『聞こえている』

「摩天楼のある街の中心へと急いでくれ。嫌な予感しかしない」

『わかっている。以庵さんとも合流した』

『剣様。先に行っております』

 

 通信が切れたところで、剣は一気に加速する。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ゴウゴウと響く風の音を、少女──広瀬水城は聞きながらゆっくりとそこへと歩いていく。

 

「もう、いい…よね…。わたし、…疲れ、ちゃった…」

 

 踏み出す足に力は入っておらず、身体をフラフラと揺らしながら歩いていく様は幽鬼か何かのようで、水城の瞳に生気はない。

 

「ごめん、ね…順哉。わたし、まってる、から…。いつまでも、まってる、から…──」

 

 水城はゆっくりと虚空へと踏み出す。水城の身体が空へと投げ出され───

 

「『制限限界負荷領域(オーバーロード)・絶界《フルブレイク》』!」

 

 水城の腕を剣が掴み、限界を超えた身体は水城を屋上へと投げ飛ばす。

 

「銀!以庵!」

 

 二人が飛んできた水城を受け止めたのを見るも、剣は気づく。勢いをつけ過ぎた身体はビルに戻る方法がない。

 

(ま、ず…)

 

 加速した思考の中、助かる方法は見えない。それを──

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ──この世界に来てから、私は勇者の力を使わなくなっていた。

 

 勇者の力はバーテックスに対する切札であり、おいそれと使うべきではないと自分を戒める意味でも使わないようにしていた。

 だが『それでいいのか?』と誰かが問う。力を持っているのに、それを使わないのは卑怯なのではないか…と。

 

 自問自答を繰り返しても答えは出なかった。しかし、今はもう──どうでもいいことなのかもしれない。

 

 恩人が、一人の少女を助けた。だが、その恩人はこちらに戻れず、視界から消え去ろうとしている。

 救う力は、私の中にある。使えば、助けられる。

 

 ───使わないのか?

 

 私は、この自問自答に答えを得た。私は、勇者の力を『人々のために使う』と決めていたのだから。

 

「──だから、力を貸してくれ『義経』!」

 

 ビルの屋上を一息に駆け抜けて若葉はその身を空へと投げ出した。

 まるで、自分達を使えといわんばかりに鳩達が下から上がってきている。若葉は、もう迷わない。

 

「いくぞっ!」

 

 守るために。救うために。求めるは速さ。天を駆けるがごとく。彼の跳躍を再び身に纏う!

 

「天駆ける武人──源義経!」

 

 鳩達を一瞬の足場にして、若葉は剣を空中で拾って対面にあったビルを屋上へと降り立つ。

 

「無事か、剣さん?!」

「お、おう…。なんつーか、すごいな、若葉…」

 

 鳩達はすでに体勢を立て直して飛び去っていく。

 勇者の力が霧散するように消えて、若葉の腕から剣は降りる。

 

「ありがとうな、若葉。おかげで命拾いした」

「いや。私も無我夢中だったからな。成功するかは、正直わからなかった」

 

 勇者の力はこの身にあることは理解していた。

 しかし、精霊の力は使えるかまでは若葉自身わからなかった。それでも、精霊は若葉の意思に応えてくれた。

 

「さて、とにかく今はここから離れるぞ」

「ああ。いこう、剣さん」

 

 若葉を伴って剣はビルからでていく。途中、水城を確保した二人を褒めながら、電車に乗って帰宅の途についた。

 

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