混沌重層世界-CHAOS REGION-   作:揺れる天秤

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第31話 時間は立ち返って…

 家に帰ってくると、玄関前に仁王立ちで待つ姫玲がいた。

 

「おかえりなさい、お兄様」

「お、おう。ただいま、姫」

「皆様を連れて、どこへ出かけていたのでしょうか?」

 

 なぜか怒っている。それだけは雰囲気で察せられた。

 

「姫はなんで怒ってるんだ?」

「帰ってきたら誰もいませんし、家事の片付けも中途半端。隣の家に三人の様子を見に行ってみてもそちらにも誰もいない。あげく、先に帰った兄さんの携帯や他の方々に連絡を入れても出てくれませんし」

 

 全員が携帯を取り出すと複数回の着信履歴。うん。これは怒っていても仕方ないのかもしれない。

 

「わ、悪かった。いろいろと、忙しかったんだ…」

「何が、忙しかったんですか」

「とりあえず、家の中に入らないか?あいつを、寝かしたいし…」

「あいつ?」

 

 剣の指した先。以庵の背中には意識を失った水城がいる。

 

「水城!?…兄さん。これはいったいどういう…」

「ちゃんと説明はする。だから、とりあえず家に入れてくれ」

「…わかりました。ちゃんと、説明してくださいよ?」

 

 家に入ると以庵と銀は二階へと上がっていった。水城を寝かせにいったのだろう。新撰組の三人は隣の家に戻っていった。

 リビングのイスに姫玲と剣が座ると、キッチンに若葉が立ち、お茶の準備を始める。

 

 お茶を四つ用意してテーブルに置いたところで、以庵が下りてきた。

 

「水城さんの様子は銀が見ていてくれるそうです」

「そうか。後でお茶を持っていくよ」

「お願いします、若葉」

「それで、どうして兄さん達が水城を連れているのですか?」

「それはな──」

 

 剣の魔眼のことを姫玲は知っている。故に必要な話は水城が死を選ぼうとしていたことだけを説明した。

 

「そう、ですか。水城は、死のうとしたんですね。全てを、諦めて…」

「彼岸視の力である程度は死期の予測も立てられていたから新撰組に頼んで水城の身辺を洗っていたんだ。突発的な死は基本的に本人の意志によってのみ起きる可能性が高いから」

「水城は、これからどうなると思いますか?」

「さあな。だが、見捨てる気はない。幸いにも休学届けも出ていることだし、親から失踪届けが警察に出されるのも時間の問題ではある。あるが、そこは上と話してなんとかしてもらうさ」

「兄さん。水城のことは──」

「銀もいれば若葉だっている。簡単に死を選ばせたりはしないさ、こいつらなら」

 

 隣で静かにお茶を飲んでいた以庵や若葉は姫玲からのすがるような視線に頷く。

 

「今後は、どうなると思いますか?」

「それこそわからない。わからないが、しばらくは…おとなしくしているしかないだろうな」

 

 二階で寝ているだろう少女はいま、どのような気持ちを持っているのか。それは、この場の誰にもわかりはしない。

 

 

 

 ★

 

 

 

 水城の救出作戦から数日後。学院と占術研はひとまず落ち着いていた。水城の失踪が生徒達に伝えられたりはしたが、水城の行き先を知る者は『剣と姫玲』ぐらいで、あとの生徒には関係のない話でしかないのだから。

 

 部室の窓から映瑠が外を眺めている。部室にいるのは他には直緒と剣ぐらいだ。

 

「誰もが安心に暮らせることなどはない。わかってはいても実際にその問題が身に起こった時には全てがどうにもならなくなっている可能性が高いというのは…」

「仕方ないさ。今回のことだって最初の問題──暴行事件が無ければよかった話なんだしさ」

「やるせないよね…。なんとか、ならなかったのかな?」

「わかりません。わかりませんが、彼女のことを引きずって、私達が歩みを止めては誰にもいいことはないということ。私達は確かに当事者に関わった者達ですが、足りなかったことを悔やんでも何もありません」

「ただ、俺達は──忘れるなよ。あいつらを救いたいと言ったのは俺達で、救えなかったのも俺達なんだからな」

「ずいぶんと念を押すじゃない、剣。何か知ってるの?」

「さあな。神尾ほど情報通じゃないんだよ、俺は」

 

 

 今は何も話せない。しかし、いつか相談しないといけない日が来る。それまでは───水城が目を覚ますまでは、俺達の中で隠しておくしかない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ───ここで、一度、剣達の物語は幕を閉じる。事件は何一つ解決していない。しかし、ここから先に関わる彼らの話が前に進まねば、剣達の物語も前には進めない。

 

 ───ゆえに、時間は巻き戻る。時は5月の頭。世間はGWになろうかという時。

 

 ───場所は、樫ノ森学園。さあ、はじめましょう。もう一つの物語の主人公の舞台へと。多くの少女達(勇者)の先頭を歩くことになる、一人の志士の物語へと。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ──5月。樫ノ森学園にて。

 

 世間はGWになろうかというとき。沖田総紫は周囲から斬りかかってくる学生達をあしらっていた。

 

「踏み込みが浅い。それでは、届かない!」

「げっ!?」

「不意を打つのであれば気配はギリギリまで隠す!」

「ごふっ?!」

「浅く、見極めが遅いっ!」

「「がっ、はっ?!」」

 

 挑みかかってくる学生達を次々に打ち据えてはすぐに立ち上がってくる学生達。もはや乱取りといっても差し支えないほどに十数人からの連続攻撃を、総紫は油断なく全てを返り討ちにしていく。

 

「──そこまで!」

 

 藤島直の声に学生の全員がその場にへたり込んだ。総紫だけは軽く額の汗を拭う程度で、まだまだ余裕はありそうだ。

 

「どうしたっ!確かに導力は使うなと決めたが、相手はたった一人のはずだ。だというのにAクラスの上位陣が徒党を組んでも一撃すら入らないとはどういう体たらくだ!」

「いや、先生…。総紫教官、強すぎますから…」

 

 生徒の一人の答えに周囲から同意の声があがる。しかし、直は───

 

「今のまま導力を解禁すれば同士討ちは避けられんぞ!いくら沖田が強いとはいえ、その辺りはお前達が一番よくわかるはずだ!」

「直さん。やはり、学生達に乱取りは無茶苦茶だと思います」

「そうか?」

 

 ここ数日、学生達相手に総紫は指導という名の戦いを演じてきての感想だ。彼らはあくまでも『導力者』であり『剣士』ではない。

 むろん、剣士としての素養は鍛えるべきものでもあるが、それは導力をしっかりと扱えてこそだ。

 

「基本的に導力使いは三人一組と聞いています。なるほど、乱取りのような立ち回りを見ればよくわかりますが、この人数で導力など使えば同士討ちは避けられないでしょう。しかし、本来の三人一組であるなら…」

「沖田を追い詰める程度にはなる、か?」

「追い詰められるかは答えにくいですが、戦いづらくはあるでしょうね。導力そのものというよりはそれを駆使した戦略には、ということですが」

「まあ、一対一では相手にならなかったからな」

 

 学園に来て、総紫が最初に体験したのは導力者との一騎打ち(Sクラス全員)。

 結果は全戦全勝という圧倒的なまでの強さを見せつけた総紫。しかし、本来は三人一組が基本運用とされるのが導力使い。一人では発揮しきれないこともあるだろうし、逆に多すぎては同士討ちの未来しかない。

 

「そうだな。次回以降は三人一組でのチーム戦をメインに据えるようにしよう。夏休み明けには学園対抗戦もある。今から本番に備えて鍛えるのは実利が多いか」

「俺や河上でできる限りはお手伝いします」

「わかった。今日は少し早いがここまでにする。全員、しっかりと身体を休めて午後の授業に出るように!」

 

 『うぇ~い』と幽鬼のような声が出てくるなか、直は校舎へと歩いていく。

 

「しかし、いくらなんでも強すぎる…。イヴ達も強いとは思うが、ただ一人の沖田教官に一太刀も浴びせられないのは忸怩たるものを感じるな…」

 

 剣を杖代わりに立ち上がるのは安国茜(やすくにあかね)。導力者の家系では名のある家でもあるが、本人は今手元にある大剣型導力器《ホムラコトナオサメ》を扱いきれておらず、クラスの中では中の下程度。

 

「教官は、背中にも目があるみたい…。どれだけ隙を探してもまるで見つからない…」

 

 茜の隣で女の子座りでため息をついているのは神代透子(かみしろとうこ)。日本刀型導力器《蒼氷》を使う氷雪系の導力者。茜と仲がよい。クラスの中では上の下程度。

 

「でも、これで何もできないといよいよ俺はどうしたらいいやら…」

 

 胡座をかいてため息をつくのは大場誠一(おおばせいいち)。世界初のSSS(トライエス)ランクの導力者なのだが、導力の性能が不明。クラスの中では性能が不明のため下の下。

 

「しかし、組み合わせとしては俺の脅威が高いのは誠一、茜、透子のチームですけど…」

「そうなんですか?」

「どうして…?」

「まず第一に、誠一は目がいいようで、乱取りでも適切に隙を見極めて打ち込んできていました。気配を悟らせなければ通用するはずです。茜は大剣に振り回されない体幹を身につければいいと思いますよ。重さはほとんどないとは聞いてますけど、大剣の大きさにまだ慣れていないように見えました。

 透子はそんな二人のフォローに回るのが速く、しかし早すぎるようにも見えました。もう少し落ち着いて立ち回れるようになれば、三人は俺には脅威になり得ますね」

 

 説明を受けていた三人以外の生徒達が『自分は、自分は~』と集まってきてしまう。しかし、三人は笑っていた。

 

「褒められたみたいだな」

「ああ。まだまだ精進はたりていないみたいだが、成長の余地はあるということだ」

「早すぎる、とはいうけど…。どうしたらいいんだろう…?」

「そこは一人で考えるな、透子。私達は、チームなのだからな!」

 

 明るく話す三人の生徒達に説明しながら、総紫は笑っていた。

 

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