昼食を取るために総紫は一度、寮の部屋へと戻ってきていた。基本的には食堂で取るのが通例なのだが、総紫は考が食事を作ってくれるので寮の部屋で落ち着いて食べる方が気に入っている。
それに、寮の部屋には考以外に一人、居候もいる。
「ただいま戻りました」
「総紫様、おかえりなさいませ」
「…おかえりなさい」
出迎えてくれた割烹着姿の少女は
もう一人、考の作った料理をテーブルに並べていたのは
「千景は今日は何を?」
「…ゲーム」
「そうですか。勉強はしてますか?」
「沖田さんに言われた分は、やってる」
「なら、いいですが。できるなら、少しは外で身体を動かしてほしいですけど…」
「運動は、苦手で…」
「そうはいうけど『勇者』をこれからも続けていくとなれば、身体を動かしておく必要はあると思いますよ」
「それは…」
「総紫様、千景さんもそれくらいはわかっていると思います。でも、今の千景さんの『勇者』の力では太刀打ちできないと修理様も言ってましたし」
「そうなんですよね」
千景が部屋にこもりがちな理由の大きな影響を与えているものは、千景が『勇者』となるためのシステムにはいろいろなロスがあり、この世界に現れているバーテックスと呼ばれる存在に太刀打ちできない状態にあるらしい。
修理自身、それは千景にも困りものだろうということで姫将石の研究の傍ら、『勇者システム』の解明にも力を入れている。
「今は、修理の解析待ちですね。…っと、ありがとう、
総紫の傍らから醤油の入った小ビンを体長30~40cmぐらいの七人の白装束を着けた存在が受け渡す。
『七人御先』
郡千景を守護している『勇者』として契約しているとされる精霊。この精霊の力を借りれば、千景は七人に分かれることができ、また七人が同時にやられないかぎりは死なないという性質を得ることができる。
千景の傷が癒えた頃に千景の身体から現れ、千景本人から説明が為された。考には七人御先はお手伝い役といったところで、家事の手伝いをしてもらっている。
お礼におやつをもらったりすると七人それぞれに大層喜ぶのが可愛いとは考の話。総紫もたまにお世話になった際には食べ物を渡している。
どうにも精霊にとっては人間から直接渡されたものはいわゆる『供物』であるらしく、本来は供物をもらって力を貸すことが精霊の在り方のようだ。
しかし、『勇者システム』とやらにはその辺りがどういう仕組みになっているのかは千景も知らないという。大社という組織がその辺りは一括管理していたとのこと。
「組織には必ず秘密が付きまとうのが常ですが、現場で戦う人間に対してそこまで過剰に情報を隠す意図とはいったい何なのか…」
「総紫様?」
「いえ。午後からは手すきなので修理の下へ行ってきます。研究が進んでいるのかも確認したいところです。千景、よかったら一緒に来ませんか?」
「──っ。わかりました」
「…お願いしますね」
総紫の言葉に千景は一瞬肩を震わせた。未だに慣れてくれないようだが、いきなり見知らぬ世界の見知らぬ場所に一人、放り出されたのだ。
自分には考ちゃんが居たから『守らねば』と気合いは入れられたが、千景はそうではない。今しばらく見守るべきなのだろう。
★
千景を伴って修理の下へと向かう。七人御先はふわふわと千景の隣に浮かんでいる。
「修理、研究の方は進んでいますか?」
「おっ、総紫。いいところに来た。千景を呼んで──って、連れてきてるのか。重畳だ」
「そう言うということは…?」
「ああ。千景、端末を返すぞ」
千景に端末を渡すと修理は近くに置いていたコップから水を飲む。
「『勇者システム』とやらには驚かされる。これほどの呪術めいたものをこのスマホのアプリにまで落とし込むとは…。一から組むとなれば、私でも半年は欲しい代物だよ」
「組めないとは言わない辺りが修理ですね」
「ああ。とりあえず、千景の『勇者システム』には何十もの出力制限のプロテクトがかけられていたから、いくつかのプロテクトを外して最適化しておいた。まだ火力は足りない可能性はあるが、バーテックスへの対抗策無しに外はうろうろしたくないだろうからな」
「あ、ありがとう、ございます…」
頭を下げる千景に修理は苦笑で返す。
「礼を言われるほどのものじゃないから気にしなさんな。千景、今なら一方的にバーテックスに負ける心配は少ないだろう。だが、あくまでもあの白いやつに対してのみだ。中型以上にはそこにいる精霊の力が必須だし、システムを見る限りは精霊との一体化は諸刃の剣だ。短期間で何度も使えるものじゃない」
「どれくらいの期間を空ければいいんですか?」
「一度使えば最低一ヶ月は空けた方がいい」
「そんなに…」
うなだれるように端末を見る千景に修理は──
「とはいっても『今は』だ。『勇者システム』はこっちの私専用のパソコンにコピー出来たし、こちらでアップデートできたものを随時その端末に更新出来るようにしてある。今はまだまだ私も『勇者システム』とやらに不慣れだが、なに、きっちりとバックアップしてやろう」
「頼もしいですね。よかったですね、千景」
「はい。本当に、ありがとうございます!」
深々と頭を下げる千景に修理は『いいからいいから』と笑っていた。
「──さて、『勇者システム』は今のところその程度の成果しかないが、そのシステムの解析のおかげで姫将石の解析が一気に前へ進んだ」
パソコンのキーボードを叩くと『姫将石』に関する資料が表示される。
「基本的には私や総紫の持つ『鬼瘴石』との性質としての変わりはない。問題は『何を基点に励起するのか?』というところだ」
「と、いうと?」
「『鬼瘴石』は地脈の力を女性の身体を通して発現させるが『姫将石』はどうやら地脈とは別の力を使うようだ。だが、そのエネルギー源がわからない」
「俺のように魂を使ったりとか?」
「さてな。試そうにも私や彦斎、総紫にさえ反応がなかった。いや、総紫は仕方ないのかもしれないが…。まあ、少なくとも鬼瘴石のように使い手を選ぶものなのは確実だ」
「現状ではわからないってことですね」
「ああ。だが、『鬼瘴石』が呪術をベースに生み出された産物なのは知っているが『姫将石』はまったくの別物だ──が、性質だけに着目すれば極めて近似のものがある」
「それが、『勇者システム』…」
隣で静かに聞いていた千景が呟く。その答えに修理は頷いた。
「そうだ。人並み外れた力を得るが使い手を選び、代償もおそらく存在する。『鬼瘴石』も『姫将石』も『勇者システム』も根底のところだけを視れば近似のものである可能性が高い」
「つまり、安易に使用はできないってことか」
「まあ、そういうわけだな。使い方がわかったとしても危険性が高ければ使わないに越したことはない。千景も『勇者システム』はある程度の安全性は保証されてはいるが先ほども説明した通り諸刃の剣だ。今までは気軽に使っていたのかもしれないが、今後は命の危機とかだけで使うようにした方がいい」
「…わかりました」
千景が出ていき、総紫がついていこうとした。そこへ、修理が呼び止めた。
「総紫。千景は出来る限り一人にはするな」
「…急にどうしたんですか?」
「千景は『勇者システム』に対して何かしらの意味を見出だしているのは間違いない。今ならある程度の使用は問題ないが、口酸っぱく言っている通り…あれは諸刃の剣だ。お前の鬼瘴石と同じように、な」
「…っ」
「千景は勇者であることに何かしらの強い思い入れをしている。それが、悪い方へと流れないともかぎらん」
「わかりました。出来る限り、千景のそばにいるように心がけます」
「ああ。言い方は悪いが、千景は生き急いでいるように見える。ああいうやつは死に魅いられやすい。気をつけてやってくれ」
「忠告、しっかりと受けとります」
総紫が出ていくと、修理はパソコンに向き直る。
「『勇者システム』…。これは、何のために生み出された…?バーテックスとは、何のために存在している…」
修理の独り言に応える者はいない…。