混沌重層世界-CHAOS REGION-   作:揺れる天秤

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第33話 勇者

 数日後。千景は一人で街へと出かけていた。

 

(・・・)

 

 街並みを眺めていればわかる。ここは自分の知っている場所とは違う。

 

(高嶋さん…)

 

 胸に渦巻くこの気持ちはおそらく、不安。思い出せるのは自分の最後。

 

(乃木さん…。貴女なら、今の私のようになったらどうしているのかしら…)

 

 好きだけど嫌いで、それでも憧れた彼女を思い出しながら、千景は街を歩く。行く宛があるわけでもない。

 ただ、今は少し、一人になりたかった。ふらふらと宛てもなく街を歩いていた。

 

 人々の喧騒を聞きながら千景は思う。自分は最期まで自分のためだけに戦っていた。

 『誰かを守りたい』だとか『人の未来を~』だとか思うことすらなかった。ただただ自分の人生を守るためだけにその身を戦いへと投げ入れた。

 

(だから、私は最期の最期まで自分の抱えた闇に向き合うことはできなかった。ただただ『死にたくない』とわめき、向けられた人々の悪意に対して自身の中にあった悪意を向けた。そして、最終的には神様に見捨てられて──)

 

 今なら自分はどれだけ子どもだったのかがわかる。当たり散らしてわめき散らす、ただただ癇癪を起こした子どもだった。

 

(…この世界に居られるのは『変われ』って言われてるのかしらね…)

 

 ここで生きていくなら今までの自分では駄目だろう。総紫や考に守られながらぬくぬくと生きてはいけるだろう。だけど、それでは何も変わらない。

 

(変われるのかしら。私みたいな…)

 

 不意に千景は足を止めて周囲を見渡した。気がつくと街の裏側に来ていたのだろう。喧騒が無くなり、静けさだけがあった。

 

 ──そんな中、今歩いてきた方から悲鳴が響く。

 

(───っ)

 

 戻ろうとした足が止まる。悲鳴や怒号が続けて聞こえてきている。何かが起きている。

 

(──見に、行こう)

 

 日の当たる大通りを覗くように千景が戻るとそこには先ほどまでは居なかったはずの星屑がいた。周囲の人々が逃げ惑う中、星屑はゆっくりと一つの建物へと近づいていく。

 

(なに…?)

 

 千景が建物に目を向けるとそこには瓦礫に下半身を潰されかけている女性。その傍で泣く一人の少女。女性は必死に少女を逃がそうとしているが少女は女性の腕にしがみついて離れようとしない。

 星屑が口を開き、少女と女性を噛み潰さんと近づいていく。

 

(助け、なきゃ…)

 

 取り出した機器を手に荒れる呼吸を整えようと千景は胸を押さえる。震える膝を叩いて前に出ようとしてその足が動かない。

 

(助け、なきゃ…。私、は…)

 

 そんな中、女性の腕にしがみついていた少女は星屑へと向き直ると両腕を目一杯開いて『通さない』とでもいうように立っていた。涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、震える膝でも『退かない』と決めて少女は星屑へと立ち塞がる。

 

(──私はっ)

 

 それは、目の前で起きた小さな変化だ。ただただ泣きわめいていた少女は、死を前にして守ろうと立ち上がった。

 

(──私は…!!)

 

 震える膝はどうしようもない。

 死を怖がって何が悪い。

 生きたいと思って何が悪い。

 

 ───それでも。

 

「私は、『勇者』だ!」

 

 千景の姿が消える。少女の目の前にあった巨大な口が吹き飛ぶ。驚いたように前を見ている少女の視界に映るのは一人の姿。

 手許の大鎌をクルリと回し、勇者服を着た千景はゆっくりと振り返る。少女の頭を軽く撫でると瓦礫に手をかけて持ち上げた。女性は体を起こすと駆け寄ってきた少女を抱きしめながら千景を見る。

 

「大丈夫でしたか?」

「…あ、あの、ありがとう、ございます…」

「いえ。遅くなりました」

 

 千景は周囲を見渡すと少し離れた位置に隠れていた人を呼び寄せた。男達が女性と少女を背中に乗せたところで、先ほど吹き飛んだ星屑がいつの間にか千景の後ろに現れていた。

 

「嬢ちゃん!!」

「大丈夫です」

 

 千景はいつの間にか白い外套を頭から被っていた。星屑が口を開けた──瞬間、横合いから現れた二人目の千景に蹴り飛ばされる。

 

「ここで私が食い止めます。皆さんはその方をつれて避難を」

「あ、ああ。ありがとう、嬢ちゃん」

「いいから早く行ってください」

 

 離れていく男達を見送ると千景は振り返った先に集まりだした星屑達を見上げる。

 

「私は、変わる…。変わらなくちゃ、いけないんだっ。若葉に、高嶋さんに、皆に、追いつくために!!」

 

 群れて突っ込んでくる星屑へと千景達は大鎌を構えて走り出した。

 

 切り裂き、薙ぎ、払い、捌き、時には蹴り飛ばし、殴り倒し、しかし自身の後ろには一体たりとも通さない。

 無論、千景自身無傷とはいかない。いくらこの世界の星屑と戦えるように調整されたとはいえ戦力差は歴然。しかも千景は事実上この場から動けない。

 本当は逃げ出したい。耳を塞いでこの場から一刻も早く──

 

「それでも──」

 

 ──変わると決めたのだ。

 

 憧れた背中へと追いつくために。

 あの背中の隣へと並び立てるように。

 

 恐怖を、怯えを捩じ伏せて千景は終わることなく現れる星屑を斬り伏せていく。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 分身したそれぞれの千景が街の各所にいる星屑を斬り伏せては市民の避難誘導もこなしていく。息があがり、視界が明滅する。明らかにオーバーワークだが千景は口の端を噛みきってでも意識を繋ぐ。

 

 ──それでも、限界は唐突に訪れる。

 

 斬り捨て、持ち上げようとした鎌が持ち上がらない。息を吸おうとして喉の痛みに空気の漏れた呼気が出た。

 

「…っ、ぁ…。は…っ、…」

 

 気がつけば膝をついていて分身は解けていた。顔を上げた先にはまだまだ増えている星屑。それがゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

「…っ!」

 

 立ち上がり──視界が回って千景は尻もちをついていた。星屑を見上げるように千景はその場に倒れる。

 

(…『勇者』として戦えたのだから、いいわ。私は…変われたの…)

 

 千景は目を閉じる。気配が近づいてくるのを感じながら──

 

(…ごめんなさい、総紫さん)

 

「──よく守ってくださいましたわ」

「──ああ、今からは私達に任せてくれ」

 

 意識を失う寸前、薄く目を開けて見えたのは朱と緑の二つの色だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 街に星屑が現れる少し前に、総紫は学園の生徒である茜や透子に街の案内をしてもらっていた。

 

「はぁ~…。ここにくればなんでもそろいそうですね」

「なんでもは難しいが一通りのものはそろっているはずだぞ」

「同感」

「あら、安国茜ではありません?」

「むっ、イヴか」

 

 正面から歩いてきたのは金髪縦ロールの髪をなびかせながら二人の生徒を連れた少女。

 

「茜、知り合い?」

「イヴ・エレイン・オースティン。幼馴染みみたいなものだ」

「はじめまして。沖田総紫といいます」

「あら。これはご丁寧に。改めましてはご紹介にあずかりましたイヴ・エレイン・オースティンと申します」

「ご丁寧にありがとうございます」

「いえ。それで、安国はこんなところで何をしていますの?」

「沖田先生に街を案内しているんだ。街にはあまり来ていないという話だったからな」

「先生?」

「ああ。沖田先生は剣術指南役として樫ノ森で働いているんだ」

「最近赴任したばかりですけどね」

「なるほど。それで聞きなれないわけでしたの」

 

 イヴ達の会話を聞いていた後の二人は総紫を見ながら鼻で笑う。

 

「これで剣術指南役、ねぇ。どう見てもそうには見えないがな」

「にゃはは。そこは佐田に同感。イヴ様~、そんなの放っておいて早くいきましょうよ~」

 

 お供の二人──髪をかきあげる『佐田』と呼ばれた青年とお団子ヘアの少女『小林』というらしい──が総紫を見ながら笑うのを茜と透子は不機嫌そうにしていたが当人である総紫はただただ笑っていた。

 

「まあ、学生というのは自信過剰な人が多いですから」

「はあ?」

「なかなか言うじゃないか。しょせんは雇われ教師なんだろ」

 

 佐田と小林が総紫の前に立つ。総紫はわずかに目を伏せ──殺気を漲らせて見上げる。

 その場にいた茜や透子は少し後退りしていたが殺気を向けられた佐田と小林は凍りつき、イヴはため息をつきながら二人の肩を叩く。

 

「相手の力量も読めずにケンカを売るからそうなるの。明らかに『雇われ』なんて話で済むような人ではないでしょうに…」

 

 総紫は殺気をしまうと二人に笑顔を向ける。

 

「歳が離れていないことと力量を考えることは別物だと理解してくれたならそれ以上は何も言わない」

「お目こぼし、ありがとうございます」

 

 イヴのお礼に総紫は笑って流す。そこへ少し遠くから悲鳴が聞こえた。

 茜やイヴは首を傾げただけだったが、総紫だけは刀を腰から抜いていた。

 

「みんなは下がるか武器を構えてください」

「なんなんですの?」

「沖田先生、何か知っていることでも?」

「感じたことがある気配がある。異形ですから油断できる相手ではありません」

「そう」

 

 透子は空間から蒼氷を取り出し、茜もホムラコトナオサメを取り出す。

 悲鳴の聞こえた方から次々と人々が走り出してきて、総紫が一人の男性を捕まえて話を聞く。男性が言うには『白い化物が人を襲っている』という。

 

「俺はすぐに向かいます。茜と透子はここで防衛を──」

「いや、私達も一緒に向かいます」

「一人でも多い方がよさそう」

「佐田、小林。二人は避難誘導を。私は安国達とともに行きます」

「わかりました」

「任せておいてください」

 

 二人が波のように訪れる人々を誘導していくのを尻目に総紫達は駆け出す。

 

「手分けをしましょう。透子は俺の援護を。茜はイヴとともに別の場所へ。ここだけが襲われているとは思えない」

「わかりました!」

「行きますわよ、安国!」

 

 駆けていく二人の背を見送り、総紫は目の前の光景に視線を戻す。星屑が一つ二つと姿を見せ始める。

 

「透子はとにかく奴等の動きを制限するように氷を張ってください」

「わかった。…沖田先生は?」

「俺ですか。俺は──」

 

 総紫は水平眼に刀を構えながら──

 

「全て斬り伏せていきます──」

 


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