総紫と別れてから茜とイヴはカフェなどが建ち並ぶ方へと迂回していた。
「こっちもそれなりに人がいるはずだ」
「にしても、安国。白い化物とやらはどんなものか知っていますの?」
「実物は見たことはないが教えてはもらっている。人を無差別に襲うらしい」
「…厄介そうな相手ですわね」
「対抗できるのは導力者とかの特殊な力がないとダメらしい。沖田先生もあれで凄く強いからな!」
「見ただけでわかりましたわ。私達とは比べものにならないほどの腕前の持ち主であることくらいなら…」
イヴは見ただけで総紫の強さには気がついていた。茜が曲がり角を曲がろうとしたところで背中に女性を背負う逃げてきた男性とぶつかりそうになる。
「す、すまない…」
「いや、私達もちゃんと前を見ていなかった」
「お姉ちゃん、導力者?」
イヴの制服を涙目の少女が引っ張っていた。
「え、ええ…」
「…お願いします、お姉ちゃんを助けてくださいっ」
少女は制服を引っ張ったままに頭を下げる。困惑する茜とイヴに───
「俺達からも頼む。俺達を逃がすために嬢ちゃんがこの先で化物を食い止めてくれてるんだ!」
男性の言葉に茜とイヴは顔を見合せ───すぐに破顔し、頷いた。
「私達に任せてくれ!」
「その人はおそらく知り合いですわ。私達が加勢に向かいますから、貴方達はこのまま避難を」
「すまない。ふがいない大人で…」
「力ある者が戦うのは当然です。任せなさい!」
少女の手を優しい手つきで制服から放させるとイヴと茜は走り出す。背中に少女の大声が聞こえる。
「イヴ、急ぐぞ」
「安国、誰に言っていますの?」
二人は示し合わせたように加速する。その二人の視界の端に何かが見え、二人が止まった。
「「今のは──」」
二人の見上げた先には白い外套をはためかせ、鎌を振るう少女の姿。それがあちらこちらに見える。
「安国、いっぱいいますわよ」
「ああ。だけど、本物はこの先にいる!」
茜が再び走り出す。イヴはそれについていき───
「いたっ!」
「安国っ!」
二人に見えたのは尻餅をついて今まさに化物に喰われようとしている少女の姿。二人は走る勢いそのままに跳躍、茜の大太刀が正面の一体を両断し、イヴのレイピアがもう一体の化物を突き刺し──勢いそのままに吹き飛ばす。
「──よく守ってくださいましたわ」
「──ああ、今からは私達に任せてくれ」
導力器を構える二人の後ろにいた少女、千景は仰向けに倒れる。
「イヴ、彼女の様子を見てくれないか」
「安国一人で抑えられますの」
「やるさっ。彼女の分まで頑張るぞ!」
獰猛な笑顔を浮かべた茜は間合いに入る化物を次々に斬り伏せる。イヴは少女の傍らに跪くと首筋に手を当てたり口元に耳をもっていったりする。
「安国、大丈夫。緊張の糸が切れたのか気を失っているだけですわ」
「そうか。なら、よかったっ!」
また一体斬り伏せる。イヴも参戦すると、化物の数はなかなか減らないが勢いは少しずつ収まりを見せてきていた。
どれくらい斬り伏せたのかわからない。化物の返り血で制服が真っ赤になり始めた頃───
「なんですの?」
化物達の姿が霞みがかるように薄靄へと転じ、次々と消滅していく。すべての化物が消えたところで二人はようやく導力器を下ろした。
「あいつら、長い間存在できなかったりするのか?」
「そうなのかもしれませんわね。まあ、目的は達成できたわけですし戻りますわよ、安国」
「うむ、そうだな」
茜が少女を背中に背負う。少女はされるがままだ。
「なあ、イヴ。本当にこの子は大丈夫なのか?」
「精密検査したわけでもないから絶対とは言えませんけど、少なくとも身体中の傷は私の方で癒したから、後は学園に帰って詳しく診てもらうしかありませんわ」
化物は全て消え失せたのか、建物から立ち上る煙以外には動くものは見つからない。総紫達と別れた場所まで戻ってくると、透子と総紫、佐田と小林も待っていた。
茜とイヴの姿に透子は安堵したように息をついていたが、総紫は茜の背中に背負われた千景に気づき、足早に近づいてきた。
「安国、千景は…」
「大丈夫だ。今は眠っているだけだしイヴが治療もしてくれたから」
「イヴさん、ありがとうございます」
「これくらいならなんでもないですわ。それより、沖田さんには聞きたいことがあります」
「…なんですか?」
「あの化物のことです。あんなもの、初めて見ました」
佐田や小林も避難誘導中に見たのだろう。頷きなからもどこか釈然としない表情をしている。
「俺も詳しくは何も…。ただ、アレの名前が『
「なるほど。未知の敵、ということですのね。うちの学園にも通達するように取り計らいますわ」
「ありがとう」
「礼など不要ですわよ。あんなもの、存在していることは許されませんもの」
イヴが歩き出すと佐田と小林が小走りで付いていった。イヴ達を見送った総紫達も学園へと向けて歩き出す。
「安国、千景を預かります」
「うん?」
背負っていた千景を総紫は抱き上げる。背中が軽くなった茜は最後尾を歩いていた透子に並んで歩き始める。
「そういえば透子、沖田先生の戦いぶりはどうだったんだ?」
「…戦いぶり、ね」
透子は立ち止まる。つられて止まった茜が見た透子は両腕で自身の身を抱きしめるように震えていた。
「と、透子…大丈夫か?」
「あの人が学園でしている指導。あれは、あの人にとってはぬるま湯なんて優しさですらなかった…」
「…え?」
透子は目を閉じて先ほど見た戦いを思い出していた。
「あれが沖田先生の全力なのだとしたら、私達はあまりにも無力なんだと思う」
「それほど、なのか…」
二人は先を歩く総紫の背中をしばし眺めていた。
☆
一人の少女が息を切らして走っていた。時折振り返ってはいるがその表情は蒼白なまま恐怖に染まっていた。
走る少女の前に『星屑』が現れる。少女は悲鳴を圧し殺して別の方角へと逃げる。もはや後ろを見る余裕はない。後ろから聞こえてくるのは木々やものが壊れる破砕音と星屑の歯が噛み合う「ガチガチ」という音。
どこをどう逃げたのか少女はもうわからない。わかるのは自分が立つのは袋小路の公園で公園入口には空まで覆い尽くすほどの星屑の群れ。
少女はその場に膝をつくしかない。もはや少女にできることはない。
獲物である『少女』が逃げなくなったことで星屑達の包囲網の狭まる勢いは落ちたがそれは少女に残された時間でしかない。少女はただ歯の根の噛み合わない、確実に近づいてくる『死の気配』に耐えきれずに悲鳴をあげた。
───悲鳴をあげた少女の目の前で星屑は潰れた。
「───…ぇっ?」
少女はすぐには目の前の光景が理解できなかった。自分を殺そうとしていた化物は真っ二つに割れて光へと変じている。そして、そこには…
───『真っ赤な鬼』が立っていた。
数多の星屑を前に『鬼』が咆哮をあげる。『鬼』は次々と星屑を引き裂き、叩き潰し、雄叫びをあげる。
少女は恐怖を再び圧し殺して走り出す。少女に気づいた星屑が口を開けるが、その口から『鬼』が上下に星屑を引き裂いた。
「────」
振り返って見えた『鬼』は少女を護るように星屑へと立ち向かっていった。