『鬼』は咆哮する。その声を聞いて星屑達はたちまち数を増やし、『鬼』へと殺到する。
「おおおオオオあぁァ…!!」
耳障りな咆哮とともに『鬼』は自らへと群がる星屑を屠っていく。叩き潰し、引きちぎり、殴り飛ばす。踏み潰して、握り潰して、掴んだまま振り回す。
膂力に任せた破壊の力を振り回し、集まる星屑達を瞬く間に破壊していく。
「──凄まじいな」
「あれが『真っ赤な鬼』か。なるほど、悪鬼羅刹と呼んでもいいほどの暴れっぷりだ」
『鬼』が現れてから、星屑達は修理達からは興味が失せたように向かってこなくなった。次々に姿を現す星屑でさえ、迷いなく『鬼』へと向かっていく。
その様子を見ていた千景が震える手を『鬼』へと伸ばしながら歩き始め──その肩を総紫がつかむ。
「千景、大丈夫ですか?」
「総紫、…さん…あれは…」
「千景はあの『鬼』が誰なのかわかるんですね?」
「──はい。あれは、高嶋さん…」
「高嶋…?」
「高嶋、友奈。私と同じ…『勇者』です」
「あれが──」
暴虐の嵐の中心にいる『鬼』。それを見ながら千景は震えている。そこへ修理と彦斎が近づいてきた。
「あれが何かわかるのか?」
「千景曰く、『勇者』の一人だそうです」
「なるほど。精霊を身に降ろしているからか。だが…それにしては様子が変だ」
星屑の間から見える『鬼』───高嶋友奈の瞳には破壊の色はあれど理性が抜け落ちているように見える。暴れ、目の前の敵を捩じ伏せるためだけに意識が向いているようにしか見えない。
「暴走しているようだが…」
「しかし、千景と同じ勇者とはいえ端末は旧式だろう。あれだけの破壊を生み出せるものなのか?」
「高嶋さんの降ろしている精霊──酒呑童子は精霊の格でも別格だと聞いてる…。その分、反動も強すぎるはずなのに…」
確かに暴れている『鬼』は星屑に触れられたわけでもないというのに傷だらけだ。おそらく発揮している力が自身すら傷つけているのだろう。
「あのままでは、そう長く戦えんぞ」
「だが、先に星屑が打止めのようだな。数が減ってきている」
最後の星屑を踏み潰して『鬼』は動きを止める。赤い装束に傷だらけになることで身体が血で赤く染まりつつある。この姿を見れば『真っ赤な鬼』と言われたら納得できる。
「さて、問題はあの『鬼』がこちらに気づいた時にどう動くかだ。千景に気づいて理性を取り戻してくれると楽なんだろうが…」
「修理、さすがにそれは楽観的過ぎると思うぞ。とはいえ、俺も鬼退治をしたいわけでもないし、そうなってくれると嬉しくはあるが」
「高嶋さんっ!!」
「───…」
千景の声に『鬼』はゆったりとした様子でこちらへと目を向けた。赤く爛々と輝く瞳がゆっくりと千景達に焦点を合わせる。
「高嶋、さん…?」
『鬼』は薄く口を開けた。しかし、その動きを見て総紫と彦斎は刀を構える。
───『鬼』はこちらを見て、笑っていた。
「千景は下がってください。友人に刃を向けられないでしょう」
「そうだな。総紫、俺とお前でどうにかするしかないだろう。修理、千景を頼む」
「わかった。千景、下がるぞ」
「あのっ!!総紫さん、彦斎さん!」
肩を押さえられ、修理に引きずられるように下がらされる千景は悲壮感溢れる声で二人を呼んだ。
だが、二人は一度振り返ると千景を安心させるように笑った。
「千景、大丈夫ですよ」
「別に殺してしまおうなんてことはない。要は、止めてしまえばいいだけだ」
「彦斎の言う通り、止めないとどうにもならなそうですから。止まれなくなっているのならなおさらです」
『鬼』は吼える。しかし、そこにこちらを畏怖させるようなものはなく、まるで自身を鼓舞しているかのよう。
「どういった経緯でそうなったのか、俺にはわからない。ただ、お前がその子を護るために力を振るっているのなら」
「止めてやろう。我等、人斬りがな」
身体を沈めた『鬼』に対して、彦斎が数mの距離を一息で踏み抜く。『鬼』の反応を上回って逆刃に構えた刀を首へと振るう。
『鬼』はその一撃を更に身体を深く沈めることで避ける。地に伏せた体勢を、しかしその瞳は総紫を捉えている。
「───…ッッ!!」
『鬼』は声にならない音を発して跳ぶ。彦斎を避け、振り抜かれる拳はしかし総紫を捉えることなく空を切る。
最小限の身体の捻り。それだけで総紫は『鬼』の拳をかわす。『鬼』は怯むことなく二撃、三撃と拳を振り回す。
「…っ!!」
「ガアァッッ!!」
総紫が放つのは平突き。正確無比な突きを連続して放つが『鬼』はその本能ともいえる脅威的な反応速度で避け続ける。
人体急所と呼ばれる突きだけを避け、掠めるものや動きを阻害しない致命とならない攻撃は避けようともしない。
総紫は深く踏み切り後退する。その隣へと彦斎も下がってきた。
「なかなかに厄介ですね」
「ああ。致命さえ食らわなければいい、その勢いであの拳を振り回されると深く踏み込むのは自殺行為だ」
「とはいえ、踏み込まなければ決定打には繋がらない…」
総紫は目を閉じる。今のままでは『鬼』は止まらない。止めるためには──全力をもって相手をするべきだと。
──意識を静める。
──感情を鎮める。
全身に意識を向け、一挙手一投足を制圧し、全てをただ刀を振るうための一つと成す。
「彦斎、下がってください」
「なにを…」
「勘違いしないでください。ただ、巻き込みたくないだけですから──」
腰を落とし、右腕を顔のそばまで引く。左手を切っ先に添うように構える。右足を後ろへ、姿勢は前傾させる。
動作の一つ一つを確かめるように構え直す。鬼瘴石が呼応するように強く光を発し始める。
その総紫を見て彦斎は後ろへと下がる。目を開いた総紫はその目で『鬼』を捉える。
「新選組、隊式平突き──」
『鬼』が身構えたのが見える。両腕を開いた構えからしてカウンターを狙っているのだろう。
「沖田、改式──四段突き」
──総紫の姿が消える。
見失った『鬼』はとっさに人体急所となる心臓、首、頭の正中線を守るように両腕を防御へと回す。その耳に、総紫の声が届く。
「───変式、四方討ち」
その突きを正確に『鬼』は認識できなかった。『鬼』の腕が下がり、膝をつく。崩れるように尻もちをついた『鬼』は目の前に立ち、刀を払う総紫を見上げていた。
「何が起きたんだ…?」
後方から見ていた修理ですら何が起きたのか理解できていない。総紫の姿が消え、『鬼』が防御の姿勢を取った。そう思ったら『鬼』が崩れ落ちたのだ。
「──あれが、この世界の沖田総紫なのか…」
「彦斎には見えたのか?」
「ああ、かろうじて、だが…」
彦斎には見えた。防御を構えた『鬼』の前──突きを四回、正確無比な鋭さをもって瞬きの間に両肩と両膝を貫き壊す沖田総紫の突き。
普通に考えてもそんな芸当は不可能に近い。膝の皿骨を貫いたこともそうだが的確に人体の中にある骨の脆いところを四回連続で、しかも一瞬で貫くという神業染みた連撃など──
「俺や修理と生きた総紫でもあんな芸当はできなかった。あいつは、あの総紫は、どんな修羅場をくぐり抜けてきたというんだ…」
「新選組の人斬り姫の完成形、ということか」
『鬼』を見下ろす総紫は刀を逆刃に構えると振り下ろす。首を痛打した途端、『鬼』は今度こそ仰向けに倒れる。
その身体が淡く輝くと少女が倒れていた。その胸元には目を『✕』にした精霊が二体乗っかっていた。両方共に気絶しているようだ。
「終わったようだな」
「総紫さん、高嶋さん!」
千景が走り出すと総紫が振り返った。その姿を見て千景の足が止まった。
「総紫…、さん…?」
「千景…?」
総紫はなぜ千景が立ち止まったのかわからなかった。だが、その理由はすぐに知覚できた。
喉をせりあがる『何か』の感覚、視界を染める赤い世界。
「ぐっ、ゴホ…」
身体が咳き込むと同時に折れる。とっさに口元を押さえた左手を見ると真っ赤に染まっていた。
「…ああ。…ごめん、考、ちゃん…」
修理達が駆け寄ってきている足音が聞こえている中で、総紫の意識は黒く塗り潰された。