樫ノ森学園、保健室。
そこに備え付けられたベッドに二人は寝かされていた。
「石橋先生、二人の容態は」
「女の子の方は特に問題ありません。二、三日もすれば自然と目を覚ますでしょう。ただ──」
石橋先生の見る先、沖田総紫の眠るベッドを見る。血の気が失せ、見ようによって死んでいるように見えてしまう。
「沖田さんに関しては断言できません。著しいまでの肉体の衰弱──むしろなぜ、まだ息があるのかわからないくらいです」
「そこまで、なのか」
総紫を見つめる修理は眉間にシワが寄る。
「千景、私は一度部屋に戻るが…」
「私は、ここにいます…」
「ああ。二人を見ていてくれ」
ベッド脇にイスを置いて座る千景は総紫の手を握っている。
千景を保健室に置いて、美佐と修理は廊下を歩く。
「いったい何があれば沖田さんはあんな風になるんですか…」
「私や彦斎が使っている鬼瘴石が原因です」
修理は自身の鬼瘴石を美佐に見せる。
「これは本来、女性にしか使えない特殊なものです。ですが、条件を整えれば総紫のような男でも使えるようになります。ただ、女性と違って男が使う場合、石を使う際の反動が蓄積していくんです。そうして、肉体の限界を越えると──」
「今のようになってしまう、と…?」
「はい。最悪の場合、死にいたることもあります」
「どうにかする方法はあるんですか?」
「無いわけではありません。ただ、総紫が起きないことには…」
「そう、ですか…」
☆
ベッドで眠る二人を見ていた千景は血の気の失せている総紫を見る。
(私が、高嶋さんを救いたいと思ったから、総紫さんはこんな無理をしたの…?)
千景は考から聞いていたことを思い出していた。
総紫は鬼瘴石を使いすぎると倒れてしまうこと、場合によっては死んでしまうこと。そんな無茶をしないように見ていてほしいと頼まれたこと。
(そんな無茶を、私が、させたの…?)
千景は高嶋友奈の眠るベッドに視線を移した。枕元には同じように意識を失っている二体の精霊、一目連と酒呑童子。
この二体の側には二体を起こそうとしているのか丸く取り囲んでいる七人御先がいる。
(あの『鬼』の状態に、高嶋さんの意識はなかった、と思う。総紫さんも言っていた──「その子を護るために」…。つまり、精霊は高嶋さんを守るためにああなっていたってこと)
千景は端末を取り出す。『勇者システム』は修理のアップデートを受けて性能向上こそしていても細かなところは修理自身わからないというブラックボックスだ。
使い方には総紫の鬼瘴石とともに注意が多い。それでもこうなる可能性があるのかすらわからない。
(私は、何も知らなさすぎる…)
勇者のことも、総紫のことも、今いるこの世界のことでさえ…
(泣いても、怯えても、どうにもならない…。私は私なりに、何かをしないと…)
これからも、総紫とともに戦うのであれば。こんなところで足踏みしている場合ではない。
「総紫さん、高嶋さんを救ってくれて、ありがとうございます」
手を握って話しかける。総紫は意識が無い。返事が返ってくることは───
「…ちかげが、ないておれいを、いってくれるなら…。むりをした、かいがあった…、ということかな…」
「───っ!!」
千景が顔を上げた先──総紫は薄く目を開けていた。
「総紫さん…」
「ここは…、ほけんしつ、かな…」
「…ぁ。ちょっと、まってて」
空咳をする総紫から離れて入口付近に置かれていた水をコップに注ぐとすぐに持ってくる。
「総紫さん、はい」
「ありがとう。ちかげ」
身体をなんとか起こした総紫の背中を支え、コップを渡すと総紫は少しずつ水を飲む。水を飲みきると小さく息をついた。
「ふぅ…。あらためて、ありがとう千景」
「いえ。…その、目が覚めて、よかった…」
「ああ。うん。心配をかけました」
ベッドの天板に背中を預けるように座り直す総紫。
「…あれから何日たちましたか?」
「まだ半日くらい。かな。日が落ちたくらい」
「ああ。となると喀血やら血涙やらしたわりには軽度ですんだとみるべきかな。昔なら一週間は寝込むことになってただろうし」
「死にかけるのは軽度って言わないと思う…」
「そうですね」
総紫は力なく笑っている。
「まあ、この対処は修理に聞いてみることにします。どうにかできるみたいなことは言ってましたから」
「そうなんですか?」
「ええ。俺自身、こんなに早く限界がくるとは思ってなかったので聞いてなかったんですけど…」
総紫は頭をかく。そんな様子に辛そうにうつむく千景。
「千景、そんな辛そうな顔しないでください。そう簡単には死ねませんし死にませんよ、俺は」
「…総紫さん、約束、してください」
「約束?」
「体調が悪いときは必ず言って。私じゃなくてもいい、考に言って。休めるように二人で頑張るから」
言われた総紫は視線をそらす。その様子に千景が眉を寄せる。
「総紫さん?」
「あ…、えっと…。実はもう、考ちゃんには似たようなこと言われてて。今日のことがバレたら泣かれてしまいそうで…」
早口に言い訳を並べ立てるほどに千景の目に険呑な雰囲気が満ちていく。
「総紫さん?」
「…はい」
「修理さんと相談して鬼瘴石付きの刀は考ちゃんと管理します」
「…えっ?」
「考ちゃんと私がいいと思った時以外は刀を預かります!」
「えっ、ちょっ…」
「今から行ってきますから刀は預かります」
千景は胸に抱くように清光を抱えると保健室から飛び出した。あとに残されたのはその千景に手を伸ばそうとして放置された総紫だけ。
「…みんなに怒られそうだな」
疲れている身体をベッドに横たえると総紫は目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきたその横を、二体の精霊を運ぶ七人御先が飛んで保健室から出ていった。