数日後。ナカジマジムのリングの回りにはナカジマジム所属の選手達が集まり、そこにフロンティアジムからリンネとコーチのジルが来ていた。
「本日はお招きありがとうございます、ノーヴェ」
「いや、うちもリンネとやれるのは大きいからさ。正直、アインハルトのスパー相手ってかなり限定されちまうし」
「そうですね。腕のある選手にとってそこは死活問題ですものね。でも、いいの?リンネにとってはナカジマジムの選手は最高のスパー相手だけれど」
「今日のメインは別のジムの選手だからうちとはあんまりやらないかもよ?」
「あら?どこのジム?」
「フライトウイングってジムなんだけど…、知ってるか?」
「フライトウイング…」
ジルは顎に手を当てて考えるが、出てこなかったのか首を横に振る。
「少なくとも聞いたことはないわね。有名な選手とかは?」
「今のところ、これといった選手の名前は聞いたことなくてさ。ジルなら何か知ってるかな、と」
「ジムのオーナーは?」
「オーナー兼コーチが『セフィル・セフィラメント』って人」
「セフィル・セフィラメント!?」
「えっと、有名人?」
「むしろ知らなかったことに少し驚いたわ…」
「ごめんごめん!──で、どんな経歴の人?」
「十年以上前だかのワールドチャンピオン、よ。今ならジークリンデ・エレミア選手と同ランクの選手だったと聞くわ」
「はっ?!」
予想の遥か上に位置した選手だったことにさすがのノーヴェですら開いた口が塞がらない。
「えっ、ちょっ、マジな話?」
「ええ。数年前にジムを開いたとは聞いてはいたけれど、関係のある選手が出てくることがなかったから眉唾物かと思っていたのだけど…」
「それは、少しは期待してもいいのかね?」
「どうかしら?今まで無名のジムに甘んじている以上、優秀な選手が居ないのかも」
「こりゃあ、心してかからないとな」
『申し訳ありません。少し遅れてしまいましたね…』
姿を現したのは妙齢の女性。その後ろをついてくるのは一人の少年と八人の少女。
「お、大所帯ですね」
「せっかくの機会ですからうちの選りすぐり九人、全員を連れてきました」
「「本日はよろしくお願いいたします!!」」
選手同士はあいさつを交わすとウォーミングアップを始める。コーチ陣三人はリング近くに集まってスパーの対戦について話し合う。
「まさか九人も連れてきてくださるとは思ってもみませんでした」
「でしょうね。でしたら、私達はローテーションしますからそちらの選手達が順番にリングに上がるというのはどうですか?本番さながらにした方が選手のやる気も上がるでしょうし」
「こちらとしては構いませんが、よろしいんですか?」
「はい。次の大会に出るのは九人中でわずかに二人。彼等もトップランカーとは未だに当たったことのないヒヨッコばかりですから全力で来ていただける方がこちらとしても助かります」
「わかりました。では、こちらも順番を決めます」
「よい練習になりますよう、努めましょう」
両コーナーに分かれ、ジルは相手選手を見ながら考えている。
「どうかしたのか?」
「彼女達、雰囲気がそれぞれ違うのよ。もしかしたら戦闘スタイルがそれぞれ違うのかも…」
「と、なれば。最初は誰から行くべきか…」
「私から行かせてください」
前に出てきたのはリンネ・ベルリネッタ。その様子にジルは意外そうにリンネを見返す。
「今日は珍しいわね。いつもなら一、二戦見てから決めるものだと思っていたのだけど」
「今日はちょっと…。私なら大丈夫です、コーチ」
「ノーヴェ、いいかしら?」
「やる気あるのはいいことだし、いいんじゃねぇかな。お前達はいいのか?」
ノーヴェの確認に全員が頷く。どうやら先に選手同士である程度順番は決めているらしい。
「なら、一番手は任せますかね!」
「わかりました!」
「リンネ。スパーだけれど武装はしなさい。本番さながらで、というのが本日の主旨になっています」
「えっ?は、はい!」
リンネは武装形態に姿を変えるとリングに上がる。すると、すぐに一人の少女がリングに上がる。
「よろしくお願いいたします」
「よろしく!じゃあ、行くか!
幼い子供の姿から少女は女性へと姿を変える。黒紅色の髪がショートカットに変わり、黒い籠手、脛当、白銀のインナーに黒紅のジャケットを纏う。
「──っ!」
姿が変わった途端に先ほどまでの緩い空気は消える。
「対戦前に自己紹介だよな!私はソルド・シュヴェルトライテ!《剣の戦乙女》を冠する者!」
「フロンティアジム所属、リンネ・ベルリネッタ」
「知ってる!あんたに勝てたら他のやつに自慢できるほどの猛者だってコーチが言ってやがるから。まあ、向かい合ってわかんのは、勝率1割ねーかな」
ソルドは女性の外見とは裏腹に仕草はどこまでも男性のようだ。
「だけど、やれるだけやんのが私のモットーだ。付き合ってくれよな?」
「ええ。お願いいたします」
「では、第一ラウンド、ファイッ!」
ゴングの音が響き、リンネは一歩踏み込む。
「残念──そこは私の射程内だ」
「えっ?」
リンネの見えたのは眼前に迫る拳。
「──っ!」
持ち前の反応の鋭さ故か、奇襲に近い一撃は頬を掠める。だが───
「最初っから抜いてんだからよ。手加減いっかよ?」
「───!」
二撃目がリンネの顎を下から打ち抜く。大きく仰け反るリンネの腹部に掌底が入り、ロープへと吹き飛──
「甘ぇって」
襟首を逆の手で掴み、引き寄せる。額が眉間に叩き込まれてリンネの視界は火花が散った。
「カッ…?!」
「ヌリィぞ!」
再びリンネの顎を下から打ち抜く。身体が宙に浮くほどに吹き飛んで、リンネはリングに背中から叩きつけられた。
「まだまだやれんだろ?立てよ?」
リンネは身体のバネを利用して素早く起き上がる。身体のダメージを確認しているのか、腕を振ったり首を回したり。
「リンネ、大丈夫そう?」
「は、はい!」
「…?」
一方的に打たれていたわりにはリンネにダメージが蓄積している様子は無い。ジルはクラッシュエミュレートも確認するが、ボディのダメージ蓄積値は5%未満。
(開始早々にあれだけ一方的になったにしては、身体への蓄積値が低すぎる…。打撃の威力を捨てて速さに特化しているのかしら?)
リンネ自身も首を傾げる。顎に二回も正確に打ち抜かれれば普通なら中度脳震盪のクラッシュエミュレートをもらってもおかしくない。
しかも、当たった時のインパクト音は強いのだが、身体に残るダメージがほとんど無いと言ってもいい。
(これは、いったい…?)
目の前で首を傾げながらも構えを取り直す相手をみながらソルドは内心苦笑していた。
(結局、私の弱点って『コレ』なんだよな。出力を『九つの剣』に分けることで抜いた『数』で出力が変わる。一太刀だけだと今みたいに速力は有名選手ですら反応が遅れるほどだが、火力についちゃ蚊が刺したようなものだ…)
胸に手を当て、ソルドは目を閉じる。
(故に、抜いた『数』を増やせばその分威力は増す。だが、その分…速力は削れ落ちる。一番バランスがいいのは四太刀だが、それはあまりに愚策。せっかく『先生』の用意してくれた訓練の場。全力を──九つを抜かずして…)
目を開く。周囲に浮くは九つの『剣』。
「全力を持ってお相手致す!シュヴェルトライテの全力を持って──!」
九つの剣が鞘から抜かれてソルドの身体に突き刺さる。咆哮とともに剣の姿がソルドの身体に収まる。
「なっ…」
「ゆくぞ、リンネ・ベルリネッタ!」
身体を深く沈めてリングを蹴る。ただ蹴った、その脚力のみで建物を揺らす。
「──っ!」
「ぬぅおおぉぉぉぅ!!」
小細工も無いただまっすぐ振るわれる拳をリンネは避ける。カウンター気味の拳はソルドの顔を捉えて打ち抜き、だがソルドは止まることなくリンネに肉薄する。
インファイトですらここまで身体を密着させて打ち合うということはないと思えるほどの近接戦。回避は用を成さず、振るわれた拳や蹴りは迷わず相手を打ち抜く。
「はあぁぁぁ!」
「ぬぅおおぉぉぉ!」
顔を打ち、顎をかち上げ、胸に拳を沈める。
腹を蹴り、足を打ち、膝を叩き込む。
互いの攻撃を避けるという余裕は二人にはすでに無い。1ラウンドの終了を告げるゴングが鳴るまで、二人は相手を倒すために拳を蹴りを打ち続けた。
ゴングが鳴って、二人がお互いのコーチのいるポストへと下がる。
「リンネ!大丈夫?!」
「ふぅ、はぁ…。だ、大丈夫…」
打たれ強いのはリンネの強みではある。だが、これほどの密着、そして技を打つ隙すらない乱打戦は過去に経験が無い。
体力は否応なしに削られ、ダメージも確実に蓄積してきている。相手も同じはずなのだが、対面のポストに身体を預けて立つソルドは闘気を隠すことなくリンネを見つめている。
「…キツイ、けど…」
純粋に楽しいと考える自分がいることがリンネには嬉しかった。まだまだ自分は強くなれると実感できる相手がいる。
「だから、勝ってきます」
「…ふぅ。頑張って」
ジルに送り出されて、リング上で再び向かい合う。
「さあ、やりましょう!」
「まだまだへばる気配無し。その意気、乗らせていただく!」
2ラウンド目を告げるゴングとともに、二人は再び乱打戦を開始した。
☆
リング上で乱打戦を繰り広げる二人を見ながら、フーカは素直に驚いていた。
「まさかリンネがこれほど泥臭い試合をするとはのぉ」
「確かに、リンネさんにしては意外な感じはしますね。ですが、これほどの真っ向からの殴り合いは普通ならそう経験できるものでめありませんから、そういう意味では貴重な経験ともいえますね」
リング上で相手を倒すためにひたすら殴り合う。普通ならこんな試合はお目にかかることはなかなかない。
でも、だからこそアインハルトはこの試合を少し羨ましげに見ていた。
「本来であれば経験できない試合をできる。これほどの有意義な試合は羨ましいですね」
できるなら、自分がこんな試合をしてみたかった。アインハルトは純粋に羨ましそうに試合を見ていた。