場所は再び地球へと戻る。
学院への道を歩きながら、剣は最近の学院の様子──特に転校生である神尾愛生のことが気にかかっていた。
(神尾愛生が転校してきてから早一週間。学院内で変わったことといえば、あいつが速水経由で占術研に入部しにきたということぐらい、なんだが…)
最近、どうにも玲児の様子がおかしい。どうおかしいかと聞かれると明確に『こう』とは言えないのだが、何かしらややこしいことには巻き込まれている様子ではある。
(まあ、どうにもならなくなったらあいつから何か言ってくるか。それより問題なのは──)
占術研の部長である
とある事情から占術研の部長をやっている章辺映瑠なのだが、とにかく神尾愛生との相性が悪い。
映瑠は基本的に規則というものを重んじる。法律や憲法等もしかりで、とにかくガチガチな人間とも言える。結果として、『月命館の聖女』なんていう通り名をもらっている───本人は不本意らしい。
対して神尾愛生は言い方は悪くなるが実利主義だ。得るもののためには多少の違反等は許容する。下手な話、犯罪スレスレの行為でも『望んだ結果』が得られるのならその行為を選択できる。
こんな対照的な二人が仲良くなるはずはなく、神尾愛生が入部してから5日ほど経つが、部室の方は未だに少し空気が悪い。
(まあ、こっちは時間が解決してくれることを願うとしよう。それより問題が1つ)
実は担任であるカコちゃんから相談──という名のお願いが来た。相談の中身は『最近、安納塔子がやたらと居眠りをしているのだが何か知らないか?』というもの。
こちらに関しては剣はよくわかっていない。が、ここ数日は以前からの居眠りの域を超えて眠っている。
一応、玲児も塔子の様子は気にしている様子で、本人に確認を取っていたが本人曰く『小説を読むのに夢中になって寝ることをついつい忘れてしまう』と言っているのだが…。
(あまりにも雑な言い訳だよなぁ…)
小説を読んで寝不足というのは剣にも経験はある。だが、昼夜が逆転するような状態になるまで続けるというのはなかなかに難しい。
人間の身体というのは基本的には夜寝て朝起きるように体内時計がそう設定されているからで、これを逆転させるには相当の期間が必要になる。
(つまり、何かを隠しているってことになる。だが、あの塔子が玲児にも隠さないといけないことってなんだ?)
神代剣の安納塔子という人物像は速水玲児にはあまり隠し事をしようとしない、比較的オープンな人物だ。
だが、今回のことは頑なに隠し通そうとしている。
(バレたらまずい、か。バレたくない何かがあるってことなんだよな)
とりあえず、学院に着いたら相談してみようとそこで意識を切り替える。
「姫、集中するのは構わないが周りは見ろよ?そのままだと電信柱にぶつかるぞ」
「ん~…」
姫の襟首を掴んで進路上の電信柱から無理やり回避させる。本人はかなり集中しているようである──本を読むことに…。
「珍しいな。お前がそこまで本を読み込むなんて」
「久しぶりに当たりを引いたかも…」
「…そうか」
姫玲の趣味は読書で、かなりの愛読家でもある。元々頭は良いので大抵の本は一度読むと興味を失ってしまうことがほとんどなのだが、極たまに今のように何度も読み返す時がある。
本人曰く、そういう本は他人にオススメしたくなるらしい。そのためだけにレビューブログを開設しているほどなのだが、姫玲の薦める作品はかなりの確率で周囲で爆発的ヒットになる。
(今回もそうなりそうだな…)
おそらくレビューブログに載せるために内容を深く読み込んでいる最中なのだろう。こうなると剣の声など右から左へ流れていく。
そんな姫玲を通学中の危険を回避させつつ、剣は通学路を歩いていく。
☆
教室にたどり着くとまずは本の虫状態の姫玲を自身の席に座らせてから自分の席へと向かう。そこにはすでに登校していた玲児と塔子──なのだが…。
「すでに寝てるとか…。こいつ、大丈夫か?」
「さすがに最近は寝過ぎな気はするんだけどな」
塔子はすでに机に突っ伏して眠っている。その横で玲児は呆れ顔だ。
「さすがは『眠り姫』ってところか?」
「いや、さすがに異常な気はしてる。本人曰く、読書に夢中らしいけど…」
「うちの姫ほどにか?」
思わず二人で眺めるのは自身の席で黙々と本を読み込んでいる姫玲の姿。
「あれは、別だろ?」
「俺としては本の虫状態のあいつはいろいろと危ないから元に戻ってほしいんだがな」
「なになに、何の話してるの?」
高階の登校とともに女子会の輪から愛生が抜けてくる。
「お前って高階が来るとかなりの確率で女子会から抜けてくるな?」
「なに?剣は私のこと気になる?」
「いろんな意味で気にはしてる」
「…どういう意味かな?」
そこでわずかに愛生の雰囲気が変化する。他の人にはわからない、ごくごくわずかな変化。
だが、剣はそれに気にした風もなく。
「まだ転校から一週間なのにここまでクラスに溶け込んでるんだ。話上手なのか。聞き上手なのか。はたまた両方なのか。他に実は得意なことがあるから周りが惹かれているのか。一週間足らずの対面と会話じゃ、俺でも見当がつけきれなくてな」
「おおっ?学院の『生字引』さんからそんな判断されてるとは思わなかったよ」
「おい。その二つ名やめろ」
「えっ?じゃあ…『学院相談所』?」
「なんでそっちの方も知って───いや、いいわ…」
自分のつけられた二つ名を知らない生徒の方がこの学院においては珍しいぐらいだ。
いくら転校一週間とはいえ、わからないことなら
「仕方ないよな。『聖女の右腕』なんだし」
「玲児。次にその二つ名言ったら殺すぞ?社会的に」
「社会的に!?」
「ただ殺したら苦しむのは一回こっきりだからな」
「うわぁ…、なにやら恐ろしい言葉が聞こえてきたんですけど」
「神尾もだ。今の名前は聞かなかった。いいな?」
「はいはい。私も竜の尻尾を踏む度胸はありませんよ…」
未だに気に入らん名前だ。何の因果であんな二つ名つけられたやら…。
「はーい。授業始めるわよ~」
カコちゃんの登場でそれぞれの席へと散っていく。
「むにゃ…」
(こいつ、本当に大丈夫か?)
先生のあいさつも気にせずに眠り続ける
☆
そんなこんなで昼休み。
「起きないな」
「ダメだねぇ」
「今はほっとくしかないさ」
幼馴染はこの辺り距離感というものをわかっているようだ。寝てるなら先に自分達の食事を終えるということか。
「夜更かし、らしいが実際のところどうなんだ?」
「うーん、俺にも本を読んでるってぐらいしか言わなくてさ」
「でも、今の塔子を見る限りは確実に嘘だよね?」
「そうなんだよなぁ」
玲児相手にすら隠しているということは確定したが、そうなるといよいよ何を隠しているのか気になる。
「というより剣。なんでそんなに塔子のこと気にしてるの?」
「悪いがカコちゃんからの依頼だよ。眠り姫の睡眠理由を調べてくれって」
「先生達の間で問題になってるってことなのか?」
「そこまではまだ、みたいだな。職員会議の槍玉に上がったら確実にカコちゃん、鬱憤晴らしに部室に来るだろうし。ただ、今の状況が続いたら目をつけられるのは確実だそうだ」
「けっこうまずそうだね…」
「だなぁ。あいつ、何を隠しているのやら…」
食堂に着くが、そこそこに混雑している。と、テーブルの一角で手を振る一団──
「直緒達か」
「席はあるみたいだし、さっさと注文しちゃお?」
「そうだな」
それぞれに注文した品を持って直緒達の下へ。席に着くとなにやら盛り上がっている。
「何にそんなに盛り上がってんだ?」
「えっとね。とあるサイトの本に関するレビューブログを陽子が見つけてさ」
高階直緒の前に座る女生徒──
「レビューブログなんて普段はあんまり読まないんだけどさ。そのサイト、まるで流行が見えてるみたいに作品を推してるんだよ!」
「へぇー!それってどんなサイト?」
「私も少し気になる…」
陽子の言葉に真っ先に食いついたのは意外にも愛生だった。次いで陽子の隣に座る
広瀬水城は学院のサッカー部マネージャー。今年は地区優勝も狙える強チームだとかで一時期盛り上がっていた。
「えっと…。あった。このサイト──」
スマートフォンに表示されているサイトを覗き込む女子陣を横目に玲児と剣は食事優先。
「あんた達は興味無いの?」
「いや、お前達の後ろから雁首そろえて画面覗くわけにもいかんだろ…」
状況によってはセクハラで文句言われかねない。
「たはは。確かにそうだね。はい、このサイト」
あらためて差し出されたスマートフォンの画面を見て気づいた。剣にとってはすごく見おぼえのあるサイトだ。
(姫のサイトじゃねーか…)
「確かに、更新されてる時期がどれも有名になる少し前だな。流行の先取りってこういうことか」
「どう、直緒?!」
「確かに凄いサイトだね。本の流行知りたかったらこのサイト見ればその時々の流行がよくわかるわ」
「だよね!だよね!」
愛生や水城も混じって盛り上がる横で剣は苦笑していた。なにせ、妹のレビューサイトがここまで盛り上がっていても下手な感想は出せない。
特に神尾辺りは下手をすれば感づく。それほどまでに神尾愛生という人物は勘がいい。
「俺達は先に食べ終わるか」
「そうするか」
女子が盛り上がっている中にホイホイ飛び込んで話ができるほど、二人はコミュ力は高くない。
素直に話が一段落するまで食事を終わらせて待つことにした。