雨傘   作:Enoghalvtreds

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レンブラント・レイ-2

 

メイは格納庫に備え付けられた椅子にくたびれた様子で腰掛け、どうして自分だけこんなに待っているのか、といった思考をめぐらせていた。

私の機体だけ何で準備がまだなのよ、長すぎるわ。

『リカリケア』はシンプルな装備構成と整備性を売りにした機体なのよ?

内部パーツは大体が他機と同一規格で同一部品。

それも全部現行の機体のものばっかりで、メンテナンスしやすいようにユニット化されてる。

そんな機体が、こんな長く調整作業をしていたらお笑いだわ。

彼女は端末の画面に呼び出した説明書を眺めながら、口の中で小さく吐き捨てた。

整備がネフティスを呼んでから一時間。私は何時呼ばれるの?

ため息を吐き、メイは端末をそっと机に置く。

長いなー、待ってられないなー。早くしてくれないかなーっと。

そして体を伸ばし、椅子に手を付いて空を仰いだ。

 

メイは両手で軽く顔をはたき、顔を左右に振ってから立ち上がる。

えい、どうせなら行っちゃえ。

そうだよ、待っててもどうにもならないし聞きに行って見るべきなんだ。

どんな方法を使おうか、持ってるのそんなにないからなー。

笑みをこらえ、彼女は一番奥のハンガーのほうに体を向ける。

すると、「あんまり手荒なことはしてやるなよ」とレオナルドは外部スピーカーを通して言った。

心でも読んだのかしら。あーあー、聞こえてるー?

そう思ってから数拍後、何も帰ってこなかったのを確認し、メイは嘘と真実に満ちた口を開いた。

「そんなことしないわよ。ただ”聞いてくる”だけ」

「ああ、わかったわかった。するなよ?」

返答は大体わかっていたのだろう。レオナルドは生返事を返すだけであった。

 

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「という訳で、整備は遅れてるんだ」メイの担当整備士は短く説明した。

彼の後ろではそこそこ長身の若い男が、あたふたと道具を取っては引きかえしてを繰り返していた。

彼は慣れない手つきで胸ポケットから端末を引き出し、ケーブルでハッチ内部の機械と接続してデータを読み始めた。

新人さん……なのかしらね。いままであんな人見たことないし。

「のわっ!」彼はどうしてそうなったのか、端末を落としそうになり、あわててキャッチした。

こりゃ大変だわ。仕事の進捗も私の身の安全も。

メイは手元の端末を覗き込みながらそう思ったのち、担当に言う。

「新人さん?なんか大変そうね」

担当は苦笑いしながら言った。「ええ、大変で大変で……もっとしっかりしてほしいもんですよ」

見てるだけで大体わかるよ、その気持ち。

彼女は心の中で同情し、またレンチを落としたため拾いに行った彼をちらと見た。

「ほらそこ!ボルト締めるならそこ持つな!」

担当は疲れた様子で新人に言い、続けた。「アイツずっとこんな調子でね、参ってるよ。もう一人を見習ってほしいもんだ」

そして指で隣の機体を指し、思い出したように手元の端末を置いた。

 

なるほど、これではいつものような高速さは望むまい。新人の育成は重要な事だしね。

メイはいくらか彼に申し訳の無さのようなものを感じた。

そして何か埋め合わせをと、彼女は無慈悲に考える。

後で部屋にエロ本でも大量に贈っておいてあげようかしら。それも結構マニアックなのを。

いや、いっそアウトな方向性のものでも……そうね、そうしよう。

メイは後で行きつけの店に頼んでおこうと、端末から家のPCにメモを送った。

「ま、気長にまってくれよ。時間ならたっぷりあるんだろう?」

担当は新人がつなぎ忘れていたケーブルをつなぎながら言った。

しかしメイは「確かに時間はあるわよ……予定すっぽかすことになっちゃったからね」とふてくされた様子で言い、もう一度何時までかかるのかを聞いた。

「ま、気長に待つことですね、メイ」女性の声がメイの後ろから響き、手に持った盆から茶の入ったコップを彼女に差し出した。

はいはい、わかりましたよ……って、どうして私の名を?

聞きなれない声に自分の名を呼ばれたメイは驚き、後ろを振り返った。

まさかとは思うけど……いきなり仕事だって言ってたけど……

振り向く数瞬の間に、脳裏に一人の少女が浮かんでは消えていく。

それは長年近いようで遠いと感じていた、彼女のたった一人の……

 

「姉さんのこと忘れました?」

振り向いたまま、ぽかんとした表情で立ち尽くすメイに、アリスは言った。

それから手を彼女の前でひらひらと振り、数度「おーい」と声をかけては笑った。

姉さん……部品変えるなら言っといてよ。声とか頭とか大きいところだとわからないって前言ったじゃない……

またかと言う表情でメイは「で、今度はどこやっちゃったのよ。首?」と言い、いくらかあきれて見せた。

擬体何度壊せば姉さんは学習するのかな……いや、無駄か。

前回は腰を丸ごとだし、前々回は首以外大体故障させてた人に何を注意しても無駄だね。

退院するたびに繰り返すこの思考パターンも何度目だっけ。

「声帯と左足まるまる交換だったよ。」アリスはメイの様子を見てさらに笑い、技師が泣きそうだったとも付け加えた。

 

「で、姉さんはここで何をするの?」

数度の状況報告の後、メイは少し笑みを浮かべて言った。

運がよければ……よくなくても一緒に働くのだ。嬉しくないわけは無い。

アリスもそうだったのだろう、「だったら当ててみて?」と同じ笑みを浮かべて言った。

メイはすばやく、姉の『仕事』について思考をめぐらせる。

擬体の姉が肉体労働など出来るわけが無い。壊れでもしたらすぐにどうにかできる場所へ行くことはできないのだから。

ジャマーに突っ込んでゆくパイロットやオペレータなど言語道断。すぐに擬体が機能不全を起こして倒れるのがオチだろう。

ならば基地内の作業員ぐらいしかない。で、姉さんにぴったりなのは……

「会計?」

 

「残念。正解は現場でのオペレートでした」

アリスはそういって、自信に満ちた様子で小さな胸をポンとたたいた。

まあ、オペレートくらいなら……ジャマーに入らなきゃ大丈夫でしょ。

「どこらへん?基地周辺の警護部隊とか?」メイは姉に言い、擬体が動くジャマー範囲外だと思うんだけど、と付け加えた。

アリスはいくらか考え込んでから、自分の体を見て言う。

「ジャマー外の探査任務。詳しくは言えないけど、運がよければメイと一緒のとこになりそう」

 

 

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「各員、準備は!」凛としたアリスの声が三人の耳に通った。

その声は少しだけ震えていて、語尾が微妙に上がっている。

ああ、姉さん緊張してるんだね。メイはそれを聞いてそう考えた。

ああ見えて内弁慶なところあるからなぁ……姉さん、仕事間違えてネフティスに怒られないといいけど。

メイは「大丈夫よ」と答え、それからすぐにネフティスも同じことを言った。

ま、姉さんが選んだ道よ。進むのは姉さん自身。

彼女はリカリケアと輸送機のロックを確認し、投下タイミングを最大まで遅延設定にした。

これで姉さんが失敗してもごまかしが聞くわね……別に疑ってるわけじゃないけど。

疑ってるわけじゃないけど!

メイは心の中で一人芝居を打った後、何をしているんだ私はと思い、頭を振って気を落ち着けた。

レオナルドはそれからいくらかの間を開けて、準備完了の意を伝える。

そして大きく息を吐き、もう一度「準備完了」と言った。

アリスはさっきよりも少しだけ震えた声で、「了解!」と返した。

あらら、これはガッチガチだね。メイはそう思った。

サポートの一つでもしてあげよう。

「姉さん緊張してる?してたらさっさと投下しちゃっていいよ?」そう彼女は行った。

 

……そしてその一秒後、愛する妹が姉を思って言った事に、アリスは無慈悲に従った。

 

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「あのバカ野郎本当に落としやがった畜生!」ネフティスは毒づく。

マジで緊張してるからって、落とす馬鹿がどこに居るんだよ!

しかも機体立てて落とすの忘れてやがる!

「後でお前の姉貴に苦情の一つでも垂れてやる!」

下に見える旧市街地を見ながら彼は言った。スラスタ早く起動しやがれ!と思いながら。

キューンといった音を各部エンジンが鳴らし始め、それから数瞬後にコックピットに「RCSオンライン」の文字が光った。

すぐに彼はスラスタで機体を縦に起こし、腰部スラスタを下に向け最大出力で噴射する。

下の瓦礫達がそれを受けていくらか姿を変え、バランスを崩しては倒れていった。

ネフティスは緊張した様子で速度計を読み上げ、スロットルを調整してゆく。

「3、2、1……0!」喜びの混じった声で彼は言い、同時に脚部が地面を捉える。

地上たった数十センチのところで、ミグリオーレは落下速度を殺しきったのだった。

 

周囲に舞っていた重金属粉塵は噴射炎によりどこかへと吹き飛ばされ、きらきらと太陽光を浴びて光っていた。

それは次に来るメイの機体の塗膜をいくらか削り、噴煙に煽られてさらに遠くへと吹き飛ばされていった。

ネフティスと同じ体験をし、同じように着陸した彼女は、いくらか恨みのこもった様子で言う。

「そうね、それにはおおむね同意見だわ。姉さんには痛い目を見てもらわないと」

二人はひそかに笑い、個人回線でサムズアップをし合い、会話を始める。

 

レオナルドはそんな二人の様子を見ながら機体を滑空させ、地上一メートルほどの高度になると、足を出して着陸した。

「お前らもう少し余裕というものを持てよ」彼はそう言ってから輸送機の方向を向き、「面白い冗談だったぜ譲ちゃん」と続けた。

「ありがとうございます」アリスはそう言ってから、少しやわらかくなった声で装備コンテナを投下すると答える。

それからすぐにコンテナが切り離され、十数秒の落下の後、三人から数十メートルほどの位置に赤い噴煙を出して着地した。

「先行ってくれ、俺は機体の状態を整えとくから」レオナルドはそう言って、機体を人型に変形させ始めた。

 

アリスへの対処を考えていた二人は一度会話を止め、コンテナの元へと移動する。

そして外部から接触回線で起動シグナルを送り、コンテナを展開させた。

中にはガンカメラ二機とレーダーユニット。前者はメイとネフティスの、後者はレオナルドのための装備である。

二連式のカメラにレーザー測距機の覗く前者も、前後の絞られた円柱状の全方位式解析レーダーである後者も、長年使われてきた信頼性のある品だ。

二人はコンテナのガンカメラに手をかけ、信号を送ってロックを解除した。

それと共に内部からアームユニットが飛び出し、コンテナのガンカメラを彼らの機体に装備させた。

ネフティスはコックピットに表示されたテスト画面を見ながら、装備の調整を始める。

おおむね問題は無かったが彩光度の問題なのだろうか、きらきらと画面がまぶしかったため、ネフティスはパラメータを低めに変更した。

 

「終わった?」それから数分の後、遅れてきたレオナルドの機体背面に取り付けられたユニットを見て、メイは言った。

「終わった」数度機体を変形させなおすことになったレオナルドは、いくらか気持ち悪そうに言った。

水平に収まっているとはいえ、何度も上下動を繰り返すのは確かにきつい。

ネフティスは心の中で同情の言葉を発した。

「行けそう?」メイはレオナルドよりも任務を気にしてそう聞いた。「別に無理なら置いてっていいんだけど」

お前は鬼か何かかよ、ちょっとは待ってやれ。

彼の思いを代弁するかのように、「こら、ちょっとは配慮してやりなさい」とアリスは言った。

レオナルドは不満そうに「行けるさ」と答える。

「行けるのか?いつもみたいにゲロゲロしちまわねえか?」ヴィダーレは笑う。

「うるさい、さっさと探索始めちまってくれ」

その言葉と共にクロウノッテは空へと舞い上がる。

そしてすぐ各部が折りたたまれ、その姿は航空機へと変わった。

 

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上空からの簡易解析画像を見ながら、三人は市街地外延部にある工場の跡地らしき場所に足を向けた。

そこには一キロ四方の土地に、縦10m横30mの工場建屋が綺麗に整列して並んでいた。

約30棟ずつに分かれて転々と配置されているそれは、お互いをつなぐ道路によって美しい五角形を描く。

残っていた街路樹は微妙なアクセントとなって風景に彩を与え、彼らは誰かが帰ってくるのを待っているがごとく頭を垂れていた。

 

綺麗だな。コイツを壊すのは忍びないって思えるくらいに。

そうヴィダーレはつぶやいた。

外装はジャマーで固まっているだろうから、壊すしかないのはわかっている。

しかしどうにか形をとどめられるのならば、とどめておきたいな。

彼はそう思ってからすぐに送られてきた解析データを展開し、おおまかにどこを探査するべきかを考えはじめる。

大体の入り口は埋まっているのか……ここはどうだろう。

彼は地上からの画像を見ようと画面をタッチした。

しかし画像は表示されない。

まさかと思いログをあさってみると、つい最近探査されるようになったばかりのため、画像の用意はない事がわかった。

ヴィダーレはネフティスたちに、地上からの画像を要求する。

すると、すでに用意していたのだろう、すぐに輸送機のサーバへアップロードが開始された。

全てがあがってくるまで待ちながら、彼は考える。

割と最近に探査されるようになった地区か……これならばかなりのリターンが期待できるだろう。

GAIDAやエルフが気になるところだが、それはあいつらに任せるしかないだろうな。

簡易解析画像にそれらしき熱源が数個あったから注意はしておいたし、新型とあいつらなら大丈夫だろうが。

ステータスバーが最後まで行ききり、アップロード完了とのノーティスが表示される。

ヴィダーレはすぐに画像を開く。

そこには上から見た感じとは異なり、あまりジャマーに覆われていない工場の外壁が映っていた。

他の画像にも同じように、上から想像するよりも軽い程度で済んだ建造物が並んでいる。

これなら簡単で良い。

ヴィダーレは地上の三人にポイントを指定し、出来るだけ壊さないように侵入しろとメッセージを発した。

それからすぐ、侵入時に舞い上がったジャマーのせいだろうか、トランスポンダからの信号が途切れ始め、二機の信号が消えた。

彼は二人を思って言う。

「帰って来い。あとで酒でも飲みに行くぞ」

それを聞いて、アリスは小さく笑みをこぼした。

 

そんな事は全く知らないレオナルドは、あくびをしながらこう思った。

暇だ。さっきから似たような風景ばっかりだ。暇だ。

周囲では舞い上がっている粉塵が、どこかからの反射光を浴びて小さく光っているばかり。

投下から二時間、特に何も起きないままだ。

機影なんてどこにも見えん。動くのは瓦礫に引っかかって風に吹かれたぼろ布くらいだ。

ああ、早く帰って酒が飲みてえなぁ……

彼は操縦桿に触れぬように注意しながら、広いコックピットで伸びをする。

別企業のだとこうはいかねぇ。NFAでよかったぜ。

それから下方に何も動くものがないか確認し、ネフティス達へとノーティスを発し、またあくびをした。

ジャンクス・スピリットでもあおりに行こうか。金はそこそこ残ってたはずだしな。

数秒ほど目を閉じた後に彼は目を開ける。

すると急にどこかからの光が彼の目に突き刺さり、彼は小さな声を上げ目を閉じた。

彼は薄目で目を慣らしながら思う。

にしてもさっきからまぶしいな。なんかでっかいガラスでも残ってんのか?

しかし周囲にそんな構造物は無しなぁ。

レオナルドは小さな違和感のようなものを感じた。

そして彼はとりあえずそのことを下の二人に伝えるべく、回線を開いた。

「ネフティス、地上はどうだ?」

ノイズにまみれた声が通信機から響いてくる。

「何も。特に見つかったものも無い。で、どうしたんだ?」

彼は不思議そうに聞く。まあ、回線を急に開いたのだから当然だろう。

レオナルドは感じたままに言う。

「なんか反射光まぶしくないか?」

すると、何かひそひそと接触回線で二人話した後、

「まあ、確かにそうだな。でもそれはグレアの設定を間違えてるだけだろう?」

と言って、そのくらいちゃんとしてくれよと続け、ネフティスは笑った。

そしてすぐ彼は回線を切り、仕事に戻ったのであった。

 

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「こちらネフティス、工場内へと侵入した」

メイは声色を変えて冗談っぽく言った。

そしてガンカメラで簡易マッピングを行い、コンテナを経由させて輸送機に転送する。

中には黄色く塗装の施された、ロボットタイプの工業機械が並んでいた。

それらは長年ジャマー環境に放置されていたと思えないほど綺麗な状態で、壊された様子も無い。

それどころかごく少数のものはまだ赤くランプが光っているようなほどである。

これはすごい。宝の山じゃないか。

ネフティスは心の中で感嘆する。これを回収できればどれだけ技術が進歩することやら。

「すごい……これは後で再探査しに来るべきだわ……」

きっと思っていることはネフティスと同じなのだろう、圧倒された様子でメイは言い、ガンカメラで撮影を始めた。

 

ネフティスは一度外に出て通信をする。

「こちらネフティス、かなり綺麗な旧時代の機械を見つけた。後で回収頼む」

声にはまだ冷め切っていない興奮が混じっていた。

するとすぐに輸送機からノーティスが返ってきた。

「了解、でも手ごろなのをいくらかは持って帰ってくれよ」

彼はすぐ、「そこらの石で良いか?」と冗談で返信し、返事を待たずに工場へと戻って行った。

 

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