迷宮都市であるオラリオやダンジョンの管理をしているギルド本部のとある応接室で、目の前にあるソファーに座ってにこやかに俺を見つめるハーフエルフの女性職員は表面上爽やかな笑顔をしているが目が全く笑っていない。
目の錯覚だろうか、彼女の背からはメラメラと激しい炎が渦巻いて見えているけどこれは気のせいなのだろうか、気のせいだと思いたい。
「ゴローさん、私が怒っている理由わかりますよね?」
ギルド職員のエイナ・チュールは有無を言わせない迫力が籠った声で俺に問いかけてくる。まぁ…エイナが怒る理由はもちろん先日のアレしかないだろう。
「…先日の
「違いますよ!!いやそれも理由の一つですけど私が一番怒っているのは!一般人の!!あなたが!!!モンスターに!!!!戦いを挑んだことですよ!!!!!」
エイナは一区切りするごとに声のトーンが大きくなって最後は鼓膜が破れるかと思うほど大声で俺を怒鳴った。
「モンスターを倒したことは百万歩譲って良しとします。実際にあなたが市街で暴れたシルバーバックを倒してくれたおかげで人的被害は一切無かったですから…ですが!どれだけあなたが強くてもあなたは冒険者ではなくただの一般人です!
俺はただエイナのお説教を大人しく聞いていることしかできなかった。エイナの言うことは全部正論だし俺も軽率な行動をしたなぁと反省している。現に俺の静かな飯の時間を脅かす存在も現れたし本当にロクなことがないんだよなぁ。
「あの時シルバーバックを倒せなかったら怪我じゃすまないことになってたかもしれないんですよ!?もし…もしゴローさんの身になにかあったら私…」
エイナの瞳から一筋の涙が流れるのを見て俺は改めて自分が安易な事をしてしまったことに対して猛烈な後悔を抱いた。
…そうだよな、俺は自分のことだけ考えて周囲の人間の気持ちを考えてなかった…。こうして俺の事を本気で心配している存在がいることを完全に失念していた。
中年近いおっさんがこんな10代の少女を泣かせるなんて酒を飲んでる冒険者達の酒の肴にもならないくらい酷い話だ。
あぁくそ、またやっちまったなぁ。今まで自由で孤独な生き方をモットーに生きてきたけどこれだけ俺の事を案じてくれる人をないがしろにするほど俺は薄情な人間じゃない。
「…すみません、エイナさん。今後は絶対に今回のように無謀なことはしません。約束しますよ」
俺は上着のポケットからハンカチを取り出してエイナに渡す。これ以上娘と言ってもいいくらい歳が離れてる少女の泣く顔を見るのは精神衛生上よろしくない。
「もう…ゴローさんは本当に心配ばかりかけるんですから…絶対に約束ですよ?」
エイナは渡したハンカチをそっと濡れた目元を拭って俺を見つめた。
「はい。絶対に約束です」
「…よかった。それを聞いて安心しました」
泣き腫らした目でそっと微笑んだエイナは俺の言葉を信用してくれたらしい。
この娘を泣かせるようなことは今後絶対しないという決意を心に深く刻み込んだ。まぁ、怒ると延々と説教されるのは勘弁してほしいという理由もある。他人から見れば実の娘に怒られる父親みたいで居心地が悪すぎるからなぁ。
俺はエイナとの話を終えてギルド本部から外に出ると凝り固まった体をほぐすように軽く背伸びをした。
外は夕方になっていてオレンジ色に染まる街をダンジョンから帰ってきた冒険者たちが沢山歩いている。
今まで自営業を営んできて組織に所属することが無かったからこのギルドで働いたことは本当に新鮮なことばかりだった。ギルド職員時代に様々な種族の職員から頼られていたせいか、
まぁ色んな差し入れを貰えたのは素直に嬉しかったな。特にミィシャがデカい鍋にアツアツのビーフシチューを持ってきて『これ手作りなんです!是非食べてください!』と押し付けられたのは辟易したけど。
ビーフシチュー…結構美味かったなぁ。特にゴロゴロとデカくブツ切りにした牛肉の味が忘れられない。
…シチューの事を思い出してたら急に腹が、減った…。
ポン ポン ポン
「…店を探そう」
今日は疲れたし、北西メインストリートで何か美味い飯を探すか。
「ようやく出てきてわね」
ギルド本部から出たゴローをファミリアの本拠地であるバベル最上階のフロアから観察していたフレイヤはこれから始める大胆な行動に胸を高鳴らせながら後ろに控えている筋骨隆々の男、オラリオで唯一のレベル7であのアイズをも凌駕する力を持つ『フレイヤファミリア』の団長である
「私は彼の元に行くわ。あなたもついてきてちょうだい」
「はっ」
オッタルは側近のような存在で常日頃から身の回りの世話をするなどフレイヤにとってファミリアの中でもトップクラスでお気に入りの存在だ。
「ああ、本当に楽しみだわ。これから彼は私のモノになるんだもの。誰にも渡さないわ…それを全ての神々に分からせましょう」
「仰せのままに」
オッタルは当初フレイヤの大胆不敵な計画に驚いたものの、反対などは一切しない。オッタルにとって主神の言葉は絶対であり、例え自害しろと命令されても喜んで実行するほどの忠誠心を持つ冒険者だ。
「さぁ…行きましょう。彼の全ては私が頂くわ」
俺は一瞬誰かにじっと見られているような気がして辺りを見渡した。
大通りには数多くの冒険者が闊歩していて早くも様々な酒場からのんべえ達の陽気な声などが沢山聞こえてくる。
「…気のせいか」
多分エイナの件で疲れているんだろう。普通に考えて俺みたいなおっさんを見つめる酔狂な人間なんていないに決まっている。早く飯を食って体力を回復させなければ。
俺は北西メインストリートにある数多の飲食店、酒場を物色した。ビーフシチューのことを思い出していたらシチュー系が食べたくなってきた…それにパンを組み合わせたら完璧だ。
最近酒場で飯を食ってばかりだから、今回はちゃんと下戸でも堂々と入れる普通の定食屋にしたいな。日本と違ってこの異世界の酒場では冒険者たちの騒ぎ声が半端なくうるさいし卑猥な話も平然と大声で話すもんだかあまり利用はしたくないんだよなぁ。
酒が飲めない同士が集まる普通の定食屋で静かに飯を食べる…うんうん、理想の食事だ。
「ん?」
俺はある店の前に立ち止まり店名が書いてある看板に目が釘付けになった。
「『薬膳料理専門店
建物全体が汚れが一切無い白色に統一されててすごく清潔感が漂ってるなぁ…ん?隣の建物も白色一色だな…よく見ると『ディアンケヒト・ファミリア』のエンブレムが扉の上に掲げられている。
そうだ、思い出した。確か医療系ファミリアとして有名だったよな。色んな回復薬を売っていてオラリオの中でも最高峰の
しかも最近医療だけじゃなくて薬膳料理屋も経営しているとこの間お得意先のロキに聞いたことがあったが、ここだったか。
…よし、今の俺に必要なのは飯という薬だ。ここでガッツリ食べて疲れた体を癒そうじゃないか。
店内に入ると外と同じ真っ白な色だけで染められた壁だけでなく、テーブルや椅子までも白色という徹底した統一ぶりだ。なんだか病院の食堂にいるような気分になるなぁ。
「いらっしゃいませ。御一人様でしょうか?」
エプロンやスカート、シャツまでも白色に揃えたコーデの女性店員はにこやかに問いかけてきた。
医療系のファミリアとはいえここまでして徹底的に白色にする必要はあるのだろうか。なんだか目がチカチカしてくる…。
「はい、一人です」
「それではこちらのカウンター席へどうぞ」
案内されたカウンター席に座ると俺にメニュー表を渡し、「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言い残し厨房へと消えていった。
俺はメニュー表を開いてどんな料理があるのか確認した。…うーん、ものの見事に聞いたこともない食材を使った料理名がズラリと並んでいた。
『
しばらく見慣れない料理名を眺めていたが最後のページに『オススメメニュー』と書かれた料理を見つけた。
「『
いかん、訳の分からん食材ばかりで全く注文が決まらない。薬膳料理専門と書いていたから薬草を使っているんだろうが…。
ええい、ここでいくら迷っても仕方ない。料理選びの迷宮に迷い込む前に決めちまうのが得策だ。この料理に決めたぞ。
「すいません、この『
俺は女性店員を呼び、注文を済ませると店内を改めて見渡した。
満席ではないが冒険者や一般市民がテーブルやカウンターに座っていて薬膳料理を堪能していた。
そういえば昔、助骨が折れて入院した時に病院食を食べたことがあるがどれも味が薄かったし量も少なかったからとても俺の腹を満足させれるものじゃなかったなぁ…もしあの時と同じような料理が出てきたら別の店で腹をパンクさせて帰ろう。
隣に座っている青年の冒険者の料理を盗み見ると俺の想像していた毒々しい色合いの料理とはかけ離れた香ばしい匂いを放つ綺麗な緑色のカレーのような料理を美味そうに食べている。
ほう、これはかなり期待ができるぞ。それに厨房からも俺の胃を刺激する良い匂いが漂ってきている。早く来ないかな…。
「お待たせしました。『
女性店員が次々に注文した料理を並べる。
おお…きたきた、きましたよ。しかも色合いがすごく綺麗じゃないか。やっぱりこの店絶対当たりだ。確信できる。
うーん、普通のホワイトシチューよりも更に白いな。本当に新雪のような純白だぞ。…しかし、
「あのぉ、すいません、この
「はい、
ははは…骨折を治す効果があるのか。もうあんな息が出来なくなるほどの痛みを味わうのは嫌だがこうして普通に食べるだけなら大歓迎だ。
どれ、まずは一口食べてみるか。
…うん、おお、なんというか…美味い、普通に美味い。
日本で食べてきたホワイトシチューよりも濃い味がする、すごい濃厚だ。これが
そして、セットで頼んだサラダもどんな味がするのか…
『
名前通りの色してるなぁ。見た目はローリエみたいな形をしてる…色彩的には最高なんだが。
トマトと一緒に食べてみるか。…うんうん、シャキシャキっとした食感にトマトが合ってる。シチューを食べてる間の箸休めにはちょうどいい爽やかさだ。
そういやシチューにパンを浸して食べるとまた美味いんだよな。このパンは…すごいなこりゃあ。少し緑色がかっているからこれにも薬草が練りこんであるんだろう。
これをシチューに浸けて食べると…あぁ、パンに染みこんで美味さ倍増。この組み合わせもまた安心安定のタッグだ。
薬膳料理といえばすこし苦みがあってあまり美味しいイメージがないイメージがあったけど、その認識は改めなきゃな。俺にとって空腹は最大の病で処方箋は料理で満腹になったら完治する、正に食べる薬だ。
カラン カラン
美味い飯に舌鼓を打っていると出入り口のドアに取り付けてあるベルの綺麗な音色が響き、扉が開く音がした。
「お、おいアレって…」
「な、なんでこんなとこに!?」
周りで冒険者達が来店して来た人物に驚き騒めいている。なんだ…?
俺は気になって出入り口の方をチラリと見た。そこにはロキファミリアと並ぶオラリオ最強の派閥『フレイヤファミリア』の団長オッタルとその主神フレイヤが悠然と立っていた。
今まで私は神をも羨む美貌で欲しいモノを魅了し、私の所有物にしてきた。
わかっている、欲しいと思ったら私の手元に置かないと絶対に気が済まないし誰かが横取りしようとするなら怒りが頭を支配して必ず潰してきた。この行為は正に子供…欲しい玩具が手に入らないと癇癪を起こす幼子と一緒であることなんて。
でも仕方ないわ、それが私なんだもの。欲しいモノは絶対に手に入れたいし自分の欲望に忠実なの。
ロキには悪いけど…この子、貰っていくわね。
周りの子供達や神々が私に見惚れている中、私は彼の元に向かって歩き出した。
ああ、やっぱり食べている姿は何回見ても可愛いわ。この子の食事をしている時の魂はより一層輝きを増すのを眺めているともっと自分だけのモノにしたいって思ってしまうわ。
だから、『この子は私だけのモノ』という認識を神々や他の子供たちに知らしめる必要がある。だからこうして堂々と店の中で彼を魅了する必要があるわ。
私はすぐ傍まで接近して彼の顔を見る。
「あの、私に何か用ですか…?」
彼は驚いた顔で私を見ている。ふふ、そんな顔も可愛いわね…。
私はそっと手を彼の頬に添えてこの愛しい子を優しく見つめた。
普段なら時々ちょっかいをかけて反応を楽しんでから徐々に追い詰めて自分のモノにするんだけど、今回だけはそんな回りくどいことはしない。生まれたての小鹿のように弱い子を成長するのを見守るのは好きだけどこの子はもう成熟した果実のようなもの…もう収穫の時期なのよ。
さぁ、その甘い果実をゆっくりじっくり味わせて…?
「ちょっと…なんですか、やめてくれませんか」
彼は私の手を払いのけると訝しげに私を見た。
え…?どういうこと…?私の『魅了』が効いていない…?
なんで?神でさえ抗えない私の美貌が下界の子供に効かないはずがないにどういうこと…?
私はこれが嘘なのではないかと一瞬思ったけど、確かに私の美しさを彼に魅せたはずなのに平然としているのを見て現実なのだと認識した瞬間、私の心の中から怒りという味わったことのない感情が溢れだした。
「あの、食事の途中なんで…もういいですか?」
彼はもう私に関心が無くなったかのようでカウンターに置いてある定食らしき食べ物を再び食べ始めた。
…気に入らない、気に入らない気に入らない!私がこれだけ想っているのになぜあなたは私のモノにならないの!?これまで私は欲しいと思ったら全て手に入れてきた!それなのに!なぜ、あなたは思い通りに私のモノにできないの!?
「…まだ話は終わってないわ」
私は自分でも驚くくらい店内に響き渡る声で彼に問い詰めた。
「私は美の女神フレイヤよ、欲しいモノはいつも私の美しさに惹かれて自ら私を求めたわ。でも!なぜあなたは私の思い描いた通りにならないの!?」
「…あの、本当になんなんですか一体。話ってなんですか?」
彼は心底困った顔をして振り返り私の顔を見た。
ふと周りを見ると店内にいる冒険者たちが呆気にとられて私を見てるのに気づき、ハッと我に返り少し冷静になろうと極めて穏やかな口調で彼に問いかけた。
「…私は今まであなたの行動を見させてもらったわ。今まで見たことのない透き通った魂を見て私はあなたの事が気になって仕方ないの。食事をしている時にそれはより輝いていたわ。綺麗だった…私は見たいの。あなたが見せる全ての感情、表情を私だけに見せてほしいの。私なら今まで味わったことのない未知の料理をあなたにあげることが出来るわ。だから…私のファミリアに入りなさい」
「……」
彼は私の発言に少し驚いた後、顔をしかめて私の顔を見つめた。
「…食事をしている途中にいきなり話しかけてきて、いきなりファミリアの勧誘ですか…。残念ですがお断りします」
「…理由を聞いていいかしら?」
「ファミリアなんてものに所属したら余計なものを背負い込んで人生が重くなりますから…それに食事を特定の誰かにお世話をしてもらうなんて私にとって苦痛ですよ」
「…分からないわ。この世界中にあるあなたが知らない料理を沢山用意して味わうことが出来るのよ?私にはそれが出来るわ。それにあなたが望むならいくらでも…」
「あなたは何もわかっていない」
私の言葉を遮って彼は濁りの無い強い意志を持った瞳をまっすぐ私に向けた。
「一人で孤独に自由に飯を求めて好きな料理や初めての料理を食べる…これが私にとって癒しで自分勝手になれる唯一の至福なんですよ。他人に要求して簡単に出てくる料理なんて食べたくありません。自分の意志で行動して美味しい飯を求めるのがいいんですよ」
私は彼の瞳の中に揺るがない一つの想いがあることに気付いた。それは彼の魂が宝石のように輝いている本当の理由であり、彼が何故あんなに純粋な表情を見せるのか理解できた。
「貴様…自分が何を言っているか理解しているのか?」
オッタルが怒気を孕んだ声で彼を睨みつける。私の勧誘を拒否したことに怒りを感じているのだろう。
「オッタル、帰るわよ」
私はオッタルを手で制して彼に背を向けてドアへ向けて歩き始めた。
「…分かったわ。残念だけど諦めるわ、
今まで私の『魅了』が効かなかったのは彼が初めて。それだけでも驚愕だったのに彼の信念、想いを知ることが出来たのは大きな収穫だ。
「…ふふ」
こんなに私の計画通りにならないのは初めてだわ…今回は失敗したけど次は必ず成功せさせるわ。
彼が私にだけ見せるあの想い、感情、表情全てを手に入れるまで私は諦めないわよ。
私をこんな本気にさせるなんて彼が初めて。
あなたのその全てを私にちょうだい?
ゴローのチート設定完全にいらなかった…今更書き直すのもなぁ…