流石のエンリ将軍も少しお疲れ?
それともホームシック?
まだ年若き少女なのだから仕方がないでしょうけど、今は戦時中。
でっかいハムスターをもふもふすることで癒されるしかありませんねぇ。
ふふ、流石は漆黒の英雄モモン様。
この効果を見込んで同行させたのですね。
はい、分かっております。そんなつもりはなかった……と。
ではそのように――。
「おっ、将軍殿! 会議は終わったでござるか?」
「あ、はい。ちょうど今終わったところです。ハムスケさんは何を」
今回大活躍だった森の賢王ことハムスケ。尻尾に装着した斧槍で切り裂いたビーストマンの命は何千になるのか? とても数えきれるものではないだろう。
それほどの激闘を駆け抜けたのだから、今頃はンフィー同様ぐっすり眠っているのでは? なんて思っていたけど……。
エンリは賢王の真っ赤な口元を見て大きく目を見開いてしまう。
「それがしは食事をしていたでござるよ。っと言いたいところでござるが、シャルティア殿から貰ったビーストマン五匹程度では足りなかったでござるな。腹八分目でござる」
「あ、ああ、え~っと、そうですか……うん、それなら一緒に行きましょう。私もご飯を食べに行くところだったんです」
行動を共にし、仲良くなっていたからこそ忘れ気味だったのだが、ハムスケは伝説に名を残すほどの大魔獣なのだ。トブの大森林にいた頃も、縄張りに入ってきた亜人や冒険者を喰らっていたらしい。
故にビーストマンを食べるなんて今更過ぎて、驚くのはエンリぐらいだろう。
まぁそんなエンリの思考も一瞬で切り替わる。
「でもその前に、口元を
「おお、かたじけないでござる。エ・ランテルではナーベ殿がブラシをかけてくれていたがゆえに、自分で毛繕いをする習慣が薄れていたようでござるな」
どうやら伝説の魔獣も“美姫”の前では大人しいペットであるようだ。
しかし……あの美しくも苛烈なアダマンタイト級冒険者が魔獣にブラシをかけているとは、これにはエンリもビックリである。
「ひゃ~、ナーちゃんがそんなことを? こりゃ~、からかうネタが手に入ったっす。うっひっひ」
エンリが振り返れば、そこには忍び寄っていたらしいイタズラ顔のルプスレギナ。
突然背後から現れるのは慣れっこなので、エンリとしても苦言を口にするつもりはない――とはいえ、ちょっとだけ気になる点があった。
「あれ? ルプスレギナさんってナーベさんとお知り合いなんですか? それも『ナーちゃん』なんて随分親しげで……」
「ん? あ~、まだ言ってなかったっすね。いや~、もうバラしてもイイと思うっすけど、え~、そうっすね。ナーちゃんとはエ・ランテルで知り合って仲良くなったっす。マブダチっすよ」
「へ~、強くて美しい人同士って惹かれあうものなんですかねぇ。(あっ、そういえば以前ナーベさんにお礼を言われたことがあったけど、アレってルプスレギナさんを褒めたから? うわ~、お互いに大好きなんだなぁ。イイなぁ。私もそんな友達欲しいな~)」
エンリにも友達がいないわけではない。
都会にはンフィーレア、村には同じ年頃の女の子が何人かいた――騎士に襲撃を受ける前までは……。
だけど幾度も戦いに巻き込まれ、ゴブリンたちを召喚し、村を再建しようとしていた頃になると、誰もがエンリから一歩引くようになってしまった。
避けられているわけではない。
嫌われているわけでもない。
ただ、対等の友達にはなれない、親友にはなれない。
「ンフィーが女の子だったら親友になれたのかなぁ?(いやでも、それだと一生独り身になっちゃう可能性が……。う~ん、どこかに私と同じような境遇の女の子がいないものかなぁ)」
「しょ、将軍殿にはそのような趣味が? 申し訳ないでござるが、それがしは雄と
「私もパスっす。男胸さんと違って女同士で乳繰り合う趣味は持ってないっすよ~」
あれ? っとエンリは首を傾げてしまう。
いつの間にやら自分が変な性的嗜好の持ち主になってしまった。思わず首をブンブンと横に振って否定をアピールする。
「ち、ちがいますよ! 私はただ、ルプスレギナさんとナーベさんみたいな関係を他の誰かと築けたらなぁって思っただけです。変な意味じゃないですよ、友達としてです、トモダチ!」
「なんと、さようでござったか。……ならばそれがしが友達になるでござるよ。すでに戦場を共に駆け抜けた戦友なのでござるから、なんの問題もないでござろう?」
「うひひ、なら私も友達っすね。でも寝所へ連れ込むのは止めてほしいっすよ~。ンフィー君に嫉妬されちゃうっす~」
「もぉ! そんなこと、し・ま・せ・ん!」
少し怒ったフリをしながらもエンリは察していた。
二人(一匹と一人だが)は自分を慰めてくれたのだろうと。本当の親友になれるとは思っていないながらも、気を遣ってくれたということだ。
伝説の魔獣と友達なんて、ゴウン様に仕える絶世の美女にして強大な力を持つ信仰系
それでもエンリは嬉しい。
戦場において、優しい言葉は今から食べに行く徹夜明けの朝食より心を癒してくれるものなのだから。
「あぁ、そういえばハムスケさん。“死の宝珠”さんにお礼を伝えてくださいますか? スケルトンの召喚、非常に助かりました、と」
「かしこまったでござ――うるさいでござるよ! 分かったでござる! ちゃんと話すから静かにするでござるよ!」
ハムスケが明後日の方向を向いて独り言を放つ……なんて行為には、エンリも最初「ギョ」っとしたものだが、今となっては見慣れたものだ。
恐らく口の中の“死の宝珠”と話しているのだろう。
接触した者にしか意思を伝えられない“死の宝珠”の特性なのだから仕方がない。
「将軍殿、石ころのヤツはンフィーレア殿のことをたいそう気に入ったみたいでござるよ。あの方ほど自分の能力を引き出した者はいない、なんて言っているでござる。また機会があればお願いしたいそうでござるよ」
「はぁ、それはこちらとしてもお願いしたいところですが……。(うぅ~ん、“死の宝珠”さんの力を借りる機会なんて無いほうが嬉しいなぁ。それに“漆黒の英雄モモン様”にも許可を貰わないといけないし……。あ~でも、“モモン様”にはハムスケさんを派遣してくれたお礼も言いたいから、一度会いに行くべきかも?)」
変な宝珠に好かれた恋人のことは放っておいて、エンリは“漆黒の英雄”を幻視する。
過去に何度か擦れ違った黒い
エ・ランテルの検問所で助けてくれた優しき英雄。
ンフィーの関係者だから手を差し伸べてくれたのだろうけど、やはり一度面と向かって話をするべきだろう。カルネ村の現状についても知っておいてもらった方が良いかと思う。
ゴウン様が統治しているとはいえ、冒険者は元々亜人を狩っていた戦闘集団なのだ。何かの事故でカルネ村のゴブリンたちと殺し合ってもらっては大変困る、というか絶対止めてほしい。
「なにしてるっすか~? 早く行かないと食べるもん無くなるっすよ~」
「は、はーい、今行きまーす。さっ、ハムスケさん。先に井戸へ寄って口元を綺麗にしましょうね」
「了解でござるよ、将軍殿!」
エンリは友達となったルプスレギナの声に応え、これまた友達となった大魔獣を引き連れる。
無論、友達なんて見せかけに過ぎない。
それでもいつかは対等な立場にまで伸し上がり、本当の友達として女子会でも開いてみたいものである。
エンリは魔力の籠った指輪を外して久しぶりの空腹感を取り戻すと、晴れやかな笑顔で――ビーストマンの血と死臭に満ちた街中を歩き進むのであった。
◆
そこは神々ですら覗き見ることの許されない秘匿の間。
「ふむ、今回は上手くいったようだな」
「はい、
「ですが、我々の想定より効率が悪いようです。ザコとはいえ、あれほど消費すればかなりレベルアップするはずでしたが……。これは少し厄介かもしれません」
「ン? ドウイウ意味ダ?」
「手っ取り早く強化できないってことでしょ? ハムスケみたいな魔獣を捕まえてきて
「そ、そうだよね。あまり弱過ぎると一瞬で殺されちゃうもんね」
「気にする必要はないと思いんすよ。あの程度の獣でビーストマンを圧倒できるでありんすから、先兵としては充分でありんしょう。手に負えない敵が出てきた場合は、私が蹴散らしんすから問題ありんせん」
「イヤ、ソコハ私ノ出番ダロウ。一番槍ハイタダク!」
「手に負えない場合、って言ってるのに一番槍って……。まぁでも、その場合は私が最適かもね~。ハムスケみたいな魔獣なら強化できるし、弓で後方支援もできるし」
「お、お姉ちゃん、それなら僕だって……」
「はいはい、静かに。今はペットのレベリングについて実験中なのよ。各々の威勢を競う場ではないのだから自重しなさい。まったく、『第一夫人』である私を見習ったらどうなの? 『妻』としての風格漂うわたくしを見習って、愛する人の心中を察する『奥方』としての気構えを学ぶとイイわ。この私からっ!」
「……(この大口ゴリラは何を言っているでありんす?)」
「……(さぁ、なんだかすっごく嬉しそうだけど)」
「……(妻ってことをアピールしたいんじゃないかな? お姉ちゃん)」
「……(ウムム、御子息懐妊ノコトナラ大変喜バシイノダガ)」
「やれやれ、話を戻しますよ。今回、ハムスケのレベルは思ったより上昇しませんでした。これはレベルアップに必要な経験値が、想定を超えて多く必要だということ。又は成長限界が近く、多量の経験値を得てもレベルアップし難いということ。さらには経験値そのものを完全に吸収できていない可能性、などが考えられるわけですが……」
「今のところはそんなものだな。後はまぁ一つ一つ検証していけばよい。それでとりあえずはハムスケとエンリ、そしてンフィーレアを限界までレベルアップさせてみるとしよう。それで成長限界も分かるし、必要な経験値の目安も判るだろう。もっとも全ては才能による個体差だと思うがな。ダメな奴はどんなに経験値を得ても成長しないのだろう。ふふ、神の前では全てが平等……なんて大嘘にもほどがある」
「仕方ありませんわ。優れた者が『第一夫人』になるのは当然のことです。神々がひれ伏す偉大な御方の傍には、胸が大きくて美しくも賢い『良妻』が必要不可欠なのです!」
「嫉妬深い、の間違いでありんしょう?」
「私だってあと百年もすればボーンなんだからっ、ボーン!」
「お、お姉ちゃん……」
「御子息誕生ニ邁進シテクレルナラ、誰デモ大歓迎ナノダガ……」
「困ったものですねぇ、統括殿はここ最近浮かれ過ぎですよ。各階層の見回りとか言いながら私の部下を捕まえて、『王妃様』と連呼させるのは止めてもらいたいのですがね」
「ちょっと待って! 私にばかり文句を言うのはおかしいでしょ?! そこのヤツメウナギも同じことを第六階層でやっていたはずよ!」
「このっ、ビッチホルスタインがぁ」
「そ、そういえばピニスンが『助けて~』って逃げ回っていたけど……。ねっ、お姉ちゃん」
「あれってアンタが追いかけ回していたの? もぉ、いい加減にしてよね」
「ち、違うでありんす! 私はマンドラゴラに言葉を教えていただけでいんす! 近くで働いているピニスンに協力してもらいんして、ちょっと連日朝から晩まで囁いてもらっただけでありんすよ! それでマンドラゴラが『シャルティア王妃様万歳』と叫んで行進しんしょうが、フカコウリョクでありんす!!」
(何やってんだか……。でもなぁ、王妃に指名した件をそれだけ喜んでいるのだとしたら注意するのも気が引けるしなぁ。う~ん、それにしてもマンドラゴラに言葉を、って何のことだろ? 植物にも言語ってあるのだろうか? いや、ピニスンだって喋れるのだから普通のことなのかも? まぁ、今度第六階層の果樹園でも覘きにいって聴いてみるとしようかな)
後日、骸骨魔王様は大量のマンドラゴラを栽培している大きな畑を訪れ、「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」と叫ぶタイプ、「アルベド王妃様万歳!」と叫ぶタイプ、そして「シャルティア王妃様万歳!」と叫びながら行進する小さな人型植物を鑑賞することとなった。
ピニスンは隣でぐったりしている……ヘロヘロさんみたいに。
後で何か、栄養価の高い肥料でも差し入れするとしよう。
それに休養も必要だ。
ナザリックはホワイト企業を目指しているのだから、無理な労働なんて許してはいけないのである。
もっとも、現在遠征中のゴブリン軍団は二十四時間勤務の無休状態なのだが……。
早い段階での業務改善が求められる。
ナザリック勢が羨むゴブリン軍団のブラックぶり。
二十四時間
休日も無いから
命令最高!
任務最高!
どんなに小さな作業でも命を懸けてやり遂げる!
我ら忠実なるゴブリン軍団!
最高の