覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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ビーストマンとの最終決戦。
だけどゴブリン軍団が強過ぎるから盛り上がらないよね~。

ってなわけでケンタウロス型ゴーレムの登場~。
これで少しはイイ勝負になるかな?

まぁエンリ将軍の勝利は揺るがないだろう……けど。



第19話 「私の戦争だっ!!」

 白き煌めきを放ちながら地を駆けるは、白銀の狼に騎乗するゴブリン聖騎士団。目指すはビーストマンの根城である神殿遺跡――いや、神殿入口で待ち構えている二体の動像(ゴーレム)と言った方が適切であろうか?

 聖騎士団は左右に大きく広がりながら自身の姿を目立たせるかのように蛇行し、動像(ゴーレム)へ近付く。

 

「さあ、かかってこい!」

動像(ゴーレム)ってことはバレてるぞ!」

「来ないならこっちから行くぞっ!」

「ちっ、黙ったままというなら無理やり動かしてやる!!」

 

 囮として誘導する役目を負っていた聖騎士団は、動像(ゴーレム)に近付いては全力離脱するという挑発を繰り返していたのだが、どうにも反応が悪い。

 これではエンリ将軍が待つ自陣へと誘き出すことができない、そんな焦りにも似た感情を零す聖騎士の一人は、動像(ゴーレム)の馬足を力任せに斬りつけていた。

 

「これでどうだっ!」

 

 ――ギギィ……ゴゴゴゴゴォォォ――

 

 正解を引き当てたのかどうかは分からないが、人馬型の動像(ゴーレム)は二体同時にその巨体を震わせる。全身に魔力が湧き立ち、動くはずのない石の関節部分が異常音とともに曲がり始めた。

 全長十五メートルの人馬型動像(ゴーレム)

 久しぶりの起動ゆえだろうか? その動像(ゴーレム)は、足下に絡みついた植物を引き千切りながら、矮小なゴブリンを踏み潰さんとする一歩を轟音とともに大地へ刻む。

 

「よし、距離をとって牽制しろ!」

「石剣の間合いに入るな! 潰されるぞ!!」

「馬足にも注意を払え! 蹴られたらミンチだ!」

「こっちへこい! 人馬野郎!」

 

 聖騎士団はバラバラに散らばり、各自適当な特攻を繰り返しているように見せながらも、二体の動像(ゴーレム)を一定の方向へと誘導していた。

 向かう先は、神殿からさほど遠くない草原地帯に作られた簡易陣地。

 エンリ将軍が待つ反攻拠点である。

 

「エンリ将軍、誘導成功ですぞ。動像(ゴーレム)は二体とも此方へ向かってきております。ですが」

 

「はい、片方が少し遅れ気味ですね。これでは二体同時に仕留めることは不可能でしょう。仕方ありません、後ろの一体は正面から叩き潰します。大丈夫、二体同時に相手しなければ問題ありませんよ」

 

「はは、エンリも頼もしくなったね。あんな巨体が迫ってくるのを見て大丈夫なんて……」

 

「あひゃひゃ、逆にンフィー君はヒョロっちぃままっすね~。もうちょっと頼りがいのある男にならないと、エンちゃんを支えられないっすよ~」

 

「ああ……うぅ……」

 

 ルプスレギナの軽口に落ち込んでしまうインドア系薬師少年であったが、よく考えれば大地を激しく揺らしながら轟音とともに突っ込んでくる巨大な人馬動像(ゴーレム)を見て、平静を保っている方がオカシイのだ。

 普通は泡を吹いて逃げ出すだろう。

 自身の遥か上空から振り下ろされる超重量の石剣相手に、対抗できると考える馬鹿がどこにいるというのか?

 恐らく国宝で身を固めた王国戦士長であっても命を捨てる覚悟が必要だろう。まぁ、当人は既に命無き死人であるが……。

 

動像(ゴーレム)が予定の位置にきました! 軍楽隊、合図を! 長弓隊、攻撃開始! ダメージは無視です。此方側に誘導してください!」

 

「「はっ!」」

 

 エンリの指示で「ドンドコドコドコ」と太鼓の音が響き、陣地から幾本もの矢が放たれる。

 聖騎士団は太鼓に呼応するかのように敵から離れ自陣へ帰投。残された動像(ゴーレム)は矢の雨を硬い身体で弾きながら、エンリの待つゴブリン軍団陣地へと突き進んでいた。

 

「よし、誘導成功ですね。軍師さん、即時後退をっ」

 

「了解致しました。ゴブリン軍団全部隊へ、足下に注意して後退開始! ここで足を踏み外せば命は無いぞ!」

 

「はっ!!」

 

 迫りくる動像(ゴーレム)から逃れるべく、ゴブリン軍団は自陣を放棄して下がり始める。ただその動きは統率されていながらも鈍く、まるで狭い通路を大集団が通り抜けようとしているかのようであった。

 

「エ、エンリ! もうきちゃうよ! 速い!」

「大丈夫! 間に合うわ! 三、二、一! 落ちなさい動像(ゴーレム)!」

 

 最後尾にいたエンリとンフィー、そして何名かのレッドキャップスが自陣の柵を越え外へ出た瞬間、動像(ゴーレム)の馬足が入れ替わるかのように陣地を踏み――そして踏み抜いていた。

 巨体を支える筈の馬足は地中へ沈み、バランスを崩した上半身が横倒しになって地面へ打ちつけられる。

 落とし穴だ。

 ゴブリン軍団が総出で夜通し掘り続けた幾つもの大穴。それをハムスケが伐採した丸太の橋で覆い、動像(ゴーレム)に踏み抜かせたのだ。

 ゴブリンなら支えられる丸太も、さすがに十五メートルにもなる石の巨像は無理だったようだ。両前足の半ばまでもが土砂に塗れ、上半身を起こすのも困難かと思われる。

 とはいえ、時間をかければ這い出ることもできるだろう。もう一体の力を借りるという選択肢もある。邪魔が入らなければの話ではあるが……

 

「蔦網を放てぇ! 動きを押さえた後は重装甲歩兵団で攻撃! 全身バラバラにしなさい! 頭を砕く程度では駄目ですよ!」

「はっ!」

 

 蔦植物を編み込んで作られた蔦網に魔法を付与し、強靱な拘束具として動像(ゴーレム)へ投射。地面へ貼り付けた後、重装のゴブリン達が突っ込む。

 

「残りはもう一体の相手をします! レッドキャップスは接近戦で攻撃を誘いなさい! 長弓兵団は魔法兵団より魔法付与を受けた後、動像(ゴーレム)の関節部分を集中攻撃! 各隊は分散して距離をとり被害を抑制! 隙を見て、遠距離魔法攻撃で援護しなさい! ハムスケさん!」

 

「任せるでござるよ、将軍殿!」

 

 事前の通達(ごと)を再確認するかのように声へ出し、エンリはハムスケと共に駆け出す。

 落とし穴にハマった一体目の動像(ゴーレム)を大きく迂回し、遅れて到着した二体目の動像(ゴーレム)へ突進。狙うは四本の馬足だ。どれか一本でも破壊できれば圧倒的な優位を確保できるだろう。

 幸い危険な石剣は纏わりつくレッドキャップス相手に振り回され、足下に走り込んできたハムスターまで届かない。加えてこのハムスターの尻尾に備えられた斧槍は、動像(ゴーレム)の硬過ぎる身体にも十分通用するはずなのだ。

 エンリはハムスケの背にしがみ付きながら巨大な人馬動像(ゴーレム)の股を潜り、自信と共に指示を放つ。

 

「左後ろ脚です!」

「合点承知でぇーーーーござるっ!」

 

 この世の人類では絶対に受け止めきれない斧槍の一撃が、石柱とも思しき馬足を見事に切断、はしなかった。

 どのように察知したのか不明ではあるが、動像(ゴーレム)は攻撃を受ける寸前、後ろ脚を素早く引き上げて躱したのである。しかも引き上げた後ろ足で、エンリとハムスケを踏み潰そうと狙いまでつけていた。

 だが所詮は事前命令通りにしか動けない動像(ゴーレム)だ。

 ハムスケの一撃目がフェイントであり、二撃目が武技を乗せて襲い掛かってくるなんて分かるわけがない。

 

「斬撃!! でござるよ!」

 

 ――ギギギィィィンッ!!――

 

 左後ろ脚の付け根に斧槍が突き刺さるも、切断とまではいかない。

 鈍過ぎる衝突音と空を切る重量物が、エンリの背中に冷や汗をもたらす。

 

「ハムスケさん! 右に回避!!」

「おおう!」

 

 体格に似合わないほどの俊敏さでその場から飛び退くと――直後、ハムスケのいた場所は馬足で踏み抜かれていた。

 地面に大穴が空き、砂塵が舞う。

 

「けほっけほっ、ハムスケさん! あと二回は斬りつけないと駄目みたいですよ!」

「任せるでござる! それがしは今、絶好調でござるがゆえに!」

 

 ハムスケ自身薄々感付いてはいたが、エンリが騎乗していると何故か調子がイイ。

 支配下に置かれている状態でも身体能力の向上は感じていたが、将軍御自らの騎乗となると度合いが違うようだ。

 この状態なら、見上げるほどの巨大人馬動像(ゴーレム)が相手であっても、何ら気後れすることはない。

 

「もう一度フェイントをかけて同じ場所を攻撃です!」

「承知!」

 

 ハムスケは動像(ゴーレム)の右後ろ脚へ軽く斬りつけ、相手が足を上げて躱すと同時に、反対側の左脚付け根へ斬撃を放つ。

 

「体勢が崩れました! 反撃なし! もう一撃です!!」

 

 フェイントに対応できない動像(ゴーレム)の足を削ることは実に簡単なことであった。もちろん上半身の人型部分へレッドキャップスが突撃してくれているからこそ、下半身の馬部分へ専念できるという点もあるのだが……。

 やはり決められた命令しか実行できない動像(ゴーレム)は憐れなモノだ。

 何百年もの長きに渡り神殿を護ってきたのだろうけど、それをビーストマンはどうにかして利用していたのだろうけど、最後はなんともあっけない。

 ハムスケの斬撃によって石柱のように太い足は切断され、重過ぎる巨体は地面へと打ち付けられる。と同時に魔法付与の蔦網が四方から投げられ、動像(ゴーレム)は罠にかかった獣のようにもがき暴れる。

 後は作業のようなものだ。

 振り回される石剣から距離をとり、魔法兵団が爆裂魔法の雨あられ。石の身体がボロボロになったところで、レッドキャップスや聖騎士団、騎獣兵団が蹂躙する。

 

「ンフィー! トドメよ!」

「うん、任せて!」

 

 恋人に活躍の場を、というわけでもないだろうが、エンリは目についた魔法詠唱者(マジック・キャスター)へ全力攻撃を指示していた。

 

「〈魔法三重化(トリプレットマジック)電撃(ライトニング)〉!!」

 

 ンフィーは己の成長を誇示するかのように自身最高の魔法を放つ。

 三つもの電撃を同時に放つ技は、人類においても稀有なモノであるだろう。これならば動像(ゴーレム)も木端微塵――と思いきや、電撃は動像(ゴーレム)の体表面を滑るように流れていき、最後は地面に当って消えてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「ちょっとンフィー! 動像(ゴーレム)に電気系は効果が薄いって作戦会議で言われていたでしょ!?」

 

「ご、ごめん。僕の最大攻撃魔法がコレだったから……」

 

 対象が通常の動像(ゴーレム)だったのならそれなりの効果を得ただろうが、今回は相手が悪かった。あまりにデカすぎるし、僅かながらも魔法コーティングが成されていたのだ。

 既に半壊状態であるとはいえ、トドメには向かない魔法であっただろう。

 

「ひゃははは! ンフィー君ダメダメっすね~。ここは一つ私がお手本を見せ

 

 ――『下がれ』――

 

(はっ、かしこまりました)」

 

 自信満々で顔を出したかと思えば、突然背すじをピンッと伸ばして後ろへ下がる。ルプスレギナの妙な行動には、エンリも首を傾けざるを得ない。

 

「え~っとルプスレギナさん? どうか」

「エンちゃんがヤルっす! トドメはエンちゃんがヤルべきっすよ! うん、そうっす!」

「は、はぁ……」

 

 いったい何があったのかと訝しがるエンリであったが、いつまでも動像(ゴーレム)をそのままにしておくわけにもいかない。さっさと(コア)を破壊して完全なる起動停止を行わなければ、動像(ゴーレム)はいつまで経っても命令通りに動き続けるのだ。

 ただ、まともに立ち上がることさえできぬほど破壊されていながらも、モゾモゾと必死に戦おうとする姿はあまりに憐れだ。

 早く息の根を止めてあげよう、と思うぐらいに……。

 

「で、では、いきますよ!」

 

 やぁっ! という自信なさげな掛け声と素人に毛が生えた程度の剣術で、エンリは血濡れの剣を振り回し動像(ゴーレム)を解体した。

 それはまるでパンを切るかの如く軽やかで、不可思議な光景であったそうな……。力を入れ過ぎたエンリが、勢い余って地面を切り抜き一回転してしまうほどに。

 

「あわわわ、うぐぐ……。う~ん、もうちょっと剣の練習をしないとなぁ。さて、と」

 

 ンフィーに文句言っている場合じゃないよねぇ、とちょっぴり反省し、エンリは戦後処理を行うため暗殺隊を呼び集める。

 

「落とし穴に蹴落としたもう一体の動像(ゴーレム)はどうなりました? 重装甲歩兵団の被害は?」

 

「はっ、つい先ほど動像(ゴーレム)の完全停止を確認。歩兵団には軽傷が数名程度であります」

 

「私たちの方はどうです?」

 

「負傷者はレッドキャップス数名のみです。鈍重な動像(ゴーレム)相手に負傷するとは同じゴブリン軍団として申し訳なく……」

 

「なに言ってるんです? 足下にいる私に攻撃が向かないようワザと石剣を受けたのでしょう? それぐらい理解していますから大丈夫ですよ」

 

「はっ、失礼を」

 

 ゴブリン軍団の損害を確認し、エンリは深く呼吸する。

 ビーストマンの切り札と思しき動像(ゴーレム)を大した問題もなく粉砕できたのだ。これで神殿に籠るビーストマンは、打つ手なしと降伏するしかないだろう。

 もちろん降伏したところで皆殺しにする決定に変わりはない。今まで竜王国国民を好きなだけ喰らってきた獣達だ。覚悟はできていよう。

 

「では負傷者の治療と休憩を兼ねてしばらく」

「エンリ将軍! 神殿奥から何者かが出てきます! 数は一体! こちらへ歩いてくる模様です!」

 

 飛び込んできた暗殺隊の報告に、エンリはすぐさま神殿へ視線を向ける。レッドキャップスを含むゴブリン軍団も軍師の指示で戦闘態勢へと移行していた。

 

「たった一体? なんでそんな……、それにアレってビーストマンなの? なんていうか、その、すごく」

 

 女っぽい、エンリが言いたかったことは、その一言であろう。

 見るからにビーストマンより小柄で細い。まるで人間の女性であるかのように思えるが、猫のような耳に全身豹柄では、まぁ確かにビーストマンの雌なのであろう。

 だがしかし、嫉妬するほどにセクシーだ。

 腰に細身の剣を複数備えてはいても、服なんて着ていないのだから形の良い胸は露わになっているし、毛皮に覆われているとは言っても、むき出しの下半身は男性にとって目の毒である。

 

「ンフィー、悪いんだけど後ろに下がっててもらえるかな?」

 

「あ、うん。そ、そうするよ」

 

 棘を含んだ言いようになってしまったけど、それは仕方がない。相手がビーストマンとはいえ、人間に限りなく近い雌の裸体を、恋人の前に晒しておくのは嫌なのだ。

 

「エンリ将軍、攻撃を仕掛けますか?」

 

「いえ、様子を見ましょう。武装しているとはいえ、一人で向かってくるのですから交渉が目的のはずです。話ぐらいはしても良いでしょう」

 

 雌のビーストマンはゆっくりと、それでいて隙一つなく、でもなんだか楽しそうに向かってきていた。

 顔が見える距離になると、なるほど金髪美人なビーストマンである。プロポーションもレイナース並みに素晴らしく、とてもビーストマンとは思えぬ艶っぽさであった。

 エンリは、ンフィーを下げていてよかったと思わずにはいられない。

 

「そこで止まりなさいビーストマン! 話があるならその場にて語りなさい!」

 

「んー? お嬢ちゃんが総大将なのー? ゴブリンばっか連れているなんて変なヤツゥー。いったいどこから集めてきたのよぉ。特にその赤帽子なんてゴブリンの領域超えてるでしょ? マジしんじらんなーい」

 

「え、えぇ?」

 

 聞こえてきたのは女性の軽口だ。ビーストマン特有の聞き取りにくい濁声ではない。

 エンリとしては少しばかり混乱してしまう。

 

「わたしはさぁ、ビーストマンの……まぁボスみたいなことやってんだけどさ。うん、そうそう、竜王国へ攻め込んだ張本人ってやつよ。んで名前はティーヌ、よろしくね」

 

「ボスって……あなたが?」

 

「なによー、疑ってんの? 言っとくけどさ、私強いよ。まぁ、そこの赤帽子には手も足も出ないけどねー。ってか、ゴブリンのくせにこのティーヌ様より強いなんてムカつくなぁ」

 

 ボスを名乗る雌のビーストマンは腰から細長い短剣を引き抜くと、クルクルと回しながら殺気を撒き散らし始めていた。

 たった一体で、それもレッドキャップスに敵わない実力で何をしようというのか?

 エンリにはまるで分からない。

 

「エンリ将軍、我らレッドキャップスにお任せを。あの者がボスであるならこの場で仕留めてしまいましょう」

 

「そうですね。あ、あのっ、ティーヌさん! あなたに勝ち目はありません。大人しく武装を解除し、降伏してください。竜王国国民を虐殺した貴方の命を保証することはできませんけど、苦痛なく殺して差し上げますから」

 

「はぁ? なにバカ言ってんのぉ? 私がここにきたのはさぁ、大将同士の一騎打ちをするためだってーの。さっ、早くこっちきなよー。ぶっ殺してやるからさ!」

 

 全身の毛を逆立たせて、ティーヌという名のビーストマンは針のような形状の短剣をエンリへ突き出す。

 どうやら本気のようだ。

 本気で大将エンリとの一騎打ちを望んでいるようだ。

 そんな馬鹿な望みをエンリが叶えてくれると信じているのなら、余程頭のおめでたいビーストマンなのであろう。

 圧倒的優位でありながら危険な一騎打ちに身を投じるなんて、どこかの骸骨魔王様ぐらいしか行うまい。

 

「エンリ将軍、御命令を。あのような雌の獣、すぐに始末します」

 

「あ、はい。では」

「あっれー? もしかして一騎打ち断っちゃうのぉ? なにそれー、大将が腰抜けってこと? だとするとさぁ、あんたを送り込んだ魔導王ってヤツも()()()ってことになっちゃうけどぉー。それでイイのー? きゃははは」

 

 ティーヌの言葉を受け、大気がギシリと軋む。

 尋常ならざる殺気がその場を覆ったからだ。

 発信源は、いつものイタズラっぽい笑みが微塵も存在しないルプスレギナ、そしてゴミを見るような視線のエンリである。

 他のゴブリン軍団も、主を腰抜け呼ばわりされたのだから当然怒気とともに得物を構えてしまうのだが、それよりも桁違いの殺気を溢れさせるエンリに戸惑いぎみであった。

 ちなみにどこかの大墳墓では洒落にならない事態が巻き起こっており、それを鎮めるために骸骨魔王様が死ぬほど頑張ったのだが、今は余談であろう。

 

「レッドキャップス、他の者も皆下がりなさい」

「お止めください、エンリ将軍! 挑発に乗ってはなりませぬ!」

「黙りなさい!! もはや勝敗の問題ではないのよ! 魔導王陛下は私の命を救い、ネムの命を救い、カルネ村を救ってくださった大恩人! その方への暴言は死を以て償わせる! そして暴言を許してしまった私自身も命を懸けて償わなければならない! これはもう竜王国もビーストマンも関係ない! 私の戦争だっ!!」

 

 引き留めようとするゴブリン軍師やレッドキャップスを抑え、怯えて縮こまるハムスケをその場へ残し、エンリはティーヌの正面へと歩を進めた。

 血濡れの鎧がエンリの怒りを表すかのように赤く発光し、黄金のサークレットと共に眩しく輝く。

 

「あははははっ、まともに剣も扱えない素人のくせにえらそー、ゴブリンの後ろに隠れていればよかったのにねぇー。この間合いならスッといってドス! で終わりだよぉー。まぁ、あっさり終わっちゃうとつまんないからぁ、先手はとらせてあげるけどー」

 

「私を舐めているから、先手を与えてくるだろうと思っていましたよ。ですが後悔しても知りませんからね」

 

 はぁ? と首を傾げるティーヌの前で、エンリはサークレットの中央、アインズ・ウール・ゴウンの紋章へと意識を向ける。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より借り受けし黄金のサークレットよ! 我に力をっ!!」

 

 エンリの装備には、どれも特殊な力が備わっている。

 額を飾りし黄金のサークレットも例外ではない。というか、サークレットの力は他の比ではないのだ。

 アインズ自ら封じ込めた、一日に三回しか発動できない強力無比な神の魔法。

 それは〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉。

 

「がががああああぁぁぁああああ!!!!」

 

 骨がきしみ、筋肉がのたうち、皮膚が張り裂けんばかりに悲鳴を上げる。

 全身の隅々まで大魔王の魔力が満ち、髪の毛の一本一本が別の生き物かと思うように天へ浮き上がり黄金色に輝く。と同時に瞳まで金色に発光し、血濡れの鎧が放つ赤いオーラと共にエンリを包み込んでいた。

 

「なっ、なんだよそれ?!」

 

 聞いたことも見たことも、魔法か武技かも分からない。

 一人の人間が、あっという間に化け物だ。

 ティーヌにはおぼろげながらも身体強化に関する記憶がある。それは魔法であったり武技であったりするが、少なくとも能力の何割かを底上げするだけのはずだ。

 決して素人娘をビーストマン顔負けの化け物にするものではない。

 いや、現時点ではまだ人間なのだろう。

 外見的に大きな変化があったわけではない。

 だが化け物だ。

 私を殺そうとする化けモノなのだ。

 

「くそったれぇ! 〈超回避〉〈疾風走破〉〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」

 

 ティーヌは地を這うような姿勢から弾丸のように飛び出し、エンリの正面まで一息で迫る。

 

「この化けもんがぁ! てめぇの頭をぶち抜いてやる!!」

 

 突き出したスティレットは正確無比にエンリの額を捉え、勢いそのままに貫こうと

 

「なっ?!」

 

 ティーヌの刺突はバリスタの鉄矢より速くて重く、盾で受け止めたとしても弾き飛ばされるのがオチであろう。

 それなのにエンリは片手でスティレットの細い刀身を掴み、額の前で停止させていた。

 ビーストマンの腕力でもってしてもビクともせず、押し切ることも引き抜くこともできない。

 

「馬鹿がっ! これでもくらえ!!」

 

 素手で掴まれたことに対し驚愕の表情を見せながらも、ティーヌは咄嗟に奥の手を――スティレットに籠められていた電撃(ライトニング)を解き放った。

 幾重もの雷がエンリの左手から全身まで這い回り、肉と内臓を焦がそうとのた打ち回る。

 

「まだ終わりじゃないんだよぉ!」

 

 勝利を確信したティーヌはトドメとばかりに二本目のスティレットを掲げ、エンリの頭を刺し貫こうとするが、またしても刀身を掴まれて止められてしまった。

 電撃を浴びながらも必死に致命傷を守ろうとするエンリの抵抗に、ティーヌは忌々しく思いながらも笑って称える。

 

「やるじゃん素人娘! って嘘だよバ~カ! 燃えて灰になりなっ!!」

 

 スティレットから放たれた電撃を浴びているのに、また刀身を掴みやがった。ティーヌは学習しないエンリの行動をそう嘲りながら、奥の手第二弾となる火球(ファイヤーボール)を解放する。

 

「きゃはははははっ!! 超級の武装でも雑魚が着てちゃ~意味ねーんだよ! 私が使ってやるからテメェは消し炭になっちまえ!!」

 

 のた打ち回る電撃と全身を覆う業火。見るからに命あるモノが踏み入れてよい領域ではない。どこかの骸骨魔王でもなければ、生き残ることは不可能だろう。

 ただ、ティーヌはおかしな音を耳にしてしまった。

 それは電撃が大気を弾く音でも、炎が肉を焼く音でもなく、硬質なモノが砕かれる音。

 そう、オリハルコンでコーティングされたスティレットの刀身が、バラバラに砕かれる音だ。

 

「なっ? え――ぅげはっ!!」

 

 柄だけになった己の得物を自覚すると同時に、強烈な一撃が腹部を襲う。

 蹴られた、とティーヌが認識するも、骨が砕かれ内臓が破裂し、天地が分からなくなるほど地面を転がり、そして両足が動かないことまで自覚してしまった。

 辛うじて目は見えるが、そのときはもう見えない方が良かったと思ってしまう。

 ゆっくりと、そして悠然と炎の中から姿を見せたのは、傷一つ、火傷一つないエンリであった。

 

「あなたは許されない。死をもってしても許されない。ただ無残に、恐怖の中で、魔導王陛下への懺悔を口にしながら細切れの肉片となりなさい」

「ぁがっ……げひゅ、んぎぃ……」

 

 両足は動かず、声を出すこともままならず、ティーヌは地面に転がったまま、眼球だけを動かして近付いてくるエンリを見ていた。

 エンリは金色に輝く瞳で、汚いゴミを処理するかのようにビーストマンのボスを眺め、血管が浮き出た鋼のような右手拳を振り上げる。

 

「跡形もなく、念入りに潰します」

「……」

 

 ティーヌは血濡れの化け物を見ていた。

 そして同じような化け物によって胸と腹を潰された過去の恐怖を思い出す。

 

「(ああぁ、私は何をしていたんだ……? どうしてこんなことに? 私はアニキを殺せれば、ただそれだけで良かったはずなのに……)」

 

 涙と涎がティーヌの顔を覆う頃、エンリの拳が振り下ろされた。

 その回数は三十。

 肉も骨も粉微塵で、地面すら打ち砕いたエンリは、文字通り血塗れのまましばらく佇み――

 

 石化でもしたかのように、直立不動のまま地面へ倒れ込んだ。

 




はい、ビーストマンのボスが登場しました~。
いったい何者なんでしょうね~。
誰かに似ていたような気もしますけど……。
いやまさか、そもそもあの人はビーストマンじゃなかったし……。

ちなみにですけど、ナザリックの宝物殿には様々な転生アイテムがあるそうですよ。
ちょっと実験してみたいですよね~。

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