覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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竜王国の女王様は二つの形態を持つ。
ペタンとボンキュボンッ。

目的に応じて使い分けているのでしょうけど、
はたして今回は凶と出るか吉と出るか。

エンリ将軍の好みや如何に?



第6話 「東の砦へ!」

「それにしても魔法二重化なんて凄いよね、ンフィー。バリバリって雷が二つも飛んでいったもん」

「いや~、魔法砲撃隊の隊長さんが使った龍雷(ドラゴン・ライトニング)に比べるとまだまだ……」

「ンフィーの兄さん、そこはアピールするところですぜ」

「ですな、人の身にしては素晴らしい技であったと思います」

「ん〜っと龍雷(ドラゴン・ライトニング)かぁ、前にどこかで見たことがあるような……」

 

 磨かれた石の廊下をコツコツと歩き進みながら、エンリは先ほどの戦い、そして遠い昔の戦いを思い出していた。

 ンフィーレアはジュゲムの言うように優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力を見せた。それは間違いない。一般人としては最優秀な第三位階魔法、それを複数発現させたのだ。国家の宮廷へ招かれてもおかしくはない腕前であろう。

 ただ、エンリの知る本当の雷撃はもっと凄かった……はずである。魔法砲撃隊の隊長さんが使った龍雷(ドラゴン・ライトニング)よりもずっと。

 何故か記憶が曖昧になっているためハッキリとは思い出せないが、確かゴウン様が最初に見せてくれた魔法だった。

 とても大きな稲妻が、偽装騎士の一人を襲ったことだけは覚えているのだけど。

 

「此方が謁見の間でございます。……どうかなさいましたか?」

 

「へっ? い、いえ、なんでもありません」

 

 先頭を歩いていた若い騎士が、豪華な扉の前でエンリの様子を伺う。

 どうやら竜王国の女王が待つ謁見場所へと到着したようだ。これから一国の代表を前にして、魔導王陛下からの軍事支援について説明することとなる。

 とはいえ、既にビーストマンを殲滅して恩を売っているのだから、頭を下げるべきは竜王国側だろうし、エンリが下手に出る必要はない。

 それでも流石に一国の指導者に恥をかかせるわけにはいかないし、それなりの敬意は払うべきであろう。ルプスレギナは跪くことに抵抗を見せていたが、エンリはそもそも村娘だ。へりくだることに何ら忌避感はない。

 無論、限度はある。

 エンリの頭を飾っているサークレットには、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の紋章が輝いているのだから。

 

「失礼いたします。魔導国の使者、エンリ・エモット将軍を御連れ致しました」

 

 使者の来訪を告げる騎士の言葉を受け、部屋の中からは直ぐに応答があり扉が開かれる。

 ゆっくりと開く豪華な扉は威厳を示しているかのようであり、やはり身分の高い人が待っている部屋の扉はサパッと開いちゃ駄目なんだろうな~、っとエンリに妙な感想を抱かせていた。

 

「使者殿、どうぞ中へ」

 

「は、はい」

 

 よく考えれば王族という『いと貴き御方(ゴウン様を知っている身としては鼻で笑いたくなるが)』と会うのは――カルネ村へ攻め込んできた糞王子(実際には逃げる後ろ姿しか見ていないが)を除くと、初めてのような気がする。

 それなのに気後れしているような気配は、エンリ自身感じていなかった。

 少しばかり緊張しているのは、ゴウン様に恥をかかせるような振る舞いをしないだろうかと、その一点だけである。

 

 扉の先にあった部屋は、それなりに広く細長かった。

 奥に伸びた先、その到達地点には複数の人影があり、厳しい表情でエンリらを迎える。ただエンリが気になったのは大きな玉座に座っている可愛らしい存在だ。いや、玉座が大きいのではない。座っている人物が小さいのだ。

 背もたれより低い身長、生意気そうな瞳。短いスカートで足を組んでいるそのはしたない姿を見てしまうと、お姉ちゃんとしては小言を言いたくなって仕方がない。

 

「あ、あれ? さっきの女の子? どうしてここにいるの?」

 

「エンリ、もしかして竜王国の女王様って……」

 

「気付くのが遅い! だが言っておくぞ! 私のことは別に隠していないからな! お前たちが我が国について不勉強――んぎゃ!」

 

 戸惑うエンリとンフィーレアに噛みついたのは、んしょんしょっと玉座の手摺に両足をかけて仁王立ちを始めた女の子だ。

 即座に隣の貴族らしき男性にチョップされて撃沈するも、ギャーギャー文句を言っているところからすると反省はしていないのだろう。

 

「失礼いたしました。危ないところを救っていただいた恩人に御無礼を……。女王陛下は首都まで攻め込まれた絶望的な展開の中、まさか救援がくるとは思ってもいなかったようで、少し興奮気味なのです」

 

 竜王国の宰相であると名乗る男性の謝罪に対し、エンリはハッとこの場が謁見であることを思い出す。

 そして見よう見真似ながらも、片膝を突いて用意していた台詞を口にするのであった。

 

「女王陛下、拝謁賜りましてまことに光栄です。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下から竜王国への軍事支援を任された、エンリ・エモットです。私が率いるゴブリン軍団五千がビーストマンを排除しますので御安心を……。あ、あと、バハルス帝国の皇帝陛下からも支援部隊が派遣されております」

 

「う~、あ~、すまんが色々と聞きたいことがあり過ぎて頭が混乱しそうだ。人間がゴブリンを率いていることとか、その血塗れの鎧のこととか、魔導王が支援に応じてくれた理由とか……。言っておくが、この国はもう末期状態だぞ。スレイン法国からも見捨てられて、三つの都市は壊滅。現状、東と南の砦でビーストマンと戦っているが、先程の通り首都まで攻め入られる有様だ。この状況からどうしろと? エモット殿のゴブリン達が数千加わろうとも焼け石に水ではないか?」

 

 支援に喜びながらも女王の瞳には絶望しか映っていない。

 事ここに至っては美辞麗句を連ねる必要もないというのか、エンリの耳に入ってくる内容は、とても幼い子供の口から零れたモノとは思えなかった。

 全てを諦めているのか? カルネ村で偽装騎士に背中を斬られ、止めを刺される寸前だったエモット姉妹のように……。

 

「大丈夫です!」

 

 謁見の間では無礼とも思える大声で、エンリは言い切った。

 

「私のゴブリンさんたちはすっごく強いんです! ビーストマンがどれだけいても絶対負けません! 女王様、安心してください! 妹と同じくらいの歳で大変辛い想いをして――本当に頑張ったね。でも大丈夫! これからはお姉ちゃんが護ってあげる! それじゃ、行ってきます!」

 

 もはや国同士の話ではなく姉と妹のやり取りになってしまった謁見において、エンリは呆然としている女王及び宰相をその場に残し、踵を返す。

 そんなエンリに、ンフィーレアはあたふたと慌てながら、ジュゲムとレッドキャップスは(あるじ)の強い想いに涙を浮かべながら付き従う。

 このとき、エンリの脳裏にあったのは幼い子供に襲いかかるビーストマンの姿だ。

 今までは頭の片隅で、ビーストマンと竜王国とのあいだには何かしらの確執があったのではないかと想像していた。相手が獣とはいえ、国同士の争いなのだからビーストマン側にも言い分はあるだろうと……。

 エンリは国家の事情に詳しいわけでもないし、少ない情報から察することができるほど頭が良いわけでもない。だから深く考えず、食糧支援と引き換えにビーストマンを倒そうと割り切っていたのだ。

 だがもう、その考えはエンリの中に一切無い。

 血統か何かは知らないけれど、あの女王様は幼くして国のトップへ引き出され、訳も分からず必死にもがいてきたのだろう。突然村長に推挙されたエンリよりも、遥かに悲惨な状況といえる。

 ゴウン様のような支援者も無く、ビーストマンに襲われ続ける傾きかけた国家の王。

 あの女の子は、殺され続ける国民の姿を見てどれほどの苦しみを抱えていたことだろう。ネムだったら毎日のように泣きじゃくり、とても国のトップなんてやっていられない。

 それなのに、あの子は胸を張っていた。

 虚勢なのは明らかだろうけど、何とかしようと頑張っていたのだ。

 ならば姉としてやるべきことはただ一つ。

 妹が安心して暮らせるようビーストマンを叩き潰す。ただそれだけだ。

 

「ンフィー! 私、頭にきたよ! あんな幼い子を女王にしたこの国の大人たちにもだけど、大勢で襲いかかってくるビーストマンなんか絶対許さない! この戦争、全力で勝ちにいくからね!」

 

「う、うん! 僕も頑張るよ!」

 

 唯一の家族と女王様を重ね合わせたゆえの怒りなのだろう。ンフィーレアはそう納得しながらも、目の前の美しい女性を見つめる。

 黄金の蔦型サークレットを輝かせ、鮮血の鎧姿で颯爽と歩くエンリ・エモット。目を凝らせば身体から赤いオーラが漏れ出ているかのようだ。

 思わず先ほど対峙したビーストマンよりも強そうだと思ってしまう。

 そんなことを口に出せば絶対怒るだろうけど――ンフィーレアはこのとき、惚れ直したということだ。もっともその理由の一つに「勇ましい」なんてモノがあると知られたら、エンリの人食い大鬼(オーガ)にも勝る怪力が炸裂するのだろうが……。

 

 

 ◆

 

 

 エンリ一行は恐怖の視線を浴びながら、城壁の外で待つゴブリン軍団及びルプスレギナのところへ戻った。

 城壁の外ではビーストマンの死体を運搬し、離れた林近くへ埋めにいっている竜王国兵士たちの姿が見える。どうやらゴブリン軍団も運搬と埋葬を手伝おうと申し出たらしいのだが、恐縮されて――というか怖がられて逃げるように断られたらしい。

 いくら救援にきたと言っても、一目で分かる亜人部隊だ。

 竜王国女王様からの通達があったとしても、忌避感は拭えないのだろう。

 

「おっ、エンちゃん無事だったっすか? 良かったっすよ~。エンちゃんに何かあったらアインズ様に怒られてしまうっす」

 

「え? どうしてアインズ様が私なんかのことを?」

 

「いやいや、エンちゃんは大事なオモチ……じゃなくて、カルネ村の重要な存在っすからね~。竜王国がちょっかいかけてきたら私が大暴れするところだったっす。ほんと残念っす」

 

 何やらおかしな物言いに聞こえる。

 ルプスレギナは何事も無くて嬉しいのか? 何事も無かったから残念なのか? エンリには野性味ある美女の微笑みが、暴れたくてウズウズしている獰猛な獣であるかのように見えて仕方がなかった。ビーストマンなど足下にも及ばないぐらいに。

 

「エンリ将軍、首都防衛の責任者より現在の戦況について聞いてまいりましたわ。打ち合わせをしてもよろしいでしょうか?」

 

「は、はい! レイナースさん、わざわざありがとうございます」

 

 女騎士の言葉にハッと我に返るエンリは、簡易テントの中に軍師を始めとする主要なメンバーを集めるよう暗殺隊へ指示を出し、自らも足を向ける。

 そう、大事なのはこれからなのだ。

 まだ不意打ちの一戦を経験したに過ぎない。今この瞬間も、ビーストマンとの戦争は継続しているのだから……。

 エンリは「頼りになるなぁ」という想いと共にレイナースを見つめ、サボりたそうにしているルプスレギナを引っ張って天幕へと入っていった。

 

 

 

「ではまず、現在の戦況ですが……」

 

 レイナースの行動は予めエンリが指示していたモノではなく、ゴブリンたちが怖がられて兵士たちと接触できない――という現状を認識し、自発的に動いたがゆえの結果だ。

 もちろんここへくるまで何度もエンリの相談を受けていたことで、力になりたいと思っていたのかもしれないが、バハルス帝国の騎士としても役に立っておかないと、後々困ったことになるという事情があったのかもしれない。

 レイナースは一軍を率いて戦場を駆けた経験もあるのだから、エンリのサポート要員としては申し分ないだろう。同性としての利点もある。

 そこで簡易テントを張った後、守備兵を率いていた責任者と話し合い「魔導王の支援」「ゴブリン軍団」「エンリ将軍」について説明したのだ。

 その後、宰相からの指示により軍事情報が開示され、目を覆いたくなるほどの最悪な戦況であることを知ったわけだが……。

 

「はっきり言って竜王国が滅んでいない理由は『東』と『南』の砦、それだけですわ。つまるところ二つの砦のうち、どちらかが突破されたなら竜王国は終わりです。次は首都の城壁なんて数日で越えられてしまうでしょう」

 

「ほほっ、ならば二つの砦を守る兵士達は大したものですな。ビーストマンの侵攻を食い止めているのですから」

 

「そうでもないですわよ、軍師様。『南』の砦は天然の要塞で、大軍で攻めることは不可能。しかもバジリスクや毒を持った大型昆虫の巣窟を通る必要があり、ビーストマンも攻め落とす気は最初からなかったそうです。おかげで竜王国は『東』の砦防衛に全戦力を傾けることができたわけですが……。まぁ、兵士の力量ではありませんわね」

 

「と、となると問題なのは『東』の砦、なのかな?」

 

 軍議の参加は初めてなので、ンフィーレアも緊張するのだろう。

 エンリはそんな恋人の姿を微笑ましく思うものの、自身が平気な顔で簡素な地図を眺めていることには、まるで違和感を覚えていないようだ。

 

「そうです。ビーストマン最大勢力が攻め込んでいる『東』の砦。岩山に挟まれた平地が続いており、大軍が通れる要所です。この砦の陥落こそが、竜王国滅亡と同じ意味を持つことになるでしょう」

 

「わかりました。では私たちが目指すは『東』の砦ですね。えぇっとちなみにレイナースさん、砦を攻めているビーストマンの総数って分かります?」

 

「提供された情報によりますと、五万……ですわ」

 

 聞いておきながら、エンリは「ゴクリ」と唾を飲み込んでしまう。

 数万の軍勢だとは噂で聞いていたが、五万とは自身が率いるゴブリン軍団の十倍だ。当然そんな大軍勢なんて見たこともない。

 勝てるのだろうか? エンリがそう思うのも無理からぬことだろう。

 

「ほっほっほ、なんの問題もありませんな。エンリ将軍により力を引き上げられた我らゴブリン軍団。平地での合戦ならともかく、砦防衛戦ならば無理なく勝利できるでしょう。心配する必要はありませんぞ」

 

「そうっすよ、エンちゃん。私がいるっす、ンフィー君より頼りになるっすよ~」

 

「ぼ、僕だって……うん、大丈夫」

 

 何が大丈夫なんだろう? と突っ込むのは止めにして、エンリはゴブリン軍団の隊長達を観察する。

「力を引き上げる」とは、エンリが身に付けた将軍(ジェネラル)としての特殊技能(スキル)である、と説明を受けたのはだいぶ前の話だが……。ハッキリ言ってよく分かっていない。

 ルプスレギナの説明が悪いのか、エンリに理解力がないのか。ンフィーのように生まれなが(タレ)らの異能(ント)と言ってもらった方が納得しやすいのかもしれない。

 ただ、ゴブリン軍団の皆が普段より勇ましく見えるのは本当のことだ。実力も確実に上がっているのだろう。それは判る。

 

「私には戦争のやり方なんて分かりませんから皆さんを信じるだけです。では行きましょう! 東の砦へ!」

 

 頼りになる仲間たちを前にして、エンリは出発の号令を下す。

 はっきり言って強行軍であろう。

 ゴブリン軍団は長い旅路――結構快適――の果てに竜王国の首都へ辿り着くも、ビーストマン二千を軽く殲滅すると、ほんの僅かな休憩を挟むだけで次の目的地へと動き出すこととなったのだ。

 ゴブリンたちに疲労の色は見えないが、無理をしているのではないかとエンリとしても心配になる。

 しかし今は時間との勝負だ。

 死の騎士(デスナイト)の御蔭で大幅な日程短縮を成せたとはいえ、未だビーストマンは侵攻中である。

 要ともなる東の砦が落とされてしまっては、大軍相手に不利な平地での戦闘を強いられてしまうかもしれない。だからこそ急がなくてはならないのだ。今までの全てを無駄にしないためにも。

 

「エンリ将軍! 各地に早馬を走らせておいたぞ! これでゴブリンの軍勢が突然現れても驚かれることはないはずだ。前線の将軍たちにもエンリ将軍に協力するよう通達してある。そ、それと……この国を救ってくれたら何でもするぞ! 望みのままだ! だから……どうか頼む!」

 

「女王様。……ありがとうございます! 行ってまいります!」

 

 どこかのアダマンタイト級冒険者が聞いたら結構大変なことになりそうな女王の発言ながらも、エンリは城壁の上から身を乗り出して必死に懇願してくる女の子の姿に――己の妹と重ね合わせてしまうからだろうが――感動で泣きそうだった。

 決して負けられない。

 自身の敗北は、女王様を……ネムを見殺しにすることと同義だ。

 如何なる理由があろうともビーストマンは打ち滅ぼす。

 エンリは颯爽とハムスケに跨ると、異様なほどに瞳を輝かせ、全身のオーラを激流の如く噴き上げていた。恐らく無自覚の行動なのだろうが、この場にアインズ様がいたら「レベルアップ」と呟いたに違いない。

 二千余りのビーストマン、それらはエンリの糧になった、ということなのだろう。

 

「出発!!」

 

 怯えた表情の竜王国兵士たちが見つめる先で、血塗れの女将軍は魔獣に跨り指示を飛ばす。

 その姿はとても美しく、可憐で、異様なほどに血生臭そうであった。

 




エンリ・エモットはレベルが上がった!

なぁ~んて言っても、取得職業(クラス)の選択はどうするの?
ユグドラシルならコンソールを使うのでしょうけど……。

それまでの経験?
何をしていたかで自動的に決まっちゃうのかな?
だとするとエンリ将軍は、『覇王レベル1』獲得かな?

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