覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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強いのに数が多いビーストマンっておかしくね?
繁殖力が高い生物は弱いってのが普通でしょ?
恐怖公の眷属みたいに……。

あぁ、でも恐怖公の眷属は人類を滅ぼせるかもしれないから、そうでもないのかな?

う~ん、この世界、人間にちょっと厳しくね?
無理ゲーじゃん!



第8話 「私がエンリ将軍です!」

 押し寄せてくるビーストマンの雄叫びに紛れるかのように、必死に叩きつけたであろう鐘の音が響く。

 

「なっ、なんだっ?! 次はどこを破られた!」

「大隊長、鐘は後方からです!」

 

「なんだとっ?!」

 

 ボロボロの衣類を繕うかのように、次から次へと防壁を突破してくるビーストマンに即応していたが、とうとう限界が訪れたようだ。

 まさかの後方襲撃である。

 砦の後方へ回り込む細道を全て塞いだとは思っていなかったが、こんな最悪の状況で襲撃を受けるとは……。

 臨時で指揮を執ったにしては出来過ぎなほどの防衛戦も、あっけなく幕を閉じることとなってしまった。

 

「くそったれ! ここまでかっ?!」

 

 後方には、見張りとして置いていただけの見習い兵士が数名。鐘を鳴らす程度の役目しか担えまい。直ぐにビーストマンに蹂躙され、此方の戦線まで死者で埋め尽くされるだろう。もちろん、人間の死体だけで。

 しかし、大隊長が耳にしたのは後方から迫りくるビーストマンの唸り声ではなかった。

 それは静かで低く、神官が口にする神託であるかのよう。

 

『聞くがよい、愚かな兵士どもよ』

『慈悲深き、我らが(あるじ)の言葉を聞くがよい』

『指揮官は誰か? 前へ出よ』

 

 一方的で高圧的。まるで相手が取るに足らない羽虫であるかのような物言いだ。

 大隊長は響いてくる複数の音源をその耳と目で捉え、本日何度目になるか分からない驚愕の感情をぶちまける。

 

「あ、亜人? ゴブリンか? いや、その体格は……。いやいや、貴様らどうやって砦の中へ侵入した?!」

 

 建物の屋根に直立し、兵士たちを見下ろす赤い帽子の亜人が八体。その体格は歴戦の戦士と見紛うばかりの鍛え抜かれたものであり、離れた場所から見上げるだけでも背すじに寒気が走るほどだ。

 

『伝える、エンリ将軍率いるゴブリン軍団が到着した』

『後方の門を開けよ』

『援軍である。愚かな貴様らにエンリ将軍が慈悲を与える』

『即座に門を開けよ』

(あるじ)を待たせるな。エンリ将軍に無礼は許さぬ』

『我らが(あるじ)の慈悲が、貴様らを照らしているうちに行動せよ』

 

「え、援軍だと? エンリ将軍? ゴブリン軍団? まさかっ、女王陛下からの通達に書かれてあった部隊か?」

 

 記憶を辿れば確かにそんな情報を受け取っていた気はするが、女王の乱心としか思えなかったがゆえに曖昧にしか覚えていない。

 とはいえ、目の前に突然現れた亜人の言葉など信用に値するはずもないのだが。

 

『なにをしている? 人間よ』

『早くエンリ将軍を迎え入れよ』

『貴様が指揮官なら、即座にエンリ将軍の下へ馳せ参じよ』

『遅れは貴様らにとって不幸しか生まぬぞ』

『愚かな……』

 

「待てっ! 知らぬ部隊を招き入れるなど、私自身がそのエンリ将軍とやらと話さねば決断できない! しかし今は左翼が崩壊しかかっていて動けないのだ! 対応が遅れればこの砦は陥落する! 分かるかっ?! 今はどうにもならないのだ!」

 

 本当なら今すぐにでも後方へ赴いて、エンリ将軍とやらに色々問いただしたいところなのだが、総指揮官が前線から離れるわけにもいかない。

 防壁の上は、もはや地獄同然なのだ。

 負傷していない者などどこにもいない。満足な睡眠も食事もとれてはいない。矢の数にも不安が募り、交代要員もどこにいるのか――と叫びたくなる状況だ。

 特に左翼は酷い。

 何体かのビーストマンに突破を許し、食い漁られた結果、限界ギリギリの防御線となってしまったのだ。

 今は状況に応じ、人員を配置し直すことで対応している。

 その対応が少しでも遅れたなら、致命的な崩壊を起こしかねないだろう。この国唯一のアダマンタイト級冒険者チームが奮闘してくれてはいるが、数万のビーストマン相手には「八欲王に立ち向かう亜人の如く」である。

 アインズ様的に言えば「運営へ仕様変更を要求するプレイヤーの如く」かもしれない。

 

『問題ない。エンリ将軍の指示により我らが手を貸そう』

『我らレッドキャップスがビーストマンを攪乱する』

『防壁に張り付く獣どもを一掃してやろう』

『エンリ将軍への拝謁を賜る時間は、我らが進呈しよう』

『感謝するがよい』

 

「何を?」と大隊長が問うまでもなく、勇壮な亜人達は答えを示した。

 身を置いていた屋根の上から瞬時にビーストマンの殺到する防壁側へ飛び立つと、耳を塞ぎたくなるような多量の悲鳴で辺りを満たしたのだ。

 悲鳴を上げていたのはビーストマン、というか肉片と化す同族を見ていた周囲のビーストマンたちであろう。

 レッドキャップスと名乗ったゴブリンは、名品とは言い難い無骨な剣や手斧を掲げると、無抵抗な食肉を切り分けるかのような手軽さでビーストマンを解体し始めたのだ。

 唖然と言う他ない。

 敵も味方も、何が起きたのかと己の目を疑うだけだ。

 ただ分かるのは、ビーストマンの死体が増え続けているという事実だけ……。バラバラでグチャグチャの肉片が撒き散らされている、そんな光景が広がり続けていることだけである。

 

「大隊長、こちらへ! 見てください! 信じられません!」

 

「なんだこれは?! たった数体で……数万のビーストマンを攪乱するだと?」

 

 八万ものビーストマンからしてみれば、切り刻まれた数など痛くも痒くもないだろうが、それでも立ち向かった者がことごとく肉片と化す惨状は恐怖そのものであろう。

 止めようとしても止まらない。

 傷一つ付けられない。

 手も足も出ない。

 たった数体の、突然現れたゴブリンのような亜人。

 防壁の上から眺めているだけの大隊長にも、ビーストマンの慌てふためきぶりは手に取るように感じられていた。

 

『何をしている? 貴様の行く先は後方だ。エンリ将軍の下へ馳せ参じよ』

 

「わ、わかった! 直ぐに向かう! だから、今しばらく頼む!」

 

 背後から聞こえる警告に、大隊長は「まだいたのかっ?」と身体をビクつかせると同時に藁をも縋る想いで支援を請う。

 そして数名の部下を引き連れ、後方の――敗走のときに使用するはずだった門まで走り出していた。

 そこにいる何者かが、この戦場における最後の希望なのだと信じて。

 

 

 ◆

 

 

「は? っえ? 貴方が、エンリ将軍……か?」

 

「あぁ、もう面倒なんだからっ。はいそうです、私がエンリ将軍です! この鎧が真っ赤なのは魔法の影響です! 乗っている魔獣は森の賢者ことハムスケさん! 率いているゴブリン軍団は約五千。私の命令に忠実で人間を襲うことはありません! それと私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の命令で動いています! 竜王国の女王様からも国内での活動を認めてもらいました! 通達っ、きてますよね!」

 

 出会う人全てから奇異な目で見られるのは慣れたものだが、毎回同じような説明を強要されるのは酷く鬱陶しい。

 エンリは目の前に現れた中年男性の困惑した表情から次に放たれるであろう疑問を察し、捲し立てるかのように答えを並べていた。

 

「あ、ああ、すまない。女王様からの通達文は読んだのだが、あまりの内容に信じられなくてな。まさかゴブリンが助けにくるなんて……」

 

「それはもうイイですからっ、早く門を開けてください。こんなことをしているあいだにも兵士の方々に犠牲が出るかもしれません!」

 

「わ、わかった――が、少し待ってくれ。やることがある」

 

 イライラしているエンリには、数名の供だけでゴブリン軍団五千の前に姿を現した大隊長の覚悟は分からない。

 そして急ぐ必要がある現状に於いて、待たなければならない理由にも思い当たらなかった。

 

「各部隊に伝令! 砦に入るゴブリン達が味方であることを伝えよ! 決して攻撃してはいかん! 冒険者たちには特に注意して伝えよ! あの者たちは反射的に剣を向けてくるかもしれん! ではいけ!」

「「はっ!!」」

 

「あ、そっか」とエンリは思わず呟いてしまう。

 ビーストマンと死闘を繰り広げている兵士たちの背後からゴブリンが姿を見せたなら、パニックになること間違いないであろう。

 味方と認識される確率は限りなく低い。

 それで攻撃を受け、ゴブリン軍団の一人でも傷付けられたら、殲滅対象がビーストマンだけではなくなってしまう。

 ルプスレギナなんか、嬉々として竜王国兵士とビーストマン両方を殺そうとするはずだ。ゴブリン軍団はそもそも、ゴウン様のアイテムから召喚された存在なのだから……。

 

(危なかったかもぉ。急いで中へ入っていたら、助けるべき竜王国を滅ぼすところだった……かな?)

 

 エンリは戦争のイロハなんて知らないし、最前線への介入なんて初体験だ。色々と間違うこともあるかもしれない。

 村娘なのだから当然と言えば当然なのだが、ゴウン様からすれば此れも想定の内なのだろう。戦場での経験を積ませることも、今回の遠征に含まれているに違いない。

 ただ、どうしてその対象がエンリなのかはエンリ自身が悩むことになる。これからもずっと。

 

「よし、門を開けよ! 全開だ! エンリ将軍、私が先導しますので後に続いてください」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 少し態度を改めて、エンリは全軍を前へ進める。

 途中、先導してくれる男性が大隊長であることや、指揮をしていた将軍が戦死したこと、そして崩されかけている防壁上での戦況について言葉が交わされた。

 エンリがゴブリン軍師と話していた想定通り、戦況は思わしくないようだ。もって後数日。本来なら指揮を執っている大隊長がエンリを出迎えられるわけもない、そんなギリギリの攻防戦が繰り広げられているとのこと。

 無論、被害状況は後陣でも如実に感じられる。

 

「うっ、これは……」

 

「申し訳ない。治療が必要な負傷兵なのですが、手当てをする兵も前線へ投入しているのです。今は負傷兵が負傷兵を手当てしなければならない状況でして」

 

 エンリの鼻を突く刺激臭は、慣れたはずの血の臭いだ。

 周囲を見れば、野晒しの負傷兵が所狭しと並べられている。満足な治療を受けられず、未だ出血を止められない半死人が彼方此方で呻き声を上げる有様だ。

 目に入ったとある兵士の傷口は、獣が噛み千切ったかのように抉られており、とても助かりそうにない。

 これが戦争。

 エンリは自身が経験した虐殺、襲撃、反乱とはまた違った大規模な殺し合いを前にして、死臭の混じる濃厚な空気を深く吸い込み――そして吐き出していた。

 

「ゴブリン医療団は負傷兵の手当てを行ってください。ただし治癒魔法は最低限の使用とすること! 今回の戦いは長期戦が予想されます。余力は残しておいてください。レイナースさんは食事の用意をお願いします。皆さん、満足な食事もできていないみたいですから」

 

「かしこまりました、エンリ将軍」

「よろしいんですの? 私が運んできた物資は、エンリ将軍とゴブリン軍団の支援に用いられるべきモノ。竜王国の兵士に与えるのは……」

 

「構いません。私たちは勝利だけが目的ではないのです。魔導王陛下の慈悲により竜王国が助かるという事実が必要なのです。ですから私たちは救世主の如く振る舞うのです。ゴウン様が私たちを助けてくれたときのように!」

 

 レイナースの発言に「うん、確かにそうかも」とは思うエンリであったが、屍ばかりの焼野原を見せられてもゴウン様は面白くないはずだ。

 アンデッドとはいえ、カルネ村を助けてくれる優しき御方なのだから方向性としては間違っていないはず、と思いつつも、エンリはこっそりルプスレギナを見てしまう。

 

「ん? なんすかエンちゃん。砦に着いたからって、こんな時間から相手するのは勘弁すよ」

「なっ、なんの相手ですか?! 変なこと言わないでください!」

 

 相変わらずというか、時折ビーストマンの雄叫びが聞こえてくる最前線の砦でも、ルプスレギナはいたずらっ子の笑顔を保ったままであった。

 物資流用については特に関心もないようで、エンリに釘を刺すようなこともない。

 何か含むところがあるのかないのか。

 もしかするとエンリに与えた支援物資などは、記憶の片隅にも残らない程度の些末なモノなのかもしれない。

 

「おっほん! そんなことより、防壁の上に魔法兵団を配置してデッカイ一撃を与えますよ! 軍師さん、配置をお願いします。それと軍楽隊の皆さん、巻き込まれないようレッドキャップスを呼び戻してください」

 

「はっ!」

「直ちにっ」

 

 エンリの指示を皮切りに、軍楽隊から規則正しい太鼓の打音と、戦場の空気を切り裂くラッパの音が鳴り響く。

 東の砦こと『エリュシナンデ』の兵士たちは、先に知らされたゴブリン軍団の通知にも困惑していたのだが、目の前で規律正しく動き出すゴブリンの一団に開いた口が塞がらない。

 ビーストマンの群れに飛び込んでいった赤い帽子のゴブリンに目を奪われていたら、後方からは屈強な重装備のゴブリン兵団が姿を見せたのだから、一兵士としては混乱するのも仕方がないだろう。

 手を出すなと指示されていても、身に付けた武器を構え直したくなる。

 

「落ち着け! このゴブリンたちは味方だ! 援軍だ! 只今より防壁の上に展開してもらい共同でビーストマン撃退にあたる。お前たち! 間違っても攻撃するなよ!」

 

 兵士たちの眼に怯えと戸惑いを感じたのであろう。大隊長は即座にゴブリン軍団との意思疎通が図れていることをアピールし、軍としての統制を確保した。

 とはいえ、敵であるはずの亜人を喜んで受け入れる者などいるはずもないのだが。

 

「信じられん、ゴブリンが助けにくるだと? あんな知能の低い亜人共が?」

「でもリーダー、さっきの赤い帽子のゴブリンなんかすっごい強そうだったよ」

「ああ、それに他のゴブリンも見てみろよ。体格なんか別の生き物に見えるぜ」

「率いているのは若い女のようじゃな。酷く不気味な鎧姿ではあるが……」

「どうすんの? リーダー?」

 

 動き出したゴブリン軍団から遠く離れた左翼、一番の激戦地帯に於いてアダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』の面々が思いを呟く。

 レッドキャップスが作り出してくれた束の間の安息時間に簡単な食事をしていたのだが、ゴブリン軍団への協力要請を受けて「そんな馬鹿な!」と実物を見にきたのだ。

 

「くっ、油断は禁物だ! いつこちらへ牙をむくか分からないのだから距離を置いた方がイイ」

「こんな激戦地で無茶なことを言う」

「ちょっとリーダー! さっきの赤帽子達が引き上げていくよ!」

「こりゃマズイのう。ビーストマンがこっちへくるぞ」

「うっは~、共食いしてるし」

 

 ほんの数体で数万のビーストマンを攪乱していたゴブリンたちは、なにかの合図でも貰ったのか、一斉に砦へと帰還していた。

 後に残されたビーストマンたちは、「何が何だか分からない」と言った感じでしばらく右往左往していたが、最終的には本来の目的――餌場の存在?――を思い出したらしく、砦へゆっくりと歩み始める。

 その数は未だ、七万を軽く超えていそうだ。

 竜王国兵士たちが昼夜奮闘し、レッドキャップスがバラバラに刻んだとしても、やはり数の暴力は恐ろしい。

 




ロリマンタイト級冒険者の登場。
でも本作の主人公は覇王様なので活躍せず。

もちろん、女王様に手を出そうものならブチ殺します。
エンリ将軍が、身に纏う鎧の色と同じようにその手を染めて……。
汚物は消毒ですね。

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