一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

2 / 96
生まれ変わった喜び【挿絵有り】

 少し硬い木製のベッドの上で、ボクは目を覚ました。

 

「うん……っ」

 

 ゆっくりと上半身を起こすと、大きく背伸びをした。背骨がパキパキと小気味よく鳴る。

 

 自室にあるゼンマイ式の壁掛時計が指し示す時刻は、四時。お坊さんならともかく、一般人的にはまだ眠っていていい時間だ。

 

 しかしボクは目をこすると、ためらいなくベッドから降りる。

 

 タンスの中から早朝修行用の軽装を引っ張り出すと、寝巻きを脱ぎ捨て、それに着替えた。

 

 髪の毛は、寝起きのせいで少しボサボサになっていた。なので木製のクシを通して毛並みを整える。

 

 肩甲骨を覆い隠すほどの後ろ髪を、三つ編みにしていく。

 

 そうして姿見に立つ。

 

 映っているのは、長い後ろ髪を太い一本の三つ編みにし、綿製の半袖に長ズボンという軽装をまとった小柄な――――女の子。

 

 手前味噌になるが、今鏡に映っているボクの姿は、見目麗しい美少女だった。

 透き通った鼻梁に、薄い桜色の唇、ぱっちりとした二重まぶた。大きめの瞳の上には、長いまつげが弓なりに沿っている。宝石のような華やかさの中に、ヒマワリのような快活さを含んだような美貌。 

 色白な肌はきめ細かく、とてもすべすべだ。まるで作りたての陶器のようである。

 

 女性なら誰でも羨むであろう美しさを、ボクは持っていた。

 

 だというのに、

 

「……はあ」

 

 それを見ると、どうしても小さく溜息を突いてしまう。

 

 ……どうしてこうなっちゃったかなぁ。

 

 でも、こう(・・)生まれてしまった以上、もう嘆いても仕方が無い。

 

 なのでボクはすぐに気を引き締め、家を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外は、当然ながらまだ暗かった。

 

 東の山の向こうからはうっすらと日光が見えるが、こちら側には差していない。町中はまだ夜同然だった。

 

 石畳で舗装された大通りの端々に軒を連ねているのは、レンガもしくは木で造られた建築物の数々。瓦で屋根を作っているという点では、どの建物も共通していた。

 

 石畳の上を、ボクはスタスタと早歩きで進む。

 

 その途中、一人のおばあさんと鉢合わせした。おそらく、散歩でもしていたんだろう。

 

「あら、(リー)さん家の末っ子の星穂(シンスイ)ちゃんじゃあないの。こんな朝早くからお出かけかい?」

 

 「シンスイ」と呼ばれたボクは立ち止まり、少し恥ずかしそうにしながら、

 

「えっと……ちょっと朝の修行に……」

「そうかい。朝から元気だねぇ。気をつけるんだよ」

 

 そう言うおばあさんに軽くお辞儀してから、ボクは再び早歩きを再開した。

 

「……シンスイちゃん(・・・)か」

 

 ある程度離れてから、嘆息するように吐き出した。

 

 

 

 

 

 ――転生。

 

 それは、死んだ人間が、別の人間として新たに生まれ変わること。

 

 ボクがそんな摩訶不思議な現象を経験してから、すでに十五年が経過していた。

 

 ボクは「李星穂(リー・シンスイ)」という人間として、再び生を受けた。

 

 初めは大いに戸惑った。まさか転生なんてものが本当にあるとは思わなかったのだ。当然だろう。

 

 しかも、生まれ変わったボクの性別は女性だった。

 

 これにも驚いたし、それに困った。元々男だったのに、女の子に転生してしまったのだ。誰だってこの先の生き方に不安を感じるものだろう。

 

 しかしすぐに、そんな驚きや不安を帳消しにして余りある大きな喜びを抱いた。

 

 生まれ変わったボクは、先天的な障害や持病など何も無い――全くの健康体だった。

 

 普通の人なら「だから何?」と呆れ気味に言うかもしれない。

 

 でも、ずっと病弱なままだった前世を持つボクにとって、その「健康」というのは最早金塊の山すら霞んで見えるほどの宝物だった。

 

 ボクは大いに喜んだ。

 

 しかし、さらに一つ問題があった。

 

 ボクが生まれ落ちたこの場所は、日本ではなかった。

 

 いや、日本どころか、地球ですらなかった。

 

 この場所の言語――もちろん日本語ではない――が話せるようになってから親たちに聞いたところ、ここは【煌国(こうこく)】という国にある【回櫻市(かいおうし)】という町なのだそうだ。

 

 まず、【煌国】なんて国は知らないし、聞いたこともない。

 

 おまけにこの国の文明レベルは、元居た現代と比べて雲泥の差があった。

 

 電気で動く機械が一つも存在しない。戦争でも未だに騎馬隊を使っている。

 

 現代ならば、たとえどんなに貧しい国であろうと、電化製品が一つも無いなんてことはないだろう。

 

 ボクは信じがたい思いを抱きながらも、ある一つの結論を導き出した。

 

 

 

 ここは――異世界。 

 

 

 

 ボクは、小説やアニメなどで頻繁に扱われる、異世界転生というものを経験したのだ。

 

 そういったサブカルチャー作品で登場する異世界というのは、大多数が中世ヨーロッパっぽい雰囲気だろう。

 

 しかし、この世界は違った。

 

 中国伝統建築にそっくりな建物ばかりが並び、なおかつ人々の服装もオリエンタルなものばかり。その他にも、中華を彷彿とさせる文化や要素がそろい踏みだった。

 

 つまりここは、言ってしまえば中華風の異世界。

 

 中世風であろうと中華風であろうと、地球ではない違う世界。そんな所で、現代日本の文明社会にどっぷり浸かったボクがやっていけるのか。不安はなくはなかった。

 

 ――しかしそんな不安は、元気な体で生まれることができた喜びに比べればちっぽけなものだった。

 

 歩けるようになり、この世界の両親から外出が許された途端、ボクは夢中になって遊びまくった。

 前世では見ているだけだったボール遊びにも、積極的に参加した。

 木にも登った。

 山犬やでっかいハチに追われたりなんかもした。

 鬼ごっこなどでは、常に最初の鬼を買って出ていた。走れる喜びに浸りたかったのだ。

 そんな風に村の中で大暴れしているうちに、近所の悪ガキ軍団のトップにまでなった。

 

 ボクはとにかく、前世で普通の子供のように遊べなかったフラストレーションを発散するかのように動き回り、遊び回った。

 

 まさしく我が世の春だった。

 

 そして七歳の頃、ボクは「あるもの」と出会った。

 

 ――【武法(ぶほう)】。

 人体に秘められた潜在能力をフルに引き出し、人の身で人を超えた戦闘力を得られる究極の体術。

 端的に言うと「凄い武術」だ。

 予想もつかない身体操作をし、そして人間とは思えないほどの凄まじい威力を発揮する武法。中毒並みのアウトドア派になっていたボクは、その異世界の武術にこの上なく魅了された。「人間の体はそんな使い方ができたのか!」と。

 

 父がとある武法士――武法を身につけた人のことを言う――を自宅に招き入れたのは、それからすぐのことだった。

 

 父はその武法士に、衣食住を完全に保証することを報酬に、ボクと姉に武法の教授をさせた。

 

 武法は健康増進に非常に高い効果があり、【煌国】の有産階級にはスポーツ感覚で親しまれている。

 

 ボクが末っ子として生まれた李家も、難関である文官試験の合格者を一族から多数輩出している名家だった。なので両親も他の富裕層と同じように、子供へ武法を学ばせようと考えていた。

 

 だが「学ぶならば、何事も一流の師から学ぶべきだ」という父の信条によって自宅に連れてこられた師匠の教えは非常に厳しく、姉は一週間を待たずにギブアップした。

 

 しかしボクだけは、師匠の課す厳しい修行を夢中になって続けた。

 

 ボクは武法を初めて目にした時の感動を鮮明に覚えていた。あんな凄い技を自分も使えるようになりたい。その一心で修業漬けの毎日を送った。

 

 そのせいか、修行を始めて三年になる頃には、ボクは師匠に「もう実戦をやっても構わん」と許可される実力をつけていた。

 

 武法は非常に強力だが、習得が難しく、実戦可能な強さになるまでには最低でも五年かかると言われている。なので武法士は、子供のうちから修行を開始することが多い。

 

 ボクはそれを、たった三年で成し遂げたのだ。

 

 しかし、それでは満足しなかった。修行を重ね、実力が上がるにつれて、「さらに先へ行きたい」という欲求が生まれてしまうのだ。

 

 その欲求のままに、ボクは夢中になって自分の武法を磨いた。

 

 修行は苦しいが、それを覆い尽くすほどを楽しさも同時に享受し、年月を重ねていった。

 

 師匠は二年前に病死してしまったが、その後もボクはずっと修行を続けている。

 

 そして、今も。

 

 ――程なくして、目的地に到着した。

 

 この町【回櫻市】の外れにある、小さな広場。人が十人ほど入れそうな太い幹を持つ大樹を中心に、黄土色の地面が広がっている。

 

 ここが、ボクの練習場所だ。

 

 家の庭も十分練習できる広さだが、そうすると姉が「うるさい!」とヒステリックに怒るので、やむなくここで練習している。

 

「ふぅ…………」

 

 ボクは両足を肩幅に開いて直立し、呼吸を整える。

 

 そして、身体各部を意識でチェックした。

 

 頭部――目線は水平。百会は真上向き。

 頚椎――歪み無し。

 両肩のライン――地面と並行。

 胸椎――歪み無し。

 腰椎――歪み無し。

 骨盤――歪み無し。

 足裏――湧泉に確かな重量感。

 

 骨格がいつも通り「理想形」である事を確認。

 

 武法習得のために絶対に外せないのが、理想的な骨格位置。

 

 実は人間の体重というのは、すべてが足裏に集まっているわけじゃない。五体のあちこちに分散し、それらを体が無意識のうちに筋力で支えているのだ。

 

 そして、その「体重の分散」を引き起こすのが、骨格の歪みだ。

 

 人間は社会生活を行う過程で、不必要な動作を無意識に何度も行い、自身の骨格に「歪み」を生じさせてしまっている。

 

 肩こりや首こりで例えよう。ボクが元居た現代社会では、画面に頭を突っ込ませる形でパソコンを操作し、猫背になる人が多い。猫背になると、頭部が前に突っ込んだ姿勢になる。そうすると首筋周辺の筋肉が、頭部の重さを支えるために本能的に収縮する。それこそが肩や首が凝り固まる理由だ。

 

 武法ではまず最初に、その「体重の分散」を招く骨格の歪みを矯正する修行を行う。

 

 骨格を理想的な配置に整えることで、分散していた自重が――全て足裏に集中した状態を作り出す。いわば「骨で立った」状態にするのだ。

 

 こういった骨格矯正法を【易骨(えきこつ)】という。

 

 正しい骨格位置を習慣レベルにまで馴染ませるには、もちろん時間と根気が要る。だが【易骨】ができた修行者は、自身の体重をフルに活用できるようになる。

 

 例えば、自重を乗せたパンチを放つとする。それを受けた相手は数十両斤(りょうきん)――この世界の「kg(キログラム)」的な単位らしい――の鉄球が猛スピードでぶつかるような、凄まじい衝撃を味わうことになる。この威力は骨格が歪んだ状態では決して出せないものだ。

 

 武法では、力学的に効率の良い体術を行い、その百パーセントの自重をより強力に叩き込む打法を用いる。そしてそのような強い打撃を【勁擊(けいげき)】という。

 

 ボクは骨格位置の正確さを確認すると、両足を揃えて立つ。

 

 そして――【拳套(けんとう)】を開始した。

 

 トォン!! と片足を踏み鳴らしてから、瞬発する。

 疾風のような速度で前進。すぐさま地を砕かん勢いで前足を踏み込み、急停止――と同時にその踏み込んだ足へ急激な捻りを加え、正拳を突き出した。拳に確かな重量感を得る。

 さらにその拳を掌にし、その場で小さく螺旋を描く。そこからすぐに大地を蹴って加速し、トォン!! という激しい踏み込みで急停止。同時にもう片方の拳で虚空を突く。

 両拳を顔の前で揃えて構え、前蹴り。そのままその蹴り足で前に激しく踏み込み、正拳へと繋げる。

 半歩退いてから、また前へ踏み込み、肘打ち。

 足底から全身を捻り、もう片方の手で掌底。

 再び半歩退きながら、また掌底。

 

 ――その後も、激しく鋭敏な動作が数珠のように連なっていく。

 

 動作の途中途中で発せられる、激しい踏み込みの音。それと同時に鋭く、強大な一撃が空気を切り裂く。

 

 雷撃を思わせる技法の数々。

 

 一挙行うたび、太い三つ編みが生き生きと躍動する。

 

 ボクが今行っているのは【拳套】。何十もの技が繋がって一つのセットになった、いわば型だ。

 これを何度も反復練習することによって、その武法に必要な体の使い方、【勁擊】の打ち方、歩法、体さばきなどを体に染み込ませるのだ。

 武法において、欠くべからざる修行法の一つだ。

 ただし正確には「型をやれば強くなれる」のではない。「型をやらなきゃ強くなれない」のだ。表現のし方はなんとなく似ているが、ニュアンスは微妙に違う。

 対人戦のための修行は他にある。しかしそれは【拳套】で養った体術がなければできない。【拳套】はいわば、対人戦のための前提条件的な基礎力を養う修行なのだ。

 

 あと、言い忘れていたけど――武法には数多くの種類が存在する。

 

 それは突き技主体だったり、蹴り主体だったり、体当たり主体だったりと、いろんなものがある。中にはその場から一歩も動かないまま敵を倒せる武法もある。

 

 そして、ボクの学んだ武法の名は【打雷把(だらいは)】。絶対的威力の【勁撃】と、絶対的命中率の双方を徹底的に養成する、超攻撃型武法だ。

 

 どんなにうるさい鳥のさえずりも、雷撃の凄まじい音一つでかき消される。【打雷把】は、その雷撃となることを目指す武法である。

 

 創始したのはボクの師匠「強雷峰(チャン・レイフォン)」。【雷帝(らいてい)】という異名を持ち、数多くの武法士を試合で打ち殺してきた、【煌国】最強の武法士だ。

 

 レイフォン師匠は指導者になる事をめんどくさがっていたため、まともに教えた生徒はボク一人だけだった。なので【打雷把】を知っているのは、この世界でボクだけということになる。

 

 ならば、師匠が作ったこの武法の伝承を途絶えさせるわけにはいかない。最後まで守り通す必要がある。

 

 そして、その事に抵抗は無い。

 

 人に教える立場になる気はまだ無いけど、ボクは今でも、武法をこよなく愛している。

 

 一生かけてでも続けるつもりだ。

 

 ボクは一層気合いを入れ、【拳套】を行う。 

 

 師匠は武法に関しては厳格で、無駄な動作を大層嫌っていた。その性格が現れているのか、【打雷把】の【拳套】の数は少なく、その一つ一つもかなり短い。なので、その短い少数の【拳套】を何度も何度も反復練習する。

 

 時間も忘れ、修行に夢中になるボク。

 

 気がつくと、山の向こう側から陽が登っており、広場を明るく照らしていた。

 

 それを確認すると、ボクは『収式(型を終える時の姿勢)』をして【拳套】を終えた。

 

 お日様が山の向こう側から顔を出した時が、早朝修行終了の合図だ。

 

 顔や首筋はすっかり汗にまみれており、半袖も重くなっていた。

 

 ポケットに詰めてあった手ぬぐいで顔と首筋を拭く。

 

 そして、広場の中心にある大樹に近づき、その幹へドッ、と掌底を打つ。

 

 大樹は枝葉を震わせると、実っていた果実を一つ落としてくれた。ボクはそれをキャッチする。地球では見たことのない形。この世界特有の果物だろう。

 

 ボクはその実をかじる。シャリッという歯ごたえとともに、酸味の効いた甘さが口いっぱいに広がった。食感は柿、味はみかんに似ている。

 

 修行後にこれを食べるのが、修行の次に楽しみな事だったりする。

 

 食べきると、残った種は端っこの草むらに放り投げる。

 

「さて、帰ろっと」

 

 ボクは背伸びをしながら、その広場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの二度目の人生は、この時までは確かに順風満帆だった。

 

 

 

 そう――この時までは。

 




大恵氏よりファンアートを頂きました!
感謝感激(*´∇`*)


【挿絵表示】



【挿絵表示】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。