一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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遠ざかる情景

 決勝戦が終わった後、ボクとライライはすぐに医務室へと運ばれた。

 

 二人とも怪我人だったが、怪我の程度で言えばボクの方が上だった。勝ったはずなのにおかしな話である。

 

 散々蹴られた痛みは【気功術】による治療ですっかり引いた。左の足甲の骨にも異常は見られず、同様の方法で怪我は治った。

 

 【響脚(きょうきゃく)】による振動波を受けたことを伝えると、お医者さんに薬をいくつか飲まされた。内臓にダメージを受けている可能性を考慮しての措置であるという。

 

 ライライはボクよりも短い時間で治療が終わった。でも彼女が言ったとおり、ボクが攻撃した左足の脛の骨には微かなヒビが入っていたらしい。薬と【気功術】を併用した治療によって痛みは引いたが、三日ほどは激しい動作を控えるよう言いつけられた。

 

 ちなみに、医務室で看護の仕事をしていた女の人から「さっきの試合凄かったです!」と目を輝かせながら称賛された。ボクとライライは顔を見合わせ、照れ笑いしたのだった。

 

 表彰式、ならびに閉会式は、午後に行われる予定だ。なのでボクらはミーフォンと合流してから、午後になるまで時間を潰した。

 

 まず『順天大酒店(じゅんてんだいしゅてん)』のボクの部屋へと戻り、破れまくった服を取り替えた。ぶっちゃけボクはあんまり気にしないけど、周りの人からしたら目に毒っぽかったので。

 

 ボクの荷物から下着を盗もうとしていたミーフォンをチョップで撃退してから、すぐに部屋を出て、軽食を摂った。お菓子レベルの安価な食事だったが、厳しい試合の後であったためか、その軽食は凄く美味しく感じられた。

 

 それからしばらく三人で談笑。そして懐中時計の針が閉会式開始の時間に近くなったのを確認すると、闘技場へと戻った。

 

 到着し、時間になるまで待機。

 

 

 

 そしてようやく――その時が訪れた。

 

 

 

 ボクは今、円形闘技場の中央辺りに立っていた。

 

 周囲の壁の上層にある円環状の観客席から、無数の羨望の視線がボクへと一点照射されている。見ると、最前列の席の一角から、ライライとミーフォンが手を振っていた。ボクはそれに対して笑顔で手を振り返す。

 

 気を取り直し、ボクは前を真っ直ぐ見た。

 

 そこには、シワのない立派な長袍(ちょうほう)に身を包んだ数人の男性が横並びで立っていた。

 

 開会式の時と同じメンツ。つまり大会運営の人たちだ。そのうちの一人は、細い鎖で繋がれた朱色のメダルを丁寧な持ち方で持っていた。

 

 彼らがボクに向ける視線は、みんな一様だった。厳粛さと誠実さ、そしてねぎらいの感情を秘めた眼差し。

 

 最初に十六人いたのが、今ではボクただ一人。優勝者として目の前の彼らと、そして周囲の観客の視線を独り占めしていた。

 

 この予選大会は、【黄龍賽(こうりゅうさい)】本戦の切符を手に入れるための審査みたいなものだ。なので、優勝者以外を表彰する意味はない。敗退者を『順天大酒店』から帰らせたのもそこに理由がある(宿泊施設を借りるための予算の削減という、大人の事情も絡んでいるが)。

 

 観客席のさらに上層のテラスのような場所にある巨大な銅鑼が、思い切り叩かれる。重厚かつ煌びやかな音が轟くとともに、歓声がピタリと止んだ。お約束のような流れである。

 

 運営の一人が、大きくはきはきした声で沈黙を破った。

 

「大変長らくお待たせ致しました! これより第五回黄龍賽、朱火省滄奥市予選大会の閉会式を開始します! 始めに、表彰式を行います! 今大会参加者十六名を打ち破り、見事優勝を収めたのは――ここに立つ李星穂(リー・シンスイ)選手です!!」

 

 なりを潜めていた歓声が、一気に膨張した。

 

 そう声を発した運営の男性は、朱色のメダルを持つ運営の人とアイコンタクト。

 

 メダルを持った運営の人は、ゆっくりとボクの前まで歩み寄る。

 

李星穂(リー・シンスイ)選手には、【朱火省(しゅかしょう)】の予選大会で優勝を収めた証にして、一ヶ月後に帝都で行われる【黄龍賽】本戦の参加資格――【吉火証(きっかしょう)】を贈呈します!」

 

 その言葉とともに、目の前の運営がメダルをボクの首に掛けてくれた。

 

 朱色の光沢を持つそのメダルは、五本の指を除いた手のひらほどの大きさ。円い表面には立派な鳥の意匠が刻まれていた。孔雀に似た姿をしたその鳥の双翼や羽毛の端は、燃え盛る炎の揺らぎのように波打っている。おそらくこの鳥は四神のうちの一体「朱雀」だろう。

 

 これが、本戦参加者の証――【吉火証】。

 

 度重なる激闘の果てにようやく掴み取った、最初の一歩。

 

 それを思うと、実際の重さよりも数倍は重々しく感じられた。

 

 感極まったボクはくるりと一回転し、首に掛かった【吉火証】を周囲に見せつけた。

 

 歓声の膨張がさらに輪をかける。

 

 ボクは素肌に清水を浴びるような気持ちで、その歓声を我が身で受け続けた。

 

 

 

 ――それから閉会式は、つつがなく終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、予選大会が終了した日の翌朝。

 

 ボクとライライ、そしてミーフォンの三人は、各々の荷物を持って【滄奥市(そうおうし)】の最北端で立っていた。

 

 前方を覆う背の高い土塀の一箇所に開けたスペースがあり、そこから踏み固められた土の道が、町の外へ向かってどこまでも伸びている。

 

 ボクらのすぐ近くには、一台の荷馬車が停まっていた。大きな荷台にはいくつかの箱が積んであり、その荷物の隣には剣や刀で武装した男が三人ほど座っている。

 

「――そろそろお別れか。寂しくなるな」

 

 ボクら三人から少し離れた位置に立っていた少女――孫珊喜(スン・シャンシー)がそう呟く。

 

 彼女のその言葉に、ボクは嬉しさを感じる一方、これから間も無く訪れる別れに寂しさも覚えた。

 

 そう――ボクら三人は、もうじきこの【滄奥市】を去るのだ。

 

 そして、【黄龍賽】の本戦が行われる帝都へ向かう。

 

 昨日、優勝したことは確かにめでたい。だがボクにとっては、まだ序章に過ぎない。

 

 むしろ、これからが頑張り時なのだ。帝都に行って、その頑張りを果たさなければならない。

 

 ちなみに、本戦に参加するのはこの三人の中でボク一人だ。つまり、ライライとミーフォンは付いて来る必要は全く無いのである。

 

 しかし、二人ともボクに付いて来るとの事。

 ミーフォン曰く「もっとお姉様と一緒にいたいですわ!」。

 ライライ曰く「私はもうやることがないし、せっかくだからシンスイの本戦での戦いぶりを見るとするわ。持ち合わせにもまだ余裕があるしね」。

 

 ……そういうわけなので、ボクら三人はもうしばらく一緒なのである。

 

「アタシも一緒に行けたらよかったんだがな……」

 

 ボクはしょんぼりしながらそんな事を言うシャンシーを励ますように笑いかけ、

 

「大丈夫。またきっと会えるよ。ボクの家、この町と結構近いし」

 

「そっか…………言っとくが、アタシはまだ九十八式の名誉挽回を諦めちゃいねーからな。アタシはまた四年後、【黄龍賽】に挑んでやる。もしそこでぶつかる事になったなら、今度はアンタには負けねーから」

 

「うん、分かった。元気でね。あと、もうお酒飲んじゃダメだよ」

 

「の、飲まねーよ! あん時のありゃ間違えて飲んじまっただけだ!」

 

 顔を真っ赤にしながらまくし立てるシャンシー。それを見てボクはクスクスと笑みをこぼす。

 

 シャンシーは赤いほっぺのまま咳払いすると、話題をそらしてきた。

 

「……ところで、帝都まではどうやって行くつもりだよ? 帝都はこの町から北の方角へずっと進んだ先にある。けど、この馬車は途中で東に曲がる予定なんだぜ?」

 

「大丈夫。途中でちょくちょく乗り換えるから」

 

 ボクは軽い調子でそう返した。

 

 ――本戦開始まで一ヶ月の猶予が設けられているのは、帝都までの道中にかかる時間を配慮しているためだ。

 

 ボクらはその一ヶ月の間に、帝都へ到着する必要がある。

 

 帝都はこの【朱火省】の一つ上の【黄土省(こうどしょう)】の中央に位置する。方角はここからだと北。到着までそれなりに時間がかかるが、それでも一ヶ月以内なら余裕で間に合うそうだ(余計な道草を食いすぎなければの話だが)。

 

 方角の認識に関しては問題無い。なぜなら実家を出る前、父様の部屋から方位磁針を一つ持ち出してきたから。万能アイテムのスマートフォンが存在しないこの異世界において、方位磁針は旅の必需品だ。

 

 次に、移動速度の問題。これもおそらく大丈夫だろう。

 

 北の方角へ向かう馬車に、乗せてもらえばいいのだから。

 

 乗せてもらい、北へ進めるだけ進んだらそこで下ろしてもらう。そしてまた北行きの馬車を途中で見つけたら乗せてもらう。それを繰り返しながら行けば、比較的楽に帝都へ着けるはずだ。

 

 そこに停まっている馬車も、途中まで北へ真っ直ぐ進むらしい。なので交渉し、乗せて行ってもらうことになったのだ。

 

 もちろん、タダじゃない。きちんと運賃が必要だ。

 

 その運賃としてボクらが提供するのは「防衛力」だ。

 

 ――売り物を積んで他の町へと移動する馬車は、出発前に必ず「鏢士(ひょうし)」と呼ばれる人たちをあらかじめ雇っている。

 

 鏢士とは、輸送品などを賊の手から守るために存在する職業武法士のことだ。その職業柄、高い武法の腕前がなければなることが出来ない。

 

 鏢士は必ず『鏢局(ひょうきょく)』と呼ばれる会社に所属している。物流などを行う人は、それなりのお金を『鏢局』に支払い、品物を守ってくれる鏢士を派遣してもらうのだ。

 

 ……そう。それほどまでに、護衛というのは大切なのである。

 

 なので、ボクらはそれを無償で差し出した。

 

 ――簡単に話をまとめると「無料でこの馬車を守ってあげるから、乗せて欲しい」といった感じだ。

 

 この馬車の御者(ぎょしゃ)さんは喜んだ。武法士が増えれば、それだけ馬車の守りは硬くなる。物資の守り手は一人でも多いに越したことはないのである。

 

 おまけに、ボクは予選大会の優勝者として有名になっていた。そのネームバリューが、幸運にも高い実力の裏付けとして扱ってもらえたのだ。

 

 それに比べ、鏢士の皆さん――今、あの荷馬車に乗っている三人だ――は難色を示している様子だった。そりゃそうだ。自分たちのプロフェッショナルに土足で踏み入るような事をされているのだから。けど、これも帝都へ早く向かうためだ。非難がましい視線は甘んじて受けよう。

 

「そろそろ出発しますよー」

 

 御者台から、御者さんののんびりした声が聞こえてきた。

 

 ボクら三人は荷台へと歩き出す。

 

 じとっとした目で睨んでくる鏢士三人の視線に耐えつつ、荷台へと乗り込んだ。

 

 そこから、シャンシーを見る。

 

 彼女は微かな寂しさの混じった微笑みをボクらへ向け、

 

「……達者でな」

 

「……うん。またいつか、縁があったら」

 

 ボクのその言葉を合図にしたように、馬がいななき、荷台が動き出した。

 

 シャンシーの姿が、みるみる遠ざかっていく。視界の中で粒のように縮小していき、やがて消えた。

 

 そして、【滄奥市】の町も小さくなっていき、やがて下り坂を下りるとともに見えなくなってしまった。

 

 ――そんな切ない情景に、不覚にも目頭が熱くなった。

 

 最初は、父様との勝負に勝つべく、仕方なしに訪れただけの町に過ぎなかった。

 

 滞在期間もほんの数日だった。

 

 けど、その数日の間、あの町には濃密な思い出がいくつもできた。

 

 いつしかボクの中で、思い入れのある町へと昇華していたのだ。

 

 ――しかし、涙は流さない。

 

 ボクはもう、前だけを進むと決めたのだ。

 

 父様との勝負が終わるまで、通過点は振り返らない。ただ後ろへ流すのみ。

 

 だけど。

 

 もし、この戦いが終わってもなお、ボクが武法士で居続けることができたならば。

 

 いつか再び、あの町に足を運びたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【予選編 完】


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