一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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役人なんて絶対イヤです!

 鋲がいくつも打たれた大きな正門を開け、ボクは中に入った。

 

 目に映るのは、広々とした中庭。そして、その奥にある立派な屋敷。

 

 ここが、ボクの今の家だ。

 

 ボクが自宅に戻って最初にしようと思った事は、軽い水浴びだった。

 

 家の裏側には井戸があり、さらに勝手口がある。

 

 最初に勝手口から家に入り、自分の部屋に行って替えの衣類を取り出してから、再び井戸の前に戻る。

 

 キョロキョロと周りに目を向ける。周囲に人がいないことを確認すると、汗まみれで重くなった服を脱いで、裸になった。

 

 少しバツが悪い思いをしながら、自分の体を見下ろす。女性的凹凸に乏しいが、代わりに余計な肉付きが無く、細身で均整の取れたスタイル。よく言えばスレンダー、悪く言えば貧相。

 

 ジッと見ているうちになんだか恥ずかしさが込み上げてきて、慌てて真っ直ぐ前を向いた。

 

 元々が男だっただけに、ボクは女体への耐性が弱い。自分の体を見るのにはなんとか慣れたが、他の女性の裸体を前にするとどうしても目を背けてしまう。

 

 なので、複数人の入浴の時はかなり苦労する。相手はボクを本気で女の子だと思っているため、その……胸や恥部を隠すことはせず、無遠慮に接してくるのだ。人によってはふざけて抱きついてくることもあって、その時に膨らみが……その……むにゅ、って……

 

「~~~~~~!」

 

 ボクは顔をさらに真っ赤にする。

 

 そしてその羞恥を誤魔化すように、井戸の底へつるべを投げ込んだ。ちゃぽん、と音がする。

 

 重くなったつるべを底から引き寄せ、中に入った水を体にかけた。井戸水が冷たくて気持ちいい。

 

 それから数度水を浴びてから、体を拭き、替えの服を着た。結び目と輪っかを使った留め具――チャイナボタンに酷似している――で真ん中を閉じた赤い半袖に、それと同色のゆったりしたワイドパンツ。まるでカンフー映画のような服装だ。

 

 この世界には旗袍(チーパオ)、いわゆるチャイナドレスもきちんとあるのだが、それを着るのは気が引けた。一回試しに着たことがあるけど、足がスースーして変な感じがするのだ。それに……恥ずかしいし。

 

 ボクはもう一度水を汲む。そのつるべの端に口をつけ、中の水を一気に飲み始めた。修行によって乾いた喉に、ひんやりとした井戸水は非常に美味だった。

 

「はぁーっ、生き返ったー!」

 

 つるべから口を離すと、ボクは爽快感に満ちた声を上げる。

 

 自身をいじめ抜いた後に味わうこの清涼感。

 

 まさしく、自分は生きているのだと感じる。

 

 前世では決して味わえなかったであろう快楽を、ボクは存分に享受していた。

 

 しかし、つるべの水をがぶ飲みし、風呂上がりにビールを一杯やったおっさんのような声を上げる今のボクは、明らかに乙女失格だった。

 

 こんな所を姉様にでも見られたら、一体なんて言われるか――

 

 

 

「ちょっとシンスイ! 今のは何!? はしたないわよ!」

 

 

 

 ……噂をすれば影がさす。昔の人は上手いことを言うもんだ。

 

 ボクは多少気後れしながらも、声が聞こえて来た勝手口の方を向く。

 

 そこには、見知った長身の女性が立っていた。

 

 腰まで伸びた長くつややかな髪の下にあるのは、彫刻のように端正なかんばせ。しかしその瞳はやや鋭く、キツイ印象を周囲に与えそうだ。

 白を基準としたドレスに包まれている細くしなやかな体つきは、ボクと違って出るところはしっかりと出ている。 

 

 この人は李月傘(リー・ユエサン)。ボクより二つ年上の姉にして、李家の長女だ。

 

 ボクはこの姉が苦手だ。ものすごい美人だが性格がとにかくキツく、口やかましい。ボクが何かやるたびに「はしたない」だの「みっともない」だのと姑のように言ってくる。

 

 でも、あいさつは大事だ。ボクはとりあえず微笑を作って、

 

「おはようユエサン姉様。井戸に用があるの?」

 

「おはよう。喉が乾いたから水を飲みに来ただけよ」

 

 姉様は「それよりも」と前置してから先を続けた。

 

「何なの、あの下品な水の飲み方はっ? もっとちゃんとした飲み方をなさい」

 

「水の飲み方一つにそんな目くじら立てなくてもいいのに……」

 

「良くないわよ。貴女は名門、李家の娘なのよ? ならば少しでも家柄に恥じぬ振る舞いをするよう心がけなさい。そんなことでは、寄り付く殿方もいなくなるわよ」

 

 少しムッとしたボクは、ジトっとした目で姉様を睨んだ。

 

「姉様、それって自虐ネタ? 男が寄り付かないのはそっちじゃないか。この間婚約の話があった(ティエン)家の次男坊に泣きながら逃げられたのはどこのどなたでしたっけ?」

 

「い、言うんじゃないわよ! あ、あれはただ相性が悪かっただけだわ! そもそも泣いて逃げるような情けない男、こっちから願い下げっ」

 

 姉様は顔を赤くしながら言い返す。

 

 まぁ、姉様は見た目はかなり良いんだけどね。でも、それに反比例して性格が……ねぇ。

 

「シンスイ、貴女今何か失礼な事考えてなかった?」

 

「滅相もございません」

 

 うわ、鋭い。こういう所も男を遠ざけちゃう原因なんだろうなぁ。

 

 見ると、姉様の片脇には一冊の本が挟まっていた。表紙には「文官登用試験過去問題集」と、煌国語で書いてある。

 

「姉様、今日も朝から勉強?」

 

 ボクの問いに、姉様は何を言わんやとばかりに鼻を鳴らし、

 

「わざわざ訊く必要があって? 李家は文官登用試験で数多くの合格者を出してきた優秀な一族よ。私はそんな家の子女として名に恥じぬよう、試験合格を目指して日夜努力しているの。武法なんかにうつつを抜かしている貴女と違って」

 

「う……」

 

 痛いところを突いてくる。

 

「えっと……ボクも一応勉強はしてるけど……その、やっぱり苦手で……」

 

「それは貴女が努力していないからでしょう? 何々が苦手、何々が出来ない、なんていうのは、所詮努力不足から目を背けるための言い訳なのよ。シンスイ、貴女は言うほど頑張ってはいない。だから苦手という言葉で言い訳をして、武法という逃げ場所に耽溺しているのよ」

 

 ……姉様のキツイ口調には慣れているつもりだが、今の台詞には流石にムカついた。

 

 ボクは全力で言い返した。

 

「そんな言い方はないだろ!? 勉強はきちんとしてない、だから苦手。それは認める。でもボクは一瞬たりとも、武法を勉強から逃げるための駆け込み寺にした覚えなんかない! ボクは本気で武法が好きなんだ! というか、姉様もそんな物言いしか出来ないから、男に逃げられたんじゃないの!? 姉様こそそのキツイ性格と言動なんとかしたら!? でないと行き遅れるよ!」

 

「何ですって!? もう一度言ってみなさい!」

 

「姉様は男に逃げられたーっ! このままじゃ行き遅れーっ!」

 

「このちんちくりん! 姉に向かって!」

 

 互いに噛み付かんばかりの勢いで詰め寄る。姉妹ゲンカが唐突に始まった。

 

 だがこれまた唐突に、二人揃って「くぅーっ」とお腹が鳴った。

 

「「…………」」

 

 ボクは別にお腹の音など気にしない。だが、目の前にある姉様の顔は羞恥で真っ赤だった。

 

 それを見て、今までの怒りが嘘のように溶けていった。

 

 ボクは姉様をフォローするべく、沈黙を破った。

 

「姉様……ご飯食べに行かない?」

 

「そ、そうね。貴女が行くというのなら、私も行くわ。別にお腹なんて減ってはいないけれど、これ以上貴女が品のない事をしないよう監視するために、仕方なくね」

 

 素直じゃないなぁ。

 

「あ、それと言い忘れていたわシンスイ」

 

「うん?」

 

「先ほど――お父様が戻られたわ」

 

 ……姉様のその台詞を聞いた瞬間、どういうわけかとてつもなく嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中華テーブルのような赤い漆塗りの円卓には、色とりどりの料理が並んでいた。

 

 食欲をそそる香り。美しく整然とした盛り付け。どの皿に乗る料理も、売り物に出していいレベルだった。

 

 それもそのはず。この李家に仕える使用人の中には、元々は高級飯店(レストラン)の料理人をしていた人が一人いるのだ。これらの料理は、その使用人が作ってくれたものである。

 

 なので、見た目や匂いだけでなく、味も最高である。

 

 現在は朝なので、比較的量は控えめだ。そして、夕方にはもっと多くの料理が卓上で花を咲かせることになる。

 

 前世では味気ない病院食ばかり食べていたボクにとって、それらはまさしくご馳走のはずだった。

 

 ……はずだった。

 

「…………」

 

 しかし今、ボクはその極上の朝食に食指が動かせないでいた。

 

 こうべを垂れながら、卓の下で絡み合う両手の指を見るともなく見ていた。

 

 まるで針のむしろに座らされたような、気まずい気分だった。

 

 しかし、いつまでもうつむいていてはいけないと思い、ボクは恐る恐る顔を上げた。

 

 

 

 ――向かい側の席には、壮年の男性が座っていた。

 

 

 

 巌のような顔に、視線を向けられただけで気圧されそうになる鋭い目つき。肩幅がボクの倍はある、堂々たる体格。

 

 この人は、この世界でのボクの父――李大雲(リー・ダイユン)

 

 帝都に務めている現役の文官で、かなりの重役だったと記憶している。

 

 ただでさえ忙しい文官の中でもさらに多忙な身であるため、こうして家に帰ってくることはほとんどない。

 

 ……いや、それよりも。

 

 ダイユン父様は向かい側の席にどっしり座りながら、ジッとボクに視線を送り続けていた。

 

 レーザーサイトもかくやという鋭い眼光にさらされ、ボクは蛇に睨まれたカエルも同然だった。

 

 父様は厳しい人だ。少しでも行儀の悪い所を見せればすぐにたしなめられるし、なんだか姉様と同じ匂いがする。

 

 そうか、今分かったぞ。姉様のあのキツイ目つきは父様譲りだ。これじゃあ男を寄せ付けないのも頷ける。元男のボクが言うのだ、間違いない。

 

 ……などと新発見している場合じゃない。

 

 なぜボクは、鋭い視線にさらされているのでしょうか?

 

 ボクが何かしたのでしょうか?

 

 もしかして、姉様がボクの水の飲み方を告げ口して、それを父様が代わって注意しようという感じか。

 

 いや……多分違う。

 

 父様の浮かべるあの重々しい表情は、そんなちっぽけなことを咎めようとする顔ではない。

 

 見ると、父様の隣の席にちょこんと座る女性が、気まずそうにボクと父様を交互に見ていた。

 

 たおやかな体つきで、おっとり系の美人。だが、どことなく疲れたような雰囲気を醸し出しているその女性は、ボクの母、李麦毯(リー・マイタン)だ。

 

 性格がキツイ父様、姉様とは違い、このマイタン母様はおとなしくて優しい人だ。

 

 ――ちなみにここまで見れば分かると思うが、ボクは家族全員を呼ぶ時に「様」付けをしている。

 

 良家の子女らしく、と教育されたことも理由の一つだが、ボク的には理由はそれだけではない。

 

 もう一つの理由は、「線引き」のためだ。

 

 確かに今目の前にいる人たちは、ボクの家族だ。

 姉様の事は苦手だが、同時にそれなりの愛着も抱いている。

 そして父様と母様には、産んでもらったことを本当に感謝している。二人がボクを作らなければ、ここに転生することは出来なかっただろうから。 

 

 しかしそれは、この異世界での話。 

 

 ボクには、もう去ってしまった前世にも親がいる。病気であるボクを決して見限らず、最後まで尽くしてくれた愛すべき両親が。

 

 この世界で「お父さん」「お母さん」と呼んでしまったら、前世の両親を裏切ることになってしまう気がするのだ。考えすぎかもしれないが、前世の両親は最後までボクの面倒を見てくれた。だからボクからも裏切るような真似はしたくなかった。

 

 ……まあ、今はそれは置いておこう。

 

「あの、あなた……そろそろ食べましょう? お料理が冷めてしまいますわ……」

 

 恐る恐るといった感じで言う母様。

 

 しかし、父様は胸の前で腕を組んだまま、ボクを見つめ続ける。

 

 そして、とうとう開口した。

 

「……シンスイよ、最近、勉強の方はどうだ?」

 

 ボクはビクッと肩を震わせた――やっぱり、そのことだったか。

 

 その時、姉様が「その質問を待ってました」とばかりに円卓を叩き、癇癪のように言った。

 

「お聞きになってお父様! シンスイったら相変わらず武法なんかにかまけて、勉強をおろそかにしているのよ! 私が十二歳の時点で完璧だった初級問題さえも満足に解けないんです! どうかこのじゃじゃ馬になんとか言ってやってくださいな!」

 

 父様と姉様の言う勉強とは、文官登用試験の勉強の事を指している。十八歳から受験が可能な国家試験だ。ちなみに姉様は現在十七なので、来年に受験を控えている。

 

 文官登用試験は難関であることで有名だ。おまけに文官は高給取りで福利厚生もしっかりしているため、毎年の競争率が馬鹿にならない。それをくぐり抜けただけで、普通より満ち足りた人生が待っている。

 

 そしてこの李家は三代前から、子女全員が文官登用試験をパスしているというエリート一族だ。

 

 父様はその事にプライドを持っている。そして自分の代でも全員合格を果たそうと、自身の二人の子供に幼い頃から勉強させているのだ。

 

 その「二人」の中には当然ボクも含まれるわけだが、ボクはどうにも気が乗らなかった。

 

 文官は公務員のようなもので、安定した職業だ。しかしその分、国家に仕える立場として、忙しい日々が待っている――武法の修行ができないほどの。

 

 そう。ボクが着目したのはその点である。文官になれば、武法の修行時間が確実になくなってしまうのだ。

 

 だからボクは、文官なんか嫌だった。

 

 そしてその気持ちは勉学にも顕著に現れていた。言ってしまうとボクの勉強は、姉様に比べてかなり遅れている。

 

 しかし、ボクは健康体を手に入れてこの世界に転生し、そして、武法という素晴らしい運動芸術に出会ったのだ。

 

 ボクは生涯をかけて、この武法を研究していきたい。

 

 それに、レイフォン師匠のたった一人の弟子として、【打雷把(だらいは)】を捨てるわけにはいかなかった。

 

 だからこそ、ボクは勇気を出して二の句を継いだ。

 

「父様……前にも申し上げたかもしれませんが、ボクは文官になどなりたくないのです」

 

 父様はあからさまに眉間へシワを寄せ、

 

「なぜだ? なぜなりたくない? 言ってみろシンスイ」

 

「……武法を続けたいからです。文官になれば多忙な日々が待っています。そうなってしまうと、もう武法の修行ができなくなります。それは、ボクの望むところではありません」

 

「武法だとっ? あんなもの、元々は健康増進のために始めたものに過ぎんだろう? 貴重な人生を費やす価値がどこにあるという?」

 

 その言い方に、ボクは少し苛立った。本当に姉様とそっくりだよ、この人。

 

「父様と姉様にとって無価値でも、ボクにとってはかけがえのない夢であり、宝物です。父様に腐される筋合いはありません」

 

「生意気を吐かすでないわ小娘がっ!!!」

 

 突然父様の落雷が落ち、ボクは硬直した。姉様も同じく固まっている。

 

「夢? 宝物? そんな風に現実を見ることを避けるから、貴様は未だに出来が悪いのだっ!! お前は由緒正しき李家の次女として生まれたのだ! ならば郷に入っては郷に従え! 日々真摯に勉学に励み、国に仕えろ! 少しはユエサンを見習ったらどうだ!? 通っている学習塾では常に最上位の成績! 合格はほぼ確実とのことだ!」

 

「でも……」

 

「口答えするな! 勉強は続けなさい! まったく、どうやら私はお前の育て方を決定的に間違えてしまったようだ。武法などと出会わせてしまったばっかりに、こんな親不孝娘の出来上がりだ。心強い用心棒にもなると思って、レイフォン師匠を屋敷の一室に住まわせ続けていたが、こんなことならユエサンが根を上げた時点で屋敷から叩き出すべきだったな」

 

 父様はさらにこちらをひと睨みし、続けた。

 

「だいいち、武法などがうまくなったところで、いったいどう生計を立てるという? 宮廷の護衛官か、保鏢(ほひょう)にでもなるつもりか? だがいずれも、お前が考えているほど甘い仕事ではない。武法の腕だけで務まる仕事だと思ったら大間違いだ。だいいちこの李家の中に、そんな粗暴な職に就いた者が出たとなれば、一族の恥だ」

 

 非難がどんどんヒートアップしていく。

 

 父様の事は怖い。

 

 この李家では、父様が絶対的発言権を持つ。ゆえに父様に対し、姉様も母様も異論を挟めない。

 

 でも今の父様は、せっかく生まれ変われたボクを束縛しようとする敵だ。前世でボクを病院のベッドに縛り付けた、不治の病と同じように。

 

 ここで日和見主義に走ることは、ボクの前世の経験が許さなかった。

 

 戦わなければならない。

 

 ボクはひるまず、言い返した。

 

「それは父様の希望でしょう!? ボクのとは違う! ボクがどう生きるかは、ボクが決める!」

 

「生意気を言うなといっているだろう!! 登用試験をくぐり抜けて文官の仲間入りを果たせば、お前は満ち足りた人生を送れるのだぞ!? この李家の面子も保たれる!」

 

「だから!! それはあんたの希望だろうが!!」

 

 「ちょ、ちょっとシンスイッ」と姉様が焦った様子で止めてくるが、ボクは無視する。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 父様は怒りで真っ赤になったまま立ち上がり、ボクの目の前に歩み寄ってきた。

 

 ボクも席を立ち、父様と間近で向かい合う。

 

 紅潮した目の前の顔に、睨みをきかせた。殴りたければ殴るがいい。ボクは一切退くつもりはない。

 

 互いの目の間に、不可視の火花が散る。

 

 沈黙が、居間を支配する。

 

 だが父様は突然怒りを収めたかと思うと、冷え切った眼差しでボクを見下ろしてきた。

 

「…………そんなに武法がやりたければ、お前がそれに対して本気であるという証拠を見せるがいい。『輝かしい実績』という名の証拠をな」

 

 言うと、父様は懐から一枚の紙切れを出し、手渡してきた。

 

 広げて見る。

 

 ――その紙面の一番上には『第五回黄龍賽』と大きく活版印刷がされていた。

 

「それは近いうちに始まる【黄龍賽(こうりゅうさい)】の開催告知紙だ。お前も武法士なら【黄龍賽】は知っているだろう?」

 

 ボクは黙って頷いた。

 

 【黄龍賽】とは、四年に一度帝都で行われる、大規模な武法の大会だ。

 

 多くの武法士たちが集まり、鍛えた技で覇を競う。優勝者には莫大な賞金と、数多くの猛者を退けたという名誉が与えられる。

 

 賞金も魅力的だが、武法士にとっては後者の名誉という賞品も等しく重要だ。武法士は自分の流派への帰属意識が強く、一人の名誉はそのまま流派と、そこの門人たちの名誉にもなるのだ。

 

 ボクはすぐに、父様が【黄龍賽】の事を持ち出した理由に気づく。

 

「輝かしい実績……つまり父様はボクに――【黄龍賽】で優勝してみせろ、と?」

 

「そうだ。もしお前が優勝することができたなら、お前の武法に対する姿勢が生半可なものでないと認めてやろう。そしてその後は好きなように生きるがいい。だがもし、今年の【黄龍賽】での優勝が叶わなかった場合、その時は全力で勉学に励み、文官になってもらう」

 

 父様は突き刺すような視線を向けてくる。

 

「いいな? 優勝以外は認めんぞ。何せお前はあの【雷帝(らいてい)】から英才教育を受けた人物。優勝くらいは目指してもらわねばな」

 

 ……簡単な話ではない。

 

 【黄龍賽】では、【煌国(こうこく)】全土から武法士が集まる。その中には自分なんか足元にも及ばないような達人もいるかもしれない。いや、絶対いる。

 

 そんな強者たちの集まる中、生き残らなければならないのだ。

 

 道理の分からない子供でもなければ、それがどれだけ大変なことであるか想像に難くないだろう。

 

 だが、ボクは、逃げるわけにはいかなかった。 

 

 いや、逃げたくない。

 

 ボクは父様の視線を押し返すように睨み、言い放った。

 

 

 

「――望むところです」

 

 

 

 この一言が、ボクの二度目の人生に波乱が訪れるきっかけだったのだ。

 


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