一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜 作:葉振藩
前略、父様に母様に姉様――ボクは本日、春を
とまあ、大げさな言い方こそしてみたが、つまるところボクは無事に
ボクの値段は娼館のどの女よりも安かった。けれどタンイェンは、必要額の数倍以上の硬貨が入った袋をボンと店長に手渡し「面倒だ。釣りはいらん」と一言。なんと気前が良いことか。さすがは金持ち。
その後、やはりというべきか、タンイェンは買った
【
馬車に揺られること数分後、何事もなく屋敷へ到着した。
車両を下りて最初に目に付いたのは、まさしく金殿玉楼という言葉が似合う豪壮な屋敷だった。乗ってきた馬車同様、贅の限りを尽くしたような仰々しい外装。しかし、無駄に豪華なだけでなく、警備もしっかりしていた。屋敷と敷地を高い柵で囲っているのは言うに及ばず、正門と柵の周囲には、武法士の身体的特徴を持った男たちが規則的な道順で巡回していた。なるほど、あれでは正攻法で入るのも難しいだろう。リエシンたちが搦め手を使おうと考えるのも分かるかもしれない。
ボクはその厳重な警備を幽霊のようにすんなりと抜け、正門から屋敷の敷地内へ入った。さらに両開きの正面入口を抜けて、とうとう屋敷の中へと足を踏み入れる。
途端、視界いっぱいを占める華美な内装にボクはひっくり返りそうになった。うちの屋敷でもここまでの豪華さはない。
タンイェンの後に続き、踏むことがおこがましく感じるほど立派な絨毯の敷かれた床を歩く。
到着した部屋は当然ながら、寝室。
ダブルどころか三、四人並んで眠れそうなベッドが陣取るその部屋。タンイェンはベッドの傍らに設置された大きな行灯へ火を灯すと、ボクの両肩を掴み、そのままベッドの上へ力強く押し倒した。
「うわ……」
バフッという柔らかい感触を背中に感じるとともに、仰向けの姿勢となった。
男の無骨な指が柔肌に食い込む。
すぐ目の前にある獅子のたてがみのような髪をした中年の顔は、まだ欲情や興奮にはそれほど染まっていなかった。眼からもこちらを品定めする冷静な光が感じられ、がっついた様子がない。おそらく、こういった事に慣れているのだろう。この遊び人め。
「……なるほど。肉付きは貧相、顔つきからも幼さが抜けきっていない。だがそれでも、傾国の美貌となる将来を約束されたも同然だと分かる。肌もなめらかで瑞々しい」
こちらを組み敷いたまま、タンイェンはそんなことを口にした。
まるで料理バトル漫画の審判キャラを思わせる細やかな解説に対し、ボクはなんと返したらいいか分からず、無言の愛想笑いを浮かべる。
が、眼前の中年男の眼差しが突如鋭くなった。眉間の皺がそれに付随して数本増える。
「しかし気になるのは、このやけに健康そうな体の発達具合だ。多くの娼婦に見られる、不健康なまでの色白さが無い。程よく日に焼かれた素肌。それに、体の柔らかさを失わない程度に発達したこの筋肉。……小娘、貴様体を動かす趣味でもあるのか?」
その的を射た指摘に、内心でぎょっとした。マズイ、武法士だとバレたら少し面倒だ。警戒されるかもしれない。
ボクは笑った顔を変えぬまま頭をフル回転させ、すみやかに言い訳を考えた。
「え、えーっと……それは多分、よく空き時間に仕事仲間と蹴鞠をやってたからかと……」
「仕事仲間だと? 貴様、他の娼婦どもから大層嫌われていたではないか。仲間などいたのか?」
心中の焦りがさらに増す。そうだった。ボクは
「……フン。まあ良い、詮無き事だ」
タンイェンはどうでも良さそうに話題を打ち切った。
ボクはおくびにも出さぬまま、心の中で深く安堵する。危ない危ない、危うくボロが出そうになった。
「貴様に金を出したのは、このような世間話の相手をしてもらうためではない。用があるのは、あくまでその躰」
言うや、タンイェンはこちらの太腿に触れようとしてきた。
「あ、ちょ、ちょっとお待ちを!」
ボクは慌ててそう声を張り上げた。
太腿まであと薄皮一枚という間隔で、大きく皮の厚い手の進行が止まった。
「あの、すみません。始める前に……その…………お花を摘みに……行きたいのですが……ダメ、でしょうか……?」
恥じらうような仕草と声色を作り、ボクはそう訴えた。
対して、タンイェンはあからさまに顔をしかめた。お預けを食らったのだから無理もない。
しかし、やがて仕方ないとばかりにため息をつきながらボクを離し、体を起こした。
「……行ってこい。
「あ、ありがとうございます。すみません」
申し訳なさそうに小さく首肯するとともに、心の中でガッツポーズ。これで堂々と屋敷の中を単独で歩ける。
あとはもう一つ、手を打つのみだ。
ボクは巨大なベッドから下りると、ワンピースの左太腿辺りにある小さなポケットを探り、
「あ、あと、ボ……わたしが帰ってくるまでの間、これを焚いておくといいかもしれないです」
取り出したモノを、タンイェンに手渡した。
それは、円錐状に固められた赤黒いお香一つ。
「……これはまさか、『
「よくご存知で。これを焚いて生まれた香りを嗅ぐと、子孫を残す本能が強く刺激され、性的興奮が爆発的に昂まります。言うなれば「吸う媚薬」。どんな不能もたちまち雄と化し、どんな聖女も雌に堕ちるといわれているスグレモノです」
「言われんでも知ってる。しかし、これはかなり高価な代物のはずだ。なぜ『四級』程度の貴様が持っている? 娼館の倉庫から盗んだのではあるまいな」
「まさか。これは『
それらしい説明をしつつ、相手のメンツもそれとなく立てておく。
タンイェンは少しの間手元の『枯木逢春塔』を眺めた後、やがて口端を吊り上げた。
「ククク、用意が良いじゃないか。よかろう。ならば貴様が戻るまでの間、コレで気持ちを高めておくとしようか」
「はい……ふふふ。今夜はドロドロに溶けるくらい愛し合いましょうね?」
ボクは蠱惑的な声色でささやくように言った。絡みつくような流し目をタンイェンに向け、奥ゆかしさと色気を帯びた笑みを作って見せつける。
脱いでいた刺繍入りの靴に再び足を通した。
背を少し丸め、さっき入ってきた戸まで爪先でひたひたと歩く。一歩踏み出すたびに腰を少し落とす、まるでコソ泥のような歩き方。
「娼館を出た時からずっと気になっていたが、なんだ、その変な歩き方は?」
タンイェンからの声が、素朴な疑問という形で背中に当てられる。
ボクはその指摘に対する動揺を隠しながら、振り向いて答えた。
「あはは……今日はちょっとだけ気分が悪くて。生理が近いのかもしれませんね」
曖昧な笑みを浮かべつつドアとの距離を縮め、キィ、と控えめな手つきで開く。
ボクは小さく開放されたドアの影に身を隠し、顔だけひょっこりと出して言った。
「では、なるべく速やかに済ませますので、どうかお待ちください」
ゆっくりと閉める。閉じきると同時に、ガチャッ、という音を確認。
そのドアがあったのは、左右に真っ直ぐ伸びた廊下の真ん中の壁だった。左右ともに壁で行き止まり、そこからまた左右への分かれ道という丁字状の通路になっている。屋敷の廊下の天井にいくつも吊るされている真球形の行灯は、曲がり角の真上、それぞれの一本道の真ん中という決まった配置で灯り、屋敷の中をほんのりと照らしている。
今いる一本道の左右に人の存在が無いことを確認すると、ボクは胸の前でグッと拳を握り締めた。
――よっしゃ。うまくいったぞ。
うまいこと、この部屋から抜け出せた。あとはこっそりこの屋敷を探るだけ。
それにさっきの口ぶりからして、タンイェンは間違いなくあのお香を使ってくれることだろう。
実は、タンイェンに渡したのは『枯木逢春塔』そっくりに色付けした、全く違うお香だ。
名を『
ちなみにこれも結構な高級品。その上、医師や薬師などの医療関係職以外は所持や購入を禁じられている代物。これを悪用すれば睡眠強盗も睡眠姦も容易いからである。どうして彼女がこんなものを所持していたのかは、あえて問うまい。
とにかく、一度アレが焚かれれば、もはや爆睡コースは避けられない。タンイェンにはこの屋敷を調べ終わるまでの間、いい夢を見ていてもらおう。
――さて。ここからが本番だ。
屋敷への侵入は成功した。
そして、その中を歩き回るための口実もある。
後は、
牙城真っ只中での、ボクの孤軍奮闘が始まった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ………!」
周囲には誰一人歩いていない。自分の足が地を踏む音、そして間隔の短い息遣いばかりが耳を揺さぶる。
禿げ上がった土の道の両脇には鬱蒼とした林が広がっており、奥深くまで続いている。満月の降らす燐光は、自分とその走る道を優しく照らしてくれているが、広葉樹の枝葉がいくつも重なり合っているせいで林の中にまでは届いていなかった。林の奥は途中から草木の像が闇に塗りつぶされており、深淵を連想させる。時折その奥から亡者の呻きのような空気の通過音、野鳥の絶叫などが聞こえてくる。
普段ならそんな情景を不気味に思い、足並みが控えめになっていたかもしれない。
しかし、今のリエシンにそんな余裕など微塵もなかった。
もう結構走っているはずなのに、胸苦しさすら気にならない。
その細い足は、ひたすら
――もうすぐだ! もうすぐお母さんに会える!
タンイェンに連れて行かれる
シンスイは見事にやってのけたのだ。タンイェンに気に入られたのだ。
今頃、彼女は屋敷周囲の警備を楽々とすり抜け、見事に屋敷への侵入を果たしていることだろう。
自分がやりたくても出来なかった事を、あの少女はやってのけたのだ。
正直、考えた当初はかなり無理のある作戦だと思った。しかしそれは今、成功という結果を出しつつある。まさに嬉しい誤算(?)だ。
これであの屋敷の中に母がいるかどうか、調べることができる。
――はっきり言って、今自分がタンイェンの屋敷へ行っても、できる事は何一つ存在しない。
けど、もうすぐ母の事が分かるかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなった。その気持ちが、母から賜った二足を急がせる原動力となったのだ。
屋敷の中に母がいるか否かは、まだ定かではない。
けど、いるかもしれないのだ。
もしかすると、地下牢みたいな場所があって、そこに閉じ込められているのかもしれない。そして、そこへ入るための入口は巧妙な
地下牢なんかに閉じ込める理由? 知るもんか。考えるだけ時間の無駄だ。貧乏人の自分に金持ちの頭の中など解せるわけがない。母がいるか否か、その二択以外に興味など無い。
そんな風に仮説を展開させる一方で、リエシンはそれとは違う別の仮説も考えていた。
一番そうであって欲しくない、掛け値なしに最悪の
それは、母がすでに死――――
「っ! 違う、違う! そんなことない!」
リエシンは自身の抱いた残酷な思考を誤魔化すように、足運びを早めた。
そんなことを考えたら、自分は今まで何をしてきたというのだ。
最低最悪な手段に手を染めてまでしようとした行為が、すべて水泡に帰してしまう。
リエシンは必死にかぶりを振るが、一度芽生えたその最悪な考えは、水垢のごとく脳裏にこびりついてなかなか離れてくれなかった。
大丈夫。お母さんは生きてる。絶対に生きてる。盲目的でもいいから今は信じるんだ――懸命に心を強く持つ。
そうして夜道を一心不乱に駆けること数分後。
今まで夜闇に慣れきっていた瞳に微かながら光が当てられ、リエシンは思わず我に返る。足が止まる。
森林地帯の一部をごっそり削り取ったかのような、広大な土地。そこで山のごとくそびえ建つ館の窓が、煌々と光っていた。
下階へ下るごとに広くなっていく形の、豪壮たる三階建ての屋敷。リエシンの視界を九割を占めるほど大きなソレは、背が高く頂点が矛先のごとく尖った鉄柵によって囲まれている。そしてその周囲を、何人もの武法士が徘徊していた。
リエシンはハッとし、見つかる前に慌てて手近な木の陰に飛び込んだ。自分はすでにあの連中に顔が割れている。ここで見つかったら面倒な事になるかもしれない。ここは身を隠すのが吉。
そこで少しだけ冷静さが戻る。そして思い出したように、長い走行による息苦しさが襲ってきた。
「っ……はあっ、はあっ、はあっ……」
胸を押さえ、間隔の短い呼吸を小さく繰り返す。
やがて呼吸も落ち着き、頭に昇った熱も冷める。
顔を出しすぎないように気を付けつつ、木陰から馬鹿でかい屋敷の様子を伺う。
いつ見ても華美さが過ぎていて、目が痛くなりそうな建物だった。巨大な屋敷は言うに及ばず、敷地に点在する小さな離れの小屋、正門から真っ直ぐ屋敷の入口へ敷かれた石畳、その石畳の端に等間隔でいくつか並んだ灯篭、果てには敷地全体を四角く囲う鉄柵に到るまで、必ず何かしら華やかな意匠が施されている。しかも鉄柵の四隅には青龍・白虎・朱雀・玄武を象った
……「黄龍」という単語から、今年の【
さらに、その本戦にめでたく出場決定したはずの少女、
彼女は今、あの悪趣味な屋敷の中だ。
どうしているだろうか。
上手いこと屋敷の調査を進めているだろうか?
それとも、タンイェンに食べられてしまっただろうか?
――いや。そんなことを考えても仕方がない。身を案じたりする資格など自分には一欠片たりともありはしない。
どういう結果になったとしても、自分が最低下劣な方法で彼女を従わせた事実は変わらないのだから。
しかし、だからといって後悔はしていない。自分は、自分の考えうる最大の策を講じたまでのこと。
その計画に巻き込まれたシンスイがどういう目に遭うのかを想像しなかったわけではないし、巻き込む事への心苦しさもあった。けれど、自分は赤の他人より、肉親を取ることを選んだ。それしか方法がないのだから仕方がなかった。
……そう。状況や境遇に恵まれない者は、常に苦肉の策を強いられるものだ。
食べられる物が皆無な状況で生き延びるには、飢えて死んだ他の仲間の死肉すら食わないといけない場合もある。
水一滴も無い状況で生き延びるには、自身の出した尿すら飲まないといけない場合もある。
――何の技能も無い女が多額の借金を返しきり、なおかつ一人娘を養うためには、自身の体を売らなければいけない場合もある。
そうだ。だから母は借金を返し終えた後も、娼婦をやめなかったのだ。いや、やめられなかったのだ。母には、それしか能がなかったのだから。
けれど、リエシンはその事に感謝していた。その気になれば口減らしのために、自分を旅芸人の一座にでも売り飛ばす事だって出来たはずだ。しかし母は自分を見捨てず、身を粉にして育ててくれた。感謝の念を抱きこそすれ、何を不満に思うことがある?
何より――ままならない世の中の辛苦を、若いうちから娘に教え込んでくれたのだ。
自分には昔、医者になって多くの人を助けたいという夢があった。世間を知らぬ幼子特有の考え無しな夢だったが、それでも確かにそういう「夢」を持っていた。
しかし成長するにしたがい、思い知った。自分の置かれた貧しい状況では、医学薬学を学ぶための金を工面することなど不可能なのだと。抱いたその「夢」は「夢」でしか無いのだと。生きるためには、「夢」にしがみつく事をやめねばならないのだと。
理不尽な状況で目的を果たすための手段を、母はその生き様をもって教えてくれたのだ。
だからこそ、善悪にこだわらず、甘さを捨てられる。
こんな最低なやり方すら、冷笑混じりで行える。
自分の大切なもののために、平気な顔して他人を踏み台に出来る。
そうだ。今更悪びれるな。笑え。笑うんだ。最後まで笑いながらシンスイを使役しろ。リエシンは自身の表情筋に必死に指令を出す。
カチコチにこわばった顔を少しずつ動かし、ようやく微笑みを浮かべられた。そう、シンスイにいつも向けている、あの冷笑だ。
――しかしその笑みは、すぐに驚愕に変わることとなった。
「――タンイェンの旦那に何か用かいぃ?」
「――!」
真後ろから唐突にかけられた男の声に、リエシンは電撃的な速度で反応した。「タンイェンの旦那」という呼称を使う時点で、タンイェンの手の者である確率が高いと判断したからだ。
「おぉっと、得物を抜くのはやめときなぁ。俺っちの
間延びした響きの中に確かな殺気を内包したその声を聞いた瞬間、本能的に手が硬直する。
――この声には聞き覚えがあった。
しかもその男は、「苗刀」と言った。
自分の知る限りでは、タンイェンの用心棒の中で苗刀を使う者は一人しかいない。
しかもそいつは数いる用心棒の中でも、輪をかけて危険な男だ。
回りの悪い歯車のように、リエシンは恐る恐る振り向いた。
……予想通りの人物が、こちらの後ろを取っていた。
細身ながらよく鍛えていることが分かる、凝縮感のある長身痩躯。大きく膨らんだ
この風変わりで剣呑な風貌、そして苗刀。
間違えようはずもない。
リエシンは震えた声で言った。
「お前は…………
タンイェンの雇った用心棒の中で、筆頭の実力を持つ武法士。
【
タンイェンに雇われる以前、この男は【
――最悪だ。いきなりこんなバケモノと相対するなんて。
「なんでぇ俺っちの名をぉ……ってぇ、おやぁ? 不審者がいると思って来てみりゃぁ、いつかどっかで感じた【気】の波長じゃないかぁ。この波長…………確かぁ
リエシンは内心の動揺を必死に隠しつつ、開き直ったように言う。
「妙な言いがかりはよしてもらえないかしら? 猜疑心が強いにも程があるわ。私はたまたま通りがかっただけよ」
「嘘言っちゃぁいかんよぉ。この土地はぁここで行き止まりだぁ。横切って伸びた道なんかぁ一本もないぃ。通りかかって来れるような場所じゃぁないのさぁ。それにお前さん【甜松林】の入口でぇ、女連れの旦那が馬車に乗る所をコソコソ隠れて見てたろぉ? あの馬車にゃぁ実は俺っちも乗ってたんだぁ。茂みの中からぁプンプンと匂ったぜぇ? 草木の【気】の中に混じったぁお前さんの【気】がよぉ。いかにも何か企んでますっつぅ感じで揺らめき立ってたなぁ」
「そ、そんなのただの憶測でしょう?」
「いやぁ、憶測じゃないのさぁ。俺っちの【
のんびりとした口調のくせに、それらが紡ぎ出す言葉の威力はかなりのものだった。
「それにタンイェンの旦那が買ったあの女もぉ、なんか【気】が妙な揺らめきを見せてたなぁ。ありゃぁ何か企んでるっぽい揺れ方だぁ。それも、お前さんとよく似た揺らめき方…………まさかとは思うが、お前さん方、グルってんじゃぁなかろうなぁ?」
「――っ!!」
「おぉ? お前さんの【気】の揺らめき具合がぁ劇的に変わったなぁ。こりゃぁ図星を突かれた時の揺れ方だぁ。カマかけただけのつもりだったが、こりゃぁいかんね、すぐにタンイェンの旦那の元へ行かんとなぁ。――――だがその前にぃ」
転瞬、インシェンの姿が視界の中で急激に巨大化。そして、右脇腹辺りに刺さるような痛みが走った。
見ると、刀の柄頭が、肉に埋没せんばかりに深々と食い込んでいた。
「がっ――――?」
「――お前さんにもぉ、一緒に来てもらおうかぁ?」
刃で肌をなぞるような声が、すぐ耳元で聞こえる。
リエシンは激痛と一緒に、かつてないほどの危機感を覚えた。
マズイ、今の時間帯、この経穴を突かれたら――
「う…………っ」
次の瞬間、案の定凄まじい眠気が襲ってきた。
まるで芯を抜き取られたように、四肢から力が一気に抜ける。
まるで体が自分のものではなくなったかのように、全身が重い。
まるで奈落の底へと引きずり込まれるように、意識が遠のいていく。
【
リエシンの意識は、闇の奥底へ沈み込んだ。