一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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本戦編
帝都


 進んで、進んで、休んで、進んで、休んで、進んで、進んで、休んで――

 

 そんな途方も無い繰り返しを続けながら、ボクたちは少しずつだが、着実に内陸へ北上していった。

 

 主な交通手段は徒歩と、ヒッチハイクで捕まえた馬車。

 

「荷車の用心棒を無料で引き受ける」という条件ゆえに、それまで荷物を守っていた鏢士(ひょうし)と何度かいざこざを起こしたが、とりあえず怪我せずに何とかなっている。

 

 乗っては降り、降りては歩き、歩いては乗り、乗っては降り、降りては歩き――これの繰り返しであった。

 

 しかし、そんなちまちました旅も、間もなく終わりを迎えようとしていた。

 

 【甜松林(てんしょうりん)】を発ってから五日後の昼。

 

 今歩いているのは、整然と遥か前まで敷き詰められた石畳。馬車が三、四台ほど並んで通れる広さだった。 

 

 これは街道だ。

 

 ボクたちは現在、煌国の内陸中心部にある【黄土省(こうどしょう)】という地方に来ていた。その東西南北にはさらに四つの地方が隣り合わせとなっていて、黄土省との境目にはそれぞれ一箇所ずつ関所が設けられている。ボクたちのような旅人は基本持ち物検査程度しかされないが、物流などでそこを通る人たちは税を取られるらしい。

 

 そしてこの街道は、その四つの関所を超え、帝都まである程度近づくと現れる道である。この道は、帝都の四ヶ所の関所まで一直線につながっている。

 

 つまりこの道を進んでいるということは、もう帝都まで近いということだ。

 

 そしてとうとう、目の前に帝都の鼻先が見えた。

 

「……あ! お姉様お姉様! あれを!」

 

 ミーフォンが声高に前を指差した。

 

 バージンロードのように真っ直ぐ伸びる石畳の先。地平線の下に半身を隠した大きな壁が確認できた。ソレはボクの視界の両端まで広がり、それでもまだ足りないくらいに横幅がある。囲う街の広大さを遠く離れた位置でもはっきりと表現していた。

 

 帝都に来たことがあるボクとミーフォンは、その正体を知っている。

 

 あれは、帝都を囲う城壁である。

 

「もしかして……あれが帝都なの? 結構、いえ、かなり大きいわね……」

 

 帝都へ来た経験がないというライライは、その城壁の横幅の広さの目を丸くしていた。

 

「やっと着いたのね……ああ、早くマトモなお風呂に入りたいわ……」

 

「あんたってたびたびそう言ってるわよね、ライライ」

 

「だって、女にとっては死活問題でしょう?」

 

「それは同感ねぇ。でもあんたの場合、3日前に川で水浴びしてる所を通りすがりの杣人(そまびと)に見られた事も含めての意見なんでしょ?」

 

「や、やめてよミーフォンっ! あの時の事はもう忘れたいのよっ!」

 

 燃えるように赤くなった顔を手で覆うライライ。

 

 ……まあとにかく、帝都がもうすでに目前だってことだ。

 

 長い旅路の果てが見えたことで、ボクは気が緩みそうになる。

 

 が――その帝都が【黄龍賽(こうりゅうさい)】本戦の舞台であることを思い出した途端、気が引き締まった。

 

 ここは戦場なのだ。常に気を張っている必要は無いが、決して油断は許されない。

 

 そして、ボクは「戦う」ために来たのではない。「勝つ」ためにここに来たのだ。

 

 静かに深呼吸する。自分に静かな気合いを入れ、

 

「よし、それじゃ、一気に進んじゃおうか!」

 

 そう威勢良く言い、歩調を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都は高い壁によって囲まれた、とんでもない広さを誇る大都市だ。

 

 最北端には煌国の宮廷建築物【熙禁城(ききんじょう)】が建っており、その南側全体に広大な街が広がっている。

 

 宮廷は言うに及ばず、煌国の行政機関や軍の本拠地などの重要な組織が、この都一点に集中している。いわば行政の拠点。

 

 さらにこの巨大な都は、煌国における物流の要でもある。陸路はもちろんのこと、【奐絡江(かんらくこう)】の支流に繋がる運河が数本流れており、水路を使った貿易も盛んだ。何より四地方の中心にある地方【黄土省】のさらにど真ん中に位置しており、モノやカネの大部分が帝都を交差点として行き来している。

 

 まさしくこの国の心臓部ともいえる都市。ここが陥落することは、そのまま煌国の滅亡を意味する。なので、他の街より輪をかけた厳重な警備体制が敷かれている。……もっとも、今は軍縮の方向に動いているため、昔より守りが薄めだが。

 

 帝都はかつてもう少し北寄り――今でいう【玄水省(げんすいしょう)】にあったそうだ。けれど戦乱期に南の沿岸部まで領地を増やしたので、乱世が終わると同時に少し南下し、内陸部ど真ん中のここに遷都(せんと)したらしい。

 

 ――以上が、ボクが知る限りの帝都の情報である。

 

 さて、ここまで来たのは良い。

 

 ボクがこれからやるべき事は決まっている。

 

 本戦出場者名簿にボクの名を書き記し、国が用意した宿に泊まることだ。

 

 予選が終わった時、運営から登録場所と手続き方法は事前に教わっている。

 

文礼部(ぶんれいぶ)』という、教育・官吏登用・そして国家祭祀などに関する職務を司る機関がある。その庁舎まで行き、そこで【吉火証(きっかしょう)】を見せればいい。そして渡された名簿に自分の名を記載すれば終わり。晴れて本戦出場の準備完了というわけだ。

 

 その後は国が用意した宿の一部屋に泊まる。ちなみにこの部屋は大会期間中だけでなく、開会式が始まるまでの猶予期間中も泊まっていて良いらしい。食事やお風呂も無料で付くため、ありがたいサービスである。

 

 ボクの衣食住の問題はこれで解消されるだろう。

 

 しかし――この二人は別だった。

 

 

 

「――これから私たち、どこで寝泊まりしようかしら」

 

 

 

 ライライのその呟きを聞いた途端、ミーフォンは渋い顔で肩をすくめた。

 

 そう。この二人は本戦参加者ではない。なので当然ながら宿も用意されないのである。

 

 二人の財布の中身には、本戦期間中に宿を取り続けられるほどのお金はなかった。まして、本戦が始まるまであと半月ほどあるのだ。

 

 ボクの部屋に泊めることはできない。本戦参加者以外の人は無料で同居してはいけない決まりなのだ。これは【黄龍賽】という国是のために借り受けている宿に余計な経済的負担を与えないためのお上の配慮らしい。……ちなみに参加者とそうでない者は、【吉火証】を含む本戦参加資格の有無で確認するとのこと。この【吉火証】とは本戦終了までの付き合いである。

 

 手に持った鞄を緩やかに揺らしながら、とぼとぼと覇気の無い歩きをする二人。その歩き方はボクの足にも伝染する。

 

 現在、ボクらは帝都の入口にある関を超え、街の大通りを並んで歩いていた。

 

 久しぶりに目にした帝都の景観は、やはり凄まじいものだった。白い石畳で綺麗に舗装された大通りは横幅がとんでもなく広く、行き交う人々の数も並の町とは比べ物にならなかった。その両端には大小様々な建物がずらりと軒を連ねており、その列が大通りの石畳と一緒にはるか彼方へと伸びていた。

 

 この大通りは、ボクらが入ってきた南の入口から【熙禁城】に向かって真っすぐ伸びている。つまりこのまま直進していれば、いずれ宮廷までたどり着くというわけだ。しかしこの場からは、はるか前方にある【熙禁城】の姿が朱色の線――宮廷を囲う城壁だ――にしか見えない。それが、この街の大きさが尋常じゃないことを物語っていた。

 

 それにしても、やっぱり凄い街並みだ。大通りに立ち並ぶ建造物はどれも大きめなものばかりだし、立っているだけで往来する人の熱気に当てられて眩暈がしそうだ。この街の圧倒的景観に圧され、自分たちの存在がアリンコくらいにちっぽけなものに感じられる。

 

 ミーフォンがため息混じりに言った。

 

「やっぱ、現地で稼ぐしかないっしょ」

 

「働いて、ってこと? でも、そんなにすぐ雇ってくれる所なんてあるかしら」

 

「日雇いでもなんでも探すのよ。もう帝都まで来ちゃったんだから、やるしかないわ」

 

「そうね……」

 

 その日暮らしについて話し合う二人を見て、雨露しのげることが保障されているボクはちょっと申し訳ない気分になってくる。

 

「なんか、ごめんね? ボクの部屋に一緒に泊めてあげられればいいんだけど……」

 

「お姉様が気に病む必要はありませんよ。元々、あたしたちは好きこのんでお姉様に付いてきたわけですし」

 

「そうね。これは私たち二人の問題だから。大丈夫。【会英市(かいえいし)】でやったリエシンの流派探しなんていう無茶に比べれば、まだまだ優しい問題よ」

 

 謝るボクに対し、二人はそんな風に返してくれた。

 

 それを聞いて、少しだけ申し訳なさが薄れた気がした。

 

 うじうじ考えていても仕方がない。ボクは気を無理矢理取り直し、足並みに力を込めた。すると、二人の歩調にも活力が戻った。

 

「それにしても、本当に大きな街ね。往来も多いし。さすが帝都と名乗るだけのことはあるわ」

 

 話題を変えるように、ライライが感嘆の口調でそう口にした。

 

 ミーフォンが同意する形で言葉を繋げてきた。

 

「そうねぇ。でも、【黄龍賽】が始まったらもっとすごいことになるって話よ」

 

「すごいこと、って何かしら?」

 

「人の数よ。いろんな場所から帝都まで観に来るわけだし。あと、本戦の勝ち負けを賭けた賭博なんかも行われるみたいよ」

 

 そうなのだ。

 

 賭博は「射幸心(しゃこうしん)を煽る悪しき娯楽」として、地球ではあらゆる国がその存在を禁じていた。それは異世界である煌国でも同じことだ。

 けれど、国が胴元を務めて管理する国営の賭場に関してはその限りじゃない。【黄龍賽】で行われる賭け事も、その「国営賭博」の一つというわけだ。

 

 煌国が【黄龍賽】の運営に積極的なのは、そこから得られる経済効果ゆえだ。【黄龍賽】やその予選を見に来る客を余所の土地から引き付けて、国のカネ回りを円滑にし、その都市の経済を潤すのが狙いである。いわば、経済の潤滑油的なイベント。

 

 しかし、ただ「観戦」という要素だけでは人を集めにくい。だから「合法的な賭博」という要素を加えた。武法士の試合を見るだけじゃなく、そこへ賭けまで加わるとなれば、人はもっと集まりやすくなるのだから。

 

「もしミーフォンがその賭場で賭けることになったら、やっぱりシンスイの勝ちに全額注ぎこむのかしらね」

 

 ライライは冗談めかした口調でそう言った。

 

 ボクは「当然よ! お姉様が負けるなんて万に一つもありえないし! もし賭けに参加したら、一軒家建てられるくらいの額ぶち込んでやるわ!」なんて無茶苦茶漢気あふれる(女だけど)返しを予想していた。

 

 けれど、次に発せられた台詞は、予想よりも冷めたものだった。

 

「……分からないわ。何せ、全国から選りすぐりの猛者が集まるんだから、お姉様の負けはあり得ないなんて無責任なことは言えないわよ。――――それに、”あの人”も来るかもしれないし」

 

 ――”あの人”?

 

 誰の事なのか尋ねようと一瞬思ったが、ミーフォンの金属的に硬まった表情を目にすると、すぐにその気は失せた。なんか、聞いてはいけないことだと直感で感じたからだ。

 

 が、次の瞬間にはいつものミーフォンに戻っていた。口元に猫のような笑みを作りながら、

 

「そういえばお姉様、『文礼部』の庁舎がどこにあるのか知ってます?」

 

「あ……そういえば、分かんないかも」

 

 帝都には何度か来ているが、庁舎の場所なんかアウトオブ眼中だったのだ。だって武法にしか興味なかったんだもん、しょうがないじゃないか。

 

「なら、案内しましょうか? あたし知ってますから」

 

「ほんと? それは助かるな。じゃあ、お願いしようかな」

 

「じゃあ、報酬前払いってことで……頭をなでなでしてくださいっ」

 

 期待するような上目遣いをしながら、頭を差し出してきた。

 

 ボクは少し恥ずかしい気持ちを抱きつつも、鞄を持っていない方の手でその頭を優しく撫でた。髪がさらさらで気持ちいい。くすぐったくも幸福そうに目を細めるミーフォン。

 

 しばらくそうした後、彼女に導かれるまま帝都を歩いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、たどり着いた『文礼部』の庁舎内にて。

 

「……ふむ、なるほど。どうやら本物のようだな」

 

 細長い卓を挟んで向かい側に立つ年若い男性官吏は、ボクの【吉火証】をひとしきり観察すると、そう結論付けた。

 

 大丈夫と分かっていたはずなのに、ボクはその反応に安堵のため息をついた。

 

 玄関口である二枚戸を超えてすぐ広がる広間の応接窓口。そこにあるカウンターのような長机の向こう側にいる官吏に「【黄龍賽】本戦参加者名簿に名前を登録したい」と伝えると、最初に「予選優勝者の証を見せろ」と言われた。なので【吉火証】を渡し、確認させたのだ。

 

 【吉火証】は朱雀の意匠が刻まれた朱色の金属板で、メダルみたいなものだ。朱雀の意匠が無い裏面には、玉璽(ぎょくじ)――皇帝が使うハンコのことである――と全く同じ印章が彫り込まれている。それを偽装するなんて恐れ多い(やから)は滅多にいないだろうが、念のためああして偽物でないかどうかを確かめているのである。

 

 その結果、本物と納得した官吏は【吉火証】をボクに返してくる。

 

「それじゃあ、これに自分の名前を書くがよろしい」

 

 彼はそう言って、一冊の薄い帳面を卓上に出してきた。墨汁の付いた細い毛筆をボクに手渡す。

 

 どうやらこの帳面が、本戦参加者の氏名を記入する名簿らしい。

 

 ボクはそれを開いた。

 姫兎飛(ジー・トゥーフェイ)劉随冷(リウ・スイルン)毛施領(マオ・シーリン)乃耐(ナイ・ナイ)勾藍軋(ゴウ・ランガー)――六人目の記入欄に、「李星穂」と書き記した。うん、我ながら結構上手く書けた。

 

 わざわざこうして自分で記入させるのは、本人の筆跡を残しておくためだ。郵便物受け取り時に書くサインみたいなものと思っていい。

 

 しかも、官吏はこちらが読み書き可能なことを信じて疑っていない。政府は日本の寺子屋にあたる民間組織【民念堂(みんねんどう)】への支援を積極的に行ってきた。そのため、煌国の識字率はとても高いのだ。

 

 記入を終えたボクは帳面を返そうとしたが、ひどく驚いた男性官吏の顔を見て思わず手が止まった。

 

「……お嬢さん、君の名前は本当に「李星穂(リー・シンスイ)」で間違いないのかい?」

 

「はい」

 

 あっさり肯定すると、彼は数度深呼吸してから、驚くべき一言を発してきた。

 

 

 

「――皇帝陛下からの(みことのり)を受けている。「もし李星穂(リー・シンスイ)を名乗る少女とその一行が訪れたら、宮廷まで案内せよ」と」

 

 

 


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