一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜   作:葉振藩

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護衛隊長

「ふふふ、腕が鳴るぞ。まさか【雷帝】の拳をこの身で味わえる日が来ようとは。長生きはしておくものであるな」

 

 向かい側に立つジンクンさんは肩を回しながら、感慨深そうに言う。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 対し、ボクも一応そう返す。

 

「火殿」「水殿」の下に広がる、長大極まる広場。そのど真ん中でボクら二人は向かい合って立っていた。正午を過ぎた太陽が垂直に日差しを送ってくる。

 

 遠巻きからは陛下を含む皇族の方々、護衛隊の皆さん、ライライとミーフォンが十人十色の表情でこちらを見つめていた。

 

 無論、言いだしっぺである陛下の顔は期待に満ちていた。

 

 結局のところ、ボクはジンクンさんとの手合せに了承してしまったのだ。

 

 最初はもちろん迷った。皇族を守護する立場に立つ人を私闘で傷つけて良いのだろうか、と。

 

 けれど一方でこうも思った。精鋭ぞろいの護衛隊でトップを張る人物とはいかほどのものか、と。

 

 少しの間考えて、最終的に好奇心が勝ってしまった。

 

 試合に頷くと、陛下は善は急げとばかりに『混元門』を抜け、この場所で戦うように命じた。

 

 自分から了承したこととはいえ、今更ながら「これでよかったのか?」という気持ちは若干生まれる。

 

 けど、もう「はい」と言ってしまったのだ。ここで引き下がったらそれこそ陛下は興醒めだろう。

 

 別にジンクンさんを殺すわけじゃない。きちんと加減はする。それにジンクンさんも護衛隊の隊長であり、あのリーエンさんの上司なのだ。簡単にやられたりはしないはず。

 

 ボクは覚悟を決めた。

 

「では――【打雷把】、李星穂(リー・シンスイ)

 

「【心意把(しんいは)】、郭金昆(グォ・ジンクン)

 

 互いに右拳を包む抱拳礼。

 

 ――ってあれ? 【心意把】? 【心意盤陽把(しんいばんようは)】じゃなくて?

 

 次の瞬間、その意識の隙を突くかのように圧力が急接近。

 

「うわっ!」

 

 反応が遅れたが、何とか回避が間に合うタイミングだった。身体の位置をスッと横へずらす。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 すぐに、ボクがさっきまで立っていた位置にジンクンさんが激しく踏み入ってきた。やってきた正拳は何とか避けられたが、それに付随した震脚の余波がビリビリ足元に伝わってきた。ものすごい踏み込みだ。

 

 ボクの切り替えは早かった。地を蹴って、震脚で踏みとどまると同時に放つ正拳突き【衝捶(しょうすい)】に繋げようと自然に思いつく。

 

 が、それは思いつきで終わってしまった。ジンクンさんが前の爪先を鋭くこちらへ向け、跳びかかる猛虎のような勢いで再度接近してきたからだ。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 力強い発声と激甚な震脚をともなって、真正面から稲妻のように右掌打が伸びる。

 

 ボクは体を左へよじらせて掌を回避しつつ、左拳を脇に引き絞った。全身を時計回りに捻り込んで纏絲(てんし)勁を生み出し、それに左拳を乗せて放つ【拗歩旋捶(ようほせんすい)】へ変化させる。

 

 螺旋の力場を纏った拳が敵に接触する直前、上から右掌でかぶせるように押さえ込まれ、勁を無力化された。ジンクンさんが打撃に使った右掌を引き戻し、ボクの正拳をいなしたのだ。

 

 ジンクンさんの両手がペダルを漕ぐように縦回転を描く。右掌によって拳が下へどけられ、がら空きになったボクの胴体めがけて――左掌が近づいた。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 直撃してもおかしくない距離だったが、ボクは間一髪打撃の目標点をずらし、紙一重で掌打を回避。【打雷把】の精密な足さばきがあってこその物種だ。

 

 そのまま流れるようにジンクンさんの横合いへ移動し、そして肩口から激しく衝突した。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 ボクの【硬貼(こうてん)】とジンクンさんの勁力が一瞬だけ拮抗。そして爆発。

 

 互いに大きく弾かれた。

 互いにおぼつかない足取りを強引に修正し、敵の攻撃に備える。

 互いに視線を合わせ、不敵に笑う。

 

「やるな、【雷帝】の弟子。全く気が抜けぬぞ」

 

「そちらこそ。今のは決まったと思ったのに、あっさり防がれて少し凹みますよ。それと【心意盤陽把】じゃなくて【心意把】だなんて」

 

「意外であったか? 我が輩としては、【心意把】の方が使い慣れているのでな」

 

 軽口を叩き合っている間にも、ジッと相手の出方をうかがう。

 

 さっきも言った通り、ボクはてっきり彼が護衛隊必修武法である【心意盤陽把】を使ってくるという先入観を抱いていた。そこへ【心意把】を使われたので、不意打ちを受けた気分だった。

 

 その二つの流派は名前こそ似ているが、戦闘理念、勁撃法ともに全く異なる。

 

 【心意把】――【太極把】【龍行把】と並び称される、道王山三大武法の一つ。

 

 強大な勁撃を連発しながらひたすら前へ前へと突き進み、行く先にあるものを片っ端から蹴散らしていくという豪快な戦い方をする武法だ。

 

 【心意把】では、『浪勁(ろうけい)』という独特の勁を用いる。呼吸によって体内に生まれる空圧を利用し、回転する球状の「力場」を丹田に作り出す。その「力場」で生じた回転力を上半身へ伝え、震脚で倍加した自重とともに敵へ叩き込む。ジンクンさんがさっきから発しているあの鋭い掛け声は、丹田に「力場」を作り出すための呼吸法を行った際に自然と出てくるものなのだ。

 

 勁撃と呼吸法は密接な関係がある。武法の各流派には勁撃の時に行う呼吸法が一つ決められており、その方法も流派によって千差万別だ。その決められた呼吸法を守ることで、勁撃を行う際の体力消耗を最小限に抑えることができる。逆にそれを守らないと、たった数回の勁撃でヘトヘトになってしまうのだ。

 

 『浪勁』で用いるあの呼吸法は、体力の消費を抑えると同時に、勁力増強にも一役買っている。内勁と外勁が一体となった強力な勁撃だ。

 

「――っ」

 

 ジンクンさんは腹の奥まで呑み込むように吸気しつつ、構えを取った。前の掌を顔の前に、もう片方の掌を丹田の前に添え置いた半身の姿勢。まるで見えない槍を構えているような形だった。

 

 ボクも大きく息を吸って、鋭く吐きつつ足腰を落とした。武法の命たる下半身に力が充足する。

 

 重苦しい沈黙が訪れる。

 

 が、それは一瞬の間だけだった。【心意把】に刻まれた戦術思想の赴くまま、ジンクンさんが爆発的に加速して突っ込んできた。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 一喝とともに、口元から吐き出すように拳を飛ばしてくる。それを軽く躱しつつ、彼の側面を陣取る。

 

 普通なら、ここで一発お見舞いするところなのだが、ボクはあえてそうはせずに再び横へずれた。一瞬後、その判断の正解を告げるように、先ほどボクのいた場所を掌打が貫いた。

 

【心意把】は真っ直ぐ突き進んで攻めるという戦略を補うために、迅速な方向転換や防御法も念入りに鍛錬する。うかつに攻撃を仕掛けたら綺麗にカウンターを貰ってしまうため、攻め所は考えなければならない。

 

 ボクは側面へ移動して攻撃を回避。ジンクンさんは一瞬で方向を変え、再び踏み込んで勁撃。それも横へ動いて避ける。彼はまた方向を素早く変えて勁撃。ボクは側面へ逃げる。それを追って勁撃、避けて、また勁撃、避けて――――

 

 終わりの見えない堂々巡りの攻防が繰り返される。

 なかなか勁撃が当たらないジンクンさん。なかなか隙が見つからないボク。両者のそんな状態が不変のまま、時間ばかりが過ぎていく。

 もしジンクンさんが攻撃の手を休めたら、その一瞬に隙ができる。だから彼は手を止められない。

 一方ボクも少しでも攻める動作を行ったら、ほんの一瞬ながら隙が生じ、避けられなくなってしまう。

 互いで互いを縛り合ってしまい、そこから抜け出せないでいた。

 

 それなら――

 

 ボクはやってきた拳を回避しつつ横合いへ移動。ジンクンさんの胴に抱きついた。

 

 渾身の力で震脚。莫大な上向きの力が全身に働いたことで、ボクよりずっと大きく重たいジンクンさんの体が発泡スチロールのように軽くなった。その浮力に足腰の力を上乗せし、

 

「どすっ……こい!!!」

 

 大きく真上に投げ飛ばした。

 

 地球で得た知識が役に立った。相撲取りは力強く四股(しこ)を踏むことで、自分の何倍も重たい相手を軽々と持ち上げることができるという。その原理を利用させてもらった。

 

 虚空を舞うジンクンさん。きつい放物線を描きながら地へ迫る。

 

 ボクはその落下予定地点まで走った。震脚で激しく踏みとどまり、さらにその足に強い捻りを加えて纏絲勁を生成。連鎖的に全身が左右に展開して十字勁も発動する。彼の足が地に付く直前に、その【碾足衝捶(てんそくしょうすい)】で突きかかった。

 

 ジンクンさんはボクの正拳を足裏で受け止めた。

 

「ぬおっ……!?」

 

 瞬間、彼の姿が煙のように消え去った。

 

 いや、違う。ボクの勁撃の余波で真後ろへ吹っ飛んだのだ。その常軌を逸した速力が、拳の宿す威力を物語っていた。

 

 地面に接した後も、ゴロゴロと激しい転がり方をし続ける。しかしジンクンさんも必死で受け身を取り、壁際付近まで到達したところでようやく起き上がれた。

 

 しかし、吹っ飛ぶ彼を追う形で走っていたボクは、起き上がった彼の目の前まですでに迫っていた。

 

哈阿(ハァ)ッッ!!」

 

 彼の反応は驚くほど迅速で、かつ的確だった。瞬く間に蓄勁の状態を作り、踏み込みとともにそれを爆発させた。右拳が流星よろしく迫る。

 

 走行の勢いがあるため、ボクはうまく動けなかった。なので左回りに身体をひねった。凶悪な威力を乗せた無骨な拳がボクの胸前をスレスレで通過。

 

 ボクは左足で急ブレーキをかけつつ、右足刀を斜め上へ鋭く伸ばした。

 

 ジンクンさんも立円軌道で右拳を引き戻しつつ、左拳を口から吐き出すように放つ。

 

 足刀がジンクンさんの顔面へ、左拳がボクの胴体へ突き刺さる一歩手前で。

 

「――それまで!!」

 

 皇女殿下が静止を命じた。

 

 ぴたり、と両者の手足が止まる。

 

「双方、よく健闘した。もう良いぞ」

 

 続いて、陛下の声が聞こえた。

 

 蹴りと突きの体勢を解き、ボクとジンクンさんは向かい合って直立。

 

 先程までとは違い、彼の瞳には穏やかさが戻っていた。

 

 それを見るボクの顔も、きっと緩んでいることだろう。

 

「感服する。我が輩をここまで追い詰めた者はリーエン以来だ。流石は【雷帝】の門弟である」

 

「いいえ。このまま続いていたら、ボクの方が危なかったかもしれません」

 

「謙遜を」

 

 言いながら、握手を交わした。

 

 そんなボクらを、拍手が包み込んだ。

 


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